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四天王急募(事務職経験のある方優遇)

掲載日:2026/02/27

「四天王を再編しようと思う」

「はあ」


書類仕事の休憩中、魔王が急にそんな事を言い出した。

突拍子が無いのはいつもの事なので、秘書のカペルコは特に気にする事なくお茶を用意する。


「解散してから1ヶ月ぐらい経つか?やはり居てもらわないと困るなと最近つくづく思ってな」

「はあ…先日のように突然勇者様がいらっしゃった時の様な事ですか?」

「いや、この膨大な量の書類をどうにかしたい」


魔王とカペルコの机の上には仕事に手が付かないうちに溜まりに溜まった膨大な量の書類が山積みになっていた。

それぞれの席からお互いに顔を見て会話しようとすると、上体を逸らして紙の山を交わすような動作が必要になってくる。


「それはまあ…そうですけど。先日の魔王様と勇者様の戦いの際の修繕やらなんやらの後処理も諸々発生しましたし」

「うむ、補足ありがとう。でもそんな冷たい目でワシを見ないでくれ」

「ただこういった業務を任せるとなると、普通に事務を雇った方が良いと思うのですが…」

「そこはついでだ。やはり魔王軍たるもの、四天王の存在は必要だろう」

「はあ…では求人を出しますけど、何か条件とかご希望はありますか?」


というか、四天王って求人で募集するものなんだろうか?とカペルコは思った。

深く考えても仕方無し、とりあえず提示される条件をリストアップする為に紙とペンを用意する。



「うむ、とりあえずは文字の読み書きがしっかりと出来る事だな」

「事務というか、社会人として当然に必要なスキルですね」

「あとは連絡無しに休んだり、裏で陰口を言ったりとかしない人間が望ましい」

「社会人というか、人として望まれる要件ですね」

「あとはやはりバランスだな。こればかりはどんな奴が来るかにもよるが…」

「バランスというと、前四天王のように男2女2にするという事ですか?」

「いや、女は3以上でも良い」

「バランス悪くないですか?」

カペルコはペンを置いた。


「3以上って事は、4でも良いって事ですか?」

「4でも良い。なんなら5以上でも良い」

「バランスが悪い上に四天王ですら無いですよ。というか『以上』ってどれだけ欲しがりなんですか」

「勘違いしてくれるな。ワシは男女比などという些事を気にしないだけで、中身の話をしているんだ」

「中身ですか…」

「具体的に言うと…例えばそうだな、ツンデレ、ヤンデレ、クーデレ、デレデレとかがいいかな」

「何から突っ込めばいいか迷うのですが、そこまでデレが多いと胃もたれしませんか?」

「ワシも自分で言っててバランス悪いなと思った」

「というか、そういう点で言っても男性が入ってた方がバランスが良いと思うのですが…それなら逆に男4でも良いって事ですか?」

「絶対ヤダ」

「募集してくる方が全員男性だったらどうするおつもりですか?」

「死ぬ」

「ええ?ちょっ…いや分かりました。分かりましたから仮定の話でそんな濁った目をしないでください」

「あとは…まあそうだな。オフィスソフトがちゃんと使えたり、簿記の資格を持ってたりすると尚良い」

「その…四天王としての力量というか、魔力を測ったりとかはしないんですか?」

「ペンは剣よりも強しと言うだろう。今回の四天王はインテリ系で行く」

「普通に事務を雇った方が良くないですか?」


あまり多くを言っても無駄な事は分かっているので、カペルコはとりあえず言われた内容を羅列しておいた。





――――――――――





「面接当日になったな〜」

「面接当日になりましたね」

面接当日になった。


面接会場としてセッティングされた玉座の間には、出入口近くに応募者用の椅子が一脚。

その少し離れた位置に長机と、面接者に向かい合うようにして座るカペルコ、そしてソワソワと落ち着きの無い魔王がいた。


「いや〜緊張するな。昨日の夜はよく眠れなかった」

「魔王様、あまりソワソワなさらないで下さい」

「分かっておる。応募者の前ではどっしりと構えるぞ」


魔王が腕を組んで鼻を鳴らす。

多分無理だろうなとカペルコは思った。


「して、面接希望者は何人いるんだ?」

「それがですね…」

「こないだのアンケートみたいに10000人超えてるとか無いだろうな。そうなったら流石に手に負えんぞ」

「23人です」

「23人」

魔王は抑揚無くカペルコの言葉をオウム返しした。


「…23人?」

「23人です」

「すっっっっっくねぇ…え、23人?230人とか2300人とかじゃなく?」

「23人です。流石にこの桁で0の数を間違えようがありません」

「ええ…だって四天王だぞ?地位は安定してるし、高収入だし…」

「前四天王解散の噂が一人歩きして悪いイメージが流れたか、単純に四天王という役職の重責が忌避されたのかもしれませんね」

「うーむ、もしくは四天王を募集している事が広く知らされていなかったかもしれん。あ〜アレやれば良かったかな。よく街中を軽快な音楽とともに走り回る宣伝カーみたいなやつ」

