ThreadMain[1]="奇形のオーガ";
「……なにも無いな。妙な石の塊が積んであるだけだ」
ルサ=ルカは注意深く最奥の部屋を見渡しながら言う。
ゲームの時に見た砲弾と思われる石の塊は大量に積んであった。直径3メートルはある石の塊。そしてこの大きなフロアの中央には砂が流れ落ちてきていて、そして光が差し込んでいる。恐らく天井が薄いのだろう。入ってきた扉以外にも扉はあるが、全て砂に埋まっていて先に進むことは出来ないようだ。
(……ゲームの時に撃ちだされていた巨大な投石。あれはここから打ち出されていたと考えて間違いは無いだろう)
これだけ条件が揃っていてここじゃないと言う可能性の方が低い。
……ならば、肝心の砲台は?
「見事ナモノダナ、ヒューマン共ニシテハヤリオル」
全員で積んである石の塊を調べていると、扉の方からノイズの混じった声がしてきた。振り向くと大きな影が……複数。
「ちっ、あいつはここの大将か?」
「……気をつけろ、奇形種だ。普通のオーガじゃないぞ」
全員身構えながらも、ルサ=ルカは目聡くその声の主であるオーガの右肩から”三本目の腕”が生えていることに気が付いた。奇形を崇拝するオーク軍にあって奇形とは特殊能力の持ち主である場合が大半だ。その”三本目の腕”自体は普通の両手よりも細かったが、何やら特殊な模様の入った腕輪をしている。あれがただの飾りと考えるのは楽観のしすぎだろう。
そのオーガはその三本目の腕が有る以外にも、長い赤毛の剛毛を生やし上半身は裸で下半身は袴のようなものを着ているといった普通のオーガには無い特徴がある。そして瓢箪のようなものを持って、そこから時折何か酒のようなものを呑んでいる。その様子から名前を付けるならば”酒天童子”と言ったところだろう。
「友ノ頼ミトハ言エ、後ロカラ岩ヲ投ゲテイルダケジャツマラント思ッテイタトコロダ、チョット遊ンデヤロウ」
そう言いながら三本腕のオーガは武装したホブゴブリンを引き連れて部屋の中に入ってきた。……どうやらホブゴブリン突撃兵をお供に連れてきているらしい。
だが、岩を投げて、と言った。こいつが指揮官なのは間違いない。
「……俺は後ろのホブゴブリンの相手をします。皆であのオーガを」
「私はカツミの援護をします」
「あぁ、頼むよ、サヤ。……俺一人じゃあの数は倒すのに時間がかかってしまうからな」
「……分かった。倒し終わったら援護に行くからそれまで持ちこたえてくれよ?」
俺の提案にサヤが乗り、ルサ=ルカは冗談を言う。彼女もあのオーガがそう簡単に倒せる訳が無いとは分かっているのだろう、言っている内容の割に表情には余裕がない。
本当は俺があのオーガを引きつけておいて、ルサ=ルカ達に護衛の五匹いるホブゴブリンを一瞬で倒してもらった方が良いのかもしれない。だが、あの奇形オーガは初めて見る。攻撃を見切れない可能性も低くなく、その場合今の俺では普通のオーガよりも体格の良いアイツの一撃でやられてしまうだろうし、そうなると計画が瓦解する。元々ルサ=ルカはそんな危険な方法は許可しないだろう。
「さて、行こうか、サヤ」
「はい」
俺はサヤに声をかけながら、用心深く距離を測って倒すべきホブゴブリンに狙いを定めながら近づいていく。サヤは余裕がないのか言葉数も少ない。
「スネアバインド」
一番近いホブゴブリンに妨害魔法を使い、こちらに注意を向けさせる。そしてその瞬間にルサ=ルカは奇形オーガへ切りかかった。
戦闘の始まりだ。
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「ちぃっ! さすがに工兵達とは勝手が違う!」
俺は三体のホブゴブリン突撃兵達に囲まれながら悪態をついていた。
ホブゴブリン突撃兵。工兵や補給兵と違い、ちゃんとした武器と防具を装備しているホブゴブリンで、戦闘要員であるだけに強さは全く違う。
その五体のホブゴブリン突撃兵のうち、一体はサヤの魔法と俺の技を集中させることでなんとかすぐに倒した。違う一体は俺ではなくルサ=ルカの方へ向かってしまったが、マイケルがヴォルドの回復魔法で援護を受けながらオーガの攻撃を耐えているうちにルサ=ルカとニックが即座に倒した。そして現在、俺が残り三体を足止めしながらサヤは攻撃の機会をうかがい、残りの四人でオーガを囲んでいると言う状態になっている。
