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1-04「鎧Ⅱ」

 ルッツの後ろに続いて扉を潜ると、中はちゃんとした防具店と同じ様に各防具が種類別に並び、一式鎧は綺麗に飾られていた。

 一応武器も置いているみたいだが、矢などの投擲武器と刃渡りが30㎝前後のナイフに分類されるものだけが置かれている。

「いらっしゃい。ん?子供?」

 店の奥にあるカウンターに一人の妙齢の女性が座っていた。見事な黒髪は頬の辺りで切り揃えられ、少し垂れ目の涙袋が印象的な女性。

「よう、久しぶりだなヒルダの姉御」

「誰だい?」

 しかし、顔の印象とは違い話す口調はきつそうだった。

「おいおいおい、冗談きついぜ。ガッツの旦那と一緒に二月前に来ただろ」

「ははは、ガッツの腰巾着かい。覚えてるよルッツだろ。それで、今日はどうしたんだい?」

「・・・ださい。うぐっ」

「お前は黙ってろ、クソガキ」

 横でボソッと呟いたレグナの悪口を聞き逃さなかったルッツは、その頭に拳骨を軽く叩き込んだ。

「姉貴、この鎧をこのクソガキに合うように調整できないか?完全に合わせなくも良い。成長期に入ってから日に日に身長は伸びてる。だがな、今はまだ着れないんだ」

 ヒルダの目の前に持って来た鎧一式を広げる。一応籠手や脛当てといった周辺防具も持って来ていた。

「う~ん。その子、訳ありだろ。どうなんだい、そこの若い騎士さん」

「分かるのか」

 ロベルは少し照れた様な仕草で佇まいを正した。

「分かるよ。歩き方が上品過ぎる。幼少からみっちり叩き込まれた歩き方さ。そんな気品駄々洩れの歩き方が一朝一夕で見に着くもんかい」

「ははは。これは失礼した。私はロベル。訳あって所属は言えない」

 ヒルダに自己紹介をするロベル。身形こそ平服だが、気品が感じられる綺麗な騎士礼が添えられている。

「あぁ、大丈夫だよ。詮索する気は無いからね。それにしても、そんな綺麗な騎士礼は久しぶりに見たよ。見事なもんだね。若手騎士は大抵自分を大きく見せようとして、横柄さが滲み出るからね」

「褒めて頂き感謝致す。さて、言われた通りこの少年は訳ありだ。それでも依頼を受けて頂けないだろうか?」

 ヒルダはロベルから視線を外し、レグナの顔を凝視し始めた。しばらく互いに目を合わせ続け、ヒルダからそっとその視線を外した。

「・・・ふふ。強い子だね。いいよ、受けてあげるよ」

「感謝する」

「早速始めようかね。こっちに来な」

 座っていたヒルダが立ち上がり、奥に向かって背を向けた。

「おお」

 ヒルダが立ち上がる姿にレグナは見上げながら、驚きの声が零れた。彼女の背はガッツより高かった。

「・・・レグナ。出る前に言っただろ。身長の事は言うなよ。気にしてるからな」

 ルッツに耳元で注意され、レグナは何度か頷きながらヒルダの後を追った。


 店の奥にある工房に入ると、革を鎧に貼り付けている10代と思しき女がいた。

「あ、師匠。お客?あっ。そっちのお兄さんは二か月前に来た人だね」

 レグナ達に気付いた若い女はヒルダに声を掛けつつ、ルッツの顔を覚えていたようだ。

「あぁ、そうだよ。私がやるから、ジュエは今やってる仕事を続けな」

「師匠が…。二か月ぶりだ」

「「「・・・」」」

 三人は若い女の呟きを聞き逃さなかった。レグナも野営地で話だけは聞いていた。ヒルダという腕の良い防具屋がいる。だが気分屋のため依頼を受けてくれるかは不明だと。しかし、彼らの認識は甘かったらしい。噂以上の気分屋だった。

「姉御。もしかして、ガッツの旦那の依頼から何も受けてないのか?」

「受けてるよ。今も目の前でジュエが作業してるだろ。見えてないのかい?」

「いや、そうじゃなくて。姉御がって意味だぜ」

「あぁ、そっちかい。そうだけど、それがどうかしたのかい?」

 ヒルダのあっけらかんとした口調にルッツは呆れ、ロベルは苦笑いを返した。

「いや、変な事を聞いた。忘れてくれ」

「可笑しなこと聞くねぇ。まぁ、いいか。それじゃ、坊や。鎧を着ておくれ」

「わかった」


「うーん、やっぱり大きいね。確かにこれじゃあ着れないねー」

 鎧を見た段階で分かっていた事だが、身体がまだまだ細いレグナが身に着けると前後左右に隙間が出来ている。胴自体の長さはほとんど問題が無いことが救いと言えるくらいだろう。

