ThreadMain[2]="二十四宝貝";
「許サン、許サンゾォォォ!!!」
三本腕のオーガは俺の方へ向き直り、怒りの咆哮を放つ。一瞬、怯む。リゥ将軍程じゃないにしてもやはり希少種、かなりの音量だ。
そして少しの間こちらを睨んだかと思うと、急に力を貯め始めた。
(やばい!?)
経験的に分かる。この種類の動きは大体大技を放つ前動作だ。今だ咆哮によって自由に体の動かない俺達では防ぎようがない。
何もできないので様子を見守っていると、三本目の腕に着けている腕輪が光り始めた。いや、それだけじゃない。その腕が巨大化している!?
「なん、だと!?」
五メートルはあるオーガの腕にしては小さめ、とはいっても普通の人間の男よりは太い程度の腕が、みるみる大きくなっていく。俺が呆気にとられている間にその腕は天井近くまで伸び、そして縦の長さだけで一〇メートルはあろうかという手のひらでそのまま俺を押しつぶそうと迫ってきた。
(……避けきれない)
咆哮の効果自体は切れていたが、攻撃の開始自体は既に始まっていた。そしてこの大きさの範囲攻撃、今から飛びのいた程度では逃げられないだろう。
いや、落ち着け、俺。まだ手はある。
「サイドアタック」
ぎりぎりではあったが、サイドアタックが使えるだけのエネルギーはあった。瞬間、巨大な腕を振り下ろしているオーガの真横に出る。そのまま攻撃をふるって微かな傷を作る。
(危なかった。咆哮とこの巨大化のコンビネーションは反則だな。……もうこっちにはサイドアタックが使えるだけのエネルギーがない。急いで攻撃してエネルギーを貯めないと避けきれないな)
嫌な汗が背中をつたう。俺が元々居た場所の地面が大きく手の形にへこんでいる。大量に舞う砂埃が衝撃の大きさを物語る。幸いなのは、一度攻撃するたびにその巨大化した手が元の大きさに戻る事だろうか、砂埃が収まる頃には元の大きさに戻っていた。
「オメェ、ドウヤッテ避ケタ? ……ヤハリオマエカラ倒すベキダナ」
冷静さを取り戻したのか、三本腕のオーガはこちらを向いて構える。今までと違うのはルサ=ルカ達はほとんど無視してこちらをターゲットにしていることだ。
「むしろ回避盾としては望むべき状況、というべきか?」
強力な一撃を持つ敵に対して囮となる役割、俺がゲームの時にずっとしてきた役割。これならばルサ=ルカ達は攻撃に集中できる。俺が攻撃を避け続けさえできれば、だが。
「しかし、あの攻撃はなんなんだ。連続しては使えないようだが……」
「あれは宝貝の一種の効果じゃよ。魔力を一時的に消費して、それに見合った大きさへ変貌する能力。それがあの腕輪の効果じゃ」
俺の独り言に、ディーが応じる。いや、違う。
「フェン、か? ……あの空間でしか会えないものかと思っていたが」
「ワシもそう思っておったよ。まぁ現実に妖精なんぞがおる方が驚きじゃがな。まぁ今は前に集中せいよ。オーガの中ではそんなに強い方でもないが、今のお前ではこいつも強敵じゃろうてな」
そうだ、あの攻撃が無くてもこいつは強敵、他のことに気を取られている場合じゃない。
こんな会話をしている間にも、巨体に似合わない敏捷さで俺を攻撃してきているのだ。俺は集中してなんとか自分の攻撃を掠らせながらも、相手の攻撃を避ける。
攻撃を当てなければ技を使うエネルギーは溜まらない、多少の危険を冒してでもエネルギーは貯めておかないとさっきの攻撃が来たら避けきれない。
「そのまま聞けよ? 小僧。……宝貝とは特定のエネルギーを消費してそれに応じた特定の奇跡を起こすモノ」
俺は攻撃と回避に集中しながらも、フェンの言葉に耳を傾ける。
