Constructor[1]="模擬戦";
「ほら、一時間銅貨十枚って言いてぇ所だけどマイケルにゃぁ借りがある。今は空いてるから好きなだけ使うと良いぜ」
そう言って訓練所の鍵を渡すと管理員のスキンヘッドのおっさんは自室へ戻って行った。
「五番、か。マイケルは手まわしも良いな。俺がここに来ることはお見通しってわけか」
そうじゃなければ如何に空いていたとしてもこんなにすんなりと功績もない冒険者が借りれる訳がない。
「五番っていうのは何ですか?」
「あぁ。部屋の番号でね、それぞれ違う訓練ができるんだ。それで5番は初級亜人種戦、つまり対ゴブリン向けの訓練ってわけだ。この様子だとだいぶ前から話を付けていたようだぞ?」
「うぅ。お兄様は変な所で気を回すのですから」
恐らくいつかはこうなるんだと思っていたんだろう。俺がいてもいなくても。でも、心の準備ができていなかったから、反射で反対してしまった。そんなところか。
サヤも文句をいいながら、顔はうれしそうだ。やはり仲たがいしたままじゃなくて良かった。
「ま、いくらでも使って良いとはいえ、ぼおっとしていてももったいない。ほら入って、説明するから」
話しているうちに大きく《5》と書かれた部屋に着いたので鍵を開けてサヤを中に入れる。数字やアルファベットが普通にあるところもゲーム的なんだよなとは思う。
「さて、この施設はさっきも言った通り仮想敵相手に訓練する場所だ。召喚魔法の応用で、半分実態のない敵を呼び出して、そいつと戦うわけだ。実戦と違うところは、実際には傷が付かないところ。つまり死にはしないところ。普通に痛いけどね。まぁ俺達は二人とも回避系だから一発も食らわないようにしなきゃいけないってところ」
俺の説明にサヤは素直に頷いてくれる。このごろは初めの方の毒舌はもう全くない。とても素直で良い子だ。
こういった訓練所は大きな街には必ずある設備で、この世界でも一般的だった。一応転生してからも使ったことはあるので、違いがないことは確認済みである。ゲームでは本人が一度戦ったことのある敵とだけしか訓練できなかったが、こちらは許可さえ出ればどれでもいけるようだ。もちろん、再現できるのは国として既知の敵のみ、という制約はあるが。
「さて、まずは俺から行くよ。ゴブリンレンジャー、想定最大レベルコール」
「レベル10、ゴブリンレンジャー、ショウカンシマス」
「大体十秒後に出てくるから、宣言したらすぐに構えておいてね。いくよ」
部屋の中央にある魔法陣があやしく光ったと思うと、濃い緑、殆ど黒色のゴブリンが現れた。今日出会ったやつより少し大きい。どうもこの世界ではちゃんと敵のレベル差が見た目に影響するようだ。
「ギャギャ!」
「ひっ」
ゴブリンが威嚇するだけで硬くなるサヤ。どうやら少しトラウマになっているようだ。やはり、連れてきてよかった。本番でいきなりこの状態だとかなり厳しいのだから。
「大丈夫。動きを覚えて冷静に対処すれば問題ないよ」
そう言って声をかける。そう、元々ゴブリンは単体ではそれほど強くない。怖いところは群れることだ。だから、集落を討伐するのであれば、一体ずつ、確実に素早く倒せないといけない。
うん、まずは大したことはないという自信をつけさせるために、俺が見本を見せないとな。
「ギャギャ!」
サヤを狙うにしても俺を倒さないといけないと理解したのか、一番近い俺をターゲットに決めたゴブリンはこちらに向かってきた。向かって左手側へ避けながら、右手の小太刀で首元に一撃。そのまま振り向いてソードブレイカーでむき出しのわき腹を突く。
怯んで叫んでいる所へ顔面へ小太刀を一閃。そして心臓へソードブレイカーを突きたてる。
これでゴブリンは音を立てて倒れ、光の塵となって消えていった。
本来はソードブレイカーを使って相手のダガーを落とせばもっと簡単だったんだろうが、まだ慣れていないので今回は使わないでおいた。
「ふう、なれればこんなものだよ。もちろん、さっきのはうまくいった方ではあるけどね」
実際にちゃんと正面向いていざ勝負、なんてことにはならない。奇襲をかけるか、かけられるかのどちらかだ。
「で、でも私の魔法じゃ」
「うん、そうだね。これは俺の、近接戦士の戦い方で、魔法使いでは厳しいだろう。でも俺がこれぐらいの速さで倒せることは分かったよね?」
「はい。カツミさんはすごいです」
「その時間だけ、サヤは避け続けてくれれば良い。そうすればすぐに俺が倒しに行く」
「はい…、でもそれじゃ、私は足手まといじゃないでしょうか?」
「違うよ。役割が違う。戦闘に於いての魔法使いの役割はまず先手で強力な一撃を遠距離から与えること。その次は余裕がある時に前衛の戦士たちが戦ってる相手に援護射撃をすること。あとはけがをしないように退避することさ」
「そう…なんですか」
「前衛の方が役に立っている、そう思っているね? 違うよ。確かにこんな風に乱戦になった後の話ならあまり役に立てないかもしれない。でも前提が違うんだ。魔法使いやアーチャーと言った遠隔職は「乱戦になる前に敵の戦力を減らす」ことなんだよ」