「無理そうか?」

「いや、大丈夫だよ。ただ、金はあるのかい?少し高く付くよ」

「それなら心配はいらない。これを預かっている」

 ロベルは懐から封筒を一枚取り出しヒルダに渡した。

「・・・なるほどね。坊や、この子の主に感謝するんだね。代金は確かに貰ったよ」

 ヒルダは一人納得し、話を進めようとした。

「ロベル、いいのか?一応、ガッツの旦那からはツケにしておけと言われてるんだが」

「あぁ、気にしないでくれ。そうだな。もし、気になるなら。この少年に我が主にもう少し優しくするように、教育してくれ」

「・・・かぁ~。何なんだよ本当にこのクソガキは。勘弁してくれ~」

 ルッツはロベルの発言で誰が裏にいるか察した。察してしまった。何とも言い難い悲壮感を漂わせ、一人天井を見上げるしかなかった。


「脱ぐ?」

「いや、そのままでいいよ。坊やは調整士の事を知らないみたいだね」

「知らない」

「ふふふ。素直だね。普通は鍛冶師が本人の体に合わせて仕立て直すんだけどね。だがね、あたしは鍛冶師じゃない、魔法使いさ」

「魔法?魔術?」

「魔術じゃないよ。魔法さ。違いは分かるかい?」

「知らない」

「魔法は術者の持つ根源によって変る固有魔術みたいなもんさ。例えば火を自在に操れる者や、水を操れる者もいる。あたしの場合は物体の構造を造り変える事が出来る」

「すごい」

「ははは。聞いてる分には凄いように聞こえるけどね。決して万能じゃないよ。生き物や植物には干渉できないし、大抵の調整士はこの鎧一つ造り変えるのに半月以上掛かる。それなら鍛冶師に依頼した方が安く済むよ」

「ヒルダは?」

「あたしなら数時間で終わる」

「おぉ~」

「それでも、限界はある。それだけ何かに干渉するという事は難しい事なんだよ。さて、話は此処までにしようか。壁に向いてくれるかい。辛いと思うけど、立ったままでいてもらうよ。そこに掴まっておくれ。始めるよ」

 レグナは指示通りに壁に向かって立つ。目の前には手摺が何段かに分かれ設置されている。おそらく身長に合わせて掴めるようにしているのだろう。自分に合う手摺に手を掛けた。


 ヒルダはレグナの背後に椅子を置いて座る。そして静かに息を吐ききり、鎧の調整に入った。

 鎧の背に手を当てて目を閉じる。特に呪文を紡ぐこともなく、魔術陣を画く訳でもない。ただ手を添えて集中し、じっとしたまま動かない。

 魔法はその身に刻まれた生まれ持った才能。魔術と違い呪文など初めから無い。息をするの同じ様に初めから解っている。


 1時間ほど経っただろうか。ヒルダは数時間で終わると言ったが、それが1時間なのか2時間なのかは分からない。ヒルダは今も鎧に手を添えていた。

 さらに1時間が経った頃、レグナはようやくヒルダの力を実感していた。最初の一時間は全く分からなかった。一時間半が過ぎた頃から、鎧に違和感を感じていた。そっと顔を下に向けると、身体と鎧の隙間が見て分かるほどに縮んでいた。

 徐々に鎧がレグナの体に合うように、その容を変えていたのだ。

「すごっ」

「動かない」

「ご、ごめん」

 驚きのあまり、少し震えてしまったレグナを咎めるようにヒルダが注意し、その手を離した。

「ふぅ、さすがに疲れたね。少し休憩にしようか。集中も切れた事だしね」

「ご、ごめん」

 おそらく自分が動いたせいで、ヒルダは手を止めたことに気付いたレグナは、素直にもう一度謝った。

「別に気にしちゃいないよ。それに、大抵の客は30分も保たないよ。それに比べ、坊やは良客だよ。ガッツの馬鹿は10分もしないうちに根を上げたからね。これも時間が掛かる理由の一つなんだよ」

