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1-03「鎧」

 野営地の片隅に張られた小さなテントの中。レグナは鎧についた血や汗、埃を綺麗に拭いていた。

 戦いがあった日はより丁寧に全ての装備を綺麗に磨く。無かった日も汗や水滴で鉄が錆無いように磨くことを忘れない。油を塗れば錆を防ぐ事も出来るらしいが、そんな金はレグナは持っていない。だから磨く。

 三か月前、レグナの防具を見かねたルッツから渡された鎧一式。胸から腹、脇腹から背中の全周を覆う鉄鎧。内には分厚い革が張られ衝撃にも強い造りになっていた。

 三か月前には無かった小さな傷が増え始めたが、レグナはその事が嬉しかった。貰いものだとしても、その小さな傷の一つ増える毎にこの鎧が自分のものだという実感が湧くからかもしれない。



「おい、クソガキ。着いて来い」

 朝の点呼が終わり、野営地内での待機が言い渡された。皆がそれぞれの寝床とするテントや焚火の周りに集まりだす中、レグナはルッツに呼び止められた。

「・・・何?」

「いいから、着いて来い」

 つい昨日、罰として課された便所番が終わったばかり、また何かを押し付けられるかと思うと、レグナの足取りは自然と重くなっていった。

 しばらく歩くと隊長用に支給されているルッツのテントに着いた。

 ガルド軍では、一部を除き個人用テントを張ることは許されていない。許されているのは準下士官以上の者達。レグナは一部の例外と言える。

 ルッツはそのままテントの中に入り、手だけを外に出し手招きをした。入れという事らしい。

 レグナは警戒しつつ、テントの中に足を踏み入れた。中は思いの外狭く、自分が使っていたテントより一回り大きい程度だった。

「これをやる」

 そう言ってルッツが取り出したのは鉄鎧一式。支給品と違い、胴体全周を鉄が覆っている。さらに籠手と脛当てなどの周辺防具も揃っていた。

「何故?」

「はぁ、とりあえず今着けてる鎧を脱いで、試着してみろ」

「・・・わかった」


 ガッツが用意した鎧は一人でも装着が可能な造りとなっていた。ルッツは装着の仕方を事前に確認しており、レグナが一人でも着れるように所々で説明を挟みながらの試着となった。

 試着をし終えると、やはりレグナには大きいことが分かった。成長期に入っているとはいえ、元々小柄な体格が少し大きくなった程度。今後の成長次第では大きいままかもしれない。

