Sleep[2]="十三聖者";
目を覚ますと、そこは”見慣れた”天井だった。
聞きなれた、壊れかけのエアコンの少し不快な音。シンプルなデジタル表示の時計。
「はぁ……、またか……」
流石に2回目になると前のように驚きはしない。よくよく辺りを見てみると、あるはずの物が無かったりする。ゴミ箱や机の上の本。そして昼間だと言うのに、静かすぎる窓の外。
「恐らく、夢なのだろうな。しかし、何の意味があるのか……」
確か砂丘の野営地で横になっていた筈だが……?
そんなことを考えながらVRの機器を乱暴に外すと、ふと思い立ってそのまま台所へと向かう。
また、あの二人がいるかと思ったからだ。
「ディー?やっぱり居たか。……今回は”お母さん”は居ないのか?」
予想通り台所にディーは居た。ただ、前回と違って一人だったため、夢だとは思っていてもなんとなく聞いてしまう。
ふと、違和感。
まるで”ゲームの時”のようにディーの表情が不自然。作りものの微笑み。
プレイして居た時には特になんとも思わなかったのに、こちらに慣れてしまった後ではどうしても人形のようにしか見えない。
そう感じた瞬間、まるで古いロボットのように首だけがこちらを向いて、口を開いた。
「よう、ヒューマンの小僧。次はお前が所有者か……。やはり、と言うべきじゃの。我が半身ならそうするであろうな。ひゃひゃひゃ」
ディーの不自然な笑みが不気味な笑みへと変化し、そしてディーとは思えない口調で話し始めた。
「ど、どうしたんだ?ディー?」
「でぃー?おぉおぉ、この体の名前か。ふむ、本来は死ぬ直前の姿となる筈じゃが……、わしには首しかないからかのう?」
不気味な笑顔のまま、小首をかしげるディー、らしき少女。
「な、何を言っているんだ?」
なんだ、なんなんだ。夢だろ、これは?なんでこんな夢を見るんだ、何の意味が有ると言うんだ。
「ひゃひゃひゃ、まだ分からんのか?と言うのは無理があるかのぉ。わしも初めての時はそれなりに驚いた故なぁ」
俺が混乱していると、ディーは目を大きく見開いたまま大笑いを始め、そんなことを言う。
「ひゃ、まぁこのままにしておいても埒が開かぬゆえ説明してやるがな、ここは秘宝十三聖者の一つ、パヴロスリングの作り出した世界、ということじゃよ」
ディー、らしき少女はひとしきり大笑いした後、不気味な笑みをまた、いや前よりも不気味な表情で喋り始める。
「……十三聖者?パヴロスリング?……あの茨の冠、か?翻訳できるだけじゃないのか……?」
十三聖者という単語に、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。そして、そのモノを思い出す。
リゥ将軍より投げつけられた、茨の冠。意識を失った後に見当たらないとは思っていたが……。
「翻訳、か。ふむ、我が半身としゃべったな?まぁ結果的にはそういう機能もあるな。言葉も知識の一つ故な」
我が半身、だと?
まさか。まさか、こいつは……。
「おまえは、リゥ将軍、とでも言うのか……?」
俺が殺した、将軍の片割れ。リゥ将軍を双頭たらしめていた、誇大化した脳みそを持つ首。
「……なんじゃ、まだ気が付いておらんかったのか。この見た目のせいか?ふん、ずいぶんと鈍い奴よのぉ」
ディー、いやリゥ将軍の片割れが俺見下しながら、そんなことを言う。
「だが、ワシがリゥと名乗るのも可笑しなところよのぉ。我が半身はまだ生きておる故な。……ふむ、フェン、とでも呼ぶが良い。ワシは幼き頃はそう呼ばれておった。捨てた名じゃが、まあよかろう。」
ディー、いやフェン、と呼ぶべきか。そいつはぎこちない仕草でそう言う。
「で、その、おまえがなんでここに居るんだ」
ここが夢ではなく、パヴロスリングの作った世界、と言ってはいた。
それを信じるにしても、それだけではこいつが居る理由にはならない筈だ。
「それを説明しようとしていたのじゃがな?まあ良い。……まず、このパヴロスリングの説明をしてやろう。おぬしはこれが翻訳ができると言っておったな?じゃが本質は違うぞ。こいつは『過去の所有者の知識を利用できる。』というシロモノじゃ。じゃからワシは過去に居たヒューマンの言葉が分かる者からの知識でおぬしらとしゃべっておったし、お主は恐らくワシの知識で我が半身としゃべったのであろう」
……説明は確かにつく。ただ翻訳が出来るだけの物をこいつが持っているのも不自然ではあった。そしてリゥ将軍は三つの秘宝をもつという設定上、あと二つはあってもおかしくはない。
そしてこれがその一つだと言うのなら、そうなのだろう。
だが。
「おまえがここに居る理由にはならないぞ」
知識が使えるだけなら、わざわざ世界を作ってまでこいつが出てくる意味が、無い。
「……ふむ。なぁおまえ、お前は大天才か何かか?またはそうである自信があるのか?」
何を考えているのか、急に話が変わる。
俺をからかっているのか?