 そう言いながら、ヒルダは立ち上がると違う扉に向かっていった。


「君、すごいね」

 ヒルダが別室に行くと、作業をしていたジュエが話しかけて来た。

「何が?」

「師匠も言ってたじゃん。よく2時間以上じっとしてられたね。大抵の客は15分くらいで動いちゃって、作業が中断しちゃうんだよ」

「そう」

「これは新記録が出るね」

「?」

 レグナは首を傾げて、ジュエの次の言葉を待った。

「調整術は長い時間をかけて徐々に形状を変えるんだ。だから、出来るだけ一度の術の時間を長く保ちたいんだよ。でも大抵の客は15分くらいで動いちゃう。そうなると折角それまでに変化させた容が、維持されずに戻っちゃうんだ」

「ごめん、分からない」

 ジュエは興奮し過ぎて、素人のレグナに厚く語ってしまっていた事に気付いた。

「あっ。そうだよね。えっとね。そうだ。ちょっとこっち来て」

 ジュエはレグナの手を引いて、自分の作業台の前に移動した。

 部屋に入った時の鎧ではなく、籠手が作業台に置かれている。鎧と同じ様に革を内に貼り付けている途中の様だった。

「この革を見てて」

 そう言って、ジュエは革の切れ端を折り曲げて、作業台の上に置いた。置かれた革は徐々に元の形に戻ろうと開いていく。

「これと同じ事が起きるんだ。調整は容を変えただけじゃ駄目なんだ。そこから変えた容を定着させて初めて完了するんだ」

「何となく。わかった」

「だから、師匠は君の事を良客だって言ったのさ。たぶん師匠も2時間続けて作業した事なんてないと思うよ」

「そう」

「反応うすーい」

 いまいちその凄さを理解していないレグナに、ジュエはがっかりしたように肩を落とした。

「少年。彼女の言っている事は本当に凄いことなんだよ」

「そうだぜ。ガッツの旦那なんて、あとは適当に頼むと言い捨てて、女を抱きに行ったからな」

 この2時間の間、工房の隅にあるテーブルでお茶を飲んでいたロベルとルッツが近づきながら声を掛けて来た。

「そう」

「ふふふ。城塞にも調整士はいる。でも彼の場合は1日で作業できる時間と、一度で作業できる時間も、ヒルダよりも少ないんだ。おそらく30分程で彼は作業の手を止めるだろう。それでも調整士としては一流と呼ばれるんだ」

「・・・魔法使い、多い?」

「いや、圧倒的に少ない。魔法は誰もが持っている力なんだけどね。それに目覚めるかは本人にも分からないそうだ。同じ根源魔法を持つ者は多いとされているけどね。特に火・水・土・風の四属が多く確認されていたはずさ」

「ヒルダの姉貴を除けば、俺が知っている魔法使いは一人だけだな」

「ほう。それは誰か聞いても?」

 ロベルは少しだけ探る様な目付きでルッツを凝視した。

 ルッツその目に有無は言わせぬ力を感じた。

「・・・ガッツ小隊長だ。俺達の直属の上官だ。膂力が上がる魔法らしい。素手で鉄を握り潰す所を見た事がある」

「ガッツ、化け物」

「凄いです。そんな魔法もあったんですね」

「いいよなぁ。俺にもそんな力があれば。おいクソガキ。だから、絶対に怒らせるなよ」

「わかった」

 皆がガッツの魔法について盛り上がる中、ロベルは一人思案に耽っていた。

(なるほど。噂に聞く馬鹿力の正体は魔法だったか。それも希少な身体強化とは…。ふふふ、着いて来て正解だったな。思わぬ収穫だ)

「おい、おーい。ロベル。聞いてるか?」

「あぁ、すまない。何だい?」

「俺が話したことは黙っててくれよ」

「あぁ、もちろんだ。主には報告しなければならないが、今の地位から変更されることは無いだろう。聞く限り、前線でこそ輝く魔法だからね」

「頼むぜ。もし俺が話したことがばれたらどんな罰をくらうかわかったもんじゃねぇからよ」

「便所番。半年?」

「あり得そうだから、お前も黙ってろよ。最悪、道連れにするからな」

「わかった。俺、知らない」

「それでいい。ジュネも良いな。頼むぜ」

「わかった。私、知らない」

「・・・・・・はぁ」

 若い二人の気の無い返事に不安を感じつつ、ルッツは深い、深い溜息が自然と零れるのだった。

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