「四天王のイメージにそぐわないのでダメです」

「え〜だって、女性優遇、高収入って…」

「四天王のイメージにそぐわないのでダメです」

「はあ…まあ仕方ないか。この23人の中に有能な者がわんさかといる事を祈ろう」

「では、早速応募者の方をお呼びしますか」

「出来れば大人しい感じの真面目な子が居てくれるといいな。控えめだけどワシの事を立ててくれて、あわよくば上司との恋に抵抗が無い子だと尚良い」

「最初の方、どうぞ!」

カペルコは魔王の事は無視して通路で待機している応募者に聞こえるよう、大きな声で言った。


一拍置いて玉座の間の扉が勢い良く開かれる。


「失礼します!!」


加減を知らない声量で挨拶してきた、ガタイの良い如何にも体育会系といった風のサイクロプスは入室するなり目の前の椅子にどっかりと座った。


カペルコはチラリと横を見やる。

スン…と無表情の魔王がそこにはいた。


どうなる事やら、と面接者に気付かれぬようため息を付いた。





――――――――――





「ちょっっっとこれはひどいな…」


魔王は頭を抱えていた。カペルコにも疲労の色が見て取れる。


面接は特に難しい事を行うではない。名前や志望動機等質問をいくつかして、作文の音読や計算問題などの簡単なテストをするのみだ。

後は退室してもらい、後日採否を報せる事を伝える。

そう、たったこれだけだ。

にも関わらず、今のところ採用の見込みのあるものは0と言っても良かった。


まず、作文の音読の時点で躓く者が多かった。

いくら識字率が高くない魔族とはいえ、募集の件を知ってこの場にやって来たという点を鑑みればこの数は異常に低い。

その後の計算問題と合わせると最早壊滅的なレベルだった。

また、その点をクリアしても(クリアしていない者もいたが)腕比べや下克上と称して魔王に挑みかかってくる者が何人かいた。

例外無く魔王にあっさりと返り討ちにあっていたが。

また明らかに魔王を篭絡する目的で色仕掛けをしてくる者もいたが、そういった者はカペルコが追い払っていた。


「魔王軍ってこんな馬鹿ばっかの集まりだったか…?なんかワシ元気無くなってきた…」

「みなさん魔力は相当のものでしたし…武の方に際立って生きてきた方々なのかもしれません」

「それにしたって限度があるだろ。まさかかけ算も満足に出来んとは思うまい」

「トラヴィスジャパンの方みたいになってましたよね」

「TravisJapan」

「良いイントネーションで喋らないでください。ちょっと似てましたけど」

「もう少し教育関係に力を入れるべきかもなあ…」

「ところで魔王様、良いご報告と悪いご報告があるのですが」

「おおっ、ドラマとかでよく見るヤツじゃないか。ちょっとテンション上がるな」

「どちらから聞きたいですか?」

「う〜んそうだな。希望は後に残しておくとして、悪い報告から片付けておくか」

「応募者が残り4人になりました」

「残り4人」

魔王は抑揚無くカペルコの言葉をオウム返しした。


「残り4人…」

「残り4人です」

「…まあ薄々気付いてはいたというか、10人超えたあたりから意識的に数を数えないようにはしていたが…」

「このままでは四天王は四天王では無くなる可能性が非常に高いかと」

「…零天王みたいな洒落にならん話にはならん事を祈ろう。で、良いニュースは何だ?」

「応募者が残り4人になりました」

「うん…うん?」

「こんな事を言うのはなんですが、かなり疲れたというか、絶望感を感じています…この面接自体が不毛に感じられて…」

「ああ〜なんかカペルコを口説こうとする馬鹿もいたしな。追い払ったが」

「応募者をボコボコにするのはどうかと思いましたが、助かりました…」

「ワシが言うのもなんだがしっかりしてくれカペルコ。お前がしっかりしなかったらこの物語はお終いだ」

「はあ…」

「…まああれこれ考えても仕方無し、残りも片付けるとするか…」

「そうですね…では次の方、どうぞ」


そうカペルコが言い終わるや否や。


「いよぉーっす!!」


玉座の間の扉が勢い良く開かれ、そこから1人の女性が現れた。



その女性は、強大な覇気を放っていた。

無造作に伸びた緋色の髪からは禍々しく歪んだ角が伸び、開いた口からは鋭い牙と長い舌が見え隠れする。

へそ出しのタンクトップが豊満な胸部をギッチリと抑えており、ホットパンツを合わせて革のジャケットをラフに着たその格好は露出度が高い。しかし引き締まった体躯からは、淫靡さよりも活発な印象を受けさせる。

また、やや縦長の瞳孔に黄金色の虹彩はその者の快活で攻撃的な性格を表していた。

腰からは自らの腿程の太さの尾が生えており、その表面には爬虫類を思わせる掌程の鱗が美しく並んでいる。


魔界の中でも最強の一角を誇る魔族、竜種。

この玉座の間にまるで自らの実家のように入ってきたその魔族は、二人もよく知る、元四天王のうちの一人であった。



「おいおいなんだ、しけた面しやがって!まさか面接が上手く行ってねえのか?」

「エフレナ様…!」

「よっカペルコ。久しぶりだな、元気してたか?」


エフレナは目の前の椅子にどっかりと座ると、右足を左膝の上に乗せ、自らの脚に片肘を付く。

粗野な仕草だが、エフレナがやると様になっていた。


「まあ周りの奴らもショボそうな奴らばっかだったからな〜。まあ安心しろよ!俺が来てやったんだ、沈んだ大船を引き上げるつもりでいな!」

「エフレナ様、捻り過ぎてよく分からない言葉になってます」

「へへ、よせって!」

「一応言っとくが褒めてる訳じゃないと思うぞ。あとちょっといいか?」


カペルコは魔王の周りの空気が冷えているのを感じ、少し身構えた。


「ようロムレクス。相変わらずしみったれた面しやがって、なんだよ?」

「お前今までどこで何やってた?」

「あぁ?そりゃお前、戦ってたんだよ。魔族の矜恃のままにだな…」

()()()()で飲み歩いた挙句に所構わず暴れ回ってた訳では無いのか?」

「ばっ、ばばっバーカお前、俺をなんだと思ってんだよ。四六時中飲んでると思ってねえか!?」

「じゃあそういう事はゼロなのか?」

「…ま、まあちょっとは」

「今日なんでここに来た?」

「そりゃお前、四天王に戻る為だよ」


エフレナは足を組み直すと、大仰な身振りで話を続ける。


「一度は周りに流さ…色々あって四天王を抜けたが、やっぱり俺の力が必要だろうと思ってな〜」

「金が無くなったんじゃないだろうな?」

「おっ…お前、そんなんじゃねえよ!俺の四天王時代の給料、知ってんだろ?」

「今の所持金はいくらだ?」

「なっ、なんだよ、本当だって!蓄えがあったんだから、まだ大丈夫だっての!」


『まだ』

カペルコにも何となくエフレナの現状が理解できた。


「そうか、じゃあ最後に一つ聞かせてくれ」


魔王の言葉には感情がこもっておらず、冷たい。


「お前、面接希望者に何かしてないだろうな?」

「し、してないよ」


傍目から見ても明らかに目が泳いでいる。


「メンチ切ったり恫喝したりして応募者を帰らせてないか?」

「知らねえな〜。周りの奴らにちょっと挨拶して回ったりはしたけど、そんな事してねえけどな〜」

「特にインテリっぽい応募者に対してそういう事してないか?」

「な、何のことか分からねえなあ〜…」

「そうかそうか」


エフレナをジト目で見る魔王とカペルコ。

初めこそ素知らぬ顔をしていたエフレナだったが、沈黙が続くにつれその顔は引き攣り、額には汗が滲んでいった。


「な…なんだよ!大体四天王に必要なのが事務の能力っておかしいだろ!だったら普通に事務雇えよ!いいか、四天王に必要なのは力だろ!邪魔者や言う事を聞かねえ奴を捩じ伏せる力が必要なんだよ!そういう頭を使う役回りの奴が入ったって別に良いけどよ、四人全員はバランス悪いだろ!」


