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1-06「根源」

 罪人であるレグナに自由はない。この街に来てから早4日。その間に入った建物は、ヒルダの店と宿となっている警邏隊の施設のみ。

 寝床となる部屋も牢を兼ねた小部屋。鉄格子が嵌められ、換気用の小さな小窓と簡易ベッドが置いてあるだけの寂しい部屋。

 食事は朝と晩に罪人用の者が出され、一人で寂しく食べる。便所も決まった時間に用を足すことになっていた。

 移動にも制限がある。警邏隊から監視が二人付いて、決まった道順でヒルダの店に行く。このため、ただヒルダの店と牢を往復するだけの毎日だった。

 ルッツもそれに付き合う必要が一応あるのだが、ロベルから自由に行動してもよいと言われ、彼は仲間達と共に遊び歩いている。


 ヴァレリア滞在4日目。レグナの鎧の調整が無事に完了した。

「どうかな?腿に違和感ない?」

「大丈夫」

「他は?」

「・・・特にない」

 既に何度目になるか分からない問答が、ジュエとレグナの間で交わされる。

 ジュエはヒルダの弟子として、三年前からこの工房で働き始めた。

 小物や革の加工などの基礎を積み、防具屋としての知識や技術を学んでいる最中である。それと並行して、魔法の扱いをヒルダから学んでいる。

 魔法を使った調整は小物か革を中心に任される事はあっても、未だに鉄防具は任されたことが無かった。

 しかし、今回は腿当て限定ではあるが、魔法を使った調整を任された。初めて本格的な防具の調整に自分の技術を試せる反面、出来栄えが不安なのだろう。何度もレグナに確認し、それにレグナが答えるという光景が続いていたのである。