「そしてこいつのそれは”魔力を消費して部分的に巨大化する”というもの。効果はさっき見たとおりじゃ。問題はこいつの魔力保持量だが、オーガの戦士であるこいつはそれほど多いとは言えない。だが、こいつもそれは理解している。それを補うためのものが……あの瓢箪じゃ」
この部屋に入ってくるときに呑んでいたモノ。魔力を消費するのを補うのであれば……。
「魔力回復の薬、ということか」
「そうじゃ。ま、教えてやるのはここまでじゃ、後は自分でなんとかせい。こいつ程度でくたばるなよ?」
フェンは言うだけ言うと、その不気味な笑みが、自然な笑みへと変わった。恐らくディーに戻ったのだろう。
言いたいことは分かった。あの瓢箪を口にした後にはまたあの攻撃が来る可能性がある、ということだ。
そして理解する。おそらくここにある筈の『投石機』はこいつ自身。その魔力の回復する瓢箪を使いながらここにある岩を巨大化した腕で遠投していたのだろう。
……つまり、こいつを倒さなければあの攻撃は止められない。
「チィィィ、チョコマカト、面倒クセェェェエエ!」
少しの間攻防を続けていると、三本腕のオーガは腰の瓢箪に手をかけて中身を呑み始めた。と言うことは……来る。
予想通り、呑み終わった直後に三本目の腕を巨大化が始まる。一度目は咆哮とセットで繰り出されたために無我夢中で避けたが、こうやってじっくり見てみると言うほど速い攻撃ではないようだ。
冷静に観察する。恐らく巨大化が終わった瞬間に攻撃する場所を決めているのだろう。だから、決めた直後に回避すれば技は無くても避けられるかもしれない。
(そう……今!)
巨大化して天井に届くかというタイミングで手のひらがこちらに向かい始める、その瞬間。俺は仲間の居ない方へ走り始めた。
走る、滑りこむ。
衝撃、砂埃。
(ぎりぎり、というところか)
体勢が整っている状態で、最高のタイミングで避け初めてなんとか避けれると言った所。速さは兎も角、手の大きさが問題なようだ。だが、俺が避けている間にルサ=ルカとニックが攻撃を続け、流石のオーガもぼろぼろになってきている。
「大丈夫……だな、カツミ。よし、次で押し込むぞ。私も強めの技を使う、可能ならさっきのやつを使ってくれ!」
中々無理を言う。技のエネルギーは保険だ、ラッシュを使ってしまえばいざという時に使えない。
「……分かりました、狙ってみます」
だが、オーガの状態から倒すまで確かにもうひと押し、ではありそうだった。ここは敵の拠点だ、これ以上何かをされる前に倒した方が良いだろう。……リーダーはルサ=ルカだ、ここはやるべきだな。
「殺ス、殺ス、殺ゾォォォ!」
瀕死になってきたからなのか、今まで以上に怒り狂って俺を攻撃してくる三本腕のオーガ。攻撃力や攻撃速度は上がっているが、冷静さを失って攻撃が単調になってきている。
逆に俺はどんどん冷静になっていく。一撃でも食らえば良くて瀕死。だが、いやだからこそ怖くはない。当たらなければ良いのだ、ただの一発も。
この状況で繰り出してこない以上、この三本腕のオーガに攻撃方法の種類自体はもう他にはないのだろう。
そうであるならば、全て見切った俺に当たる筈がないのだ。そう自分に信じ込ませる。
「いつでもいけます!やってください!」
回避しながらも攻撃を重ねることで、ラッシュを使うだけのエネルギーは溜まった。あとはルサ=ルカが技を使うだけだ。
だから、俺はわざとちょっとした隙を見せる。そして冷静さを失った三本腕のオーガはそれに引っかかり大ぶりの攻撃を行う。
「これで倒れろぉぉぉおお!」
その隙を見逃す程、ルサ=ルカは未熟じゃない。期待通りにパワースラッシュをその大ぶりした右腕に叩き込み……肘から先を切り落とした。