「……無いよ、そんなの」
訝しみながらも、答える。ここで死んだらどうなるのかは分からない。だが、相手はあのリゥ将軍の片割れ、油断はできない。
「ではその天才ではないおまえに、歴代の所有者の知識を全ていきなり頭に流し込まれて、使いこなせる自信はあるかね?正気で居られる自信はあるのかね?」
見下したような表情で問い詰めてくるフェン。
「……無いよ。だけど、なんであんたが出てくる、その理由を全然答えていないぞ」
もう、こいつは何が言いたいのか分からない。
「ふむ。おぬしらヒューマン共も一つは持っておるからな、ある程度の性質は理解しておると思ったのじゃが、買いかぶりすぎか」
ここまで言っても分からないのか、とでも言いたいかのように彼女?はため息を吐く。
「……十三聖者とは、力を得る代わりに、それに匹敵するものを後で支払うというシロモノ。つまりこいつの場合は歴代所有者の知識を得る代わりに、死ねばその所有者の知識がこいつに記録される、ということじゃよ。ワシはその知識であり、知識の回答者じゃ。ワシの時は我らが殺したエルフの男であったし、このような妙な部屋でもなかったがな」
……確かに、ゲームの中でルサ=ルカは、ジューダスダガーの奇跡の代償を命で支払った。
だから、死んだフェンの知識が吸収されてここに居ると、そう言いたいのか。
「表面上の、一般的な知識ぐらいなら持っているだけで得ることが出来るがな。そうではない、もっと深い知識についてはワシのような回答者というクッションを用いて知識を得るのじゃよ。所有者が理解できる程度の、許容できる程度の知識を渡す、安全弁のようなものじゃ」
分かったか?とでも言いたげな、見下した瞳でフェンは言う。
……ディーと同じ顔をしている筈なのに、全く異質の存在。
「……死んだら、ここでずっと生き続けないといけないのか?」
寒気がする。こいつの話が本当なら、おれはパヴロスリングの所有者となっている。
なら、俺が死んだら、こいつの代わりに俺がその回答者になるとでも言うのか?
「少し違うのぅ。ここにいるワシはお前が知っているワシとは厳密には違う存在じゃ。ただの記憶の残滓にすぎん。じゃが生きていた時の全ての記憶を持っておるということはほぼ同じ存在ともいえると言う訳じゃよ。まぁ複製品、と言う訳じゃな。感情を模倣してはおるが、本当に感情がある訳でもない」
フェンは自分の事だと言うのに、まるで他人事のような説明をする。これが元々のこいつの性質なのか、複製された時にそうなったのか……。
「……分かったような気はする。だが、それならあんたが俺に協力する理由がないぞ。この世界では所有者に協力を強制される力でもあるのか……?」
感情が模倣されるのなら、敵であり、仇でもある俺にわざわざ説明する必要がない。
こいつと話し始めてから感じていた疑問。
この作られた世界でこいつが俺に対して敵対出来るのかは知らないが、感情があるというのなら、無言を貫くことだって出来る筈だ。
「おまえは死にたくないのであろう?」
急に、そんなことを言ってくる。フェンの話はいつも唐突だ。
「あたりまえだ」
死にたくはない。何かをしなければいけない、なんて強い意志は無い。
けれど、殺されたい訳がない。
「それがどういう意味か、もちろん分かっておろうな?最低でも帝国最強の我が半身の手から生き残る、ということじゃ。それより上があるのか知らんがな、ひゃひゃひゃ」
……そうだった。逃げるにしろ、戦うにしろ、あのリゥ将軍から生き残らなければならない。
あの決意、あの表情。忘れてくれるなんて、ある筈がないだろうから。
「……それが、何の関係がある」
けれど、それがフェンが協力しない理由ならともかく、協力する理由とは思えない。
