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「うん、だいぶ良くなってきたな」
彼女はそう、息も乱さずにそう言ってきた。普段着と思われる薄手の白いワンピースも全く乱れていない。額が多少汗ばんでいるぐらいにしか見えない。
「ち、くしょう。全然当てられる気がしねえ」
対する俺は、もう恰好つける余裕が無いほどに疲れ果てていた。
そう、俺は今、かの英雄、ルサ=ルカ将軍に武術の手ほどきを受けているのだ。
理由は単純で、寝たきりで体力の落ちた俺が、リハビリがてらに始めた素振りを見ていた彼女が『力になりたいんだ!』などと言ってきたため断り切れず、仕方なく始まったのだ。
はっきり言って俺の戦い方は、回避以外はスキル頼みのやりかたである。8年もやっていればそれなりに様にはなってきてはいるが、通常攻撃はモーションアシストに頼った効率の悪い戦い方だった。
「しかし、見れば見るほどにキミの戦い方は歪だな。殺す気で行かなければ私でも当てられないような回避スキルを持っているかと思えば、攻撃に関しては雑兵レベルよりは少し上かどうか、という程度でしかなかった。本当にどうすればこんな風になるんだ?」
その質問はもう何度目だろうか。そして俺は、その質問には決まって同じ言葉を返す。
「はぁ、はぁ、ただ痛いのが苦手なだけだよ。臆病だっただけさ」
嘘じゃない。この戦闘スタイルになった理由自体はその通りだ。一人プレイで戦うことが多かった時にこういう回避主体の戦い方でプレイしたいたのが、パーティーで”囮役”としてうまく”はまった”ためにそのままそのスタイルを貫いただけで、初めからそうなりたかったわけではない。
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敵の攻撃を真正面で受け止め続ける『盾役』
そのタンカーを信じて、多少のダメージをものともせずに敵を攻撃する『近接攻撃役』
攻撃だけに全てを賭け、殺しきれなかったときは死ぬ時という『遠隔攻撃役』
傷ついた彼ら彼女らを、自らを犠牲にしてでも癒す『回復役』
仲間を強化し、そして敵を弱体化させる『支援役』
これがパーティーにおける主な役割だ。このゲームには『職業』といった固定された枠組みではなく、各個人のスキル構成によって8人でそれぞれの役割を分担する。
ただ、これらの役割は全て、大なり小なり攻撃を受けるリスクを負う。盾役は自ら望んで、そのほかの役割は盾役が何らかの理由で防ぎきれなかった場合、攻撃を食らってしまう。
それを、一切攻撃を食らいたくないという考えでやり始めたのが今の俺の役割、回避特化近接攻撃役だ。正直なところ、初めのうちは一般的なパーティーに居場所はなかった。普通、盾役さえしっかりしていればほとんど攻撃を食らうことがないのに、攻撃力を犠牲にしてまで回避力を上げる必要性がほとんど無いからだ。
けれど、俺はそれでも良かった。
元々勉強ばかりしていた俺を、息抜きにどうだと親友のコタローに誘われたからプレイしていただけだった。そのコタローやその仲間たちも効率を求めるタイプではなかったので、誰に迷惑をかける訳でもなく、みんなして普通じゃない戦い方をして楽しんでいたものだった。
攻撃重視な盾役、最前線で戦う回復役、使う強化や弱体をサイコロで決める支援役、強さよりもかっこよさのみを追い求める遠隔攻撃役。
彼らに比べれば俺はまだましな方だったのかもしれない。
皆がそれぞれの楽しみを見つけている中、俺が見つけた楽しみは『全ての攻撃を回避する』こと。このゲームは発売当時から敵のモーションはとても凝っていて、ちゃんと攻撃準備から攻撃、そしてまた元に戻る、という動作が組み込まれている。そのため、理論上は攻撃準備を見極めさえすれば全ての攻撃を避けられる。
それに気が付いた時、俺は敵の攻撃パターンを必死に覚えた。覚えて確実に避けられるようになった時は最高にうれしかった。
そしていつしか望んで知らない攻撃を食らいに行っては避け方を覚えると言う、手段と目的が入れ替わってしまっていたのだ。