カペルコも事務を雇えという言い分については全くその通りだと思った。

エフレナは魔王に詰め寄ると、机越しに()()と身体を寄せて自分を指差した。


「力の強え奴が必要だろ!俺みたいな!な!?」

「…まあバランスが大事だとはカペルコとも話しておった」

「おお!だよな?」

「分かった、面接はOKだ。ちょっとこっちに来てくれ」

「お?おお」


エフレナは言われるままに玉座の間の奥にある窓の前に移動する。

カペルコは念の為手元の書類等を整理して避難させた。


「うむ、そこで良い。ちょっと立っとれ」

「何だよこんな所に…あっ分かった!イメージ写真でも撮るんだろ?」

「うんうん、すぐ済むからジッとしてろよ?」

「なんだよ〜そんなのがあるならもっとビシッとキメてきたのに!綺麗に撮ってくれよ?魔界中に俺の美貌を知らしめてやらねえとな!」

「シャイニング…」

「ん?」

「ゴッド…!!」

「ちょっ…!?」



魔王を中心として魔素が揺らぎ、磁場が発生し、時空が歪む。

カペルコは机の陰に隠れつつ胸の中で十字を切った。



「ブレイカァァァァァアアアアアア!!!!!」

「おわああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」






言ってみればそれは単なる正拳突き(※1)であった。

だがその振り抜かれた拳は周りの魔素を、空間を、干渉し得るあらゆる物を巻き込んで衝撃波を発生させてエフレナを襲う。

轟音を立てて魔王城の壁面が破壊され、エフレナは空の彼方へと吹っ飛んで行き、光り輝く星となった。


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」




「…」

「…」

「…魔王様」

「うむ」

「修繕作業が…」

「…すまん」

「いえ、良いんです…責めている訳では無いんです…」


ただ、虚しいだけなんです…

カペルコの呟きは、二人が見つめるその先。

壁にポッカリと空いた穴の向こうに広がる、澄んだ空に吸い込まれて消えていった。





――――――――――





「…」

「…」


魔王とカペルコは互いに無言のままぐったりと椅子に座っていた。

その表情に覇気は無く、こんな('A`)表情で意気消沈としている。

彼らの後方には魔王によって壁に開けられた大穴が澄んだ空を切り取っていた。


「やってくれたなアイツ…」

「どうもそうみたいですね…」


やたらと数の少ない面接希望者。

そしてその応募者たちの妙な質の悪さ。

それはつい先ほど空の彼方の星となった元四天王、エフレナの仕業であろう事が状況的に見て明らかになった。

大方有能そうな応募者を脅して帰らせ、少しでも自分が受かる可能性を高めようとする彼女なりの浅知恵だったのだろう。


「は~もうやる気失せてしまった。どうする?残りの3人の面接、するか?」

「やらない訳にはいかないでしょう。せっかく来て頂いているんですから…」

「でも奇跡でも起きん限り望み薄だと思うぞ~?ここまで本当に散々だからな」

「…それでも、今日ここに集まって下さった応募者の方々に非はありませんから」

「なんだお前…女神かっ!」

「魔族です」

「ふう…分かった分かった。ちゃちゃっと終わらせて飯でも食いに行くか」

「魔王様、面接を()()()()にしないで下さいね?…こほん。では、次の方!どうぞ」


カペルコがそう言うと、玉座の間の扉が開いた。


「失礼いたします」


一礼して入ってきたのは、女性だった。

胡桃色(くるみいろ)の髪を腰あたりまで伸ばし、淡い白のブラウスにベージュのジャケット、黒いパンツを合わせた、カジュアルフォーマルといった風の装いだ。

色白の顔には薄っすらと化粧がしてあり、柔和な表情はその女性の優し気な雰囲気を醸し出していた。


「モナと申します。本日はよろしくお願いいたします」


女性は二人に再び礼をすると、椅子の隣に佇んだ。


「お、おおおぉぉっ…!!奇跡っ…!これは、奇跡が…!!」

「魔王様…!魔王様っ…!」


魔王とカペルコは涙を流し、抱き合って喜んだ。


「え、ええ…?どういう状況でしょう…?」


二人の奇行に、女性はただ困惑するばかりであった。





――――――――――





「取り乱してしまい申し訳ございません…」

「い、いえ。お構いなく…」


落ち着きを取り戻した魔王とカペルコ、そしてモナは着座してお互いに向かい合っていた。


「えー…では改めてになりますが、お名前とお住まいを伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい。モナと申します。チュウバン地域からやって参りました。この部屋寒っ」

「申し訳ありません。只今換気中でして」

「はあ、魔王城の換気は随分と大胆なのですね…」

「チュウバン地域というと、割と人間界に近い場所にお住まいなのですね」

「前職の関係で拠点を転々としておりまして、今はそこに居を構えております」

「えー、モナさん?」

魔王が口を挟む。


「は、はい」

「採用」

「さ…採用?よろしいのですか?」

「魔王様!お気持ちは分かりますが落ち着いてください」

「いやだって…もう採用だろこんなの。他の奴らと立ってる土俵からして全然違うぞ」

「それにしたって手順がありますから…ちょっと、握手を求めるのは後にして下さい」


先走る魔王を制止し、すみません、とモナに頭を下げる。

モナは一連のやり取りを見て、普段のカペルコの気苦労に思いを馳せた。


「ええと…何かお持ちの資格や、自身のアピールポイントはありますか?」

「はい。簿記2級にMOS、TOEICでは688点を取っています。魔法学(※1)は3級になりますが、今後さらなる昇級を目指しております。この度は四天王募集の情報を拝見し、責任ある仕事がしたく応募いたしました」