「有る、大有りじゃわい。お前がまだ生き残っておると言うことは、我が半身はおまえを確実に殺すために、跡形もなく潰すために、完全に滅ぼすために、更に強く、完璧となってから来るのであろう。……分かるのじゃよ、ワシは我が半身とは”同じ”故な。おまえを殺すということは、もはや我が半身にとっては儀式のようなもの。自らの失敗、自らの弱さを克服するための、な。ワシと我が半身の立場が逆であってもそうしていたであろう、手段が同じかどうかは兎も角な」
フェンは、初めてあの嫌らしい不気味な笑みを、一瞬消した。だが、それは本当に一瞬で、また嫌らしい笑みを浮かべて喋り続ける。
「そこまでして殺しに来ると言うのに……おまえがその程度の強さでは我が半身が可哀そうであろう?せめて満足に戦わせてやるぐらいの強さにしてやるのが、ワシがしてやれる我が半身への最後の贈り物じゃよ。足掻くが良いぞ?おまえが足掻けば足掻くほど、我が半身の儀式は高みへ上るであろう。」
狂っている。そうとしか思えない、狂気とも思える表情。
「……それで、俺が勝ってしまったらどうするんだ?」
「おまえが、あやつに?ひゃひゃひゃ、おまえは正気かね?まぁ良い、まぁ良い。理想は高くというからのぉ。今のままでは万に一つですら過大評価であるがな?」
ひとしきり大笑いをした後、急に真面目な顔に戻って話し続ける。
「だがもし可能であるのならば、むしろそれこそが理想じゃよ。ん?訳が分からんという顔をしておるな?まぁ分かるまい。我らはお前に負けたのを除けば、一度も負けはなかった。誇って良いぞ、おまえ。どれだけこちらが手を抜いてやっても、我らに勝った者など居なかったのだからな」
フェンは自分を殺した相手に、とても優しく微笑んでいる。
「おまえ、我らが何故帝国に所属しているか、何故帝の命には従うか分かるか?……帝は最後の希望なのじゃよ、我らを打ち負かす、な。もし勝負して勝ってしまったら。そんなことになってしまえば、我らにとってこの世界には誰も居ないと同じことになってしまう。生きている意味を失ってしまう。故に我らは帝以外の強き者を捜しておった」
フェンは語り始める。今までの嫌らしい笑みを消し、とても真剣に、そして悲しげに。
「我らは負けたいのだよ。負けることによってのみ、我らはこの世界に生きていると実感できるのだ。強さこそ全て、強くなることこそ全て。オーガの本質じゃ。であるならば、最強となり、強くなる必要がなくなったら?それは生きていると言えるのか」
「我が半身は、そう言う意味では今が一番幸せであろう。何せ初めて、自らが望む”目的”を持ったのだからな。初めて全身全霊を込めて打ち込める目的ができたのだからな」
俺を、完全に殺す、という目的。
……思い出してしまう、あの顔、あの表情、あの言葉。
その瞬間、エアコンの音が消える。そして……意識が薄くなっていく。
「おまえを殺した後、我が半身は帝へ戦いを挑むであろう。そして帝はそれを受けるであろう、帝はオーガの中のオーガ故な。負ければよい、だが勝ってしまえば?もう後は”神”に挑むぐらいしかないであろう。だがそれはもう”この世界”で生きるのを辞めるのに等しい。そうではないか?」
もう、声しか聞こえない。
けれどそれは、大きな声では無いというのに、頭に、響く。
「お前は足掻くが良い。足掻けば足掻くほどに、我が半身は幸せで居られるのだ。可能ならば勝って見せよ、そうすれば我が半身は幸せなまま逝けるのだ。そのための協力を、ワシが惜しむ筈がなかろう。これで分かったかね?ワシがおまえに協力する理由が」
悲しげな声。
泣いて、いるのだろうか。
「……ふむ、目が覚めるようだな。そろそろおまえの頭がもたぬか。まぁまだ少しは時間はある。我が半身のことじゃ、年単位の時間はあるじゃろう。じゃから、足掻き方については次の機会にしておいてやろう。それまでは……死ぬなよ?」
もう何も、……考えられない。