それを数年続けた結果、余程の格上か特殊な攻撃でなければ、初見でもほぼ全て回避できるようになっていたのだった。
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「臆病、か。かのリゥ将軍に単身で立ち向かったキミにそう言われると、我が軍のほぼすべてが臆病者と言うことになってしまうぞ」
ルサ=ルカはいつものようにそう返す。初めはため息すらついていたが、どうやら今ではこのやり取りを楽しんでいるようだ。
「だが本当に、この三日で見違えるほど良くなった。これは明日には私も鎧を着て相手をしないといけないかもしれないな」
などと、人によっては嫌味にしか聞こえないことをさらっと言う。もちろん悪気はないのだろうし、有るようにも全く見えないのはこの人の仁徳のなせる業なのだろう。
「はは、俺も驚いているよ。師匠が良いからかな?」
これはお世辞などではない。我流なりにでも数年は武器を振ってきて、それで今の結果だというのにこの三日で明らかに分かるほど変わった。
特に変わった教えを受けているわけではない。攻撃しながら避ける彼女に必死になって攻撃するだけなのだが、おそらく上手く誘導してくれているのだろう。そうでなければ、転生ボーナスがあったにしてもここまでうまくなることはないだろう。
「ふふ、力になれたのなら嬉しい」
俺の言葉を全く疑いもせず受け入れる。彼女は自分に敵意を持っている相手以外は無条件で信じるタイプのようだ。確かにゲームでも疑うと言うことを知らなさそうな描写ではあったが、ここまで素直だとは。
まぁここまで素直だと罪悪感がありすぎて嘘をつくことなんてできないのだが。
居心地のいい場所。
ゲームの時から好きな町だったが、転生してからこの町が更に好きになった。このルサ=ルカや、マイケル、サヤを始め、街の人たちは皆個性的で良い人だった。
……だが、現実は残酷だ。
未来を知っている俺には分かる、絶望的な状況。
軍部は不正が横行しているわけでもなく、無能な指揮官が多いという訳でもない。皆歴戦の兵で、特に不和が多いという訳でもない。
そう、つまりこれと言った、ここを直せば強くなる、勝てるといった弱点がある訳ではない。
単純に、大幅な戦力差による敗北。
それがこの大陸の隅にまでおいやられ、頼れる同盟国が有るわけでもない状況を作り出していた。つまり、奇跡でもなければ、遅いか早いかの違いだけでいつかは滅亡する運命にある国。それがウォータの置かれた現状である。
「……そろそろ、体も回復したようだし、帰ろうと思うんだ」
出来ることなら助けてあげたい。だが、俺ができることなどたかが知れている。そしてそれ以上に、俺はあの異形に目を付けられている。
「そうか。……前にも誘ったが、軍に来ないか? 本当は別に緊張しても踊ったりはしないのだろう?」
どうやらばれていたらしい。本当にこの人は俺のことを買ってくれている。正直、すごく惹かれる。でも。
「……いや、ちょっと旅に出ようと思うんです。もともとここには立ち寄っただけだったので」
あの異形は必ずやってくる。毎晩のように夢に出る、リゥ将軍の最後の言葉。
今度は絶対にあの異形は油断しない。何故まだ殺しに来ないのか不思議なぐらいだが、今やってきてもおかしくないのだ。すぐにでも離れなければいけない。
……あの日以来、姿を見ないディー。あいつさえいれば、その日にだって出て行こうと考えた。
もしかしたら迷っているのかもしれない、この街に居ないとだめかもしれないなどと言い訳をして今日の今まで引き延ばしてきたが、それももう限界だ。
「カツミ。お前はこの町が、嫌いか?」
彼女は逆方向を向いてそう問いかけてきた。誤解をさせただろうか。
「そんな訳、ないさ」
誤解をさせたままの方が良かったかもしれない。だが、そこだけは嘘をつくことが出来なかった。現実かゲームか、訳も分からないこの状況で優しく包んでくれたこの街と、そこに住む人々。嫌いになれる訳なんか、ない。
「……そうか。それは良かった。……ならばカツミ。歯をくいしばれ」
そう、だから俺は歯を食いしばるしか……って、え?
