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室田邸6


加賀の亡骸が床に崩れ落ちたその瞬間――広間を支配していた狂気の渦は、一時的に静まりを見せた。

だがそれは決して安堵ではなかった。

むしろ、空気はより一層、重く、冷たく、鋭く――呼吸すら苦しいほどの圧力が満ちていた。


美香は荒い息を吐きながら、血まみれの拳を下ろす。

膝は震え、視界は霞んでいる。それでも必死に立ち続けた。

烈火、鬼蔵、京介――誰もがボロボロで、もう戦う力など残っていないはずだった。


そのときだった。


――カツ、カツ、カツ……。


硬質な靴音が、奥の闇から静かに響いてきた。

広間にいる全員が、その音に反応し顔を上げる。

音の主は、暗い廊下の奥から、まるで影を纏ったような威圧感を放ちながらゆっくりと姿を現した。


「……やっと、ここまで辿り着いたか。」


重厚な声。

低く、響き渡るそれは、聞くだけで心臓を握り潰されるような圧を持っていた。


その男――室田銀治。


白髪交じりの長髪を後ろに撫で付け、深紅の羽織を纏ったその姿は、年老いたはずの肉体であるにも関わらず、まるで武神のような威圧感を持っていた。

瞳は深い闇のように底が見えず、その奥に宿るのは冷徹な光。

一歩、また一歩と近づくたび、まるで空気そのものが銀治に支配されていくかのようだった。


「お前が……銀治……」

美香は声を振り絞った。

その名を口にした瞬間、烈火も鬼蔵も、全身に緊張が走る。


銀治は、血に濡れた美香を一瞥し、ふっと口元を歪めた。

「加賀が……倒れたか。あれほど執念深い奴を殺したか。……実に見事だ、美香。」


その声音は、まるで親が子を褒めるような柔らかさを帯びていた。

しかし、その裏に潜む冷酷な何かが、全員の背筋を凍らせた。


「ふざけるな……!」

烈火が震える声で吐き捨てた。

「てめぇが……全部の元凶なんだろうがッ!」


銀治は烈火に視線を向けた。その目は氷のように冷たく、無慈悲で、烈火を「人」として見ていない。

「……元凶、か。ふむ。お前たちの目から見れば、そう映るのだろうな。」

ゆっくりと彼は手を背中に組み、語り始めた。


「だが、私はこの世界を守るために動いているに過ぎん。お前たちが憎むべきは私ではない。“力”だ。」


「……力?」

美香の眉が寄る。


銀治は小さく頷いた。

「リツ一族。お前の中にも流れている、その忌まわしき血。

あれは世界を壊す。存在そのものが災厄だ。

私はただ、それを制御し、人類が滅ぶことを防いでいるだけだ。」


「ふざけないでッ!」

美香が叫ぶ。

「じゃあなんで……影丸も、迅も、みんなを殺したの!?

お母さんを……奪ったのも、アンタでしょうが!!」


銀治は一瞬だけ目を細め、美香をまっすぐに見据えた。

「……お前の母、あれは“実験体”として最も優れていた。」


その言葉に、美香の顔から血の気が引いた。

烈火と鬼蔵も言葉を失う。

京介は唇を噛みしめ、怒りで手が震えていた。


「ひまりはリツ一族の力を最も純粋な形で宿していた。

だからこそ、彼女の遺伝子が必要だった。

……そして生まれたのがお前だ、美香。」


「……っ……」

美香の喉が詰まり、声にならなかった。

全てが、繋がる。

これまで銀治がしてきた非道の数々――その理由が、すべて“自分”にあると突きつけられた。


「お前は、希望だ。」

銀治の声は冷たいが、確信に満ちていた。

「お前を手に入れさえすれば、私はこの世界を完全に掌握できる。

だから――ここで死んでもらうわけにはいかん。」


銀治が指を鳴らすと、広間の奥から二つの影が立ち上がった。


「……っ!? まさか……Kが、まだ……!」

烈火が叫ぶ。


現れたのは――かつて対峙したKと同じ外見を持つ、二体の異形。

その眼は虚ろで、生命を感じさせない。

銀治が無造作に片手を上げると、二体のKは無音のまま美香たちを包囲した。


「やれ。」


次の瞬間、広間は破壊と悲鳴に満ちた。


烈火が叫び、鬼蔵が剣を振り、京介が血を吐きながらも斬りかかる。

しかし、疲弊した彼らには力が残っていなかった。

二体のKは異常な速度で動き、攻撃を避けながら、反撃を加える。

烈火の肩が裂け、鬼蔵の左腕が斬り飛ばされ、京介の胸を拳が貫いた。


「京介ェッ!!」

美香の叫びが響く。

だが京介は振り返り、血まみれの笑みを浮かべた。

「美香……後は……任せた……」


その言葉を最後に、彼は崩れ落ちた。


「京介……ッ!!!」

美香の視界が赤く染まる。

怒りと絶望、そして銀治への憎悪が、彼女の体を燃え上がらせる。


「銀治ィィィィッ!!!」

全身を赤黒い光に包まれた美香が、Kに向かって突撃する。

烈火と鬼蔵も、残された力を振り絞ってその後を追った。


銀治は微動だにせず、その様子を見下ろしていた。

「……そうだ。それでいい。お前の力を見せてみろ。

その憎しみこそが、お前の“本質”だ。」


広間の戦いは、最終局面へ突入しようとしていた。


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