Constructor[2]="偵察任務";
「良いかい?ゴブリンは夜目が効く。だから絶対に「夜襲」なんてしちゃいけない。もちろん軍隊主力ぐらいの規模であれば、松明を大量に使って討伐することはできる。でも今回は多いとはいえ合計130人程度。能力差的には余力があるけど、奇襲を受ければ覆される可能性もある。だから討伐隊は早朝から出発する」
「えっと。夜じゃないなら黒色じゃなくて、木に隠れるような緑色とか、土の色とかの方がよかったんじゃ?」
「うん、もちろんそうだ。でも本気で隠れようと思ったら熟練したレンジャーでもない限り近寄れば必ず見つかる。だからこれは「光が反射しない」ことが重要で、それ以上の隠密性は求めていないんだ。基本的に隅から順番に、先に発見して倒す、それの繰り返しだ」
今はゴブリンの集落がぎりぎり見える丘に偵察に来ている。さすがにこの距離ならば襲われることはないだろうが、前回のこともある。ディーに周囲の警戒をお願いしてサヤに偵察任務のやり方を教えているのだ。
「さて、まずは周辺の地理を把握しよう。ここはウォータの正門から西へ行軍速度で30分、といったところ。そして北に見えている集落が目的地。ここからなら戦闘なしで15分、といったところだろう」
こんな近くまで、とも思う。どうもオーク達が勢力を伸ばしたため、ゴブリン達がここまでおいやられたようだ。敵の敵は味方、と行かないところが人間族の辛い事情なのだ。エルフを除けば亜人は全て人類の敵である。
「実際の討伐隊は、国軍、およそ百名を主力とする部隊がウォータから直進して集落を襲う。この部隊については特に何の策も無く、ただ直進して集落をせん滅するだけだ。ただ、あの村の規模なら普通にやればこの部隊だけでも勝てるだろう。でもそれじゃあ犠牲が出すぎるし、負ける可能性も無いわけじゃない。そこで冒険者八人からなるパーティー四部隊の遊撃部隊の出番だ」
地面に絵を描きながら説明する。サヤは頭が良いので、すぐに俺の話を理解してくれる。まぁ出発前に概要を説明しているからというのもあるが。
「現時点で決まっている役割は簡単だ。二部隊ずつに分かれて左右からの奇襲に備える。それだけと言えばそれだけ。だが、軍の部隊とちがって道なき道を進み、隠れている相手をしらみつぶしに探しながら遅れないようについていく。かなりの集中力が必要になるだろう」
軍が動けばどうしようとこちらの攻勢はまるわかりだ。亜人だって馬鹿じゃない。必ず地の利を活かした戦いを挑んでくるだろう。
「だから、偵察の目的はまずは進軍経路の確認。軍がすすむ道はまぁ見ればわかるが、左右の部隊が進む道をある程度決めておくこと。相手が奇襲しそうな位置を見付けることだな。その次は威力偵察、つまり相手の戦力を測ることだけど、それは前日の偵察だけにするようにとのお達しなので今日はやらない」
無駄に警戒させてオークと和睦を結ぶなり、援軍を呼ばれても困るのだ。乾坤一擲の一撃でつぶす。それが今回の討伐作戦の肝である。
「と、言う訳でサヤの遠視の魔法の出番となるわけだ。俺も使えるけど、精度と魔力はかなわないからね」
「はい、がんばります」
遠視の魔法は魔力で距離が、熟練度で精度が変わる魔法で、水晶占いのようなことができる。鷹の目というスキルがレンジャーにもあるが、こちらの利点は使用者以外にも見えると言うことだ。ただし、相手に強力な魔法使いが居た場合、見つかる場合があるので集落自体を見ることは危険なため行わない。
「まずはあそこ、集落の手前につり橋がみえるだろう?あのあたりから行こう」
切り立った崖、というわけではなく、降りて渡ることもできる程度の川に大きめのつり橋がかかっている。おそらくゴブリンはあそこに何か仕掛けようとするだろう。それを阻止できるかがまず一つ目の駆け引きだ。渡河中に落とされるのなんて論外だが、使う前に落とされても大幅に討伐時間が遅れる。また、川を渡っている最中に攻撃を受けるのも避けたい。そんなことになると、渡河中は冒険者だけで守りきることになる。それはできれば避けたい。と、いうのもゲームの場合はそういう事態となって守りきると言うクエストが発生した訳だが、ウォータ側初級クエストの中でも有数の難易度となっていた。
