#define "転生";
「やった、今度こそ倒したぞ!」
崩れるように消え落ちるボスキャラクターを見て、長かったこのクエストのクリアを悟る。
いつもなら感情を表に出さない親友のコタローですら喜びを隠そうともしない。
それもその筈。
このクエスト、『創造主への挑戦』は、世界最大規模のネットワークRPGであるシャンバラアドヴェンチャーVR、通称SAVRでも最難関のクエストの一つ。いまだかつてクリアした者はいなかったのだ。
このクエストの特徴は敵のすごさや数ではない。なんとその名の通り「ゲーム製作者チーム」と同人数で戦うチーム戦なのだ。攻略掲示板で「ぼくのかんがえたさいきょうちーむ戦」などと揶揄される。このゲームを知りつくした製作者による、最強装備、最高構成のチームがプレイヤー側のチームと勝負するというクエスト。幸いなのは、マップは複雑ではないため、ルール的には公正であるということぐらいか。
ただし、〈中の人がいるため、週に一度の決まった日時にしか挑戦できない〉、〈前提クエストが鬼畜すぎる〉、〈一度挑戦したら半年は参加できない〉などといったそもそもの間口の狭さもあり、サービス開始から八年になろうとする現在まで、突破されたことはなかったのだった。
「……これで、思い残すことはもうないかな」
勝てると思ったから挑戦したわけではなかった。これは俺の送別会だったのだ。
「本当に、辞めてしまうんだな」
コタローが残念そうにそういう。
「仕方がないよ。カツミは来年から海外留学、いままでのようにはできないんだもの」
「あぁ。まだ会話もちゃんとできない俺は当分余裕もないだろうからな」
リリーの言う通り、俺は来年からアメリカへ留学することが決まっていた。あと数カ月はあるのだが、片言でしか喋れない俺にはもう遊ぶ時間なんてなかった。
このSAVRはその名の通り、ヴァーチャルリアリティ、いわゆる体感型ゲーム。そして人気シリーズであるシャンバラアドヴェンチャー初のオンラインゲームでもある。ヴァーチャルリアリティのオンラインゲームとしては後発ではあったが、人気ゲームシリーズであるSAの名を冠するのに恥じないだけの見た目の美しさ、ストーリーの奥深さで、瞬く間に世界トップクラスの人数に支持されるようになった。公式には最大アクティブユーザー1億人、などと報じていたが納得できるほどに人が多かった。
そんな人気のゲームなのだが、一つだれからも言われている欠点があった。何をやるにしても時間がかかるのだ。
ちょっとログインして簡単なクエストをするだけで数時間はかかる。リアリティをこれでもかというほど追及しているために移動や手続き、戦闘などに時間がものすごくかかるのだ。そんなことはここにいるメンバーは皆分かっているため「ちょっとぐらいは顔をだせよ」などとは言わない。そうやって身を滅ぼす奴が後をたたないことでも有名なのがSAVRなのだ。
「まぁメールはするさ。生存報告ぐらいはしないと勝手に殺されかねんしな」
などと笑いながらいう。
「ふぉふぉふぉ、不死身のカツミもメリケンじゃ形無しかもしれないのお」
こんなときでも、いやこんな時だからこそ爺さんロールプレイをするオキナ。実年齢は俺より2つほど年下のはずだ。つーか本当にふぉふぉふぉなんて笑う人にあったことねえよ。
「その二つ名はやめてくれよ。今日だって生き残ったのは皆のおかげじゃないか」
不死身のカツミ。たしかにそう呼ばれることもある。それは俺の役割によるところが大きい。それは、いわゆる囮役だ。複数同時に相手をするには厳しい時、体制が崩れて立て直すまでの間、などパーティが全力を出せないときに一人で強敵と渡り合うのが俺の役目。もちろんこのゲームの基本単位である八人パ―ティーで戦うような相手を一人で倒せるわけは無い。残りのメンバーが立て直すまでの間一人で避け続けるのだ。その役割を完遂するためには絶対に俺が死んではならない。俺が生き続ける限りパーティの安全は確保されるのだ。そうやって生き残ることだけを主眼に置いたスキル構成、装備を極めた結果がこの不死身なんていう二つ名だ。
たしかに今回も俺一人で相手チームの三人で相手にし続けた。そして残りのメンバーで早期決着を図るというのが今回の作戦であり、見事成功したわけだ。だが、それが成功した理由はここには居ないのこり四人、盾役のコタローと、回復役のリリー、支援役のオキナを除いた攻撃役全員が、俺の花道のために玉砕覚悟の速攻プレイを行ったからできたのだ。このゲームでの死は保持経験値の1%消失である。俺達のような高レベルの人間にはそれだけでも相当痛い(優に数日分の狩りの経験値が吹き飛ぶ)のだが、それ以上にVRで死ぬというのはかなり精神的にきついものだ。それを分かった上で俺が生き残ってクリアするために実行してくれたのだ。この勝利は彼らなしではなし得ないのは誰から見てもあきらかだった。
