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1-07「横流し」

「よう、クソガキ。三日ぶりだな。鎧はちゃんと仕立てて貰えたか?」

 初日以外は一切顔を見せなかったルッツが、酒臭い息のまま話しかけて来た。

「臭い」

 レグナは思わず鼻を押さえ、鼻声で不快を示した。

「ははははは。すまねぇな。帰る日を勘違いしててよ。夜遅くまで飲んでたんだ」

 ルッツらしいと言えばルッツらしいかとレグナは思い直し、預けていた荷物と鎧を受け取り、衛兵の後に続こうとした。

「待て、クソガキ。あー、頭いてぇ」

 ルッツは二日酔いなのか、長椅子に腰かけながら頭を押さえ項垂れている。しかし、レグナの持つ背負い袋を指差しながら、ハンドサインを目立たない様に送っていた。

 それは、敵の装備を剥いでおけという指示。戦場で兵士の収入源は幾つかある。その一つが戦利品の売却。

 これは軍も認めている行為なのだが、貴族や上官の中にはその戦利品を奪っていく者も多い。そのため、兵士間で協力し合って戦利品を予め運び出す役目が生まれていた。

 つまり、ルッツはレグナに戦利品の確認をしろと言っているのだ。

「わかった」

 レグナはルッツの座る長椅子に背負い袋を置くと、絞め紐を緩め中を確認し始めた。

 背負い袋を広げると、中からは鎧箱が姿を現した。この箱の中にヒルダとジュエによって調整された鎧一式が入っているはずである。

 それを見ていた保管庫管理をしている衛兵が少し慌て始めた。すぐに奥に引っ込み、何かを同僚に耳打ちしている。

「・・・無い」

 箱の中に鎧は無く。代わりに石などが鎧箱に詰められていた。

「へへへ。ロベルが来るまで、此処で待つぞ。あー、くそっ。頭いてぇ~」

「わかった」

 レグナは一応他の預けていた所持品も確認し、無くなった物が無い確認した。しかし、金目の物は一切持っていなかったため、レグナ個人の荷物から無くなっている物はなかった。

 その間も、保管庫管理を担当している衛兵や、他の衛兵数人が固い表情をしたまま何かを囁き合っている。


「どうした。何かあったか?」

 暫くの間その場で待っていると、ロビーで待っていた騎士が不審に思い、レグナの様子を見に来た。

 ルッツは重い頭を上げながら、騎士に鎧箱の中身を指差しながら顎を衛兵たちの方に動かした。

 それだけで騎士は全てを察し、深い溜息を吐いた。そして衛兵たちに向き直った騎士は告げる。

「お前達、馬鹿な事をしたな。あの箱に入っていた鎧は、さる高貴な御方の所有物である。この少年は貸し与えられているにすぎない。処罰は覚悟せよ。二人共行くぞ」

「鎧」

 踵を返し歩き出そうとした騎士に、レグナは鎧が返って来ていないと訴えたが、横からルッツが衝撃の事実を告げた。

「ある訳ねぇだろ。あーいてぇ。夜の間にどっかに運んだか、裏に流してるよ。だから、こいつらは慌ててんだよ。この感じからして、何処にあるか分かっちゃいねぇ。あと城壁の衛兵もグルだ。あそこでお前の所持品は必ず検査されるからな。だから此処に居ても見つからねぇよ。行くぞ」

 ルッツは箱の中身をその場にぶちまけ、背負い袋をレグナに渡して歩き始めた。その背を見詰めながら、呆然とした様にレグナは立ち尽くした。

 その姿を見かねた騎士が、背負い袋に他の荷物を積め、レグナの背中を押す様に連れてその場を後にした。


「聞いたぞ少年。既に指示を出して鎧の行方を追わせている」

 騎士の格好をしたロベルがレグナに声を掛けるが、聞こえていないのか伏し目がちに立ち尽くしていた。

「はぁ。ルッツ、君は私達より裏の事情に詳しいだろう。どうなんだ?」

 ロビーの椅子に座り、呻きを上げながら項垂れている酔っ払い。何とか顔を上げ、にやりと笑みをロベルに向けた。

「・・・確認だ。あの鎧は形式上、ある御方の所持品で良いんだよな?」

 ルッツの質問に、レグナの傍に控える騎士が答える。

「あぁ、そうだ。この少年には財産の所持が認められていない。少年自身もさる御方の管理下にある。即ち、この者の所持品もさる御方に帰属する」

 満足のいく回答に、ルッツは頭を押さえながら笑い始めた。

「俺の昔馴染みに頼んで、鎧が流れてきたら押さえておくように言ってある。此処に来る前に確保済みだ。保険のつもりだったが、本当に流すとはな。馬鹿な奴等だぜ。それより、水くれ」

