Destructor[0]="最悪の敵";
「なんなんだ、何なんだよさっきのは!」
気絶したサヤを介抱しながら、俺と同じものを見たマイケルが怒鳴る。それもそうだろう、あのロックさんが殺された。それも一瞬で。普通に考えても尋常ではないが、それをやったと思われる存在の異形さも尋常ではなかった。
「リゥ=バゥ。オーク軍最強の将」
手が痛い。気が付かないうちに強く握りしめていた。
俺はそいつを覚えている。何故ならば、俺にとってゲームの中でも因縁の相手であったからだ。
オーク軍の戦略は基本的に力押しで、そしてそれを許容するだけの能力をオーク軍の兵士たちは持っていた。その中でも飛びぬけた強さを誇る将軍。それがこのリゥ=バゥだった。
オーク軍は人間は存在しないのでかなり文化も違うが、その中でも飛びぬけての異彩を放っている違いは「奇形を崇める」という文化である。奇形とは進化であり、完全への変遷であるということらしい。
その為、オーク軍のレアエネミーの中には人型の敵であるにもかかわらず異形である場合が多いのだが、こいつはそのなかでも異常さが際立っている。
体は普通だ。肌の色も人間に近く薄い青色で、オーガのなかではそれも奇形扱いのようだがこちらとしては違和感はない。2メートル程度の身長はまだ人間の範囲内であり、大女というレベルである。
だが、それは肩の上にある二つの首を見なければ、である。
正確には向かって左側の顔の首元から、そちらよりは大きい顔が生えている、という形なのだが、人間の見た目に近い分よけい気持ち悪さが際立つ。そして左側の首がちょっと強面の美女という容貌に対して、右側の首が脳みそが露出しているかのような老人の顔なのである。
そして強さの設定も異常である。設定、というのは誰も倒したことがないので本当のところの強さが分からないからであるが、要約すると「オーク軍最強の武人に最強の魔法使いの首が付いた」というもので、レベル最大のパーティー4つで5分耐えられれば良い方、というどう考えても設定ミスとしか思えない強さだった。
「あれが、オーク軍の破壊神、リゥかよ。なんで、なんでこんなところに」
ウォータ軍は常にオーク軍の脅威にさらされているため、敵軍の情報は可能な限り集めている。そのため、かの軍勢のなかでも最強の将であるリゥの情報と、その恐怖は一般の兵士でも広く知られているものだった。
曰く、「二首にもし出会ったなら、何もかも捨てて逃げろ。運が良けりゃ生きられる。」
絶望の存在。それがリゥだ。
「しかも、この場所は見つかったな。遠視の術を恐らく逆探知されている」
格上の魔法使いは魔力の流れを辿ることができるらしい。もちろんプレイヤーには使えない方法ではあったが、敵にはよくやられたものだ。
リゥ将軍がここに居る理由。確信はないが俺には想像が付いていた。クリア後に訪れることのできる開いた宝物庫、そして空いている豪華な台座。
おそらく秘宝の一つが眠っていたのだろう。オーク軍の将軍が直々に出向くなど、それぐらいしか考えられない。
だが、どんな理由だろうと考えるのは無駄だ。既に目の前にそれはいるのだ。
「くっ、…撤退だ。撤退するぞ、皆急げぇ、何もかも置いて行け、死に物狂いで逃げろ! 命令だ、持ち場なんて捨てていけ!」
マイケルは唾を飛ばしながら指示をする。こちらに気が付かれてしまっている以上もうなりふり構っていられない。かたき討ちとか考えられるレベルの相手ではないのだ。言うならば天災。逃げまどう以外に方法などない。
「おい、ぼっとするな、ほら、にげるぞ」
水晶を見ていなかった他のメンバーも、マイケルのその異常な慌てぶりから疑問に思いながらも素直に撤収に移っていた。
その中で唯一、相手を知っていながら行動に移っていなかった俺に、マイケルは気絶したサヤをおぶりながら声をかけてきた。
けど、だめなんだ。こいつからは逃げられない。
さっき水晶の端に見えた黒い影。俺は知っている。リゥ将軍が常に連れている部隊。ブラッディーオーキシュライダー。この大陸最速を誇る騎兵である。
その名の通り血のような赤いオークを狩るオーク軍の騎士で、立ちふさがる障害を文字通りなぎ倒しながら進む最悪の敵である。レアエネミー以外ならば最強と名高い。ゲームの設定通りであれば、このあたりの木々など障害にもならないだろう。であるならば、徒歩で逃げる人間など、ウサギ狩りよりも楽にきまっている。
だから、足止めする必要がある。
「俺は、俺は残るよ。残って足止めする」
「な、おま!」
「大丈夫、死ぬ気はない。勝算はあるんだ」
止めようとするマイケルに、喋る前に理由を伝える。
そう、リゥがゲームと同じ武人であるならば足止めは可能な筈。そしてその賭けに俺は一度”勝っている”。