ここまでは予定通りなのだが、そこからが問題だった。
奇形オーガは今だその三本目の腕を使っていないにも関わらず、力強さと五メートルは有るだろうその巨体に似合わない敏捷さで大したダメージを受けていないようだった。こっちはこっちで俺は三体のホブゴブリン突撃兵相手に足止めに手いっぱい。サヤは俺を巻き込まないように魔法を使っているためにあまりダメージを与えれずにいた。
こちらの世界では単体攻撃魔法は味方には当たらないが、当たった後の範囲には巻き込まれてしまうというのが常識らしい。そのために初級魔法で削っていくしかないのだ。
「おい小僧。早うせんとあいつら死ぬぞ?」
急に口調の違うディーの声に、俺は焦る。おかげで攻撃を避け損ないそうになるが、なんとか立て直して返答する。
「……フェン、か? 何か知っているのか?」
「はい? 何をですか?」
集中しながら聞き返すも、返ってきたのはいつものディーの言葉であった。
(勘違い……か? いや、どちらにしろ嫌な予感はするのには違いが無い)
明らかに何かある三本目の腕。それを使われていない状態ですら拮抗している現状。……嫌な予感しかしない。
「サヤぁ! 俺ごと『ファイアエクスプロージョン』で吹き飛ばせ!」
サヤが現状使える最高の火系攻撃魔法『ファイアエクスプロージョン』。その名の通り爆発系の魔法であるが、それ故に威力も高いが範囲も狭くはないために乱戦には使いにくい魔法だ。それに消費も多いし詠唱時間も長い。
これまでの戦闘で俺を囲んでいる三体のホブゴブリンには有る程度ダメージを与えている。であるならばこの魔法で全て倒せるか、残っても瀕死だろう。この後少しの間サヤは回復に専念しなければならなくなるが、それは仕方がない。
「そんな!? カツミにも当たっちゃうよ?」
「大丈夫、なんとかする!……ディーもサヤのところへ」
予想通り反対されるが、無理やり押しきる。ここで問答している時間は無い。ディーに魔法が当たるのかは分からないが、念のため避けておいてもらう。
……不安に思いながらもなんとかする気になってくれたようだ、サヤの周りに魔法陣が浮かび上がる。その様子に気が付いたホブゴブリン達がサヤを攻撃しようとターゲットを返るが、予見していた俺はすかさず進路を塞いで向かわせない。
(もう少しで魔法が完成するな……。タイミングは一瞬。久しぶりだから成功するかどうか……いや成功させなければ)
敵が使ってくる範囲魔法の回避方法、それを味方の範囲魔法に対して使うだけ。それだけではあるがそもそもその方法が問題であった。
元々敵の強力な魔法に対する対処方法は普通は二つ。
一つは装備や防御魔法を使って耐えること。
もう一つはそもそも使わせないこと。詠唱の邪魔をしたり、魔法を封じたりするのだ。
だが、今はその両方の方法が使えない。であるならばどうするのか。単純に”避ける”のだ。
一番良いのは着弾の瞬間に魔法の効果範囲から逃げ出すこと。単体攻撃系の魔法であれば、俺のような回避系のプレイヤーなら体勢さえ整っていればそう難しくはない。だが、今回は無理だ。『エクスプロージョン』は着弾の前に逃げ始めなければ避けきれない範囲があるが、それをしてしまうとホブゴブリンがサヤに向かってしまう。
(来る!)
俺の頭上にマグマの塊のようなものが発現する。サヤの魔法が発動したようだ。だが、まだ回避はしない。
マグマの塊がどんどん膨張していく。ホブゴブリン達がそれに気が付き、防御しようと攻撃をやめて頭を腕で庇い始める。有る個体は逃げだそうとしている。だが、俺はまだ回避しない。
マグマの塊から漏れ出てくる熱気が肌を肌を焼き始める。隙間から強烈な光が漏れ始める。
(そろそろだ)
俺は覚悟を決める。このやり方はゲームの時でも成功率は八割から九割と言った所だった。失敗すれば魔法防御の高い装備ではない今の俺では、良くて瀕死と言った所。
(今だ!)
