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1-02「新兵」

 配属初日から数日、新兵のほとんどは名前で呼ばれることは無い。新兵。新人。容姿や特徴。中には番号で呼ぶ者もいる。レグナの呼びなは「チビ」だった。

 何故名前で呼ばれないのか、それには「死の十四日間」と呼ばれる期間が関係する。

 これは新兵に訪れる最初の試練でもある。

 基本的に新兵は最前線に配属される。そのため彼らの半分は初陣で帰らぬ者になる。七日が経過する頃にはさらに半分以下に減り、野営地で新兵の姿を見ることが無くなる。

 次の補充があるまで、減った兵力で戦い続けることになる期間がおよそ14から16日間。この期間を生き延びることが新兵にとって最初の試練であり、その由来となっている。

 この期間を過ぎると徐々に名前で呼ばれるようになり、新兵も気付くのだ。ようやくスタートラインに立ったのだと。


 レグナはこの死の十五日間を様々なハンデがある状態で乗り越えた。

 新兵の多くは20歳以上の成長期が過ぎた大人である。徴兵年齢の17歳でも13歳の小柄なレグナと比べ背も高く、体格も全く違う。

 さらに装備の問題もあった。レグナでは扱えない長槍や槍。力のある者ならば戦斧や長剣、重量級の武器を支給されることもある。

 防具も同様だ。既に大人の体格を想定した物が製造、支給されるため、小柄なレグナに合う防具は無かった。結局、支給品の中で最も小さいものを自分で改造、または革鎧や衣服を重ね着して誤魔化すしかなかった。

 そんな中でも一月が経ち、さらに一月とレグナは生き延びてきたのだ。

 その間にも新兵が補充され、そして見送ってきた。

 配属から半年。同じ小隊でレグナの同期と呼べる者は四人しか生き残っていなかい。

 そしてこの日もまた、新たに新兵が配属されてきた。


「おいらぁ、ノートンっていうだよ。よろすく」

「俺はマチル。・・・おい、何でガキがいるんだ?此処は遊び場じゃねぇぞ」

 今回、同じ隊に配属されてきたのは二人。どちらも二十歳前後の青年。しかし、その風貌と雰囲気は全く逆だった。

 一人は田舎訛りが残る純朴そうな青年。背が高く、力もありそうな体格をしている。性格次第だが戦力として期待できるかもしれない。

 もう一人は長い髪を後ろで束ね、無駄に自信に満ちた顔をしている。その垢抜けた風貌から都会っ子だろう。体格こそ標準的だが、レグナの直感は「こいつは駄目だ使えない」だった。何より、レグナを見た第一声がこれである。戦場を舐めている証拠だった。

 例え子供でも自分の対面にいるという事は、戦場で殺し合いをしながら生き延び続けている戦士なのだ。それがこの男には分かっていない。


「おい、ガリガリ。ちょっと前に出ろ」

 ルッツはマチルを指差しながら指示を出した。そのイラついた声を隠そうともしていない。

「おいおい、おっさん。ガリガリってのは俺の事か?これでもそれなりに力はあるんだぜ。舐めんなよ」

「・・・鞭打ち一回。レグナ、持って来い」

「はぁ?何でだよ?おい、何でいきなり鞭打ちなんだよ」

「命令不服従。上官侮辱。これ以上の説明がいるか?」

「いやいやいや。横暴すぎるぜ」

「本来なら三回だ。配属されてきたばかりだからな。これでも優しくしてやってるんだがなぁ」

 ルッツは二つの点でマチルにイラついていた。一つはその特徴的な長い髪。二つ目は舐め腐ったその態度に。

 近接戦闘が主体の歩兵にとって、乱戦になればその長い髪は敵に掴んで下さいと言っているようなもの。味方からしても、ふらふらと視界にちらつき、意識を持っていかれる邪魔な存在になる。