 その遣り取りをロベルは微笑ましく眺め、ヒルダは少し呆れ気味に眺めていた。

「ジュエ。それくらいにしておきな。防具を実際に着ける坊やが大丈夫と言っているんだ。自分の技術と坊やの言葉を信じて、完了させな」

 師からのしっ責にジュエは不安を拭い切れぬまま、レグナに完了を告げた。

「ありがと」

「・・・うん」

 レグナから感謝の言葉を受け取り、自分の初めての作品と言える腿当てを手放すのだった。

「作業も完了したようだからね。一度戻ろうか」

「わかった」

 ロベルの指示で鎧一式を包んだ背負い袋を持って立ち上がる。

「坊や。もし調整が必要になったら何時でも来な。無理すんじゃないよ」

「ありがと。ジュエ、ありがと」

「私も調整を任せてくれて、ありがとう。今度会った時はもっと腕を磨いとくよ」

「うん。それじゃ」

 ヒルダの店の軒先で感謝と別れを告げ、レグナはロベルと監視員と共に店を後にした。去って行く背にジュエは手を振り続けるのだった。


「師匠」

「駄目だよ。聞きたいのは分かる。けどね、詮索はしてはいけないよ。あの坊やのためにもね」

 ジュエがレグナに付いて何かを聞こうとしたところ、遮るようにヒルダが口を開いた。それはまだ若く、世の中の奥底を知らないジュエを諭すように優しい声だった。

「はい。師匠」

 少し悲しみの籠る返事。ヒルダは仕方ないと思いつつ、可愛い弟子を励まそうと声を掛ける。

「それじゃ、今日はジュエの好きなものを食べに行こうか。初めて本格的な防具の依頼を達成した祝いだよ。早いが店も閉めちまおうかね」

 それでも、ジュエの顔は暗いまま。

「・・・一人で行っちゃおうかな~。大蒜の利いた鶏肉に甘辛いソース。バジルとチーズがたっぷり入ったクリームパスタ。食後はチーズケーキか林檎パイがいいねぇ~」

 ヒルダはわざとらしくジュエの好物の料理名を上げつつ、その顔を覗き込む。

「・・・義母さん、ずるい。行く。私も行く。義父さんも誘って行こ」

「ふふふ。それでよろしい。今は自分の仕事に胸を張りな。失敗したかどうかなんてのはね。後になって見ないと分からないものさ。完璧なんてないからね」

「・・・うん」

 まだ納得は出来ないだろう。ジュエはまだ若すぎる。だから大人であるヒルダが導くのだ。

 世の中は良い事もたくさんある。だが、悪い事も同じくらいあることを学ばなければならない。

 ヒルダもその全てを知っているわけではないが、今はただ教え、導き、弟子の成長を見守るのみ。

「さぁ、出掛ける準備をするよ」

 ヒルダはもう一度小さな兵士の背を見送り、店の中に戻るのだった。


 レグナが寝泊まりしている場所は警邏隊の本部施設である。

 彼ら警邏隊の主な仕事は街の治安維持から事件捜査と捕縛まで様々。また、有事の際は民兵の隊長として、軍の下部組織として都市防衛にも加わる。

 そのため、警邏隊には軍経験者が多数在籍している。

 レグナはいつも裏口から出入りしている。中には居るとすぐに手荷物と身体検査を受け、所持品は保管庫に預けなければいけない。この日は装備の入った背負い袋が追加されている。

 この装備の入った背負い袋は、前線に帰る日の朝にルッツが受け取って持ち帰ることになるだろう。

「少年。今夜は少しだけ良い食事を用意させている。楽しむと良い」

 牢へ続く道にレグナが足を向けようとしたその時、ロベルから意外な言葉を掛けられた。

「・・・用無し?」

 罪人にとって聞きたくない台詞というものが幾つかある。その内の一つが食事関連である。

 そしてロベルの今の発言は、罪人からは「最後の食事だから楽しめ」と聞こえるのである。

「はははは。そっちの意味は無い。許可は下りているからね。日頃、国のためにその命を削っているのだから、少しくらいはな。明日の朝、迎えに来る」

 そう言って、ロベルはレグナの返事も聞かずに歩き出すのだった。



 既に夜の帳が落ち、人々が寝静まる刻。街は昼の顔を隠す様に、夜の仮面をつける。

 今夜は特別にお酒も飲んで、楽しい時間を過ごしたジュエは、ヒルダの夫バルドの背で静かに寝息を立てていた。

「ジュエはいい仕事が出来たのか?」

「ふふふ。初めてにしては良い出来だったよ。ジュエ本人は納得いってなさそうだったけどね」

「・・・そうか」

 バルドは背で眠るジュエの体温を感じながら、嬉しそうに微笑んでいる。今夜は遠方の長男夫婦を除いた家族全員が集まって、ジュエの初仕事を祝った。

 ヒルダとバルドには子が三人いる。既に成人している二人の息子はそれぞれの道を既に歩んでいる。

 長男は王都で商いを営み、一定の成功を治めている。次男はバルドと共に防具鍛冶師として、この街で槌を振るっている。

 そして約5年前。かつて王城でその腕を振るっていたヒルダにある依頼が来た。戦災孤児を養子にし、育てないかというもの。

 その戦災孤児がジュエだった。

 夫に相談すると、娘も欲しかったバルドは二つ返事で応じ、ジュエは二人の娘となった。

 そしてこの日、ヒルダと同じ調整士としての第一歩を踏み出したのである。

 

 三人が店舗兼工房、そして住居となっている店に戻ると、二人は違和感に気付く。扉の鍵は開き、中には明かりが灯されていた。

 二人は慎重に扉を開き店舗を覗く。そこには見覚えのある青年と騎士が静かに待っていた。

「ジュエを寝かせてくる」

「あぁ、頼むよ」

 バルドは店舗の中に佇む青年と騎士に一礼し、住居である二階に続く階段に足を進めた。

 一人の騎士がバルトに続き、共に二階に上がっていく。

 バルトは緊張しつつ、足を止めずに階段を昇った。ヒルダはそれを怪訝な顔で見詰めていた。

「安心してくれ、危害は加えない。他には聞かせられないからね。二人のためにも受け入れていくれ。それに一人は貴重な根源視の卵だ。私が彼女に傷をつけると思っているのかな?」

