ClassGoblin[1]="ゴブリンの森突破戦";
「後五分で予定地点通過予定です」
「わかった。少し休んで良いぞ」
「はい、お兄様、じゃなかった、隊長」
下流の渡河地点から少し離れた場所。偵察結果から隠れるのには最適とされた地点に砦制圧部隊のパーティーが待機している。
エルフの血を引いているが故に、このレベルにしてすでに魔力保持量では部隊の中で最大となっているサヤが遠視の魔法で兵士たちの場所を確認しているのだ。昨日よりさらにひどくなっている雨に皆体力を減らし始めているが、俺だけは雷を伴う豪雨となることを知っていたので雨よけの装備を二揃え持ってきていた。もちろん、自分の分とサヤの分だ。普段なら雨よけの魔法、その名もレインコートというものはあるのだが、流石に検知される可能性があるので使えないのだ。
まぁ、突撃が開始すればどちらにしろ雨なんて気にしていられない。幸いなのは、雨はこちらだけでなく、ゴブリンにとってもメリットばかりではない、ということか。彼らは視覚と嗅覚で獲物を探す。雨はにおいを完全に遮断してしまうのだ。
「最後の確認だ。先陣はロックさん率いるパーティー、真中は俺が直率する支援部隊、後詰めにキリー率いるレンジャー隊。ロックさん達と支援部隊は兎にも角にも砦を目指して敵をせん滅していって砦を制圧。その後はそのまま集落を牽制。キリーんとこは真中あたりで退路の確保。余裕があればかく乱ってとこだ。突撃を開始したらもう音を気にする必要はない、むしろ派手にやってくれ」
あきらかにマイケルは呼び方を変えているが、それもその筈。ロックさんのパーティーとやらは、あのレンジャーを含む平均LV40の、中級をぬけだそうかというパーティーで、この討伐戦の中では断トツの熟練者だ。そしてキリー達は平均LV15といったところ。ゴブリン相手にはパーティーなら苦戦はしない程度。LV30のマイケルから見て、対応が違うのは当然だ。
ちなみに俺は支援部隊だ。別に俺が支援するわけではなく、俺とマイケルで支援部隊の護衛となる。恐らくサヤのためだろうとも思うが、まぁ他に今のところ仲のよい冒険者のいない俺はどちらにしろここになったのかもしれない。
「では、そろそろ隊列を組んでおく。時間になったら勝手に突っ込むから遅れずついてこい」
ロックさんが低くて渋い声でそう指示を出す。名目上マイケルが隊長だが、この人が実質トップであることは誰もが認めているのでマイケルも特に文句はいわない。
「じゃ、サヤ。俺たちも行こうか。辛くなったらすぐに言えよ、後衛が息が切れていて支援ができませんでしたじゃ笑えない」
「はい、カツミ」
「カツミく~ん、わたしもうつかれたぁ」
「おぶってくれなきゃまほうつかえなぁい」
サヤに声をかけると、同じ支援パーティーのメンバーから冷やかしが飛ぶ。
「貴方達は俺よりも熟練者でしょうが。はぁ、もういきますよ」
「きゃーかわいー。ふふふ、お姉さんに頼っても良いのよ?」
「はいはい、頼りにしてますよ」
彼女らはLv25のヒーラーとエンチャンターで、軍経験もある熟練者だ。しかし、どうして年上の女性というものは、皆こうなんだろうか?
