Destructor[2]="勝利と報酬";
対峙する異形の、女性の方の顔、その眉をじっと見つめる。
普通の敵ならば腕や体が動いた瞬間に避ければば問題ないのだが、こいつの場合はそれでは遅すぎる。
だから、戦闘が開始する瞬間、その見極めにはこいつの表情をみるしかないのだった。そして物を見るようなこいつの冷たい目が、始まる瞬間にだけ敵を見る目になる、そこで回避を開始する。それが分かりやすいのが、眉。
そして、そのタイミングは……、今!
その攻撃は予想通りの縦振りの太刀筋。恐怖でよろよろになった体を、無理やり横に倒して避ける。次の回避など考えない、そういった避け方。
もちろん、それでは追尾するこいつの太刀筋を避けられない。
そこで、忍刀の技を使う。本当は以前のように無難に足を狙うためにサイドアタック、と行きたかったのだが、それでは縦振りから横薙ぎに変わるこいつの太刀筋を避けられない。だから修行場で新たに覚えた二つ目の技、バックアタックを使う。
「バックアタック」
そう念じると体が瞬時に移動する。この技はターゲットの上部後方に移動する技で、他の技より使いにくいため本来はあまり使わない。なぜなら上空に現れるため、攻撃後の隙、着地する時間の分が大きすぎるからだ。
だが、予想外の場所への移動に愕然とする。近接戦闘は女性の頭の方が行っているようなのでそちらと戦っているつもりだったのだが、いざ移動してみると老人の頭の真後ろだった。
しまった、と思うがもう遅い。おそらく恐怖に呑まれたあの視線。あれが攻撃を受けた扱いとなり、一番初めに攻撃を受けた段階で老人の頭の方にターゲットが決まってしまったのだろう。
老人の頭のほうに傷を付けても無効、などと言われたらどうしようと思いつつも、もうやり直すチャンスはない。
当初の予定通り、連撃の壱でバックアタックをキャンセルし、短剣の第三の技、ラッシュを使う。これによって4回連続攻撃となるので魔法のバリアを破る、という算段。
こいつの体自体の防御力はかなり高く、ラッシュではダメージを与えれそうにないが、バリア自体はどんな攻撃でも1カウントである。あの時のバリアの枚数は3枚、ぎりぎりだ。そしてこのままではダメージを与えられないので、二刀流の第二の技、連撃の弐を使い、そして短剣の第二の技、ピアシングアタックを使う。連撃の弐は『最後の一撃を次の技に変更する』であり、ピアシングアタックは名前の通り『防御貫通攻撃』だ。
連撃の弐とピアシングアタック。これまた普段は滅多に使わない技だった。連撃の弐は一見便利そうだが、威力2割低下、消費2倍、という制約が重すぎ、ピアシングアタックは防御無視ではあるのだが、ラッシュを覚えてしまえば、普通の敵なら短剣程度の防御無視攻撃より四回攻撃の方が強いのだ。
ソードブレイカーによる一回目の攻撃、鈍い感触がしてはじかれる。だが無視して二回目の攻撃、やはりはじかれる。
三回までなら大丈夫と分かっていても焦ってくる。この3連携の技でSEはすべて使い切った。これで駄目なら……、いや信じるんだ。
三回目の攻撃、はじ、かれない?予想に反してはじかれずに老人の頭のむき出しの脳みそに突き刺さる。なぜ?あぁ、あの時俺のレベルは最大だったが、こいつらも時と共に成長するのか……?
良かった。これでもう大丈夫、賭けには勝った。とりあえず既に発動してしまった技はそのまま動作するが、まあ多い分には文句はないだろう。そうして既にセットしていたピアシングアタックが発動する。
ぶすり。
貫通攻撃の効果なのか、全く抵抗なく脳みその奥底にまで突き刺さる。これって人間なら即死じゃないか? などと思いながらも突き出した腕を引っ込めて地面に着地する。いや、し損ねてこけた。そうだ、倒れるように避けながらバックアタックを発動したため、そのままの体勢で落ちてきたのだ。ゲームではちゃんと姿勢は治っていたんだが、これも違いだな。
そんなことを考えながらも転げながら念のために距離を取る。これで駄目ならどっちにしろ駄目なのだが、やはりそれはそれ。こんな奴の近くには出来るだけ居たくはない。
異形が何事もなかったかのようにこちらを向く。
やはりあの程度じゃダメージは軽微か、……って! あれ、老人の方の顔、完全に死んでないか? あれで、生きてるの? そんな化物か、って今更、なのか?