 そして今も騒がしく文句を吐き、上官や仲間に舐めた態度を取り続けている。自分が一番下っ端であることに、気付いていないすらいない。戦場にお荷物はいらないのだ。

「ルッツ」

「おう、早かったな」

 レグナが持って来た鞭は長鞭と呼ばれる1.5mほどの長さの物だった。持ち手以外はしなる素材でできており、先端は指三本分ほど広がった形状をしている。

「ガッツが。五回」

「見られてたかぁ」

「あそこ」

 レグナの指差す先に、腕を組み仁王立ちをしているガッツの姿があった。その顔は怒っている訳ではなく、生きの良い生贄が現れたことに、むしろ嬉しそうな笑顔を向けている。

 その証拠に目の合ったルッツに、手に持つ酒瓶と木杯を振って見せている。

 新兵の中には、マチルの様に生意気で戦場を舐めた者が一定数いる。そういった者は隊の風紀を乱し、戦闘では口だけで大抵は役に立たない。

 しかし、別の使い道がある。他の新兵の教育のため、見せしめという使い道が。これは新兵配属日の恒例行事でもある。

「はぁ。おい、小隊長の命令だ。鞭打ち五回の罰に切り替える。尻を出せ」

「だから何で俺が罰を受けなきゃいけねぇんだよ。意味が分からねぇって言ってんだろ」

「・・・もういい。おい、押さえろ。猿轡と当て布も忘れるなよ。…レグナ、お前やってみるか?」

 ルッツは思い付いたアイデアを、ガッツ同様に悪魔の笑顔でレグナに囁いた。

「隊長ぉ、それは勘弁してくれよ。俺達に飛んで来たら洒落にならねぇよ」

「う~ん、良い発想だと思ったんだが、確かに危険か。んっ?」

 押さえている部下の苦情で考え直そうとしたその時、服の裾を引っ張られた。

「貸して」

「んっ、駄目だ。あいつらに当てたら、お前も鞭打ち一回するぞ。俺が」


「おいルッツ。貸してやれ。面白そうだ」


 ルッツが自分でやると言いかけたその時、外野で酒瓶片手に観戦する気満々のガッツから指示が飛んできた。そして何故かその隣には笑顔で木杯を持ち、軽く掲げて見せている中隊長ダンテの姿もある。

「いやいや。旦那、さすがに抑えてる奴等に当たったら」

「ルッツ。私も許可しよう」

「・・・ダンテの旦那まで…はぁ、どうなっても知りませんぜ?」

「おい。クソガキ。外した回数、便所番だ。押さえてる奴に当てたらその都度三日増やす。分かったか?」

「わかった」

「はぁ。おい、お前ら。もし当たっても勘弁してやれ」

 ダンテからの命令もあり、ルッツは渋々レグナに鞭を渡した。それを見ていた押さえている兵士二人は絶望した顔をしている。

「そりゃないぜ、ガッツの旦那ぁ~」

「もし当たったら、ガッツとダンテの旦那が酒奢ってくれるはずだからよ。我慢し「ヒュン、パチンッ」うおっ」

 ルッツが兵士二人をなだめている横で、レグナは誰もいない場所に向かって鞭を振った。初めて扱う獲物にも関わらず、最初から勢いをつけて試すあたり、レグナはやはりどこかが壊れているのだろう。

「おいっ、ビックリしたじゃ」

 ヒュン、パチン、ピュ、バチン、ビュン、バチン。

 二度、三度繰り返し、手応えを掴んだのかレグナは一歩前に進み出た。

 何時の間にか周りには酒瓶を持った野次馬の輪が出来上がり、何回外すか賭けを始めていた。同じ中隊に配属された新兵も全員が此処に集められ、並ばされている。

 静かに鞭を構えたレグナが、皆に聞こえるように声を上げた。

「刑、執行」

 ヒュン、バチンッ。

「ぐうううううううううううう」

 最初の一発は尻ではなく太腿に命中した。当たった箇所の布から滲み出る朱い血は、見る者に幻痛を起こさせる。実際に太腿を擦る様な仕草をしている者がちらほら散見している。

 しかし、多くの兵士達は酒を飲み、笑いながら鞭打ちを楽しむように見ていた。逆に新兵達は、その光景に怯え、慄いている者がほとんどだ。

 しかし、その中の三人ほどは顔色一つ変えず、冷静に見ている。


「最後」

 ビュン、バチンっ。

「んぎゃああああ、ああ、…あ・・・・」

 五回目の鞭が振り落され、真っ赤に染まった当て布に見事命中した。結局、レグナは一度も外すことなく刑をし終えた。

 鞭打ちを受けたマチルはあまりの痛みに失禁し、気を失い力無くその場に崩れた。

「執行。完了」

 罰の鞭打ちを無事にやり終えたところで、ようやくレグナは周りの静けさに気付いた。さっきまで騒いでいたはずの野次馬達は、一歩下がった位置で綺麗に整列し、少し緊張している。


 パチパチパチパチパチパチパチパチ


 静まり返った鞭打ち刑場に、上品な拍手が鳴り響いた。

「中々、面白い物が見れた。それにしても、少年は器用だな。何処かで扱いを習ったのか?それとも経験があるのか?」

 レグナが振り返ると、そこには木杯片手に観戦をしているバルザックの姿があった。さっきまで酒片手に座っていたダンテは脇に立っている。そして、初めて見る老騎士がその背後に静かに控えている。