なるほど、と思う。三本目の腕はどうやらあいつにとって重要なもの、上半身は裸なのに、そこだけ様々なアクセサリのようなもので防御を固めてある。だが逆に腕はむき出しなのだ。……俺もそこに当てるべきだな。
「ラッシュ」
使うタイミングは体が覚えている。考え事をしながらでも使えるために、俺はもう一本の左手へラッシュを叩き込む。一発一発はルサ=ルカよりは弱いが、計四発、威力の合計では勝る。
結果は……切り落とすまではいかなかったが、かろうじて繋がっている、と言う程度。これでは両手は使えまい。
「キィサァマァラァ!? ヨクモ!ヨクモ!ヨクモォォォオオ!」
咆哮、そして腕が無いために足で攻撃しようとしてくるオーガ。だが、足を振りあげたところで、……そこから動かすことは出来なかった。
「ファイアピラー!」
エネルギーの回復したサヤが単体用中級魔法を使ったからだ。おそらく残り全てをつぎ込んだのだろう、5メートルはあるオーガを丸のみする炎の柱が出来ていた。
轟音とともに倒れこむオーガ。
辺りを舞う砂埃。
「やった、か。やったぞおおおおお!」
攻撃が俺に集中し始めた後も最前線に張り付いて出来るだけ攻撃を防いでくれていたマイケルが歓声を上げる。俺と同じく、死の瀬戸際で耐え続けた戦いだったのだ、気持ちは分かる。
「やった、なんとか」
だが、俺は歓声を上げる気力もなかった。集中しているときは感じなかったが、動きすぎて体がぼろぼろだ。……ここが敵地でなければ倒れこみたい程に。
「マイケル、サヤ、……そしてカツミ。皆よくやってくれた」
ルサ=ルカも気丈に振舞いながらも喜んでいるようだ。だが、やはり疲れてはいるようで剣を杖のようにしている。ニックやヴォルドも同じようなものだ。
パーティを組んでの、強敵との戦いでの勝利。ゲームの時でも達成感はあったが、やはり本当に命をかけているだけに、喜びもそれ以上であった。
だが、その気持ちは破られる。黒焦げのオーガの死体から漏れた呪詛によって。
「コノママデ済マスモノカ、セメテ一人デモ道連れニシテヤル……」
その言葉に皆一瞬息をのむ。その瞬間、残った最後の、三本目の腕が巨大化を始めた。すでに左右の腕は無く、あの瓢箪の中身は飲めない筈……最後の力を振り絞ったのか!?
「狙いは……サヤか!」
呪詛の内容が聞こえた俺だけが一瞬反応が早かった。確実に一人殺すために魔力を使いはたして動けないサヤを狙ったのが分かったのだ。
走る。ぼろぼろの体の悲鳴を無視して全力でサヤの元へ走る。そうしている間に、最後の渾身の力なのか、今までよりも大きな拳となったオーガの最後の腕が振り下ろし始める。
サヤの元へたどり着く。まだ事情が呑み込めていないサヤを無理やり抱きかかえ、オーガとは逆方向へ走る。だが、巨大な拳は容赦なく追ってくる。
(このままでは間に合わない!何か、何か!)
必死に走りながらも生き残る方法を捜す。
サイドアタックではサヤを連れていけない、NG。
妨害魔法ではもうすでに始めた攻撃を止められない、NG。
このまままっすぐ走るのも間に合わない、NG。
マイケルがこちらに駆け寄ろうとしている、ルサ=ルカとニックがオーガにとどめを刺そうとしている、ヴォルドが防御魔法を詠唱し始めている。
全て間に合わない、NG。
ならば……あの窪み、この遺跡の砂に埋まった通路、そこに飛びこむ。柱が防いでくれればと思ったのだが……だめだ、少しだけ引っかかったぐらいですぐに折れた。
視界いっぱいに巨大な拳が広がる。
(くそ、ここまでか、ここまでだというのか……)
せめて、サヤは無事で……。
第二章完
外伝一話を挟んで第三章に移ります。