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なろうっぽい小説

零れた水は返らない

作者: 伽藍
掲載日:2026/04/10

 侯爵家の一人娘であるマーティナ・コンドレンにとって、従姉妹であるニコール・グレイディ男爵令嬢はひどく目障りな存在だった。


 マーティナとニコールは、二人ともコンドレン侯爵家の血を引く娘である。マーティナは跡継ぎである長男の娘であり、ニコールは跡継ぎではない次男の娘だった。

 ニコールの父である次男は昔から変わった性格であったそうで、元は侯爵令息であったのにどこかの高位貴族の跡取り娘に婿入りするでもなく、一人で職を得てさっさと独立してしまったのだという。それでいつの間にか男爵位を得ているのだから仕事は出来るのかもしれないが、嫁はどこぞの平民を勝手に引き入れたそうなので女を見る目はないらしい。


 顔ばかりが取り柄の平民出身の母を持つニコールは、ひどく可愛らしく美しい令嬢だった。

 ニコールが小さく微笑むだけで、あちこちの令息たちから貢ぎものの山が連なった。それでいて誰にでも分け隔てなく話しかけるので、貴族にも平民にも女性の友人たちが多いらしい。


 そういう、何もかもが、マーティナにとっては気に入らない要素だった。


「ニコール」

「はい、マーティナ様」


 マーティナがニコールに話しかければ、ニコールは礼儀正しく返事をした。

 ニコールがマーティナを敬称つきで呼んでいるのは、マーティナがそう指導したためだった。たとえ従姉妹という関係であっても、身分の上下を教え込んでやろうと思ったからだ。


「あなた、自分が侯爵家の血を継いでいるという自覚はありまして? 平民たちと気安く接するのはお止めなさい」

「そう申されましても、特待生の皆さまは本当に優秀であられるのよ。もちろんわたくしがお教えすることもありますけれど、彼らからわたくしが学ぶことも多いわ」

「やっぱり平民の血を引いていると、高貴な者の振る舞いというのが判らないのね」


 そう言ってやれば、ニコールが僅かに不満げな顔をする。可憐な花のような見た目なのに、それなりに気は強いのだ。


「マーティナ様、あなた様と言えども、わたくしのお母様の悪口を言うのはお止めくださいませ」

「わたくしに口答えするなんて生意気なのよ! わたくしは侯爵令嬢、あなたは男爵令嬢。理解しておりまして? そもそも立場が違うの」


 叱りつければニコールは何かを言いたげな顔をして、けれど口を噤んだ。そうしているうちに、応接間に先代の元侯爵夫妻である祖父母が入ってくる。


「あら、マーティナ、ニコール、何をしているの」

「ご機嫌よう、お祖父様、お祖母様。ニコールの素行に問題がありましたので、叱っていたところですのよ」

「そうなの、まぁ……」


 祖母は頬に手をあてて、そっと嘆息した。


「学業の成績は優秀らしいけれど、あなたは本当に次男とそっくりで、問題ばかり起こしていていけないわね。我が侯爵家の血筋を引いているということを、しっかりと意識しなければなりませんよ」

「はい、お祖母様」


 ニコールは何も考えていないような顔で、にこやかに頷いた。それに気が済んだのか、祖母がくるりとマーティナに向き直る。


「マーティナ、いよいよあなたも社交界デビューね。わたくしたちが飛びきりのドレスを用意してあげますからね」

「まぁ、ありがとうございます、お祖母様」


 令息令嬢たちの社交界デビューのときには、家族や親族たちが祝いをこめて正装やドレスを贈ってやるのが通例である。けれど祖母は、マーティナにはドレスを作ってやって、ニコールにはドレスを作ってやる気がないらしかった。


「母上」


 そう声をかけてきたので、ニコールはようやく自分の父であるグレイディ男爵が応接間に入ってきていたことに気づいた。


「同い年であるニコールも同じく今年が社交界デビューです。祖父母として少しぐらい、ニコールを祝ってやろうとは思ってくださらないのですか」

「あら、あなたは稼いでいるらしいじゃないの。たしか、王宮魔法師団に所属しているのでしょう。娘のドレスくらい自分で作ってやりなさいな」


 マーティナに接するのとは打って変わった素っ気ない態度で、祖母はあっさりとそう言った。


「それに、所詮は男爵令嬢の社交界デビューでしょう。コンドレン侯爵令嬢であるマーティナとはお話が違うのよ。そこまでお金をかける必要もないし、あなた程度のお給料でもどうとでもなるでしょう」

「ニコールは男爵令嬢である以前に、あなた方の孫娘でもありますよ。そこに身分は関係ありませんわ」


 口を挟んできたのは横で佇んでいたグレイディ男爵夫人だった。ひどく大人しく、おっとりとした性格で、だいたい微笑んでいることが多いグレイディ男爵夫人だが、さすがに黙っていられないらしかった。


