Sleep[1]="砂丘";
「喉が、乾いた……」
もう何度目になるかはわからない呟きを漏らす。
空は憎らしいほどに澄み渡っていて、遠くの空に浮かぶ門が今日はいつもよりよく見える。
そして、見渡す限りの砂、容赦なく照りつける太陽。
俺はあの時、なんで偵察なんていう提案をしたのだろうと、過去の自分を呪わずには居られなかった。
「まださっき飲んでから時間はほとんど経ってないぞ。ほら、あそこに木陰がみえるだろう? そこまで我慢してくれ」
砂と同じような、少し黄色を含んだ、砂丘仕様の白いローブをまとったルサ=ルカが、そんな俺の手を引く。
はっきりいって、俺はこの大砂丘を舐めていた。
ゲームでは砂丘だろうと石で舗装された道だろうと、同じ感触だったで気にもしなかったが、今はちゃんと砂の上を歩いている。つまり普通に歩くだけでも足を取られ、ものすごく疲れるのだ。
そしてこの日照り。これもゲームに無かった要素の一つ。もちろん眩しいぐらいに日が輝いていたのは同じだ。だが、体感温度を演出として少し暑い程度にされていただけで、立っているだけでもつらいようなことは当然なかった。
(砦で砂が口の中に入ってきていた時点で気が付けよな、俺)
この季節の昼間の砂丘は慣れている者でも躊躇するような気候だ。だが、だからといって、夜目の効くホブゴブリンに見つかってしまうために夜に行くこともできない。
砦から歩いて一日程度と言う距離にありながらしっかり偵察されていなかったのはそういう事情もあるのだ。丁度、遠視の術でも見えない程度の距離。だからこそ、そこに秘密兵器を建造したのだろうが……。
「しかし本当におまえは不思議な男だな。このウォータで冒険者をやっていて、砂丘の恐ろしさを全くと言って良いほど理解していないなんてな。普通の装備で出てきているのを見た時にはなんの冗談かと思ったぞ」
そんなことを笑いながら言ってくるルサ=ルカ。やめてくれ、恥ずかしい。
そう、俺はゲームでのイメージから、特に装備を変えずにそのまま行こうとしていたのだ。
だが、外に出てきてみると、皆肌を露出しないように全て布で覆った、所謂砂漠仕様の服装。
慌てて俺用に用意されていたローブを着こんで出直してくると言う失態を犯したのだ。
「お嬢! 確かに妙ですぜ? ここらあたりだけ他に比べて見回りのホブゴブリン共が居なさすぎる」
俺がもうそのことを持ち出すのはやめてくれと懇願しようとしていると、厳つい顔をした副官、ヴォドルが遠視の術でみた内容を伝えてきた。彼らにしてみれば俺達に合わせた行軍速度は遅すぎて、先に行っては偵察するぐらい訳もないようではある。
今回の偵察には結局、俺を含めて六人で行うことになった。
俺とルサ=ルカ、そして二人の副官、厳つい大男がヴォドル、若い優男の方がニック。ニックと言う名前に聞き覚えはあるはずだが、思い出せない。
そしてどうしても付いていくと聞かないサヤと、そのお守としてついてきたマイケルである。
軍行動ではあるのだが、この人数であったために念のためパーティー登録をして行動している。そうしないと支援魔法や回復魔法が使いにくいのは、この世界でも同じらしい。
初めは皆、サヤが着いてくることに関しては反対していたのだが、ルサ=ルカが「何も見つからなければ砂丘の訓練、と言うことにしようとは思っていたから丁度良い。」などと言いだしたため一緒に行くことになった。
まぁある意味訓練になってよかったと思う。主に俺に、だが。
サヤが遅れてくるのは予想通りである。マイケルが手を引いて着いてきているが、それと大して変わらないようなレベルの俺。副官の2人は偵察しながらであるため、ルサ=ルカ自身に手を引いてもらっているのだ。もうかっこ悪いとか思う余裕もないために、なすがままにされてはいる。
マイケルに関しては予想以上に砂丘慣れしていた。というよりこの砦を守ることがウォータ軍の至上命題であるため、最終的な配備にかかわらず砂丘での行軍訓練は必ず受ける。そのために少なくとも基礎的なことは体に染みついているようだ。とはいってもいつもの軽口は出てこない辺り、余裕がある訳でもないようだが。サヤに関しては歩き始めてから一言もしゃべって居ない。大丈夫だろうか?
「そうか。本当に何かあるのかもしれないな。……よし、たしか遺跡より手前、1時間ぐらいの場所に身を隠せるポイントがあったな? そこで今晩は夜営しよう。ニック、先にいって確保しておいてくれないか」
ヴォドルの報告にルサ=ルカはそう答えた。
ニックという男は見た目の通りといえば見た目の通り万能型で、一人で大半のことはできるようだ。恐らくそのために先行を任せたのだろう。ルサ=ルカから指示を受けると、簡潔に返事をして走っていった。
逆にヴォドルという大男は、明らかに見た目も性格もパワーファイター系であるのに、役割は『回復役』である。二メートルはある巨体に、その体に合った大きな槍を担ぎながら豪快に笑うその姿。
誰もが味方であれば安心感をよせるであろう雰囲気であるのに、ゲームでは実は怖がりで痛いのが苦手という側面を持って居た。……最後の最後でそれを克服して、ルサ=ルカのジューダスダガーを使うまでの時間稼ぎをして果てるといった死に方だった筈。
彼女を救うことができれば、この人も救うことが出来る筈だ。
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夜。
なんとか日が暮れる前に予定の夜営地点に着くことができた。
結局、ここに到着するまでニックとヴォルドがうまいぐらいに誘導してくれたのもあって全く戦闘をしないで済んだ。偵察と言う任務で考えると見つからないに越したことはない。
「おそらくカツミの予想は当たりだな。近くに来るまではほとんどいなかった見張りが、遺跡の付近には急に増えた。少なくとも何か隠している。そしてオーク軍がわざわざ我々から隠すということは、今回の侵攻に無関係と言うことはないだろう」
ここに着くや否や横になってへばっている俺たちの横で、ルサ=ルカは先行していたニックの情報と突き合わせて3人で作戦を練っていた。
「……危険だが、このまま我々だけで確認するしかないな。オーク軍の侵攻が始まるのは予想では五日後。やつらの拠点の状況から大きくは、ずれない筈。そしてここまで往復で二日。どちらにしろ大軍で攻めることはできない。となると我々で確認し、可能であれば破壊するのが一番だな」
彼女はそう判断する。副官の2人は彼女の決定に反対することは無いようだ。頷きだけで答えている。彼女たちの付き合いは長いようで、ものすごく息の合った連携をしていた。
「さて、それじゃあ俺が先に見張りしとくから、朝方はニック頼むわ」
「はいはい、じゃあもう寝ますよ。ほらほら、そちらの方々もちゃんと毛布はかぶって寝てくださいね、夜は冷えますよ」
「おい、私も見張りをするぞ?」
「いやいや、明日は殴り込みなんでしょ? お嬢が主戦力なんだからちゃんと休んでてくださいよ」
「いや、だったら……いや、いい。分かった。だが無理はするなよ?」
「はいはい、わかって………だから……」
だんだん、声が遠くなっていく。
「……ミ、もう寝たのか……ひくぞ……」
なんだか、毛布らしきものを掛けられたなということだけは分かった。
けれど、俺の意識が手放さずにいれたのは、そこまでだった。