 何でもないかのようにネタ晴らしをしたルッツに、騎士は持っていた水筒を投げ渡した。

「ありがとよ。うぅ、まじでいてぇ」

 水筒の水を一気に煽り、再び項垂れる。その姿に皆が何時まで飲んでいたんだと呆れてしまっていた。

「それで、鎧は何処にあるのだ?」

「案内する前に先に言っとく」

「何をだ?」

「俺はまじで関係ないからな。あと、薬持ってねぇか?こんな状態で馬車に揺られたくはねぇ」

 ロベルは少しだけ考え、レグナに視線を向けた。今は鎧が見つかった事で、俯いていた姿は何処かに消え、ルッツに兵士間で使われるハンドサインで何かを伝えている。

「何が言いたいのか分からないが、まぁいいだろう。薬は途中で寄ってやる」

「あぁ、頼む」

 ルッツの言葉に疑問符を浮かべつつ、一行はふらつくルッツを馬車に乗せ警邏隊本部を後にした。

 遠ざかる建物は、何時の間にか城塞から来たであろう騎士の一団が囲み、周りには野次馬の輪が出来上がりつつあった。


 ルッツの要望通り、道中の薬屋で二日酔いの薬を買った後、馬車は城壁の外に広がる外街に入った。

 城壁の検問所は、既にロベルが手配したであろう騎士達によって制圧されていた。その騎士達の中には、レグナと共にこの街に来た兵士の姿もあった。

 そこで初めて一緒に来た兵士と思っていた者達が、騎士である事を知った。

「お前、気付いてなかったのか?」

「うん」

 ルッツに馬鹿にされる様に聞かれるが、レグナはそれに頷いた。

「全員じゃないが、お前の傍に座ってた奴等は騎士か上級兵のはずだ。帰りはこの馬車で直か?」

「前線司令部のある砦までだ。そこからは兵士達と前線に帰ってもらうことになる。騎士を一人同行させるが、私はそこまでだ」

 雑談を交えつつ、時折ルッツが御者に進む道を教えながら馬車は外街を北に進んでいく。

 やがて他の通りとは違い、道行く人もまばらな通りに入っていった。


「ここは、花街か…」

「そうだ。おい、月夜に行ってくれ。わかるだろ?」

 ロベルの呟きにルッツは肯定し、店名と思しき名を御者に告げた。

 御者に扮したの騎士は目を見開きつつ、静かに頷き手綱を操り、馬を通りの奥へと進め始めた。

「月夜…。ルッツ、君は闇夜と関係があるのか?」

「知り合いではあるが構成員じゃないぞ。俺が傭兵を始めた頃だ。それと知らずに今の幹部の一人を助けた事があってよ。そこから縁が出来たってだけだ。闇夜の存在だって、その時は知らなかった。それに店には通ってないぞ。あんな高級華、俺じゃ買えねぇからよ。情報はたまに仕入れるけどよ」

 闇夜。情報を武器に裏世界で成り上がる一方で、王国とは一定の協力関係を築くことで見逃されている組織である。

 噂では頭領は女で、今は二代目に組織は引き継がれているらしい。

 一行が向かっている月夜は、闇夜の表向きの商売である娼館である。

「そうか。なるほどな。君が余裕を見せていた事にも納得だ」

「だろ。うっ」

 ロベルの関心にルッツは得意げな顔で頭を押さえている。薬がまだ効いていないのか、時折えずきながら話をしている。

「しかし、よく鎧が流されると分かったな。何か知っていたのか?」

 ロベルの疑問も確かである。此処に居る者は衛兵が横流しをするとは思っていなかった。だからこそ、油断し嵌められそうになったのだが。

「城壁の衛兵が、ガキの所持品を検めてるとき、鎧を見て目配せしていた。それ見た時に、こいつらやるかもなと思ってな」

「私からも良いだろうか?」

「何だ?」

 ルッツの答えに騎士の一人が口を開いた。この騎士も兵士に扮して同行して来た一人であり、移動中の監視役とレグナには紹介されていた。衛兵がレグナを尋問する際にも、その場にいた一人である。