深い森の暗がりの中から次から次へと湧き出てくるゴブリンを、正に背水の陣で迎え撃つという任務。急ごしらえのパーティーではきついだろう。ではどうするのか。先行して守りきる、では背水というわけではないだけで同じだろう。だから俺は違う視点で見ることにした。
「あの橋の上流と下流、恐らく上流だろうが、他に渡れるところを探そう。軍は無理でも冒険者部隊ならば行けるところはあるだろう」
「はい。探してみます」
そう言ってサヤは魔力の水晶球を作り出し、川沿いに視点を動かしていく。
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「結局三カ所ってところか。上流に二カ所、下流に一カ所。特に下流のこれは盲点だったな。まさか滝の下を通れるとは。恐らくこの道がゴブリン達の抜け道なんだろう。さすがサヤだ、よくやってくれた」
褒美とばかりに頭をなでてあげる。どうも俺を第二の兄と思っているようで、妹扱いすると喜ぶのだ。まぁ俺もこんな可愛い妹なら文句はない。
「う、うん。役に立ててうれしいよ」
「さて、情報を得たことだし一時撤収、といいたいところだけど、ディー、辺りの様子は?」
「……はい、おそらくスカウトと思われるゴブリン二体が見えます。このまま隠れていればみつからないとは思います」
さて、どうしたものか。彼らを倒せば、このあたりで偵察していたことはばれるだろう。だが、ゲームではこのクエはやり過ごすことになっていた。そしてその結果があの防衛戦。もちろん、関係ない可能性もあるが。
「いや、流石に今警戒させるのはまずいな。最悪規約違反となりかねない。やり過ごして撤収しよう」
「はいです。通り過ぎたらまた連絡します」
ゲームとの違いは、妖精が偵察してくれる、ということだ。エルフとプレイヤーにしか見えない存在。どうもゴブリンにも見えないようなので一方的に偵察できるのだ。ディーの協力があればさっき見つけたルートをつかって本拠地を強襲、なんてこともできるかもしれない。
そんなことを考えていると、サヤが手を握ってきた。あれだけゴブリンを倒す練習をしたとはいえ、やはり本物は怖いのだろう。俺だって本当は怖い。恐らく本当の死がかかっているからだ。でもどこかで死ねばログアウトできるんじゃないか、なんていう考えがあり、それが恐怖を麻痺させているのだ。
だから俺はサヤの肩を抱き寄せ、頭を撫でてやる。そうすることで彼女が落ち着くのならば安いものだった。
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カツミ。
いま、私の頭を撫でてくれている人。
私がハーフエルフだと知っても全く態度を変えなかった人。そう言えばハーフエルフだったね、なんて言い出した時には馬鹿にしているのかとも思った。
いつも、私が欲しいものをくれる人。ウッディーの皮に始まって、戦う力、妖精の友達、あの不思議な木の実、そして仲間。全部あの人が与えてくれた。
私は、この人を前にすると不思議な気持ちになる。武器屋のおばさんに話すと、それは恋なんだ、なんていうけれど本当にそうかな?
ただ、一つ確信していることはある。私はこの人を、お兄様よりもよほど年下のこの人をお父様と重ねているのだ。
エルフだったからだろう、とても10歳の子供が居るようには見えない見た目のやさしかったお父様。お母様の方がよほど勇ましかったことは覚えている。
幼い私にはどうしようもできなかった、お父様とお母様の死。
でも、今は力がある。お父様の遺してくれた、この魔力が。
カツミは時折、とてもさみしそうな顔をする。今にも消えてしまいそうな感覚すら覚える。
それが、お父様の死と重なっているのだろう。
だから私は、カツミの力になりたいと思っているのだ。カツミを、「今度こそ」救いたいと思っているのだ。
こんなこと、カツミにとっては迷惑な話だろう。カツミには助けられてばかりだ。
だから、この気持ちは伝えない。
カツミの横に、自信を持って立っていると言えるその日まで。
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俺たちはそのまま無事、戦闘も無くウォータの町に帰り、今日見たことを報告した。その後、サヤから討伐隊に参加することを聞く。そうであるならば、彼女に悔いが残らぬよう後は準備と訓練、それだけしかない。
討伐戦まであと数日。人事を尽くして天命を待つ。それしか方法はないのだから。