 平服に身を包んだ青年が優しい口調でヒルダに告げた。

「分かっております。奥の公房でお話をお聞きします」

「あぁ、それでいいよ」

 騎士と共に青年は奥の公房へと消える。それを追うようにヒルダも工房に入って行った。


「家族水入らずのところ悪かったね。でも、聞かなければならないことがあってね」

 青年は話しながら工房の椅子に座り、テーブルに用意されていたガラス製の高級グラス二つに酒を注ぐ。注がれた酒は帝国産の高級酒。ここでは絶対に手に入らない銘酒。

「ヒルダ婦人も座り給え。それと言葉遣いは気にしなくていいよ。今は庶民ロベルだからね」

 青年は酒が注がれたグラスを一つ、対面の椅子の前に滑らせるように置いた。

 ヒルダは促されるまま青年の対面に座り、グラスを手に持ち掲げた。

 青年もそれに倣い、グラスを掲げて口に運ぶ。

「ではお言葉に甘えて。それで、あの坊やは何をやらかしたんだい?」

 グラスの酒を眺めながら、ヒルダは気安くロベルに話しかけた。

「・・・暗殺未遂だ。少年ではなく両親がな。本人は知らぬ。だが、連座で刑罰を受けることになった事は理解している」

「はぁ、ただの暗殺じゃないんだろ。じゃないと魔術で感情まで抑制しないよ。でも、何で肩入れをしてるんだい?」

「証拠はないが濡れ衣。あるいは、脅され仕方なく犯行に及んだのだろう。それを知ろうにも、既に両親は毒殺されてこの世にはいない。…うまいね」

 そこで話を切り、ロベルはグラスを傾ける。

「・・・何かあるんだね?」

 ロベルはグラスに酒を注ぎながら、続きを話し始めた。

「これまでにあの少年は、両親同様に幾度も暗殺されている」

「されている?意味が分からないね。生きてるじゃないかい」

「そこだ。それがあの少年の謎なのだ。あの者はあらゆる死から逃れている」

「・・・どうゆう事だい?」

「毒の杯を飲んだはずが、本人は死なずに何故か生き延びた。あとで判明したことは、毒の杯は手違いで違う者の元に運ばれていた。その者は死んでいた。別の日、毒蛇が牢に放たれていた。しかし蛇は何故か運び人だけを嚙んで死んでいた。別の日、移送中に馬が暴れ馬車が崖に落ちた。だが、少年は鍵のかかった馬車から外に放り出され、木の枝が干渉して無事だった。別の日」

「ちょ、ちょいお待ちよ。つまり、坊やを暗殺しようにも殺せなかったって事かい?」

「その通りだ。最後は直接、少年を殺そうとした。だが、それすら何故か失敗に終わっている。裏にいた者も怖ろしくなったのだろうな。暗殺ではなく刑罰を徴兵罰に無理やり変更して、少年を前線に送った。あわよくば戦死することを願っているのだろう。態々訓練期間もほとんど与えずにな。だから、先手を打った。向こうが束縛する前に、此方の管理下に置いた。ふふふふふ」

 ロベルは不気味に笑う。おそらく犯人である誰かに向けた嘲笑。

「でも、生き残ったんだね。死の十五日だったかね?」

「そうだ。報告では何度も戦場で死にかけている。だが、何故かあの少年は生き残った。実の所、私も怖ろしく感じている。聞く限りでは既に100回以上死んでいてもおかしくない。一度は魔術の火を至近距離で受けて生き残っている」

 絶句。100という数字を聞かされたヒルダには、全く想像すらできなかった。そして佇まいを正し、背筋を伸ばして正面の青年を伏し目がちに見ながら、口を開いた。

「申し訳御座いません。何も解りませんでした。ですが、確かに魔法は目覚めております。それがどの様な魔法かは全く分かりませんでした。お力になれず、申し訳御座いません」

 深々と頭を下げ、ヒルダは謝罪の言を述べた。

「そうか。当代最高と言われる君が探れなかったのなら、他の誰にも探れないだろうね。既に引退している身で、長時間の魔法の行使を強いて悪かったね。許してくれ」

「いえ、勿体なきお言葉。重ねて、お力になれず申し訳ありませんでした。ただ」

「ただ?」

「あの坊やは強いですよ。覗き見た根源の輝きは、私がこれまで視てきた中でも、類を見ない程強く輝いておりました。おそらく魔法もかなり貴重なものと思われます。それに、貴方の事にも気付いていました。お聞きになりますか?」