「あら、お金のこととなると黙っていられないのね。平民出身のあなたが、せっかく貴族の男を捕まえたのに、思ったようにお金を使えない現状に不満を持っているのはよく判りました」


 先代コンドレン侯爵夫人が、グレイディ男爵夫人に微笑んだ。更に言い返そうとしたグレイディ男爵夫人を、グレイディ男爵が諫める。


「止めよう、子どもの前だ。……母上、あなたがニコールを可愛くないのはよく判りました。娘のドレスは自分たちで用意します」





 そんなやり取りをしたのは、もう数か月前である。社交界デビューの会場で、ニコールを見かけたマーティナは、彼女の姿を見かけてぎょっとした。

 栄誉ある王宮魔法師団員と言えども、一介の男爵が娘のドレスにかけられるお金には限りがある。侯爵令嬢である自分に比べたら、さぞ見窄らしい格好をしてくるだろうと思っていたのに、ニコールは高位貴族であっても予約が難しいと評判の、いま一番人気のデザイナーのドレスを着てきていたのだった。


「ニコール、あなた……」


 近づこうとしたマーティナを、さっと追い抜く少女がいる。数歳年上の、王国でも指折りの公爵家の令嬢だった。

 二人は近い距離で何ごとかを囁き合って、くすくすと笑い合っている。仲の良さそうな二人に割り込めず、マーティナは内心で舌打ちした。


 そこに、王族たちが入場してくる。みなが姿勢を正す前で、国王が口を開いた。


「本日は令息令嬢たちの社交界デビューだが、その前に一つ知らせがある。わたしの息子である第二王子の婚約者が決まった!」


 その知らせに、人びとはざわめいた。ある程度予測していた、もしくは知っていたのか、泰然としているものたちもいる。

 国王に呼ばれた名前に、マーティナは心底驚くことになる。


「来なさい、ニコール」

「えっ……」


 呼ばれて、ニコールが静々と壇上に上がった。ニコールをよく知るマーティナは、彼女の手の甲が緊張で真っ白になっているのが判った。


「彼女はニコール・ヘインズビー公爵令嬢だ。学園のものたちは知っているかも知れないが、非常に気の良く、成績優秀な令嬢である。みな、よろしく頼む」


 国王の発言に合わせて、ニコールが礼をした。しっかりと教育された、高位貴族たちに引けを取らないカーテシーだった。


「――おかしいでしょう!」


 突然横合いから金切り声が上がって、マーティナは飛び上がった。反射的に振り返れば、付き添ってくれていた祖母が壇上を睨みつけていた。


「その子は男爵家の、しかも平民女の娘よ! 第二王子の婚約者になんか、相応しくないわ!」


 国王は近くにいた王妃と眼を見合わせて、ちょっと呆れた顔をした。


「ニコールがもともと男爵家出身なのは事実だが、いまは優秀さを買われて公爵家の養女に入っている。そもそもニコールの実母であるグレイディ男爵夫人は、元はヘインズビー公爵家の娘だぞ。知らないのか」

「ヘインズビーの隠れ姫ですよ。公爵家が溺愛のあまりなかなか表に出したがりませんでしたから、知らないものは知らないかも知れませんわね。それでも十年ほど前に王宮内の結界を更改した際の回路設計にグレイディ男爵とその夫人である隠れ姫が関わっているのは、わりと知られた話かと思っておりましたが」


 補足をしたのは王妃だった。いきなり金切り声で怒鳴りつけられてちょっと震えたらしいニコールを、肩を撫でて宥めている。

 国王は思わぬ水を差されたことに眉根を寄せて、そっと嘆息して言った。


「ニコールはお前の孫娘でもあるはずだろう、なぜ祝いの場に水を差すような真似をするのだ。先代の侯爵夫人がその調子であれば、隠れ姫も自分の出身を明かす気にはなれなかったのかも知れんな」


 呆れたように言われて、先代侯爵夫人は我に返った。周囲を見回せば、貴族たちが近くからそっと身を引いている。

 居たたまれなくなった祖母に腕を引っ張られて、間違いなく社交界デビューである本日の主役の一人であるはずのマーティナは会場を逃げ出すように後にすることになった。そのマーティナを、本当に何の鬱屈もないように、ニコールがただ単純に心配げに見送っているのが、ひどく目障りだった。


***


 マーティナは侯爵家の一人娘であり、現状唯一の跡取り候補である。多少問題が起きたからといって、マーティナの立場は変わらない。

 だというのにあの社交界デビューのパーティー以来、まともな釣書は一つも届かなくなってしまった。それ以前に送られてきていた釣書の相手からも断りの連絡が届いた。つまり多くの貴族たちから、いまのコンドレン侯爵家には関わりたくないと思われているのだった。