「でも…、すでに軍本隊が向かっているんだろ? そ、そうだルサ=ルカ隊長がいるじゃねえか。お前は知らないかもしれないが、あの人異常につええんだぜ?」
それは一瞬考えた。だが、無理だ。俺は首を振る。リゥ将軍は、ゲーム上の人型の中では最強の、それもすばぬけての強さだ。
「相手が悪すぎる。彼女だけでは荷が重いだろう。それに俺は何も倒す気なんてない。絶対に無理だしな。足止めの方法を知っているってだけだよ」
昨日会った時にはルサ=ルカは既に秘宝を持っていた。普通なら少なくとも負けはないが、リゥ将軍はオーク軍でも唯一の複数秘宝持ち。そしてその中には彼女の秘宝より格上の「十二騎士」の一振りがある。名前も詳細は分かっていないが、ストーリー上「全ての奇跡を切り裂く」らしい。この場合の奇跡とは何か分からないが、対戦したプレイヤーからの情報によると、防御魔法、スキルの類の完全無効化の効果は少なくともある、とのこと。
ジューダスダガーの効果に対して相性が良いとは思えない。ここで彼女が死んでしまうと、ゲーム的にも、現実的にもウォータ滅亡一直線だろう。
「それ、うそ、じゃねえよな? 嘘だったら、怒るぞ?」
「あぁ。大丈夫、まぁ言った通り足止めだけなんだからな。さっさと逃げろよ? 足止めしたのに追いつかれましたじゃ笑えねえ」
安心させるために大袈裟に笑って見せる。マイケルは本当に良い奴だ。サヤのことがなければ絶対に代わりに残ると言っていただろう。現にサヤと俺の顔を交互に見ながら悩んでいるのだ。
幾ばくかの時間の後、彼は意を決して顔を上げた。
「わかった。けど絶対逃げてこいよ、約束だからな、な?」
そう言ってマイケルは2、3振り返った後、その後は全力で走り去って行った。
「さて、行くか」
マイケルが十分に距離を取ったことを確認するまで、俺は準備を整えていた。
あれからもう1分程度はたった筈だ。
深く深呼吸する。
音が聞こえる。何かが吹き飛ばされている音が。恐らく最前衛の兵士たちが既に犠牲となっているのだろう。急がなければ被害が大きくなる。そうなればそもそも賭けを受けてくれるとも限らない。
今は気まぐれで向かってくるものだけと戦っているのだろう。その気まぐれが変わらないうちに、異形に会いに行かねばならない。
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異臭。
ゲームの時との違い。味覚があることはマイケルの食事で分かっていたし、においがあることももちろん気が付いてはいた。
だが、この大雨の中だというのに辺り一面に漂う、生理的に受け付けないにおい。それだけで胃の中身が全て逆流しそうになる。
そんな体の警告を無視して急ぐ。
その先にそこで見たものは、正に地獄絵図としか表現できないものであった。
赤、黒、赤。
原形を留めていない物体、留めてしまっている物体。数えれるだけで10人分以上のそれがこの集落で一番大きな広場にちらかっていた。
見慣れた、見慣れない異形が、黒いオーク兵と共にその中心に佇んでいる。
思い出しながら、歩く。
第二派の兵士たちは逃げだしたようだ。
当然だろう。
このような場所に向かうなど、狂人が自殺志願者しか居ない。
だが、俺は違う、俺は勝ちに行くんだ。
リゥ将軍。
俺はこいつに100回は殺された。
親友と彼女の結婚を祝ったその日のその後、俺は攻略不可能と言われた難関クエストの一つ、「最強との一騎打ち」にがむしゃらに挑んだ苦い思い出。
レベルダウンしても気にせず、VRが再現する痛みも気にせず、気が遠くなるほど殺されたその時、俺はこいつとの賭けに勝った。だから俺は、笑ってあいつらを祝福できたんだ。
臭いや恐怖で逃げ出したくなる。それを勝った時の記憶で塗りつぶす。
ガタガタギチギチと鳴り響く音を無視する。
知った顔の死体など気になどしない。
進みたくないと叫ぶ足を無理やり動かす。
そうだ、俺は一度、一騎打ちで賭けに勝ったのだ。
だから俺は死にに行くんじゃない、勝ちに行くのだと。
だが、
そんな想いも、
広場に足を踏み入れた瞬間に体が拒否した。
そして、異形の”四つの瞳”と目が合った時、
俺の、
俺の全てが、砕けた。
死んだ。嫌でも理解した。
これはゲームなんかじゃない。
いや。違う。
”ゲームであったとしても殺される”
そうか。
おれは、
狂人だったのか。
その瞬間、全ての音が消える。
視界が遠くなる。
その瞬間に、二つの異形が、嗤った気が、した。
コタロー
リリー
ディー
マイケル
そして、サヤ。
俺は。
おれは。
続きます。
Destructor デストラクタ
クラスオブジェクトが破棄されるときに呼ばれるメソッド