ご丁寧に、黒板のようなものがあるので絵を描いて説明する。おそらく、同じような説明がここでは繰り返されているのだろう。
「八対八で戦った場合、敵、味方ともに全員が前衛だった場合。これは分かりやすい、それぞれが一人ずつ受け持って倒すような形だ。でもこれじゃ、パーティーの意味はあまりないよね?」
実力が離れていなければ、人数の多い少ないで勝負が決まる。または、こちらとあちら、両方に被害がでて、被害の多い方がそのまま負けていく、という形だろう。
「今度はこちらは前衛四、後衛四、相手は全員前衛の場合。当然乱戦になれば不利だ。けれど、こちらから攻撃出来た場合。相手が近づく前に一人か二人は戦闘不能にできるだろう。この場合、足止めでも良いんだ。そうすれば、たとえば二人足止め出来た場合、前衛視点で見ると四対六だけど、全体でみると八対六、相手側の二人をおしとどめれば、自由に空いた後衛が一方的に攻撃できるんだ。こうなれば被害はほとんどなしに倒せる」
敵側を各個撃破していく様を、×であらわしていく。
「要は得手不得手を組み合わせていくということだよ。もちろん、戦士二人の方が良い場面もある。でも普通に戦う分には前衛と後衛の組み合わせの方が安全に倒せる確率が高いんだ。」
やれることの広がりが全然違う。同じスキル構成同士であれば、自分が出来ないことは、つまり誰もできないということなのだ。
「私にしか、できないこと」
「そう。俺は確かに魔法も少しは使える。でも魔法、特に炎の魔法ではサヤは全然かなわないだろう。マナの量も違う。もしゴブリンが二匹現れたら? まずサヤが強力な一撃をくらわせ、その敵をそのまま俺が即座に倒す。あとは二人がかりで倒せばいい。そういうことさ」
「なるほど。……じゃあ、私が練習するべきは、自分の身を守れることと、魔法の練習をすること?」
「そう。一人で接近して倒せる必要はないんだ。ウッディーぐらい弱ければ別だけど、亜人ともなれば組んで戦うのが普通さ。だって相手も複数で襲ってくるわけだしね」
どうやら、分かってくれたようだ。攻撃魔法だけじゃなく、妨害魔法も覚えてくれればこれだけの才能だ、とても心強い仲間となるだろう。
「と、言う訳で特訓。召喚後、一撃を当ててあとは30秒回避して。そしたら俺が倒すから」
「は、はい!」
そういうと、俺は訓練システムにゴブリンの召喚を依頼するのだった。
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「うん、もう二対三でも安定して倒せるようになったね」
「は、はいいぃ」
初めは1体、慣れてきた後は二対二で。そして二対三、つまり俺が2体倒す間逃げ切るというもの。4時間程度がたつ頃にはこれでも危なげなく倒せるようになっていた。やはりエルフの潜在能力には驚かされる。魔力もそうだが、身のこなしもかなりのものだ。俺はゲームで散々やってきたので、ゴブリン程度ならおそらく5対1ぐらいでも時間をかければ倒せるが、この前までほとんど戦ったことすらなかった彼女が1週間でここまで強くなるとは。まぁその代わりに致命的なまでの貧弱さ、なのだろうけれど。
「今日はこれぐらいにしようか。多分もうすぐマイケルも上がる、彼も心配するだろう。それにサヤも体力が続かないだろ?」
「うぅ、すみません」
「いや、はっきり言って予想より全然良い線行っているよ。魔力はすごいし、回避も十分なことはしってたけど、集中力が予想以上だ。これなら次の討伐隊には参加できそうだね」
「討伐、隊?」
「そ。十日後に予定されている冒険者によるゴブリン集落の討伐。さすがに二~三人で倒せる規模じゃないらしくってね。八人パーティー四組を国は予定しているようだよ」
そういうと、今まで自信を付けて明るかった表情が急に暗くなった。まぁこの規模じゃしょうがないかな。
「まぁまずは、明日同じように特訓。明後日は体を休めて、その次に二人、ディーも入れて三人で偵察に行こう。これも任務だから報酬がもらえるはず。何回かの偵察で行けそうだと感じればサヤも参加すればいい。サヤはウォータ国民だから参加の義務はないしね」
そう、国籍のない冒険者は他の任務や特別な事情がない限り必ず参加することになっている。そうでなければホームなどを格安で提供などしまい。ゲームでもクリアしなければストーリーが進まないクエストとしてそういうものはあった。まぁ受ける時期は固定じゃなかったのが大きな違いだが。
「わ、わたしは」
「今は決めなくても良いよ。ただ、今回は明らかに敵の戦力に比べてこちらの方が規模が大きい。おそらく戦争前にケチをつけたくないからだろうが、そういう意味では大規模戦の経験には丁度良いと思う」
恐らく、戦争に使える冒険者の選別、という意味も兼ねているのだろう。個人の能力の強さと集団行動に使えるかどうかはまた別なのだ。
「とりあえず、今日はお開きだ。休めるときに休むのも冒険者の仕事だよ」