Destructor[1]="覚悟";
何もない、世界。俺はただ、逃げたかったのか。
初恋の人から?
親友から?
ゲームから?
それとも、現実からか?
あァ。全てからか。
そう理解した瞬間、体が浮いた、ような気が、した。
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「どけ、死にたいのか!」
敵の目の前で棒立ちしていた冒険者らしき男を突き飛ばした。
確か、カツミ、と言ったか。冒険者にしては良い着眼点の持主だった筈。何があったのか、という謎は、敵の居る広間に足を踏み入れた瞬間に氷解した。
「これは……、死地、だな。オーク軍のリゥ将軍、噂以上の化物か」
散らばった死体、血の海、そしてそれすら気にならなくなる程の、恐怖そのものの存在。
軍でも有数の実力者である自信があった。幾多もの死地をくぐり抜けてきたつもりだった。
だが、どれもこれも今と比べれば生易しいとさえ思えた。
……けれど、私はここの指揮官だ。
少なくない兵士たちの命が失われてしまった。責任は、とならければいけない。
腰に下げたダガーを握りしめる。遺された唯一の、母の形見。
「……お母さん、私たちに、力を」
覚悟を決める。
もう異形は目の前だ。
どちらにしろ、戻る事など出来はしないのだから。
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鈍い、痛み。
気持ち悪い、感触。
鼻につく、臭い。
「俺は、何を……?」
とても怖い目に、あったような?
遠くで何か、声がする。
「あれは、リリー?」
何か叫んでいる、金髪の彼女。違う、あれは……!
「そうだ、俺はあいつと!」
何故ここに来たのか、唐突に思い出す。
「って、俺は血だらけじゃないか! ……だが、無傷? あぁ、あぁそうだ。俺はあいつと対峙して、それで……」
恐怖に、呑まれたのか。
魔法的な暗示か、本物の殺意か。いや、両方かもしれない。
危なかった。
何もしないうちに殺されるところだった。
瞬間、叫び声、そして衝突音。見るとルサ=ルカ隊長が壁に叩きつけられていた。
「な、し、死んだ、のか?」
間に合わなかった。崩れ落ちるように倒れた彼女を見て、思う。
「いや、他人の心配をしている場合じゃない、か」
そう、既に立っている人間は俺一人。
今度は恐怖に呑まれない、という自信などない。
けれど、やるしか、ない。
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目の前で何か叫んでいたヒューマンは、軽い一振りでやはり吹き飛んでしまった。
「ふむ、多少骨があると思ったが、やはり大した奴はおらぬのう」
耳元で相棒が言う。
当たり前だ、と思う。
ヒューマン如き、そもそも相手になる筈がないのだ。
「つまらん」
自分の気持ちを素直に吐きだす。そうするといつものように相棒は笑って答えた。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ。我らが強すぎるのだ。そうよ、戻ったら帝に東か北にでも行かせてもらえるよういうてみるか」
「鳥か魚か。どちらも弱いぞ?」
相棒はヒューマン以外と戦えと言っているのだ。けれど、何と戦っても負ける気などしない。
「そうよ、そうよ。だが、まだまし、ともいえよう。奴らの根城に我らだけで挑むと言うのも、悪くないやもしれんなぁ。ん? なんじゃまだ向かってくる奴がおる」
生きている死体か、と一瞬思った。死者蘇生でもだれかがかけたかと。だが、良く見ればただ単に血まみれなだけのヒューマンが、そこには居た。
「ふん、恐怖に呑まれたというのに、まだ向かってくる、か」
そのまま死んでいれば幸せであったろうに。何をこのんでこちらに向かってくるのか。
「ひゃひゃ、お前も物好きよな。またあの”賭け”をするのか?」
相棒は何も言わなくても分かってくれる。生まれたときからの、我が半身。
「ま、たまには負けたいものよな。そうでなければ腕もなまると言うものじゃ、ひゃひゃひゃひゃ」
今回はいつもより期待できそうにないが、と付け加える。
私もそう思う。さっきのメスの方がまだ可能性はあっただろう。けれどももうあれは動きそうにない。
「後ろの黒騎士どもはヒューマンどもを狩りたくてうずうずしているようだぞ、するならさっさと済ませると良い」
配下の者のことなど、私にとってはヒューマンどもと同じぐらいどうでもよかった。今回だってこいつらが出てこなければ貰うものだけ貰って、さっさと帝都に戻りたかった。だが、相棒の言うことはいつも正しい。今回だって正しいに決まっている。
「わかった。いつも通り、あいつに賭けの内容を伝えてやってくれ」