「お、おお…」


あまりにもまともな回答に思わずたじろぐカペルコ。

むしろ、何かに秀でた能力の無い自身よりも遥かに優秀なのではないかと思い、気後れしてしまう。


「モナさん。必要無いとは思うんだが一応音読のテストがあるのだ。これを読んでみてくれ」

「はい、分かりました」


魔王から手渡された用紙を受け取りに席を立つモナ。

再び席に戻ると数秒間文章を黙読し、それから口に出した。


「…薄暗い琥珀色の照明の中、男は薄布に身を包んだ女の身体を(まさぐ)った。熱を帯びた吐息が耳元にあたり、男の下腹部は自身の欲望を屹立(きつりつ)させるように…」

「はいもう大丈夫!OKで、すっ!」

「いってぇ!!」


カペルコは魔王の足を思い切り踏んづけて、モナが持つ用紙を回収しに行った。

何か手元からゴソゴソと用紙を出しているなと思ったが、本当に油断も隙も無い。


「申し訳ございません…」

「ふふ、ちょっとドキドキしてしまいました」


頬に手を当ててニコリと笑うモナ。

本当に訴えられても知らないぞ、と睨むカペルコに、魔王はしゅんとした。


「ええと、計算テストもあるのですが…流石に必要なさそうですかね?」

「うむ、もうこの場で採用にしてよかろう。寧ろこっちからお願いしたいくらいだ」

「あら…本当ですか?ありがとうございます」

「そういえば、前職は何をされていたのですか?」


最初に前職の関係で拠点を転々としていると聞いた。地方を飛び回る仕事だろうか?

カペルコの問いに、モナは含みのある笑顔を見せ、答えた。


「勇者パーティーの僧侶をしておりました」

「え」


数秒、沈黙。

呆気に取られていた二人だが、魔王がやっとの思いで口を開いた。


「あ…あの時の僧侶さん!?」

「ふふ、覚えていて頂いて光栄です」

「いやそりゃ覚えてるよ…!というか今の今まで気付かなくて申し訳無い…!」

「服装も違いますし、分からなくても当然ですよ」

「え、え〜…?でも、モナさんが抜けて勇者パーティーは大丈夫なのか?」

「パーティーは勇者様の事もありますし、魔王軍が暫し進軍の予定無しとの事なので、一時解散という事に…。国王様にも一応お伺いは立てているのですが、『淑女の生き様に口を出す事は出来ない』と仰っておりました」

「え〜…何なのその妙な漢気」

「とにかくお許しは頂いておりますので、こちらで働く事には何の問題もありません」


ニコリと柔らかい笑顔を見せるモナ。


「…魔王様」


カペルコが魔王に顔を寄せて耳打ちする。

少々お待ちください、とモナに言って、二人は後ろを向いて顔を付き合わせた。


「どうされるおつもりですか?」

「いや〜びっくりしたな…まさかあの時の僧侶さんだったとは。確かによくよく見ると魔族とは魔力の質が違うんだよなあ」

「残念ですが、流石にこれは…」

「う〜ん」


魔王は2秒くらい逡巡した。


「採用で」

「魔王様」


カペルコは魔王に頭突きを食らわせるようにして額を付き合わせた。


「彼女は人間です」

「う〜む、しかしそれ以外の点が遥かに秀でているからなあ」

「元勇者パーティーです」

「実力としてはお墨付きという事だろう。頭脳派で揃えるつもりだったが、頼もしい限りだ」

「魔族の敵ですよ…!スパイの可能性だってあります…!」

「確かにその可能性はある。しかし彼女を見てみろ」


魔王とカペルコは振り返りモナを見る。

モナはそんな二人の様子を、柔和な笑顔を浮かべてニコニコと眺めていた。


「あの表情を見てみろ。彼女が何か悪い事を企んでいると思うか?」


魔王は腕を組み、目を細めてうんうんと頷いている。


その横顔を見るカペルコの瞳は血走っていた。


「何処を見てるか、分かってますからね」

「………」


背筋を伸ばして姿勢良く座るモナ。

柔らかく微笑む彼女の胸部には、母性を感じさせるたわわな実りが2つ付いていた。





――――――――――





「採用して頂きありがとうございます。今後、誠心誠意魔王様に尽くさせていただきますわ」


ペコリと丁寧にお辞儀をするモナの言葉を、カペルコは複雑な思いで聞いていた。

結局魔王の意見が通される事となり、モナは正式に四天王として即時採用される事となっていた。


「しかし…よろしいのですか?たった今入ったばかりなのに面接に参加させていただくなんて…」

「もう四天王の一員なのだから何の問題も無かろう。寧ろ今後自分と共に働く者を知る良い機会かもしれん」

「あらまあ…魔界の考えは懐が深いんですね」

「魔界全てがそういう訳ではありませんからね…」


諦めたように溜め息をつき、魔王を挟んだ向こう側に座るモナにカペルコが注釈を入れる。

思う所はあり過ぎる程にあるが、こうなってしまったものは仕方が無い。

今後モナの動向に注意だけはしておくように心がけ、それでも自らの仕事仲間として受け入れるようにした。


「では…今後ともよろしくお願いします。モナさん」

「はい、カペルコ様。ふふ、前回は名前で呼ばれる事は無かったので何だか気恥ずかしいです」

「『様』はちょっと…私も『さん』で結構です。そういえば、勇者パーティーは皆さん役職呼びでしたよね?」

「あれは…勇者様が言い出した事なんです」

「ああ…」


何故勇者がそんな事を言い出したのか。

それを聞き出すほど、カペルコは野暮でも鬼でもない。


「では…次の方をお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「うむ。俄然やる気が湧いてきたぞ。このまま残り二人も優秀な者が並んでいるに違いない」

「そう上手くいくとは限りませんが…」


そうは言いつつも、カペルコも先程までよりは元気を取り戻していた。

モナとはまだ深い交流をした訳ではないが、人当たりも良く、優秀である事には間違いなさそうだ。

人間でしかも元勇者パーティーの一員であるという点を除けば、非常に頼もしい存在となりそうだった。



………



いややっぱり唯一の問題点が大問題なんじゃないか?

