紫陽花
男は歩いていた。特にやることもなかった。無論やりたいことがないだけである。
紫陽花の横を通った。美しい花に見惚れて男は足を止めた。
「きれいだ」
そう呟いた。多くの花が集まった大きな一つの塊。
羽音が聞こえた。蜜蜂だった。小さな蜜蜂は男など見もしないで目の前を通っていった。紫陽花に止まると思った。
蜂は紫陽花の根元にあった小さな蒲公英に降りた。その上を歩いては止まって、また歩き出して止まる。それを繰り返していた。
男はもう一つの大きな羽音の主を探した。
それは足長蜂だった。そいつは地面で這いまわっていた角を持った芋虫の上を飛んでいた。何度も近付いては離れ、近付いては離れた。
男は足長蜂と距離を取って、ただ見つめた。
芋虫は必死に走って、角を振り回して紫陽花の根元に向かっていた。それでも蜂は動きを止めない。
蜜蜂がまた違う蒲公英へ移動した。またあの動きを繰り返していた。
足長蜂は、芋虫の上に乗って、牙を突き立てた。芋虫は身体を跳ねさせて、暴れた。
その動きで、蜜蜂は蒲公英から離れて周りを飛び回った。
芋虫が動かなくなると、足長蜂はその上に乗ってもぞもぞと動いていた。
騒がしい奴らが来た。足元などは見ないで、芋虫を踏みつぶしてしまった。蒲公英も潰れた。
残ったのは芋虫の死骸と折れた蒲公英の花だけだった。
それらを踏んだ奴らは、
「紫陽花が綺麗だ」
と言った。