だから、私は私の生き甲斐を、とっとと済ませることにしたのだ。
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震えてうまく動かない足を、無理やり動かして異形の前へ歩いていく。
とっくに異形にとっては射程範囲。
こちらには気が付いているようだが、何かぼそぼそと”異形同士で”喋っているだけで、特に攻撃してくる気配はない。
いける、はずだ。
『目の前から一人で歩いて立ち向かうこと』
それが、一騎討ちとなる、条件。先に攻撃を仕掛けたり、突撃したりすれば問答無用で殺される。
やつにとっては、俺などいつでも殺せる存在。
そんな存在へ、望んで向かっていく、恐怖。
はやく、早く終わってくれ。それ以外を考える余裕などなかった。
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「ひゅううううううまんんん! 聞けええええ! お前に生き残るチャンスをやろうううう!」
やった。にやけそうになるのを必死に我慢する。本来は嫌悪感を覚える声色だというのに、今回ばかりは福音にさえ思えた。
どれぐらい歩いただろう。恐らく、距離的にはほとんど歩いていない。だが、これまでの人生の中でどの時よりも長い時間と思えた。
だが、何度も聞いてきたセリフの始まりに安堵し、また呑まれかけていた恐怖がすこし緩む。
この先も恐らく死地だ。綱渡りのような、そんな戦いだろう。だが、それでも、まだ道はあるだけましなのだ。
「我らああに傷を、一つでも付けてみよううう。塵芥ほどでもかまわんん。そうすればああ見逃してやろうううう」
野太い声で、老人の顔が喋る。こちらの言葉をまともにしゃべることができるオーガはこいつだけだ。といっても聞くに堪えない発音ではあるが。
「だがぁああ? できないときわああああ。皆殺しだああああ。ひゃああひゃひゃひゃ」
老人の顔が癇に障る声で嗤う。だが、気にしている場合ではない。
奴の声を聞きながらも歩いていた俺は、奴が喋り終わっていたときには目の前にまで来ていた。
距離、よし。
位置、よし。
こいつの攻撃は異常に高速だ。攻撃の方向を見てから避ける、なんてことは出来ない。
それはレベル最大の時でもそうだった。
ならどうするのか。
攻撃開始のモーションが出た瞬間に予測でよけるのだ。そのために、全く同じ太刀筋になるように位置と距離を調整しているのだ。
だが、この一騎打ちには二つの罠がある。
一つ目は、太刀筋。こいつは三つ、他のオーガとは違う特徴がある。一つは双頭、一つは薄い肌の色。もう一つは、腕の筋肉の付きかた。良く見れば確かにこいつの腕は普通とは違う膨れ方をしている。これによって、”攻撃の途中で太刀筋が直角に曲がる”。
設定ミスと言われる理由の一つ。モーションを見て避けただけでは、まるで追尾してくるかのように、攻撃が曲がってくるのだ。
そしてもう一つの罠。傷一つでもつければよい、と言っているが、こいつには魔法防御が幾重にもかかっている。それはダメージ量で消えるタイプのものではなく、1枚につき一回分攻撃を防ぐ、という類のもの。つまり、同じ場所に何度か当てないとそもそも攻撃が当たらないのだ。
以前戦った時には、太刀筋を体で覚え、足の同じ場所に何度も攻撃することで勝利した。
だが、今回はそのやり方では無理だろう。まず、既に恐怖でふらふらのこの体で、一回以上避けれると思えない。
そして、もう一つ致命的なのが、武器の差がありすぎてとてもダメージを与えれると思えないことだった。あの時はユニーク武器を除けば最高レベルの武器であったのに対して、今は強くてソードブレイカー+2。比べれば明らかに見劣りすると言わざるを得ない。
ならばどうするのか。それは、マイケルに言った”勝算”、そして、ゲームの時との違い。
基本的にゲーム中ではクエスト開始時にスキルエネルギー、SEは0か0に近い状態になる。それはこの「最強との一騎打ち」でも一緒だった。だが今は違う。ゴブリンに使った投げナイフでたまったSEが今のレベルで溜める事のできる最大まで蓄積されている。
これを使うのだ。もちろん、技一つでどうにかなる相手ではない。この戦い専用とも言える組み合わせを使う。
「さあああぁて。いくぞおおお」
野太い声を合図に、武器を構える。
使う技と、それによって消費されるSEの量を計算し、使えることを最終確認する。この技が効くかどうか、そもそもゲームの時と同じ行動パターンか、そんなことはわからない。
ひとつでも違っていればその時点で瓦解する、その程度の勝機。
実物とこうして対峙して思う。正直、甘く見ていたと言わざるを得ない。
ただ、もう他に方法はない。
勝てると信じて行動するしか、無い。