深く考えると沼に嵌りそうな気がして、カペルコはブンブンと頭を振った。


「次の方、どうぞ!」


カペルコが待機している応募者に入室を促す。

その言葉に続き、扉が開いた。


「失礼しまーす!」


元気いっぱいに入ってきたのは、小柄な女の子だった。

ミディアムショートの金色の髪は低めのツインテールに纏められ、髪を結ぶ紅葉色の細いリボンと十字形のヘアピンがアクセントになっている。

胸元のリボンに淡い橙色を基調としたふわりとしたシルエットのトップス、フリルの付いたスカート。

その下には白いドロワーズを履いており、言うなれば白ゴスか、魔法少女のような恰好をしている。

溌溂とした表情のその瞳には、髪飾りと同じように十字型の瞳孔が備わっていた。


「アネエルと申します!今日はよろしくお願いいたします!」

「お…おぉ?」

「ど、どうぞ。お座りください」

「はい!失礼します」


椅子にチョコンと座るアネエル。

カペルコは一先ず面接を続ける事とした。


「今日はよろしくお願いします!この部屋寒っ」

「すまんな、今ちょっと換気中なんだ」

「わあ、魔王城の換気は豪快ですね。まるでお外みたい」

「アネエルさん、ご出身はどちらですか?」

「はい。天か…」

「てんか?」

「て、て…て、天下一品が全国で一番多いオーサカ地方から来ました!」

「な、なるほど…とても独特な言い回しの説明ですね」

「あ~天下一品久しぶりに食いたくなってきた。面接終わったら食いに行くかな」

「それはいいですけど、いつもよくあのスープを飲み干せますよね…」


話の腰を折る魔王に反応するカペルコ。

心無しか、話が逸れてアネエルがホッとしているように見えた。


「では、何かお持ちの資格や自身のアピールポイントはありますか?」

「はい!一応、宅建士の資格を去年頑張って取りました。後はエクセルで簡単なマクロを組むぐらいなら出来ます!四天王はとっても大変な仕事だと思いますけど、皆さんのお役に立てるよう、精一杯頑張ります!」

「うむ、フレッシュな感じはとても好感が持てるな」

「あと、一番のアピールポイントは可愛い笑顔です!」


首を少し傾げてニッコリと屈託ない笑顔を見せるアネエル。


「な…なるほど。因みになんですが…」


カペルコはアネエルから少し視線を外す。


「その背中の羽と頭の輪っかはなんですか?」

「あっ」


アネエルは身を(よじ)るようにして肩を抱いたが、そんな事で隠れる訳も無い程立派な羽が生えていた。


「やっぱり見えちゃいますか〜?」

「そうですね。むしろ真っ先に目に飛び込んできたまであります」

「これはですね…ボクのチャームポイントです!」

「う、うおおおおボクっ娘だ!!この世にも存在したんだ!感動〜」

「魔王様、気持ちが悪いので静かにしていてください」

「し、辛辣…!今までで一番辛辣…!」

「単刀直入にお聞きしたいのですが、アネエルさんは天使でいらっしゃいますか?」

「えへへ…よく言われます!アネエルは天使みたいに可愛いねって!」

「いや違う違う、そういう事じゃ無いんです」

「華やかで羨ましいですわ。私なんて見た目の特徴が二、三行で済んでしまったのに…ちょっと嫉妬してしまいます」

「モナさん、そういう話でも無いんです」



カペルコは三人に対してツッコミを入れている今この状況に戦慄した。

このまま行くと、いずれ自分はツッコミのし過ぎで過労死するのでは?

本気でそんな事を考えた。


「よし、じゃあ念の為にこの文章を読んでみてくれ」

「魔王様…」

「わ、分かってる!これは大丈夫なやつだから!」

「分かりました!」


アネエルはトテトテと小走りで魔王の元に駆け寄り用紙を受け取った。

席に戻り暫く黙読すると、声に出して読む。


「…刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)又は犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(平成11年法律第137号)の定めに基づく強制の処分又は裁判所の命令が行われた場合、当該処分又は裁判所の命令の定める範囲内においては守秘義務を負わないものとする」

「…一体何を読ませたんですか?」

「なろうの利用規約」

「確かに大事ですけれども…」


カペルコはアネエルから用紙を受け取る。

本来なら計算テストもあるがもういいだろう。今は出来る限り脳に入る情報量を少なくしたかった。


「えー…アネエルさん。一つお伺いしたいのですが」

「はい!何ですか?」

「その背中の羽と頭の輪っかは、一時的にでも隠したりする事は出来ますか?」

「えっ…はい、出来ます!」


フッ、と羽と輪っかが一瞬にして消える。


「おお…なるほど」

「…でも消さなきゃダメですか?」

「う、う~ん。業務に支障が出そうというか、対外的に言って問題があるというか。もし採用となった場合でも、職務中は消しておいてもらうようになるかもしれません」

「でも、でも、ボクの可愛いチャームポイントなんですけど…」

「アネエルさん。アネエルさんはそんな羽と輪っかが無くても十二分に可愛いと思うぞ」

「そうですわ。お人形さんみたいでとっても可愛らしいです」


表情を曇らせ涙目になるアネエルに、すかさず魔王とモナがフォローを入れる。


「…本当ですか?」

「本当だとも。ワシなんか部屋に入ってきた時に可愛すぎて卒倒しかけたぐらいだ」

「羽と輪っかが付いた状態で一緒にいたら、興奮してしまって仕事にならないかもしれませんね。ふふ」

「そ、そうですか?えへへ…。それなら仕方ないですね、分かりました!」


テレテレと顔を赤くして頬を掻くアネエル。

カペルコはその隙に三人を集め、アネエルに背を向けるようにして顔を突き合わせた。


「魔王様…念の為お伺いいたしますが、どうされるおつもりですか?」

「う~ん              採用」

「魔王様っ…!」


カペルコは魔王に頭突きを食らわせた。


「恐らくですが、彼女は天使です」

「確かに。本当に天使みたいに可愛いよな」

「そういう事じゃっ…!無いんですっ…!!」

「か、カペルコ。怖いから血の涙を流さないでくれ」

「でも、確かに本物の天使である可能性は高いかと思います…天界との間で問題になる事は無いでしょうか?」

「う~ん。まあ危険な業務は出来るだけ避けさせて、あっちから何か言われたらその時に送り返せば良かろう。天界神とも一応は面識あるし」

「か、神様と面識がおありなのですか?」

「言っても何回か集まりで一緒に飲んだ事あるぐらいだがな。サシ飲みはした事無いし、気まずいから別にやりたくはないな」

「そうなんですね。それなら問題は無いのかしら…」


果たして本当に問題は無いのだろうか?

