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見取り屋

作者: 如月はな

看取り屋って知ってる?

名前の通り死ぬときを看取ってくれるんだって。

自殺幇助はしないって。

・・・ただ静かに看取ってくれる。

そんな噂を聞いたんだ。


打田洋介はその日病室のベッドでとあるチラシを眺めていた。

すぐ馬鹿ばかしくなりチラシをベッド横の小さな机の上に丸めて捨てる。

今日は日が高く暖かいようだ。

外では患者達の笑い声が時折聞こえる。

打田にはもうすぐそこの窓の歩み寄る力もない。

体重はどれほど減っただろうか。

疲労感や倦怠感、腹部の痛み。

一年半前、悪性の腫瘍があると会社の健康診断で指摘された。

しかしまさか自分がこの病に倒れるとは思わなかった。

病名は癌であった。

打田はまだ36才だったし、はじめはすぐ治るだろうとなるべく深刻に考えないようにしていた。

しかし身体は着々と蝕まれていきどんどん身体は弱っていった。

決定打は腹部の手術であったように思う。

それまではまだなんとかなるかもしれないと希望を持てていた。

しかし手術は失敗。

再手術も見込めぬ程、打田の身体の中の癌は進行していたのだ。


離婚した二つ年下の妻百合と自分には会わせてもらえない4つの娘茉莉に会いたかった。

自分はもうすぐ死んでしまう。

忘れないでくれ。

そして強く生きてくれ。

そう言って二人を抱き締めたかった。

しかしそれは叶いそうにない。

打田は完璧主義で自分は仕事を自分が壊れるほどこなし、そして百合にも完璧な妻であることを求めた。

当時は二歳だった茉莉を抱えさせながら家事を完璧しろと・・・。百合は百合なりに頑張っていたのは分かっていた。

しかし少しのことがだんだん鼻をつくようになった。

きつい言い方も何度しただろう。

百合もその内に反論するようになり・・・。「養育費も慰謝料もいらないわ。茉莉もわたしが育てます。わたしはあなたと同じ人間じゃないの。みんながみんなあなたと同じように頑張れるわけじゃないのよ」

それが最後の妻の言葉だった。


このまま一人で死ぬ・・・?

孤独なまま、医者に看取られるだけで・・・?

それなら、と打田はさっきテーブルに捨てたチラシを手に取った。

″看取り屋、貴方に最高の死を提供します″




その日の内に彼らは来た。

竹野豊、彫りが深い顔をしており男の打田から見ても魅力的な男だと思った。

メディー・凜・クリスト、唯一女性でもしかしたらまだ二十代かもしれない。

名前の通りハーフなのか茶色の瞳に明るいセミロングの髪。

しきりに鼻をぐずぐず鳴らして涙をハンカチで拭っている。

同情しているのだろうか?

最後の一人は今泉学

、彼は背がすらりと高く知的な印象を受ける銀色のフレームの眼鏡をかけていた。

見ようによっては冷たそうに見える。


「名刺を渡さないんだね」

「その必要があるのですか?」


今泉に言われて確かに自分はもう死んで名刺など見直すこともないんだな、と思った。

「学!そんな言い方ないでしよう!?打田さん、生きてるものはいっずれ滅してしまいます。だけどそれだけじゃないと私は思います。私の魂の中にも、あなたのことも刻みつけますから・・・