恐怖で麻痺していた筈の内臓が、それでも胃の中のすべてを吐き出したくなるような、潰れた顔。そんな俺の顔に違和感を覚えたのか、女性の顔が老人の顔を見る。
「~~~、~~~~~!!!!!」
何か、叫んでいる。だが、反応はない。やはり、死んだのか?
息が、苦しい。
やばい、やりすぎたかもしれない。あいつにとっては双子のようなもの、それを殺した俺を見逃してくれるとも思えない。けど、どうしろって言うんだ。くそ、理不尽じゃないか。
少しの間喋りかけた後、彼女は老人が被っていた茨の冠をそっと、目をつぶって、涙を流しながら脱がせた。
そして、何を思ったのかそれをこちらに投げてよこしてきた。殺される。正直そう思った。だが、投げてよこした後も、そして俺がそれを拾ったあともじっと上を向いて何かを考えていた。
逃げても、良いんだろうか。
これは、勝った報酬、ということだろうか。どんな結果であろうとも、賭けは賭け、か?武人と誉れ高いリゥ将軍のことだ、それはありうると言えばありうるのだが……。
そんなことを考えていると、ずしりと思い音が響いた。ふと気が付くと、後ろの黒いオーク軍騎士がこちらへ向かい始めてきていたのだ。
やばい、やはりそう来るのか。
どうするべきか。なにか、何か手段はないのか。だが、焦る俺とは裏腹に、リゥ将軍が上を向いたまま彼らを遮ることでその場は収まるかと思えた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
咆哮。正に咆哮。意識が飛びそうになる。オーク軍兵士の共通スキルに咆哮と言うものがあり、その瞬間だけ攻撃がキャンセルされるというものがあった。だが、これは兵士たちのそれとはケタ違いだった。
桁違いに恐ろしく、大きく、そして、悲しかった。
「オマエノ名前ハナンダ」
え、老人の方しか人間の言葉はわからないんじゃなかったか?
「名前ハナンダト聞イテイル!」
まるで副音声でも聞いているかのような感触。もしかして、この茨の冠の効果か? 十三聖者、ということか。
「カツミ、カツミだ」
本当は答えたくなかった。理由は何となくわかるからだ。だがとっさに嘘は付けなかった。それをしてはいけない気がしたからなのかは正直分からない。
「ソウカ、カツミ、カ」
そう言ったかと思うと、彼女はあろうことか老人の首があった場所へ自らの腕をつっこみ、そして恐らく老人の首であろう骨を引っこ抜いた。
何をしたのか一瞬分からなかった。そして分かった後に肝が潰れそうになった。
自分の首に生えていた骨を、自ら引っこ抜く。そんな、異常。
だが、異常はそれで終わらない。
「カツミ、刮目セヨ!」
そう言って、彼女は、老人の顔、であったものを、食べた、食べたのだ。もうだめだ。そう思った。でも視線を反らせなかった。俺のせい。俺が殺したことによって起こった、ある種の悲劇。
「カツミ、礼ヲ言ウゾ」
短い時間、いや、長い時間だろうか。もう感覚が麻痺していて分からないが、黙々と自分の半身だった物を食べ続けた。
そして食べ終わった彼女は、少し傾いたままの顔で、顔中に青や緑の血を付けて、そして獰猛に嗤いながらそう言った。
「コレデ『我ラ』ハ、ヒトツノ『我ラ』トナッタ」
呼吸も、出来ない。
殺意が、明らかに分かるほど膨れ上がっている。
後ろのオーク兵ですらおびえている。
「コノ礼ハ、絶対ニ返スゾ。ソウ」
瞬間、姿が消えて、
彼女の顔が目の前にあった。
「絶対ニ殺シテヤル。潰シテヤル、滅ホシテヤル。絶対ニ、ダ」
それを聞いて、意識が飛んだ。
もう、駄目だった。
本編第一章はこれで完結です。
続けて外伝を1話挟み、第二章へ続きます。