「籠手や脛当ては革を挟めば丁度いいな。太腿は、革と布を巻けば行けるだろう。問題は」

 レグナは暇があれば槍の鍛錬を行っている。隣の隊のクルトの手が空いていれば、教えを請いにも行っている。

 鍛錬を続けるうちに、手足は鍛えられ太くなりつつある。しかし、一方で身長が追い付いていない。胴鎧は隙間が大きくそのままでは被っているだけの状態だった。

「とりあえず、革鎧の上から着てみろ」

 そこからは下に何を着て、何処に詰め物をするか。鎧のどの部分に革を貼り付けるかなどを半日かけて探したが、これ以上の調整は設備の整っていない前線では難しかった。

 ルッツはある程度現状を把握できた所でレグナを帰し、ガッツの元に向かった。


「旦那。邪魔するぜ」

「おう、ルッツかどうした?」

「レグナに着せてみたがよ、胴鎧がどう足掻いても無理だ」

「ちっ、まだ大きいか」

「それで、駄目ならヒルダの所に連れて行けって言ってただろ。許可は下りるか?」

「・・・うーん。今すぐ許可が下りるか分からん。ダンテに聞いてみるが、あんまり期待すんなよ」

「あぁ、駄目なら駄目でいいぜ。それじゃ、頼んだぜ旦那」


 数日後、ダンテから外出許可を得たレグナは、戦場に来て初めて野営地から出る事が出来た



 兵士には定期的に休息日が与えられている。この休息日を利用して兵士達は後方の街や城塞に買い物や酒場、娼館に繰り出し、戦いで疲弊した精神的疲れを癒しに行くのである。

 レグナは朝早くから、ルッツや他の兵士達と共に幌馬車を乗り継ぎ、二日かけてノルン北部の中核都市の一つ、城塞都市ヴァレリアに来ていた。

「でか」

「お前、ここに寄ってないのか?」

「うん。ずっと馬車」

「・・・はぁ、なるほどな。直で連れて来られたか」

 ノルン平原には防衛用の城塞や砦が複数存在する。その中で北側最大の城塞都市がこのヴァレリアである。

 都市を一つ丸ごと囲む高い城壁と防衛用の強固な城塞を併せ持ち、堅牢な城塞として知られている。

 都市人口も多く、北ノルンの経済を支えている要所となっている。

 重要拠点であるため、この都市に住む住民は有事の際に義勇兵として都市防衛に参加することが義務付けられている。

 戦争中のため、城壁を潜る際には必ず検問が行われていた。此処でレグナは一時拘束されることになった。


「あんた達が保護者かい?それで許可証はあるか?あるなら出してくれ。それと何で枷に鎖がないのかも説明してくれ」

 レグナにはルッツともう一人、兵士に扮した騎士が同行していた。

 同行している騎士の名はロベル。バルザックが抱える若手騎士であり、レグナの外出のために派遣してくれたのである。

「あぁ、ある。これだ。それと鎖についてはこれを読めば分かる」

 ロベルが外出許可証と一枚の紙を門兵に渡した。

 門兵が危惧しているのは、レグナに取り付けられている枷に鎖が無いことだった。

 レグナは罪人のため、外出するには罪人を示す枷の装着が義務付けられている。レグナの両手首に巻かれたベルトがその枷なのだが、本来あるはずの鎖や紐がなく、ただベルトが手首に巻かれているだけ、誰が見てもこれでは意味が無いと思うに違いなかった。

 ルッツも最初は疑問に思っていた。しかし、枷を付けたロベルが問題無いと明言したことで、一度は否定したガッツの予想が当たっているのではないかと、今では考えるようになっていた。

(このガキ。一体何やらかしたんだよ…それによく考えりゃ、こいつが罪人だって事知ってる奴もほとんどいねぇんだよな。移動中も枷が見えない様にかくしてたしなぁ)

 ルッツが考え事をしている間に検めが終わり、何故か質問もそれ以上されずに都市に入る事が出来た事で、よりその考えは確信に変わっていた。

「・・・ロベル卿」

「ロベルでいいよ。今は兵士だからね。言葉遣いも気にしないで」

「あぁ、そうかい。なら遠慮なく。このガキは魔術で縛られてんだな?」

「・・・」

「はぁ、まじかぁ。今のは忘れてくれ。俺も口外は絶対にしねぇからよ」

「謝る必要はないよ。俺も全てを知ってるわけじゃないんだ。ただ、この少年が逃げることは無い。それだけは確かだよ」

「お前、一体何したんだよ、本当によぉ」

「俺も、知りたい」

「・・・かぁ~。そうきたかぁ~。なるほどなぁ~。そうかぁ~。本当に面倒な奴だな、お前はっ!」

 レグナの返答にルッツは額に手を乗せ、天を仰ぐ。その遣り取りにロベルは噴き出すのだった。

(なるほど、このルッツという男も、ただの兵士じゃないな。今の会話だけで、気付いたか)


「それで、確か防具の調整のためにだったね。城塞の調整士に見てもらえる様に紹介状を用意してあるけど、どうする」

 ロベルが持つ紹介状はもちろんバルザックが書いたものである。これがあれば軍が抱える一流の調整士にすぐに見てもらえるはずである。

「いや、先に行きたい店がある。女だが、腕は確かでな。見て貰えるかは分からんが」

「もしかしてヒルダの所かな。確かに彼女の腕前なら、でも…」

「何だ、知ってたか」

「気分屋な所を除けば、騎士の間でもこの都市で一番の調整士と言われてるよ。私は行ったことが無いけどね」

「なら話が早いな。おい、キョロキョロしてねぇで行くぞ。着いて来い」

「わかった」

 初めて見る街並みに、辺りを見回している姿はまさにお上りさんと言った所だろうか。自分でも気づかないうちに、気分が浮ついていたのかもしれない。

 そんな姿にルッツは改めてレグナが子供だという事に気付くのだった。


 ノルン平原でも指折りの都市ということもあり、街行く人々の身形は他の町に比べておしゃれにも気を使っている。それと同時に戦争の最中という事も有り、兵士や傭兵達の姿も行きかっている。

 街並みも特殊だ。区画整理が成され、整然と並ぶ家屋は高さと規格が統一され、三角屋根は一切なく平屋根だ。敵が内部に侵入してきた時、建物の屋上から弓や投石で迎撃するための造りになっている。