パパパパーン
聞きなれたファンファーレが頭の中に鳴り響く。これはSAシリーズ共通のクエストクリア時の音楽で、『実はまだ敵が居た』なんていう落ちがないことを示していた。
続いてクエストクリアのボーナスについて説明が入る。
「『創造主への挑戦』のクリア。おめでとうございます」
このゲームではリアリティを出すために、システムメッセージも演出つきで行われる。なんと、妖精が出てきて説明するのだ。妖精はそのプレイヤーにしか見えないという設定になっており、細かいところで世界観を壊さないように配慮されている。
「このクエストの報酬はクリア時の生死にかかわらずチームメンバー全員に贈られます」
相変わらず説明台詞なのが妖精らしくないが、この内容には安堵した。たとえ俺の送別会だったにしても、クリア報酬が生存者のみであれば、死んでいった彼らに申し訳なかったからだ。
「一つ目の報酬は称号《オーバーロード》の付与です」
ステータス一覧を確認すると、たしかに称号が増えていた。効果は〈全てのレベル制限の撤廃〉とある。
……これはすごいかもしれない。このゲームでは様々なスキルや職業、技術が存在し、全てがレベル制だが、それぞれ一つ一つに有る程度以上に上げるためのクエストが必要である。また、相反するスキルは片方しか制限撤廃クエストを受けられないため、たとえば光魔法と闇魔法両方のエキスパート、などは時間をかけてもできないようになっているのだ。それが撤廃されるとなると、時間はかかるがやり込めばやり込むほど強くなるのだ。
現に周りにいるメンバーも「すげー」とか騒いでいる。
「二つ目の報酬は《竜の卵》です」
騒いでたメンバーが固まる。それもその筈、俺も耳を疑ってもう一回俺の妖精、〈ディー〉に言わせなおした。
SAVRにおける〈卵系アイテム〉は、育てるとペットとなる特殊なアイテムだ。騎乗できたり、共に闘ったり、癒し系なだけだったりと色々あるが、《竜の卵》なんてものは存在しなかった。それにこの世界で〈竜〉は特別な存在、神に近い存在とされる。そんなものがこの難関クエストからでたとなると、期待するなと言う方がおかしい。
以降もレア装備の一部や、レア素材といったものが続々と報酬として読み上げられていく。サービス開始近くから遊んでいる俺達でも、ほとんどお目にかかったことのないものばかりだった。
そして一〇個目の報酬を読み終わったあと、間が空いて終わったかなとおもうと、急に景色が変わった。……そこは真っ白な、何もない部屋だった。
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「改めて、おめでとうございます」
さっきまでの合成音声っぽい妖精の声とは違う、大人の女性の声が聞こえてきた。目の前には質素な、だが上等なドレスを着た女性が立っていた。
「私は先ほどお相手させていただいた『クリエイターズ』のリーダー、ここではエマと名乗らせていただきます」
そうか、製作者の一人か。思ったより若いけれど、代替わりしているのだろうか?
「本来、こうやってお祭りなどを除けば直接声をかけることはないのですが、世界で初めてこのクエストを勝利した皆さまに、お祝いを申し上げたくてここにお招きしました」
ふと見渡してみると、死んで復活ポイントへ戻った筈の四人も同じ部屋に来ていた。バグを利用するなど、悪いことをしたときには一面真っ黒な世界へ強制的に連行される。今回もそういう仕組みをつかったのだろう。
「皆さま個人個人のスキルもそうですが、なによりもチームワークは感嘆すら覚えるほどでした。この際ですからはっきり申し上げますと、皆さまの現在の装備、スキルでこちらが負けるとは、しかもこのような短い時間で負けるとは想定すらしておりませんでした」
ただの社交辞令、という訳でもないようだ。たしかに攻略掲示板でも、他の前人未到のクエストによる報酬による強化が前提だろうとはいわれていた。俺達の装備より、明らかに相手の装備のほうが強い。
「そこで、本来であれば先ほど妖精より読み上げられた報酬ですべてなのですが、それだけでは我々の気持ちがおさまらないというのがチーム全員の意見でして、特別な報酬を急遽用意させていただきました」
そういうと、目の前の女性の横に大きな門が現れた。……高さは三メートル程度、といったところか?