まさにマグマの塊が破裂する瞬間、俺は敵の真横に移動する技、”サイドアタック”を発動させる。狙うのは目の前のホブゴブリン。本来なら移動したところで範囲内なのだが……。
視界が爆発の光に覆われて何も見えない。だが体は確かに移動した感触がある。何も見えないがそのまま攻撃を振り切る。攻撃が当たらなくたってどうでも良い、このサイドアタックは『体が移動する一瞬だけ当たり判定が消失する』という裏技のような特性を利用するためだけに使用したのだから。
コンボがシステムとして存在するからもしやとは思っていたが、どうやら成功したようだった。いまだに視界は爆発の光でほとんど見えないが、ダメージを食らった感触はない。
しばらく待っていると目が慣れてきた。辺りを確認すると焼け焦げたホブゴブリンが、三体。逃げ出して少し距離のあった個体ですら黒焦げになっている。
「成功、だな」
「……良かった、無事、だったぁ」
サヤはその場にへたり込んでしまった。悪いことをしたな、と思う。どう見ても俺ごと巻き込んだようにしか見えなかっただろう。いや、実際巻き込んではいる。ただ”その瞬間だけ”俺が居なかっただけ。……これも後でちゃんと説明しないとな。サヤの魔力は予想よりも強くなっていた。失敗していれば俺もこの黒焦げと同じようになっていたかと思うと寒気がする。
「サヤ、少し休んでいてくれ。俺は援護に向かう」
だが、今は説明している時間はない。ルサ=ルカ達はいまだに攻め切れていない。さっきのフェンの言葉もある。俺に何ができるかは分からないが……。
全力で走って奇形オーガに近づき、攻撃を掻い潜りながら切りつける。
もちろん、この奇形オーガはボスに相応しくホブゴブリンとは比べ物にならないほど素早く、威力があり、的確な攻撃をしてくるが相手は単体。それにちゃんと攻撃を受けてくれる盾役が居る。
問題は俺如きの攻撃では表面に傷が付く程度でしかないということだ。だが、逆に言うとリゥ将軍とちがって俺程度の攻撃でも傷が付く程度の防御でしかない、とも言える。……やはりリゥ将軍は桁違いの強さだったんだな。今更ながらに思い知る。
「ルサ=ルカ将軍! さっきの技を使うので同じように強めの攻撃をしてください!」
「さっきのだな? 分かった」
リゥ将軍の恐怖を頭の片隅に追いやり、目の前の敵を倒す事に集中する。そう、こういう時こそコンボの出番だ。本当はもっと色々な組み合わせがあるのだが、今は確認している余裕がない。俺の通常攻撃で傷が付くのなら、ルサ=ルカのパワースラッシュでも結構なダメージを与えられるだろう。
「切り裂けぇぇえええ!」
三本腕のオーガがマイケルに右手で強めの攻撃をした瞬間の隙を狙ってルサ=ルカはパワースラッシュを打ち込む。だが、俺たちの中で一番の使い手であるルサ=ルカの事を警戒していたそいつはダメージを受けながらも、左手の小手で防ぐ。とても致命打とは言えない状態だ。
その隙に斜め後ろに回り込んだ俺は一呼吸置く。
「ラッシュ」
そして技の発動。焦りすぎても、遅すぎてもだめ。この微妙な”慣れた”タイミング。
……成功。さっきの魔法回避とは違い、もうこのコンボで失敗することなんてほとんど無い。
「ガァァァァアアア!? 貴様ラヨクモォォォオ!」
俺の短剣からルサ=ルカの攻撃の半分の威力の斬撃が連続して放たれる。あの三本目の腕を切り落とせたらと思ったのだが、深いダメージは与えられたもののそこまでには至らなかった。やはり、一発一発はルサ=ルカの攻撃には及ばないので、そううまくはいかないのだろう。だが、俺の攻撃力の低さから殆ど警戒していなかったために、ほとんど無防備だったその背中に強力な攻撃を叩き込めた。
「はっ、ざまぁ見やがれ!? 何言ってんのか分かんねえけど、とっととくたばりやがれってんだ」
及び腰ながらも必死にマイケルの回復をしていたヴォルドが罵る。……やはり俺にしか言葉は理解できていない?
ということは、言葉が分かるのはパヴロスリングの力。つまりフェンの言葉は空耳では無いと言うこと、か。
……まだ嫌な予感は続いている。
俺の攻撃で三本腕のオーガが体勢を崩したことによってルサ=ルカ達は少し余裕ができたようだ。だが俺は逆に緊張を強めていく。……このままでは終わらない、そんな確信のような予感がなくならなかったからだ。