「そろそろ黙れ。いくぞ」
ロックさんの一言で皆の表情が変わる。
緩んでいた空気が張り詰める。
そう、戦闘が、いや戦争が始まったのだ。
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武器を受け流す音、肉を切り裂く音、そして水をはねのけながら走る音。
ひどい雨の中だというのに、この深い森には不似合いな音が絶えず響き渡っている。
「ギャギャギャアアア」
断末魔、爆発音、そしてまた金属音。それの繰り返し。
ものすごい勢いでロックさん達は、片っぱしからゴブリンを倒しながら、それなのに足を止めずに進んでいく。これはゲームでも相当の効率パーティーでもできない連携だな、と思う。やはり命がけで今までやってきたのと、ゲームとでは中の人の本気度が違うのだろう。
「上、ゴブリンレンジャー2体!」
「はい! ファイアボール!」
「エアカッター!」
ロックさん達が倒し漏らした奴を慎重に俺が見付けだし、そのまま目印とばかりに投げナイフを当て、その目標に対して支援部隊のメンバーで即座に処理していく。油断はできない。彼らにとっては最後の拠点。死に物狂いなのだ。
道幅は二人横並びでぎりぎり走れる程度。その左右の森や丘から散発的に強襲される。
「サヤ、地図からすれば、あと少しで砦が見えてくる。砦につけば存分に休める筈だからもう少し頑張れ」
「は、はい! まだいけます!」
練習の成果で、サヤは可能な限り足を止めずに魔法を使えるようになっている。それだけで言うなら他の支援部隊のメンバーよりもうまいぐらいだ。代わりに体力が低いのは、経験を積んでいくうちに自然についていくだろう。ただ、装備の関係もあるが炎系以外の魔法が苦手なため、この雨で威力が下がるにもかかわらずファイアボールを使わざるを得ないところは直した方が良いな。
「左、集団5! 右3! 後ろぉ、遅れてるぞ!」
前を走るマイケルは盾を軽く構え前に後ろに大声で指示を出しながら走っている。俺たちのなかでは一番重装備なのにいまだ疲れた様子を見せないのは流石だ、訓練のたまものと言う奴だろう。
「ちっ、ゴブリン2、いや3! 近いぞ!」
一瞬、道が開けたと思った瞬間に潜んでいたゴブリン達が姿を現した。俺とマイケルの丁度死角となったその場所に、そいつらは隠れていたのだ。
「ごめんなさい、こっちは対応中! 1体漏らすわ!」
その報告通り、2体は倒せたものの1体は攻撃準備に入ってしまう。こっちは魔法使いばかり、最悪マイケルが盾で防ぐだろうが、毒矢が万が一にも当たれば大変だ。しかし、投げナイフでは間に合わないし、まだ中距離を攻撃できるスキルを覚えていない。
「くそ、効いてくれよ! フレアライト!」
一瞬、ストロボのような光が辺りを埋める。もちろんこちらのメンバーには直視しない位置を狙ったがそれでもかなり眩しかった。これは本来詠唱中は照明として辺りを照らす魔法で、移動中も使用できる魔法なのだが、効果を一瞬にまで凝縮することで目くらまし効果がでる。実はこれはもともと裏技としてゲーム内でつかわれていたのだ。敵のターゲットが一瞬でプレイヤー→光源→プレイヤーとなることで、攻撃モーションをキャンセルさせるという技だったのだが、のちに公式から「状況に合っている」として目くらまし魔法としての利用法を認められたいわくつきの魔法である。その効果により弓を構えていたゴブリンが弓を落とした、どうやらゲームの時より効果はあるようだ。
「ファイアボール! カツミ、さっきのはなんですか?」
「そうよ、知らない魔法よ!」
「はいはい、砦に着いたら教えるよ! ほらボーっとしないで左後方2!」
「エアカッター! 絶対教えなさいよ!」
そう言いながらも皆、魔法を使う瞬間以外は足を止めない。
「砦が見えてきたぞ。ロックさん達がこのあたりは制圧してくれるようだから俺は先に砦を開けに行く。カツミ、頼むぞ」
「おう、任せておけ」
返事をしながら周りを確認する。キリー達が決めていた合図をこちらへ見えるように示している。このあたりで待機するようだ、丁度隠れることのできる空洞がある。
「このあたりのごぶりんはもういないようですよ」
偵察に出ていたディーが戻ってくるが、返事は手を挙げるだけで済ませる。先に他の人には見えていないから合図は決めてあるのだ。
しかし、これだけ近いのに予想より反撃が少ない。どういうことだ。
「どうやらさっきのが最後のようだ。警戒は俺に任せて、皆は移動を優先してくれ」
疑惑に頭を支配されそうになるが、首を振って振り払う。
「はい!」
「はぁい」
サヤ達は速度を上げて砦を目指す。遠隔攻撃部隊である彼女らが砦に陣取ればこの戦いは勝利も同然だ。
これで俺たちの任務の山場は越えた。
歴史は変わった。
あの辛い防衛戦はなくなった。
良い方向に進んでいる筈だ。そう俺は必死に自分に言い聞かせる。
しかし、この悪い天気に影響されたのか、嫌な予感を拭えない。
ゴブリンの集落は、この必死の抵抗とは裏腹に、異様な静けさを漂わせていたのだから。