「これは〈転生の門〉。本来は次回のバージョンアップの後、それなりの難易度のクエストをクリアしないと使えない機能ですが、特別に用意させていただきました」
メンバー全員がどよめく。それもそうだろう。SAVRでは〈バージョンアップ内容を秘密にする〉ということで有名だ。メンテナンス日時自体は告知されるが、どんな内容かはほとんど知らされない。それを明かすのも楽しみの一つである、というスタンスだそうだ。楽しみが薄れたといえばそうだが、世界で一番初めにその機能が使えるというその事実は得難いものだった。
「〈転生の門〉、というからにはレベルの初期化ですか?」
コタローが手を挙げて質問する。こういう時に気遅れずに喋れるかっこいいやつだ。
「はい。レベル、そして戦闘、生産など全てのスキルは初期化されます。そしてクエストクリア情報も初期化されます。ただし、称号は継承され、また成長率の大幅な増加ボーナスがあります。」
なるほど。どれぐらいボーナスがあるかによるが、この《オーバーロード》の称号と合わせればかなりすごいことになりそうだ。
「また、各クエストの結果が変わることがあります。具体的には申し上げられませんが、基本的にはプレイヤーの皆さまにとって良い方向へ変化します」
これは考えてあるな。本来、二週目はよほどやり込むタイプの人間でもなければ飽きる。けれど、内容に少しずつ変化が、しかも良い方向であるのならば飽きが来ない。これは多分、カンスト前後にあるレベル帯の停滞感を払しょくさせるための措置だな。そのまま強くなるのを目指すか、はたまたやり直すことでさらなる強さを目指すか。悩むところもこのゲームの楽しみだということをこの開発チームは理解しているらしい。
「さらに、他にも隠されたいくつかの要素があります。基本的に全て、プレイヤーの皆さまのプラスになる要素、と考えていただいて間違いありません」
そうやってエマと名乗った女性が喋り終わると、少しの間沈黙が訪れた。
それはそうだろう。すごい内容ではある。でも〈レベルの初期化〉というのは簡単には決断できないことだ。現在の強さになるまでに年単位の時間がかかっている。いくら成長ボーナスがあるとはいえ、簡単には決められないだろう。
だから、もう決めた俺が質問することにした。
「俺は今日で構わない。けれど、これを使うかどうかは今決めないといけないのか?」
「あ、す、すみません。説明が漏れていました。え、えと、今決めていただかなくても結構です。ただし、今日クリアしていただいたクエスト、『創造主への挑戦』と同じ日時でのみ、となっております。はい。クリア済みの皆さまは入口を通ればここに直接来ることを選択できるようにしておきます」
できるお姉さん風だったエマさんが、焦って説明する様はなかなかにかわいらしかった。どうやらそんなに年ははなれていないようだ。
それは兎も角、やはりさすがは特別報酬と言うべきか、自由に転生できるわけではないようだ。まぁそれは仕方がないな。
「つまり今日を逃せば最短1週間後ってことか。どうする?」
「いまじゃなくても良いなら、ちょっと考えたいかな」
「うんうん。他のギルドの友達のヘルプ頼まれているから、ちょっとすぐにはきびしいなぁ」
「わしはいこうかのう。」
「だめだよおじいちゃん。そのヘルプ一緒に行くっていったじゃん」
「そうじゃったかのう。ふぉふぉふぉ。」
相変わらずオキナは物忘れが激しい。いや、それもロールプレイか?いまだにどっちかわからないが、少なくとも記憶力が良い方ではないと俺は思っている。
「やっぱ俺だけかな? ま、先に行ってどんな風かメールしてやるよ」
ネタバレしない程度にな、と付け足す。
結局今転生するのは俺だけになった。……けれど丁度良かったかもしれない。最後の最後、どうやって分かれようかと悩んでいたからだ。気を使ってくれたのもあるんだろうな。
「本当に、メールしてね」
そういってリリーが涙ぐみながら手を握ってくる。このゲームはVRとしては古い方なので、実際に涙がでる、という表現はないのだが、表情から泣いていることは良く分かる。
「ああ、全部英語で送ってやるさ」
見ていられなくなった俺は、そうやって憎まれ口をたたく。
「うん、がんばって辞書引いて読むよ」
それにけなげに答えるリリー。俺はそんなこの子が好きだった。でも今は人妻で、それも親友の妻になっているのだ。
俺は二人の仲を祝福している。というより、俺の助力がなければ、もっと結婚まで時間がかかっただろうと思っている。それぐらいに二人の仲を取り持った。
けれどやはり、いまでも急に苦しくなることがある。
留学の話はもちろん本当だし、昔から望んでいたことではあった。でも今この時期にそれを選んだのに、彼女から逃げたかったという気持ちが全くなかったというと嘘になる。
二人を心から祝福出来なくなることが怖かったのだ。
「じゃあ、行ってくる。いざゆかん、新世界へ。……なんてな」
皆との別れの挨拶を一通り済ませた後、そういってエマさんに導かれるままに、扉の向こうへ足を進める。
こうやって新世界への第一歩を踏み出したのだった。
#define
置換マクロを定義する