PeekMessage[1]="優しき死神";
「正面右手の岩場、どうやらあそこが入口のようです。さすがにあの見張りに気が付かれずに中に侵入することは不可能でしょう」
ニックは簡単な地図を砂に描いて詳細の説明を始めていた。
他にもいくつか入口は有るようだが、サヤの遠見の術で確認する限りは、他の場所は浅い所で砂に埋まっている様だ。
「そこで、強行突破を提案します。幸いここの兵力はホブゴブリンばかりの模様。応援を呼ばれる前に倒していけば、中を確認して出てくるぐらいはここに居る戦力で十分でしょう」
そんな過激な計画をにこやかに提案するニック。
「……本当にここまで大きな規模の怪しい物があるとは思っていなかったからな、スカウトの一人も連れてくるんだった」
ルサ=ルカは悔しそうにそう言う。
俺も本当にすぐ、そしてこの人数で行くと思っていなかったから曖昧にここの存在を言ったが、こうなると分かっていればもっとちゃんと伝えたんだがな。
(正に、後悔先に立たず、だ)
「はい、しかし、居ないものはしょうがありません。幸い、ここへは脱出用簡易転移陣は使えるようですから、よほどのことがない限り遺跡の中から逃げ切れない、ということはないでしょう。」
本当に、都合の良い場所にある脱出口。ゲームでも確かに攻略対象のダンジョンの入り口にはあったものだったが、この世界にもあるのか。
……ということは、やはりここには”この世界でも”何かがある可能性が高いな。
「も、もし倒すのが遅れて応援を呼ばれたら、そして大軍がいたらここまでは脱出できても、砦まで逃げ切るのは難しいんじゃないんですか?ねぇヴォルド副長?」
マイケルは必死に突入を考え直させようとする。まぁ気持ちは分かる。おれもここの中身を知らなかったら考え直させようとするだろう。
確かに、ルサ=ルカとニックが居ればほぼ問題は無いのだろうが、安全策とはとても言えない。
「そ、そうだそうだ。ここに何かがあっても、俺たちが全滅しちゃあ意味無いじゃないか!ちゃんと退路を作った上で、じっくりとだな。け、決して暗いのが怖い訳じゃないぞ?」
そして彼女らに匹敵する強さを持つ筈のヴォルドは、マイケルの尻馬に乗るかのように突入に反対し、そして墓穴を掘っている。……マイケルめ、知っていてヴォルドに話を振ったな?
「その辺りは問題ありません。本日正午までに我々の姿が遠見の術にもかからない場合、砦に残った部隊が救出に来る手筈になっています。ですので、合流するところまで突破できれば問題ありません。……本来は、防衛戦開始前にあまり大事にしないようにとのお達しですが、大事になるような戦力がここにあった場合、むしろ現時点での調査、破壊の方を優先すべきでしょう」
幸い、ルサ=ルカお嬢様は”将軍”になられたので裁量の範囲内です、とにこやかに答えるニック。
いつの間にか、恐らく俺達が準備に手間取っている間にであろうが、ちゃんとこういうケースをニックは見越していたらしい。
それもルサ=ルカが”将軍”になっているから出来ること。
(保守派の多いウォータ軍の将軍にこんなことを許可される訳がないよな)
「……確かに。よし、それでいこう。予想される侵攻開始日まで、もうじっくり攻略している余裕がもうない可能性の方が高い。それに大軍を動かせばこちらに主力を回される可能性もある」
少し考えて、ルサ=ルカは肯いてそう言う。彼女は基本的にじっとしていられないタイプだ。さすがに猪突猛進とまではいかないが、退路まで用意してあって進まないという選択肢は無いのだろう。おそらくニックはこの辺りまで計算づくだ。
「ちっ、ニックめ、余計なことしやがって。あぁ帰りてぇ」
その様子に、ヴォルドが希望が断たれたとばかりに嘆く。本当に暗くて狭いところが嫌いらしい。
マイケルも残念そうだ。