 それだけではなく学園でも、同い年の従妹に嫌がらせをしていたと噂されて、ほとんどの友人たちが波が引くようにいなくなってしまった。マーティナが侯爵家の跡継ぎであることは変わらないのに、いっときの感情にまかせてそんなことをするだなんて、馬鹿な元友人たちだ、と思う。


 男爵令嬢から公爵令嬢になったニコールの作法に、遠くから見ている限りでは違和感はなかった。まるで最初から公爵令嬢だったかのようだ。


 漏れ聞こえてくる噂を聞けば、ニコールは昔から、隠れ姫を溺愛する公爵家に可愛がられていて、公爵家の令嬢と同等の教育を施されていたのだという。


 ヘインズビーの隠れ姫。美しく、可愛らしく、けれど大人しく、引っ込み思案で、何よりも心優しい。非常に賢く知的好奇心が旺盛であり、幼い頃から本の山に埋もれているような令嬢であったという。

 マーティナだって、噂を聞いたことはあった。ただそれが、ニコールの母であるとは思いつかなかっただけだ。


 公爵家は隠れ姫の幸せを想う一心で、隠れ姫の結婚相手には真実の愛を求めた。その相手こそが、グレイディ男爵であったのだという。


「何が真実の愛よ」


 馬鹿馬鹿しさを鼻で笑って、マーティナは積み上がる釣書の一つを放り投げた。どれも訳ありの、少し前のマーティナであれば歯牙にもかけなかったような相手だった。


 数日前から、祖母はすっかり老け込んだようになって、元気を失ってしまった。見下していたニコールが第二王子と婚約していたことにマーティナだって非常に腹立たしい思いをしてはいるけれど、この事実の何が祖母の気力をそこまで失わせたのか、マーティナにはいまいち理解できなかった。


 いずれにせよ、もうマーティナとニコールが私的に関わることはないのだろう。無性に苛立って、マーティナは乱暴に、釣書の山を取り崩した。

 なろう小説ってのは面白くて、基本的には古典的な物語の構造とは逆をいくことが多いよなーと思っております。その一つが『姉が勝ち、妹が負ける』というテンプレであって、これは昔話によくある末子成功譚とは真逆なのですよね。それに『身分の高い悪役令嬢が勝ち、身分の低いヒロインが負ける』というテンプレも、そもそも権力者を揶揄するためのよくある風刺とは真逆のものです。わたしはなろう小説というのを草双紙と似たようなものだと考えているので、なのになろうのテンプレって、何がどうしてこうなったんだろうってことがちょくちょくあるよなぁ、と思ってしまうのですね


 それはそうとして、、何を言いたかったのでしたっけ、、末子成功譚、、あ、そうそう、貴族の爵位継承のお話をしたかったのでした。現実世界だと貴族制度って色々あるので、『兄弟のうち一人しか爵位を継げない』パターンと、『兄弟の全員が同じ爵位を持てる』パターンがあって、まぁ実際にはたぶん運用としては前者のほうが成功パターンということになるかと存じます。だからなろう小説だって、その設定が多いのだろうし

 でもそうなると、『高位貴族令息と高位貴族令嬢の子どもで、でも二人とも長子じゃないから継ぐ爵位はなくて、血筋だけはめちゃくちゃ高貴だけど爵位は低い(or 持たない)』みたいなこともあったんだろうなーと思ったので書いてみました。まぁ、だからこその政略結婚なのかも知れませんけれど。政略結婚を繰り返しているといずれ血が濃くなり過ぎて行き詰まると思うのですが、そのあたりはなろう作家の皆さまはどのようにお考えなのかしら

 あとは長男教のエッセンスをひとつまみ。爵位継承云々が問題になってくる社会では、長男教の傾向は今よりもずっと強かったんじゃないかしらーと思ったのでね。愛玩子/搾取子まではいかない、くらいのさじ加減のつもりでした

 こんな感じのことを、思いつくままに書いたのですわー! お暇潰しにでもどーぞ!


 わたしは『侯爵令嬢でも男爵令嬢でも同じ孫娘なのだから、祖父母はどちらも可愛がるべき』と思ってしまうタイプの人間なのですが、世の中には『同じ孫娘だからって、侯爵令嬢と男爵令嬢の扱いは違って当然』という考えの人間もいると思いますので、そういう方々とは単純にわたしとは気が合いませんでしたね、というお話なのですわー。わたしが血の繋がりというものに夢を見すぎ、と言われれば それは そう。んはは


【追記20260410】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3614302/

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― 新着の感想 ―
大叔母が言ってましたが、『昔は内孫と外孫ではご飯のおかずも違っていた』とな 男系と女系の差はあれど、「同じ孫」という感覚も現代人のものなのでは? まして家督相続が関わっていたら差があるのが当たり前か…
祖父母の、特に祖母との関係がいいか悪いかは結構孫への可愛さの差があるのでは…?という気はちょっとしています。男兄弟だとやっぱり長男と家を継いだ子は格別な感じありますね…別々でも感じるので、それが一緒だ…
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