そう思うカペルコの真下には、赤い雫がつたつたと滴り落ちていた。





――――――――――





「採用してくれてありがとうございます!未熟な点が多いと思いますけど、精一杯頑張ります!」


結局、なんやかんやでアネエルは正式に四天王として即時採用される事となっていた。

カペルコは諦念の境地に至ったような表情でその言葉を聞いている。


「でも良いんですか?今受かったばかりなのに、面接に参加させて貰えるなんて…」

「…最早アネエルさんも四天王の一員ですから、今後、共に働く者を知っておいた方が良いという魔王様の判断です」

「わあ…!魔界はとても寛容な考え方をするんですね!」

「魔界全てがそうという訳では無いのよ?ふふふ…」

「モナさんのそれは一体どういう立場からの発言なんですか…」


最早心身共に限界が近いカペルコだが、職務は全うしなければならない。

気力を振り絞ると、モナの向こう側に座ったアネエルに声をかけた。


「では…アネエルさん。今後ともよろしくお願いいたします」

「お願いします!カペルコさん、モナさん、魔王様!」

「そういえばなんですが、待機してる時にガラの悪い赤髪の女性に絡まれたりしてませんか?」

「あっ、なんだかスゴい至近距離で睨んできた人がいましたけど、ニッコリ可愛く笑ったら舌打ちしてどこかに行きました!」

「私の所にも来ましたけど、微笑んで軽く会釈したら舌打ちしてどこかに行きましたね。ただ他の応募者の方にも絡んでいたようですが…」

「そうですか…」


分かってはいた事だが、やはりエフレナが裏で何かやっていたのは確定的と見ていいだろう。

今のを聞いて魔王はどう反応するのかと思ったが、何か様子がおかしい事にカペルコは気付いた。


「魔王様、どうかされましたか?」

「百合に挟まれておる」

「は?」

「百合に挟まれておる」


意味不明の発言をする魔王は、どことなく萎んでいた。


「いやあの…少なくとも私達は百合では無いと思うのですが」

「この部屋に漂うピチピチの女子力に板挟みになっておる」

「四天王を女性陣で固めたいと言ったのは魔王様ですよね?」

「確かにそう言ったが今気付いた。もしもそうなってたらワシは何とも言えぬ肩身の狭さに苛まれて死んでいた」

「ええ…どんだけめんどくさい魔族のトップなんですか」

「あのお…」


魔王とカペルコのやり取りに、アネエルが割って入る。

自分の事を指差すと、ニッコリと可憐に笑って言った。


「ボク、男ですよ?」

「は?」

「よく間違われるんですけど、男なんです」


数秒、沈黙。

呆気に取られていた三人だったが、魔王が興奮したように席を立った。


「うっ…うおおおお男の娘だーーーっ!!!とんでもないクオリティの男の娘だーーーっ!!!」

「魔王様、キモイので死んでください」

「あっ辛辣!ここに来て記録の更新が止まらない!」

「でも本当に見た目は完全に女の子よねえ…ちょっと触ってみてもいい?」

「いいですよ!」

「わーやめろ!絵面がものすごい犯罪臭になっとる!」

「そんな事言って何カメラ構えようとしてるんですか!」


わあわあと喧しい玉座の間は、落ち着くまでに暫しの時間がかかった。





――――――――――





「じゃあ……………………次の方をお呼びしますね」

「か、カペルコ。ワシが言うのは本当に何なんだが、大丈夫か?」

「問題ありません。最後の1人、やり遂げてみせます」


息を切らしながらそう言うカペルコの目は、血走っていた。


「…では次の方、どうぞ!!」


どんな魔族が来ても真摯に対応してみせる。

カペルコは決意を込めて最後の応募者を呼んだ。
















「にゃーん(失礼します)」

「う、うお~猫だ。可愛い~」

「わ~とっても可愛いですね」


最後の面接希望者は、猫だった。

体重5キロぐらいで雑種っぽい白黒ハチワレの、猫だった。


「なぉ~ん。んなぉ~(今日は面接よろしくお願いします) この部屋寒っ」

「今何か喋ったか?」

「この猫ちゃんの方から聞こえませんでしたか?」

「まさか猫が喋る訳なかろう。もしそうなら天才猫として売り出せるぞ」

「それもそうですね。撫でてみても大丈夫でしょうか?」

「ぐるるるぅお~ん(可愛い女の子なら大歓迎です!)」

「わ~とっても大人しい。可愛い~」

「カペルコさんにすっかり身を委ねてますね。ふふ、微笑ましいわ」

「何か食べさせられるものあったかな。ちょっと見てくる」

「ちょっ…ちょっと待ってよ」


猫にメロメロな男1女2に声をかけたのは、アネエルである。

彼は今この場に自分が留めさせられた意味を、その肌で理解していた。


「か、カペルコさん?その子は猫だと思うんだけど」

「猫ですが、何か?」

「いやそんな人気ラノベタイトルみたいに。し、四天王の面接にはそぐわないんじゃないかなぁ?」