サヤは……よく分からない。緊張はしている様だが、表情が読めない。
この砂丘に来てから、いやゴブリン戦で俺が気絶したあとからか?殆ど喋ってくれなくなった。
だからと言って離れていく訳ではないので嫌われている訳ではないようだが……、ここから帰ったら少し話してみるか。
「ニック、先頭を頼む。その後ろに私が続く。ヴォルドは私の後ろ、それで良いだろう?」
ずっと嫌だ嫌だと言っているヴォルドに、ため息をつきながらルサ=ルカが応じる。
「へいへぇい、わかりやしたよ。お嬢の背中をしっかりと守らせていただきますよ」
ルサ=ルカの考えが変わらないことを理解したのか、ヴォルドは諦めて、それでも文句はぶつぶつといいながらルサ=ルカの後に着いていく準備をはじめた。
それとは対照的に、先頭という一番危険な役割であるにも関わらず落ち着いているニック。
……優しげな苦労人で、慎重派に見えるニックが実はルサ=ルカ達三人のなかで一番好戦的なんじゃないかと思えてきた。
なぜなら、その顔からは今でも緊張と言うよりは微笑みとすら思える表情だったからだ。
……前から思っていたのだが、この微笑みを見ると、すこし寒気がする。
さっきの『警告』の時もそうだった。単純に脅されていると言うだけでは済まない”恐怖”を感じた。
(まるで、笑いながら殺しを行うような、そんなイメージがする)
そんな考えが頭をよぎった瞬間、笑いながらオーク軍を惨殺するニックのイメージがフラッシュバックする。
(……そうだ、思い出した。死神。死神ニック)
ずっと聞き覚えのある名前だと思っていたが、あまりにもゲームの時と印象が違いすぎて同一人物だと思わなかった。
首都奪還のために壊滅したルサ=ルカの部隊の唯一の生き残り。
そして、仇討のためにオーク軍を単身で殺戮する狂人。
本来、味方のNPCの攻撃は当たらないものなのだが、こいつだけはプレーヤーにも攻撃が当たる。
だからと言ってこいつを先に倒そうとしても異常な強さと回復力で倒しきれないという厄介な”味方”。
オーク軍と戦っていると何処からともなく現れて、腕を吹きとばされようが気にせず攻撃を続け、そして吹き飛ばされた腕もすぐに生えてくると言うアンデッドさながらのキャラクター。
それが死神ニックだった。
「どうかしましたか?先ほどから喋られていませんが、特に反対意見はなさそうだったので話を進めましたが……?」
優しげな表情を装って話しかけてくる。いや、現在は嘘偽りなく優しい男なのだろう。
さりげない気配りや、言動から分かる。
ルサ=ルカを敬愛し、ヴォルドを信頼し、そして隊の仲間とも仲良くやっている。
人一倍真面目で、正義感のある男。俺を警戒しているのもその仲間を想うから。
だからこそ、なのだろうか。
あの悲劇さえなければこの人も救われるのだろうか。
「いえ、なんでもありませんよ。俺が殿を務めます。ディーも居ますから、後ろの警戒は他の人よりはやりやすいでしょう。」
俺がそう言うと、ディーもニックには見えもしないのに、胸を張って『任せてくださいです!』などと応じる。
「……わかりました。腕前は隊長から聞いています。貴方の生存能力なら適任でしょう。よろしくお願いしますね」
ニックは訝しみつつも応じた。
ゴブリンの集落での一件で歴史は変わった。
ルサ=ルカはゲームの時より早く将軍となり、リゥ将軍は”双頭”で無くなった。
十三聖者の一つも手に入れた。
そして今、ゲームの時には行われなかった、”オーク軍の秘密兵器の攻略”をしようとしている。
これが、どういう結果をもたらすのかは分からない。
成功すれば、歴史は変わるだろう。
「さぁ、きあいをいれていきましょ!」
「あぁ、頼りにしているよ」
「はい!」
今は俺の役割を果たすしかない。
そう信じて、俺は一番最後に砂に埋まった遺跡へと足を進めた。