「確かに目配せはしていたが、それは罪人である少年が持っていることに疑問を感じたのではないか?実際に、彼らは鎧についても尋ねていたはずだ」

 騎士の疑問にルッツは馬鹿にするような大きな溜息を吐いた。

「まぁ、そうだよな。お前らは生まれた時から、高い地位にあるから分からねぇか。中途半端な奴等はそうもいかねぇんだ。うっ。特に下級騎士と下位、中位貴族なんかはがめつい奴が、うっ。多い。戦利品や手柄を下の奴等から取り上げるなんてことは日常茶飯事だ。それが衛兵のような、平民でも一定の権力を持つ奴等だったら?上がしてることが、当たり前と思ってたらどうだ?」

 ロベルと同乗する騎士達は、静かにルッツの話を聞いていた。しかし、弱肉強食の頂点に座する彼らからはしてみれば、無意識で行っている行為であり、理解できないのかもしれない。

「自分より弱い奴から巻き上げて、財布を厚くするに決まってんだろ。特に衛兵は罪人を扱う事が多い。罪悪感もそれほど感じることなくできる。つまり、このガキは良い得物だったんだよ。あの手慣れた感じからして、随分前からやってるはずだ。伝統になってるのかもな」

 ロベル達は最後まで口を挟む事が出来なかった。そしてルッツの話が終わったその時、馬車は目的地の建物に到着したようだ。

「路地に入ってくれ。この時間は正面は開いてないからな」

「わかっている」

 御者はルッツに言われるまでもなく、店の裏手に続く路地に入って馬車を止めた。

 ルッツは馬車から降り、未だに怪しい足取りで先頭を歩き店の裏口に歩いていく。

 ロベル達はこの店に到着してから、人の姿が一人も見当たらないことに気付いていた。窓から覗く視線もない。

 無人となった街の一角を店の裏手に向けて歩いて行くと、一人の女が待っていた。

「ルッツ。中で姉御が待ってるよ。どうする?」

「俺は鎧が返ってくればそれでいいんだがな。後ろの若いのに聞いてくれ」

 ルッツは親指を立てて、後ろにいるロベルを指差す。

「・・・はぁ。ちょっと待ってておくれ「その必要はないよ」

 女が店の裏口に踵を返そうとしたとき、扉から妙齢の女性が屈強な男を引き連れて現れた。

「どうぞ中へ、流れていた鎧も一式全て確保しております。確認をお願いいたします」

 現れた女は妖艶な衣装を身に纏い、深々とロベル達に頭を下げ、道を開けた。

 ロベルは何も言わず、騎士を先頭に中に入っていく。それに続くようにレグナとルッツも中に入った。


 建物の中に入ってすぐ左の部屋に通された。部屋の中央に配置されたテーブルにはレグナの鎧一式が綺麗に置かれ、持ち主の元へ帰って来た。

「少年。すべてそろっているか確認し、箱に詰めるよ良い。さて、私は少し話がある。一人残り、少年に付いて居てくれ」

 ロベルは他の騎士と何故かルッツも連れて、違う部屋に女達と一緒に移動していった。

 レグナはそれを尻目に、一つ一つを入念に確認し始める。破損が無いか、無くなっている部品がないか、それを丁寧に調べていく。

 傍で監視していた騎士は、そんなレグナの姿に感心していた。そして一つの助言を与える。

「一度、装備を身に付けて確認するんだ。目に見えない歪みがあるかもしれない。流れる前か後で、誰かが無理やり試し着をしている可能性もある。手を貸してほしければ言え」

「わかった」

 レグナは騎士の助言に素直に従った。教わった順番で、防具を一つ一つ感触を確かめながら身に着ける。

「少し外に行くぞ。そこで動きを確認してみろ」

「いいの?」

「少しくらいならば構わん。装備の重要性を分かっているみたいだからな。ただし、武器となる物は無しだ」

「ありがと」

 レグナは騎士と共に裏手の通りで、鎧を着たまま動きを確認する。手には何も持っていないが、槍を構え、クルトや他の兵から学んだ動きを再現する。

 騎士はレグナの槍捌きを静かに見守っていた。

(まだまだ粗削りだが、誰かが基礎から教えている動きだな。それもこの少年の体格に合わせて、力ではなく受け流す技を。そして、生き延びることを第一に考えた動きを教えている。彼の師は優秀だな)

「・・・終わり」

「では戻るぞ。それと、良い師に巡り合ったな」

「うん。クルト、良い奴」

「それが師の名か?」

「うん。優しい。でも。笑って殺す」

 短い単語だが、騎士には何となく理解した。クルトという師は戦闘狂なのだろうと。

「・・・そうか。そこは真似するなよ。技だけを盗め」

「わかった」

 レグナも同じ気持ちなのか、騎士の助言に強く頷きながら返事を返すのだった。

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