「・・・暇なの?」

 レグナの素っ頓狂な返答に、誰もが驚愕し野営地には緊張が走る。

 この場に居る誰もが、青年の身形から大貴族の嫡男あるいは、それに準ずる高位貴族であることを察している。

 何よりも、座っていた中隊長のダンテが直立の敬礼で迎えたことから、彼が士官以上の将官階級の者であることは明確だからだ。

 にも拘らず、目の前のクソガキは的外れな返答を返しただけでなく、友人や同じ隊の仲間と話しているかのように気さくだった。

 ガッツは額に青筋を浮かべながら心の中で誓った。レグナを便所番一月の刑に処すことを。

 それとは逆に、ダンテは今にも吹き出しそうな笑い声を、必死の形相で堪えていた。

「・・・ははははははは。これは、手厳しい事を言われたね。はははははは」

「暇なんだ」

「ぶふっ。し、失礼致しました。お許しを」

 レグナの止めの一言にダンテは笑いを堪えきれず零してしまうが、バルザックには聞こえていなかった。止めを刺されたのは、ダンテだけではなかったのだ。

「ははははは。爺、どうだ。面白い少年であろう。見てみよ、あのうんざりとした顔を。目の間にいるというのに、隠そうともしないのだ」

「中々の胆力ですな。お気に召したのも頷けます。しかし、あまり甘やかせばつけ上がるだけですぞ」

「ははははははは、爺のいう事も分かるがな。私はあれでよいと思っている。さて、良い余興であった。ダンテ卿、邪魔をしたな。後で酒を届けさせよう。皆にも振舞うといい」

「はっ、有難く頂戴いたします」

「それと、其方が戦斧のガッツだな?」

「はっ。名を覚えて頂き、光栄であります」

 ガッツは素で驚いていた。下士官とはいえ、平民出の叩き上げである自分の名を、天上人である青年が知っているとは思ってもみなかったのである。

「其方の活躍は私の耳にも届いてる。この間も敵士官を二人討ち取る戦果をあげたそうだな。今後の活躍にも期待しよう。それと、あまり虐めてやるな。まだ子供だ。便所番は三日くらいにしてやるといい」

「はっ、了解であります(ちっ、クソガキめ。助かったな)」

 バルザックは丸太から立ち上がり、踵を返し始める。

「私はもう行こう。皆も酒を楽しんでくれ。それと少年、また会おう」

 そう言って歩き出したその背に。

「いや、来なくていい」

 レグナはそう呟いた。そして、再び静まり返る刑場。一瞬立ち止まりレグナを見る青年。そこにはさらにうんざりとした顔を浮かべる少年がいる。

「はははははははははははははははは」

 青年は再び歩き出す。楽し気な笑い声と共に。


 青年将校が去った刑場は今も静まり返り、鞭のしなる音だけが響いていた。その原因は中心にいる少年。皆が注視する中、鞭の試し振りをしていた。

「クソガァキぃぃぃぃ。感謝しろぉぉぉ。便所番一月の所をぉぉだぁぁ、三日で勘弁してやるぅぅ。ただしぃ、お前に酒はなしだぁ。わがったがぁぁ」

 静寂を切り裂くように鬼が雄叫びを上げながら顕現した。何本もの青筋を額に浮かべ、あるはずの無い角と牙を生やしたガッツという名の鬼だ。

「わかった」

 それとは対照的に、顔だけ向けて答える冷静な少年。

 殺気を向け、今にも殴り殺さんとする鬼と、涼しい顔で鞭の素振りを続ける少年。その光景は、滑稽極まりなかった。

「もうだめだ。我慢できん。はははははははは。レグナ、あの方が誰か分かっているのか?はははははははは」

 それまで必死に我慢していたダンテが、堪えきれずに笑い声をあげる。

「偉い人」

「はははははははは。そうか、偉い人か。確かにそうだ。間違ってはいない。ははははははははは」

「ダンテ中隊長。俺はもう我慢できねぇ。このクソガキのせいで、寿命が何年縮んだことかも分からねぇんだ」

 隣で腹を抱えて笑うダンテを、恨めし気に見ながらガッツは訴えるが、ダンテは目に涙を浮かべて息も絶え絶えになっていた。

「はははは。はぁー、はぁー、はぁー。あ、安心しろ、ガッツ。あの方からは、お前達を罰することは無いと明言して頂いている。それにしても、あははははは。私が、ガッツ、お前と同じ立場でも、同じ事を想っていたはず、だ。お前にはあとで、酒と一緒に良い、肉を送ってやるから、機嫌を、直せ。はははは」

 ダンテは腹を抱えながら去って行った。ガッツは今も恨めし気にその背を目で追っている。

「おい、ルッツ。そこのお漏らし野郎の尻尾を刈って丸坊主にしとけ。それと、今は使い物にならねぇからな。使える様になるまで便所番させとけ、わかったか?」

「あぁ、了解した。それにしても…早速一人脱落かぁ~」

 項垂れるルッツを他所に、レグナは鞭を何度もしならせるのであった。その顔は無表情だが、何処か楽しげであった。

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