あなたのことも、と言うのだから他にも本当に依頼はあったのだろう。

凜は潤んだ大きい瞳で打田の顔を覗きこんだ。

自分みたいな人間に仕事だとはいえこんなに優しくしてくれるとは思わなかった。

病苦にやせ細り小さくなってしまった自分を見られるのが恥ずかしかった。

病室のベッドの上で来る日も来る日も涙に暮れた。

また涙が込み上げてきて慌てて凜から顔をそらす。

「打田さん、今日は顔合わせなのでそろそろ帰らねばなりません。

つぎ会うときは・・・その時ですから」さすがに今泉も顔をしかめていた。

「握手をしましょう」竹野がそう言うので打田は力のこもらない腕を懸命に動かして手を出した。

変わった握手だった。出した打田の手を1人ずつ握り締めていき、最後には打田を入れた4人分の手が重なり合っていた。

「打田さん、我々看取り屋は出来る限りの対処をしできる限りの安らかな死を提供していきます。

では、ご自愛ください」3人は一礼すると病室を出て行った。

「・・・そう言えば料金の話し、しなかったな・・・」打田は首をひねる。

その手のひらはまだ3人の温もりが残っているようで熱かった。


看取り屋の三人は病院の近くの繁華街にいた。

凛はまだ鼻を鳴らしていた。「気にしすぎるのはよくないぞ。凜。生き物全ていつか死ぬ、お前も言ってただろ?赤信号もみんなで渡れば怖くないだろ」

竹野に慰めかなんだか分からない言葉を言われても凛はキッと竹野を睨む。

「僕は先に帰ることにするわ。いつもの、用意しなくちゃいけないし。今回は少し時間がかかりそうだ」そう言うと今泉は手をひと降りすると二人から離れて行った。

「豊、どうしようか。

今回はあたし豊の家に泊まりに行った方がいいかな」

「あぁ、俺も俺の役割があるから家の用事を手伝ってもらえると助かる」

「オッケー。大したことできないけど・・・ごめんね」

「お前も自分の役割があるしそれをちゃんと執行している。

胸をはっていろよ」

凛は眩しそうに笑った。


竹野の家は4LDKで少々広い。

しかし本人が綺麗好きな為本当は家の用事には凛が来なくても困らない。

凜を呼ぶ理由は他にあった。

もしも″アレ″が起きたとき同志じゃなかったら・・・。


竹野は部屋でその時を待っていた。

そして時は来た。


獣のような咆哮で凛は目を覚ました。

二人はあくまで仕事のパートナーであるから同じ部屋で寝起きはしたことがない。

急いで竹野の部屋の扉を開ける。

竹野はベッドの上で苦しみもがいていた。

「今日だ今日だ今日だ今日だ今日だ今日だ」必死に言葉を繋げる。

舌を噛まさぬよう様子を見ながら今泉の携帯に急いで連絡する。

「学、今日だって!急いで病院行かなきゃ!」

「すぐ行く。豊は落ち着いてきたか?」

「うん・・・少し・・・

担いででも連れてくから!」

携帯を切る。

「豊立てる?」

「・・・相変わらず最悪の気分だ

まぁ動けないことはない

急ごう」


その頃、打田は夢を見ていた。

大きな穴を掘っていた。

だんだん大きくなる穴。

その内気付いた。

これは自分の墓だ。

はっと現実に返るも今度は目がよく見えないのに気づく。

体も動かず息が苦しい。

心臓は早がねを打ち喉が乾いた。

このまま死ぬのだと思うといろんな感情が爆発したがしだいにそれも消えていく。

もう、死ぬんだ・・・。

ふと病室の部屋の扉が開く音が聞こえた。


「あなた・・・」


それは離婚した妻の百合の声に違いなかった。

懸命にそっちを見やる。

「ゆ・・・り?」

百合はボロボロ涙を流していた。

「知らない人がわたしの家に来てあなたが危篤だと教えてくれたの

どうして?どうして知らせてくれなかったの?」

「俺になど愛想尽きたんじゃ・・・ないのか」


「違うの・・・違うのよ・・・本当は、本当は・・・」

「・・・?」

「茉莉はあなたの子じゃないの・・・。だから茉莉に物心つく前にあなたから離れさそうって・・・」

ごめんなさい、と百合は何度も言いながら泣いた。

その告白はずっと茉莉は自分の子供だと信じてた自分にはショックな言葉だったがそれよりも意識を保っているのが思ったより大変だった。

しかしその時右手に温かいものが触れた。

「パパ、おねんね?起きてくれないと茉莉、淋しいなぁ~」

と舌ったらずな声が聞こえた。

「百合・・・もしかして・・・茉莉を連れてきて・・・」

「パパ、ママばかりは茉莉やだよ。ね、起きて茉莉とも遊ぼうよ」

温かい茉莉の手が打田の右手を包む。

百合は泣きながら「茉莉の本当の父親はろくでもない人なのよ

勝手に持ち出したあなたの写真を見つけてこれが茉莉の本当のパパでしょ?って・・・

だから、だから来たのよ

ねぇ茉莉」

「写真みたいにまたディズニーランド行こうよ。

茉莉が連れていってあげるから。

だからパパ起きて。

茉莉と遊ぼう」

打田にはもうなにも見えなかったが茉莉がニコニコと柔らかく笑っているのが分かった。

見えない目から涙が溢れてきた。

「そうだなぁ。

でも、パパはちょっと疲れてるからしばらく寝かしておくれ。起きたら茉莉とずっと遊んであげよう。茉莉、少し待っててね」

「うん!」

打田は最後に懸命に笑顔を作った。

これが看取り屋の仕事だったんだろうか?

だとしたら・・・とてもとてもとても・・・。

自分には勿体無い死に方だな・・・。


もう呼吸はしていない打田の側で茉莉という少女は簡易ベッドで眠っていた。

「大丈夫ですか?」竹野と凜と今泉が入ってきた。

百合は黙って涙を流している。

ふいに凛が百合の手を握った。

「少し休んだ方がいいです」

とたん百合は少しよろけて「えぇ・・・少しベッドで休みます」

と茉莉の横で身を横たえた。


「ヒーリング、今でもできるんだな」今泉が俯いている凜に声をかけた。

「・・・豊の言う役割でしょ。

あたしはヒーリング、死にゆく人やその遺族の心を癒す。

学はテレパス、だからこうして望み通りの逝き方をシュミレートできる。

豊は未来予知、こうやって死に際にはどんなことがあっても間に合う。あたしがまだ一番、負担軽いよね・・・。未来を見たり心を読んだりするわけじゃないから半狂乱になったり体力なくなったりしないし」凛はとても不機嫌に言った。

「・・・凛、どうしてこんな力があるのか僕らには分からない。

でもなにかに使うべき力だからあるんだと思うよ

この世に必要のないものなんて存在しないだろう?」

そういう学に豊は呟いた。

「ほんとに意味なんてあるのかね。

エゴイズムじゃない?

だけど・・・」ひと呼吸置く。

「最後に・・・幸せそうに笑ってくれたな」

凛はとうとう泣き出した。

いつものことだ。

そして彼らはこれからもそうして生きていくのだろう。


止まっているより歩く方が景色は広く見えるだろうから。

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