アスカル法王国
この世界には様々な宗教が存在する。例として挙げるのであればオラウソラス諸島連合帝国では海の女神「ウェディ―ナ」という神が信じられており、海に出る際にはこのウェディ―ナに航海の安全を祈って捧げものをする。捧げものに優劣は無く、航海に出る者が心を込めて祈るついでという扱いである。
他にもガスコーニュ帝国では戦神”ガレッシュ”という神が信じられており、ガスコーニュ帝国の民はこのガレッシュの寵愛を受けているとされている。故にガスコーニュ帝国は常に戦いと共になければならず、勝ち戦をガレッシュに捧げるものとしている。
そういった宗教がある中で東大陸で広く信仰されているのが一神教であるアース教である。世界は全能神アースにより創造され、電気を纏った羽を持つ天使たちが自分たちに模した人間を作り上げ、地上の支配者としたという伝説を持った宗教である。1000年前ほどに誕生し、大陸を中心に広がったこの宗教は大陸では大きな権力を有している。
そして、そんなアース教の総本山として君臨するのがアスカル法王国である。とはいえこのアスカル法王国は最初から総本山だったわけではない。元々はアース神国と呼ばれる国が総本山としてアース教を束ねていたが魔導革命後にアスカル法王国がアース神国に侵攻し、同国を滅ぼしてその座を奪い取ったのが始まりである。故にアスカル法王国はアース教の総本山でありながら各地の信者に嫌われていた。
だが、武力で総本山の座を奪い取っただけの事はあり、その国力・軍事力は大陸でも上位に君臨する程強大であり、ガネリア共和国と共に二大大国として覇を唱えていた。
そしてそんな宗教国家は大戦という前代未聞の戦争に参戦することとなった。というよりも彼らがその発端となったというべきだろう。北西の港町レヴェティアにおける領土問題から発生し、瞬く間に中央ファンタジア帝国との戦争が勃発することとなった。そして、中央ファンタジア帝国の大頭を前々から危惧していたガネリア共和国が反帝国陣営を結成し、アスカル法王国に味方する形で戦争に参加。親帝国諸国はこれに反抗して戦争に参加した結果、10を超える国が参戦する大戦へと至ったのである。
「これほどの規模になるのは想定外だったがこれで我らは超大国になる事が出来るだろう」
例にもれず、反帝国陣営に組み込まれたアスカル法王国の上層部はそう楽観視していた。圧倒的なまでの数的有利を見れば誰もがそう考えるのは当然であったがそれは早々に覆される事となった。
ミリエラの戦いより始まり、シムラン攻防戦。初戦において帝国軍は圧倒的に勝る反帝国連合軍を悉く叩き潰して見せた。それはアスカル法王国軍とて例外ではなく、そこに武力で一つの宗教のトップに君臨した国家の姿はなかった。戦争から一年もする頃には帝国の周囲の国家は征服され、アスカル法王国領にまで帝国軍が雪崩れ込んできていた。
そうして漸くアスカル法王国は危機感を持ったが全ては後の祭りだった。大戦末期までに法都ジャララまで接近され、半年戦争が続いていればアスカル法王国は無条件降伏をしていたくらいには追い込まれる事となった。幸いというべきかその前に大戦は終結したがそれでも失った物は多かった。
アスカル法王国は大陸に持っていた多大な領土を奪われ、国土は半分以下にまで縮小した。更に戦時では防衛ばかりでアスカル法王国の危機にすら兵を出さなかったエガトリア王国を攻めるも中央ファンタジア帝国の侵攻でそれも失敗に終わり、大戦時の物と合わせて莫大な賠償金を支払う事となった。
ガネリア共和国共々大国として君臨していた姿はそこには最早無かった。ガネリア共和国よりはマシとは言えそれでもアスカル法王国は大国として再び君臨することは不可能なほどの打撃を受けていた。
そして、国内では各地で暴動が発生し始めていた。理由は当然、宗教に関してだ。
「アスカル法王国は今すぐに総本山の座を降りるべきである!」
「アース教を国家に持ち込むな!」
「奴らはアース教の名を借りる背信者である!」
熱心な教徒たちはそう怒りの声を上げて各地で暴動を起こし始めたのだ。元々抑圧されていたその声はアスカル法王国の衰退とともに抑える事が出来なくなったのだ。兵を派遣して鎮圧しようにも大戦とエガトリア出兵でまともな軍隊は残っておらず、鎮圧は遅々として進まなかった。
その結果、暴動は北西部の半島を中心に拡大し、アスカル法王国から事実上の独立状態にまで陥っていた。
「アスカル法王国がアース教の総本山の座を我らに渡し、アース教を国政に持ち込まないと確約するまで我らは戦い続ける」
暫定アース教総本山を名乗った武装集団はそう宣言して法都ジャララすら攻撃する構えを見せた。この時点で彼らの兵数は2万にまで膨れ上がっていた。帝国からの秘密裏の支援も受けいていると噂される彼らの力はアスカル法王国軍3万をはるかに上回る力を持っていた。彼らが法都を本気で狙えば瞬く間に陥落するだろう。故に、アスカル法王国は彼らの条件を呑む事しか出来なかった。
「アスカル法王国はアース教を国教とすれど宗教からは手を引き、暫定アース教総本山に全ての宗教的権威及び権力を譲渡する」
ラフティムに設立された新たな総本山に対してアスカル法王国はそう宣言して和平を結ぶこととなった。大戦の終結より約5年が経過したころの話であった。
以後、アース教の教徒は法都を捨ててラフティムへと集うようになり、法都は目に見えて衰退した。教徒たちはラフティムに集い、アース教の新たな門出を祝いながら本当の宗教らしい活動を開始することになった。
アース教の総本山という立場を失い、国内はガタガタとなった上に武装集団にいいようにされたという醜聞まで晒したアスカル法王国は更なる衰退を辿ることとなり、中央ファンタジア帝国と隣接していながら「今後100年に渡り警戒する必要がない」と断言される程の没落ぶりを見せる事となる。彼らが再び大国として君臨する日は二度とこないだろう。