 さらに家屋の中には、一般家庭に偽装した武器庫が密かに配置され、有事の際に解放される。そこに住む者も軍の関係者という徹底ぶりである。

 始めてこの都市を訪れた者は、樹海に迷い込んだ気分になるだろう。それほど街並みの景色は変わらないのである。

「・・・同じ」

「ははははは、そうだな。此処は街に見せかけた砦だからな。俺も始めて来た時は宿に帰れず、道端で寝たからな」

「私も同じだよ。二年前に始めて来た時は、自分が何処にいるのか分からなくなったよ。慣れもあるんだろうけど、此処に居る騎士や警邏隊は凄いと思うよ」

「今でもたまに、道に迷って帰りの馬車に乗り遅れる奴がいるからな。だから地元じゃない新兵は必ず、分かってる奴と一緒に行動する決まりが出来たくらいだ」

「なるほど、道行く兵士の集団はそういうことか」

 先程からちらほらすれ違う身形に清潔感が欠ける者達。同じ中隊や知り合い傭兵だろう。ルッツもたまに手を上げて挨拶していることからも、休息日を利用して前線から遊びに来ている兵士達で間違いない。

「意外に多いな」

「ん?あぁ、前線の兵士のことか?」

「あぁ、そうだ」

「少し奮発して良い女を抱きに来てんだよ。少し前にガッツの旦那が仕留めた貴族が着けてた装備が良い値段で売れたらしい。俺達にも小遣いをくれたんだよ。だから少し懐があったかいのさ。後方の花屋でも抱けるが、本職ではないからな」

 後方野営地には通称花屋と呼ばれている娼婦が兵士を相手に商売をしている。娼婦の多くは、戦争で夫無くした未亡人や近隣の貧村から出て来た貧女である。

 本来は風営法に引っ掛かるのだが、三年前にバルザックの提言により戦地限定の国営娼館として運営がなされている。それまでは、未亡人や戦争で家を無くした女への救済措置として黙認されていたのである。

 それだけでなく、兵士の性欲の発散に必要な施設であったことも黙認されていた理由である。

「なるほどな。それにしても、聞いてはいたが本当に大人しいな。前線でもこうなのか?」

 罪人とはいえ、話しを禁じているわけではない。ロベルは昨日初めて会ったばかりだが、此処に来るまでの道中含めて、一言二言で話をする姿しか見ていなかった。

「あぁ。配属された時からこの調子だな。野営地でも槍の鍛錬意外だとほとんどテントに籠ってるよ。だが」

「?」

「油断するな。小柄だが、これでも既に50人以上殺してる」

「73」

「・・・そうか。やるな少年」

 平静を装っているが、内心でロベルは驚愕していた。配属されて三か月足らずの新兵が出せる戦果ではないからだ。

 戦地を知らない者からすれば、少ないと感じる者もいるかもしれない。だが、レグナの戦果は新兵の中ではかなり多い数字になる。

 これは、日によって戦闘が全く発生しない事が関係している。

 互いに大軍で陣を敷いて、終日動かず終わる日もあれば、後列配置で一度も接敵しない日。予備兵力として後方待機の日。移動だけで終わる日。

 また、天候にも左右される。豪雨や雷雨で野営地から出ない日。その後数日は地面が泥濘、互いに戦闘を避けることもある。

 特に今はそれが顕著だった。何故なら、南部戦線を請け負う帝国が公国に逆侵攻し始め、教国の支援も南に集中し始めたからだ。

 また、ジョルドとノルアはこの戦が、三年以上もガルドが粘るとは思っていなかった。同時に侵攻を開始し、ガルドに二正面作戦を強いて物量で上回る二か国連合で、一気に平原を手中に収めるつもりだった。

 しかし、そうはならなかった。ガルドはノルン平原南部を半分捨ててまで、北部に戦力を集中し、初戦で見事ジョルドを返り討ちにした。

 その後、北部戦線は泥沼化。互いに決め手を欠ける状態が今日まで続いているのである。


 都市の中でも外れに位置する街区にその店はあった。店構えに特こだわりが無いのか、扉に「ヒルダ防具店」と書かれているだけ。

 他は特に周りの家屋と変わらない外装と造りである。一見すると民間用集合住宅と間違えそうな店構えをしていた。

「出る前にも言ったがな。此処の店主は少し変わっている。気分によっては入った瞬間に帰れと言われることもある。その時は諦めてロベルに城塞まで案内してもらうからな」

「わかった」

「入るぞ」

 ルッツに続いて、レグナは店の扉を潜った。

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