「ぐぇ」
……殴られた、のか?あまりにも唐突のことに全く回避できなかった。
「我々をなめるな、カツミ」
理解できずに地面に転がっていると、クールだが優しいという雰囲気しか見せたことのない彼女からは想像もできない怒りの口調で俺を攻めた。
「どうせお前のことだから、自分がいたらリゥ将軍が来る、迷惑になる、などと考えているのだろう?」
な、ぜ?何故知っている?
「最後に何を言われたかは聞こえてない。だがリゥ将軍は生粋の武人と聞く。そして私も戦って将軍が聞いている以上に武人であると確信した。ならば言ったことは一つだろう。必ず殺しに行く、首を洗って待っていろ、と」
違うか? と怒りのまなざしで問い詰めてくる。
「もう一度言うぞ?我々をなめるな、カツミ。そんな同情で生かされてうれしいと思うのか。私に、いや我々に命の恩人に恩を返す力すらないと、おまえは言うのか」
途中から、彼女の声は涙声にすら、なってきている。
殴られた頬が、痛い。
「カツミ。お前がもし、死にたくないと、逃げだしたいのだと言うのならば私は止めるつもりはなかった。いや、手助けすらしただろう。だが違うのだろう? お前と手合わせして分かった。お前の剣は足掻くものの剣だ、生き残るための剣だ。そうだろう? お前は一人で戦い、そして生き残る覚悟をしたのだろう? ……確かにそれはとても勇敢で、そしてとても崇高な覚悟だ」
だが、と彼女は上を向きながら続ける。
「我々も同じだ、カツミ。この国の人間を見てみろ、みな楽しそうに生きているだろう。だが、皆、薄々気が付いている。この国は今のままでは近いうちに滅亡することに。それが今日か、来年か10年後か、それぐらいの違いだと言うことに。だが皆諦めたりはしていない。皆必死に生きているのだ。普段は荒くれ者で、集団行動などできはしない者たちですら、いざ戦争になれば皆自分ができることで協力し合っているのだ」
文句は言うものの、協力するとなれば手を抜かない冒険者たち。彼らもこの街に惹かれた者たちなのだ。
「……我々を信じてくれ、カツミ。確かにあの時、我々は力になれなかった。リゥ将軍を追い返したのはおまえの独力だろう。……だが、次こそは力になりたいのだ。何故、まだリゥ将軍がやってこないのかは分からない。だが、それを調べることだって、来ることがわかったら迎え撃つ準備をすることだって、そして今のようにいずれ来る戦いに向けて特訓をすることだってできるのだ!」
彼女は俺の眼を見てそう言う。もう涙を隠そうともしない。俺の視界も、歪んでいく。
「カツミ。おまえがこの国が、この街が好きだと言ってくれるなら、お前がするべきことはこの街から離れることではない。お前はこの街の希望なんだ。オーク軍の最強であるリゥ将軍と言う絶望を傷つけた一筋の光明なんだ。それは僅かな光りかもしれない。それでも確かに光なんだ。だから、おまえがこの国のためにというのなら、おまえがするべき”役割”は一緒に足掻くことじゃないのか?」
そして彼女は目に涙をためたまま、微笑みながら俺に手を差し伸べるのだ。
「我々と共に征こう、カツミ。今はまだどうすればいいのか分からない。だが我々は、少なくとも私は力になる。我々と共に足掻こう、カツミ。……私と共に闘ってくれ、カツミ」
美しい髪、強い意志を秘めた瞳。
傾きかけた太陽を背にする彼女はまるで神話の中から出てきたようで、……そんな彼女にそこまで言われて手を振り払うことなんて、俺に出来る訳がなかった。
本当に馬鹿だな、俺は。分かっていたじゃないか。
本人が強いにしても、優しいだけの人が若くして将軍になれるほどに、この世界は甘くないんだって。