 ヒルダは根源を覗き見る事が出来る根源視を持つ稀有な存在だ。さらに声を聴く事も出来る。この力は国の中でも、極一部の者しか知らない機密となっている。

「聞かせてくれ」

「『魔術で変装までして、暇な野郎だな。家名だけで余程役に立たない坊ちゃん貴族じゃ仕方ないか。周りにいる奴等も大変だな。でも、今は役立たずが前線から離れてるから、まともな将校は喜んでそうだな』です」

 再び顔を上げたヒルダの目には、嬉しそうにグラスを手の中で転がすロベルの姿があった。逆に騎士の顔は複雑だ。自身の主を貶されているのだ。笑える訳もないだろう。

「ふふふははははは。本当に面白い少年だ。ヒルダ婦人。あの少年はな。私が声を掛ける度にウンザリとした顔を向けるのだ。感情を抑制されているはずなのにだ。敬礼も仕方なくといった感じで気怠げにする。その姿と顔が面白くてね。つい何時も揶揄ってしまう」

 ロベルの容姿をした青年は満足気に笑い、グラスを傾ける。

「あたしの考えだがね。あれに魔術はあまり効かないよ。根源が強くて弱い魔術は弾かれるはずだ。一応は機能してるみたいだけど、今掛かっている束縛も何時まで持つか疑問だね。注意しな」

 ヒルダの忠告にロベルはさらに嬉しそうに笑い、満足気に頷く。

「ふふふ。気を付けるとしよう。それで、ジュエは順調に育っているかい?」

 ロベルは話題をヒルダの養女であり、弟子のジュエの話題に切り替えた。

「あぁ、順調だよ。根源も見れるようになってきた。ここからは早いよ。一度コツを掴めば、すぐに視れるようになるはずさ。声までは聴こる様になるかは分からないけどね。あんたも見てただろ。あの子が坊やを見て、驚きすぎて私と坊やを交互に見てたのは」

「あぁ、気付いていた。彼女の反応も可愛かったね。声こそ必死に抑えていたが、混乱していただろう?」

「あぁ、でも誰にも話してはいないよ。あの子には口が乾くほど言い聞かせてるからね。それにしても、私が近づけない程の光…まいったね。自信が無くなっちまったよ」

 少し困ったような顔でグラスを空け、お替りを要求するヒルダに、笑みを浮かべながら酒を注ぐロベル。

「私に注がせる君が、そんなことで自信を失くすとは思えないがね」

「ははは。今は庶民なんだろ?じゃあ、問題無い。そうなんだろ?」

 ヒルダはあくびれる素振りすら見せず、ロベルの姿をした者を揶揄う。

「間違いないよ。さて、用事は済んだ。私達はこれで去ろう。報酬は満額支払われるから安心してくれ。それと、ジュエの初仕事成功の祝いだ。皆で飲むと良い。これも、残りは夫と楽しむと良い。詫びだ」

 ロベルが立ち会があると、脇に控えていた騎士が一本の果実酒をヒルダの前に置いた。置かれた酒は、今飲んでいる物よりも格は数段落ちるが、高級酒に分類されるものだった。

「有難く頂いておくよ。それともし可能なら、たまにでいいからあの坊やを視させてくれないかい?ジュエのいい鍛錬になる」

「ふむ。考えておくよ。それでジュエの根源視が熟すならね」

「かなりいい鍛錬になるよ。あたしでも視えなかったと言ったら、自分があたしの仇を取ると言ってたからね。ははははは」

「そうか、ならば前向きに検討しよう。ではな」

「あぁ、毎度有り」


 去って行くロベル達を軒先まで見送り、ヒルダは工房に戻った。

「お帰りになられたのか?」

 工房のテーブルには夫バルドが心配気にヒルダを待っていた。

「あぁ、たった今ね。その残りはあんたと飲むといいってさ。詫びだとさ。あたしも今までに一度しか飲んだことのない高級酒だよ」

 よく見れば、工房の台にグラスが入っていた木箱がおいてある。中を除けば、もう二つ同じものがある。ジュエとバルドの分だろう。これ一個で幾らするのか。これも詫びのつもりだろうか。そんなことを想いながら、二人はグラスに酒を注ぎ合い、夫婦の時間を過ごすのだった。

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