「この期に及んで今さら猫の1匹や2匹、何か問題がありますか?」


どこからともなく出したねこじゃらしで猫と遊ぶカペルコ。

アネエルは人の心が壊れる瞬間に人生で初めて遭遇した。


「おーい、鰹節があったぞ。食べさせてみるか」

「駄目ですよ人と同じものは。猫用の減塩タイプじゃないと」

「む、そうなのか…しっかし可愛いな~。ちょっとワシにも撫でさせてくれ」

「………シャーーーッ!!」


猫は魔王が伸ばした手を思い切り引っ掻いた。

魔王は手の甲に付いた薄っすらと血の滲む傷を、無表情で見つめている。


「ブヴーーーッ!!(おっさんが気安く触んな!)」

「痛い」

「魔王様、泣かないでください」

「まだ泣いてないもん」

「はあ…本当に仕方ないですね、ちょっと待ってください…」

「ヒール」


モナが魔王の手を取り呪文を唱える。

聖なる光が優しく包み込み、たちまちに引掻き傷は消えていた。


「お、おぉ~流石元僧侶!モナさん、ありがとう」

「ふふ、お粗末様です」

「モナさんがいてくれると怪我とかしても安心だなあ…」

「元僧侶の身で恥ずかしいのですが、聖魔法はあまり上達しなかったんです。あまり過信しないでくださいね?」


そんな二人のやり取りを、スン…と無表情で眺めるカペルコ。

アネエルはカペルコが絆創膏を取り出す所を見ていたが、どうフォローしていいのか分からず黙っておいた。


「ええと…魔王様、どうされますか?」

「う~ん    採用」

「にゃーん!(ありがとうございます!)」

「わ~嬉しそう。本当に可愛らしいわ~」

「ちょっ…ちょっとちょっと!ちょっと待ってよ!」

「どうしたアネエル。ザ・タッチみたいな事言って」

「古いよ!いやそうじゃなく、猫が四天王なんておかしいよ!仕事だって出来ないでしょ!?」

「猫は可愛いのが仕事と言いますから」

「うむ、それにモナさんとアネエルが優秀そうだからな。癒し枠が一つ入ってもよかろう」

「あら、癒し枠というなら元僧侶の私ではありませんか?」

「そうか。なら可愛い枠だな」

「いや、可愛い枠はボクでしょ?…じゃなくて!」


アネエルは机の上の用紙を掴むと、3人+1匹に向けて差し出した。


「…せめてテストは公平にやるべきだよ!皆がやった音読、これが出来なきゃボクは認められない!」

「な、なんと大人げない…」

「ふ~ん何とでも言ってよ。さ、猫ちゃん。これを読めるものなら読んでみなよ」


アネエルが床に置いた用紙に近づいて、ジッと見つめる猫。

暫し流れる、静寂。



後ろからこっそりアテレコしてやろうかと魔王が思った矢先、猫が口を開いた。


「…後で聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪(どうあく)な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を()かまえて煮て食うという話である。しかしその当時は何という(かんがえ)もなかったから別段恐しいとも思わなかった」

「しゃ、喋ったぁぁぁぁ!!!」

「まさかの津田健次郎ボイスでした。とても渋くて格好良かったです」

「あら、爪で何か引っ掻いて…フェレス?というのがこの子のお名前かしら?」

「なおぉ~ん(この程度で俺を試そうなんて、嬢ちゃんもまだまだ甘いな!)」

「う、うお~本当に天才猫だ。テレビに投稿した方がいいかもしれん」

「それは一先ず置いておいて、アネエルさん。こちらで納得していただけますか?」

「………う………うん………そうだね………」

「だそうです。良かったですね、フェレスさん」

「にゃぉーん!(これからよろしくな!)」

「もう一回触ろうとしたらまた引っ掻かれるかな?」

「いきなり上から行くからダメなんですよ魔王様。まずは握り拳を作って、匂いを嗅がせるんです」

「なるほど、こうか?」

「フシャーーーッ!!(おっさんが俺に触ろうとするな!)」


そんな騒がしいやり取りを、アネエルは諦念を込めた視線で眺めている。

さっきまでのカペルコはこんな気持ちだったんだろうな、としみじみと思った。





――――――――――





「では、失礼いたします」

「これからよろしくね!」

「にゃん!(次はちゅーるでも用意しとけよ!)」


結局フェレスも採用となり、最後の三人は全員合格となった。

三者三様の言葉で、それぞれ玉座の間を後にする。


後には魔王とカペルコ、そして数刻ぶりの静寂が残された。



「なんとか無事に終わったなあ…」

「無事…?と言っていいかどうかは分かりませんが、少なくともバランスは良くなったでしょうか…」




元勇者パーティーのおっとりお姉さん系僧侶

魔法少女系推定天使の自意識高め男の娘




果たしてこれはバランスが良いと言えるのだろうか?

カペルコは自分で言ってから、自問自答した。


「そういえば、結局三人しか集まりませんでしたが…」

「そうだなあ…カペルコ、お前四天王やるか?」

「上司との恋には若干抵抗がある方なので、遠慮しておきます」

「…欠番にしておくかあ…」


この先どうなる事やら。

しゅんと落ち込む魔王を横目に、カペルコはそう思った。

ポケットの中の絆創膏は今後使い道が有るのだろうか、とも考えて。






















「では、私はここで」

「うん!ボクもこっちだから。バイバイ!」

「んなぉ〜ん(車に気を付けろよ!)」

魔王城を出た三人は、それぞれの帰路につく。



モナは口に薄い笑みを浮かべていた。

魔王軍への潜入は、思いの他上手くいった。

彼女が国王から与えられていた任務は、魔王とその周辺の監視である。


魔王軍は人間界への侵攻を止めたというが、その実情は酷く脆いものだ。

前回の騒動は確かに魔王の判断では無さそうだが、それは裏を返せば人間界への侵攻を望む者がいるという事である。

あの強大な力を持ちながら優しい心を持つ魔王が、果たしてそういった思惑を全て跳ね除けられるかと言えば甚だ疑問だった。


そんな折の四天王募集だ。タイミングが良かった。

また、前四天王のエフレナの姿があったのも非常に好都合だった。

機を見て彼女と接触すると、今回の四天王は事務系の能力を優遇する方針だが、自分達が受かるにはそういった者が減れば良いだろう、と遠回しに伝えた。

結果、単純なエフレナはモナの思惑通りの行動を取る。

エフレナが自身の採用の可能性を高める為に取った行動は、その実モナの採用の可能性を高める行動でもあった。


一先ず、目論見は達成した。

今後の任務が監視だけで終わるならばそれでいい。ただこの先どのような任務があろうと、モナは遂行するつもりでいる。

モナが従うのは、国王ヒュブレニアスだ。

そして、正しきこの世の姿の為に彼女は動く。


しかし、イレギュラーが発生したのもまた事実だった。

魔王軍の中枢に潜入を果たした、天使。

天界からの使いがどのような思惑でここに来たのか、それはモナには窺い知れない。


まあ、問題は無いだろう。

こちらの邪魔さえしてくれなければそれでいい。

最悪、排除すれば良いだけだ。

モナは自らの得物である聖杖を後ろ手に持って、帰路をゆったりと歩いていた。





――――――――――





「ふんふ~ん♪」

アネエルは上機嫌で空を飛んでいた。

天界神からの言いつけは一先ず守れそうだったからだ。


魔王軍が人間界に進軍をするという情報は、天界にまで届いていた。

結局のところ戦争は始まらなかったが、しかし物議が醸される。

天界は人間界と魔界、合わせて現界の秩序を守る事をその使命のうちの一つとしている。

現魔王ロムレクスは穏健派だという話であり、なれば暫く先は大きな大乱は起こらぬだろうと思っていた所での騒動であった。


監視と介入が必要、それが上層部の判断だ。

では誰を魔界に送るかとなった所で、アネエルは手を上げた。


「…本当に大丈夫?」


年老いた天界神ははじめてのおつかいに向かう孫娘を心配するようにアネエルを見た。

天界を出た事の無いアネエルではあったが、人の懐に潜り込む自身はあった。可愛い自覚があるし。


「うーん…じゃあ、試しにこれに応募してみい」


と言って、神はアネエルに四天王募集の要項を見せる。

パソコンを(神目線では)自在に使いこなせるアネエルなら、取り敢えず条件はクリアするだろう。


「もし受かったらこちらに連絡を入れる事。あと天使だって事は絶対にバレないようにの?」


ま、そもそも受かる事も無かろう。

そんな神の思惑は、しかし外れる事となった。色々と。




アネエルは魔王軍に潜入を果たした。

天界ではなかなか自らに役割を課してもらう事が出来なかったが、それももう終わりだ。

ここでしっかりと役割を果たせば、褒めてもらえるし、地位も向上するし、良い事づくめだ。

何より、堅苦しくて娯楽も何も無い天界に居続けなくて良い事が嬉しかった。

食べ物屋やスイーツ屋等、あれ程の店舗がズラリと並ぶ場所など天界には無い。

目下アネエルが楽しみにしているのは、今魔王城下に建設中である遊園地の完成である。


しかし懸念事項はある。

同じく四天王入りを果たした、あの猫。

注意深く観察すると、普通の猫には無い魔力が滲み出ているようだった。

まあ言葉を発する時点でただの猫では無いとも思うが…


まあ、良いだろう。

四天王再カワの座だけは死守しなければならない。

彼女は決意を固めると、鼻歌を歌いながら天界神に事の次第を報告しに行った。





――――――――――





にゃにゃにゃ…

フェレスは日当たりの良い石畳の上で毛繕いをしていた。

彼はケット・シーという、猫型の魔族であった。


愚かな魔族に取り入る事は簡単であった。

自らの愛らしさを全面に押し出せば大抵のバカは()()()である。

1人簡単にはいかなかった者もいたが、少し知性を見せてやればなんとかなった。


彼の野望は、世界征服だ。

現状ケット・シー、ひいては猫族は、愛玩動物という地位に甘んじている。

だが、その実態を見れば猫が魔族を支配しているのは明らかである。

彼らは猫の為に働き、食事を用意し、寝床を用意し、糞便を嬉々として片付けるのだ。

その関係性は、どう考えても猫が主人であると言わざるを得ない。


だから、四天王に潜り込んだ。

そして軍のトップである魔王を(たら)し込み、猫狂いにさせ、こう宣言させるのだ。

『我々は猫の為に生を捧げる奴隷である!』と。

猫を名実共に生態系のトップに君臨させる事が、フェレスの夢だった。


その為には魔王に近付かなければならなかったが、今日は失敗をしてしまった。

むさいおっさんに撫でられるのが嫌で思わず引っ掻いてしまったのだ。

まあ挽回は出来るだろう。それには外堀を埋めればいい。


フェレスは今日いた面々の中で、羊のような髪の毛の女を思い出す。

フェレスの事を気に入っていたようでもあったが、彼は女が魔王を見る視線に注目していた。

あの女は多分魔王に気があるな…それがフェレスの野生の感である。

彼女から魔王に便宜を図ってもらえれば、まあ何となく上手くいくだろう。


その為にどうするか具体的に考えようとしたが、しかし思考はまとまらず瞼が重くなる一方だ。

考え事をするにはちょっとお日様が暖かすぎて、ついにフェレスはその誘惑に負けた。

一眠りしてから考えるかにゃ…

フェレスは丸くなると、愛くるしい寝息を立てて眠りについた。






こうして様々な思惑のもとに、魔王軍には新たなる四天王として2人と1匹が再編された。

紆余曲折あったが、ただ一つ確実に言える事はこの溜まった書類を片付ける人員が増えるという事だ。




でもとりあえず、今日は帰って寝よう…




一日中ツッコミを入れて肉体的にも精神的にも限界のカペルコには、天下一品のラーメンは重すぎた。




【四天王急募(事務職経験のある方優遇)】




――――――――――





※1 シャイニング・ゴッド・ブレイカー

魔王が叫んだ技名だが、別に決まった名称がある訳では無く完全にその場のノリで決めて叫んでいる。

エフレナはお星様となったがしっかり生きている。ギャグ小説なので。


因みにこの技名は作者が『こんな技があったような…』と思ったものだが、改めて調べるとシャイニングゴッドフィンガーだった。惜しい。



※2 聖魔法3級

聖魔法検定は一般的に僧侶が受験する資格となる。

1~5級まで存在し、3級だとダンジョン中盤に上がりたてぐらいの僧侶が持つレベル。

ただこの世界だと必ずしも魔法が一般的とまでは言えず、5級だと腹下しや頭痛を緩和させる程度の魔法、3級でようやくケアル、プロテスぐらいの魔法が扱えるレベルになる。


1級で扱えるのはリジェネや全体回復、聖攻撃魔法等。

レイズ等の蘇生魔法は、この世界には存在しない。


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