室田邸4
轟音とともに、広間を埋め尽くす棘の嵐。
その全てを躱すことなど不可能――誰もがそう悟った瞬間、美香は迷わず突っ込んだ。
「烈火、左を! 鬼蔵さん、右を頼む!」
「任せろォッ!」
鬼蔵が吠え、巨躯を震わせながら棘の壁を拳で粉砕する。
烈火は全身に炎を纏い、迫る棘を焼き払いながら左のKに一直線に突進した。
「おらぁあああああっ!」
烈火の渾身の蹴りがKの胴を捉え、壁まで吹き飛ばす。
しかし、Kはすぐに体勢を立て直し、無数の棘を尾の先から伸ばした。
「クソ……! さすが完成体か!」
烈火の額から汗が滴る。だが、その表情には恐怖ではなく闘志が宿っていた。
一方、右のKは鬼蔵に肉薄していた。
棘の槍を突き立てるように突進――だが、鬼蔵は真正面からそれを受け止めた。
「甘ぇんだよッ!」
血を吐きながらも腕力で軌道を捻じ曲げ、その巨体を地面に叩きつける。
地面に亀裂が走り、土煙が舞った。
「京介!」
美香の声が飛ぶ。
「分かってる!」
京介の目が鋭く細められ、全神経が集中する。
一瞬先の未来を読むかのように、二体のKの動きを予測し、仲間へと叫ぶ。
「鬼蔵さん、右に回避! 烈火、上から来るぞッ!」
指示が飛ぶたび、仲間は紙一重で致命傷を免れた。
Kの猛攻を、京介の読みと仲間の連携で凌ぎ続ける。
「今だ、美香!」
烈火の叫びに応じ、美香は跳び上がった。
右のKの頭上から拳を振り下ろす。
「――砕けろおおおおッ!!!」
衝撃音が広間に響き渡り、Kの頭部が床に叩きつけられた。
だが、Kは笑うかのように棘を逆立て、美香を弾き飛ばす。
「くっ……!」
美香は床を転がりながらもすぐに立ち上がる。
無線機から浩一郎の声が響いた。
『……いいぞ、そのまま押し切れ! 二体同時に倒すんだ!』
美香は仲間の顔を順に見た。
烈火は血に塗れながらも立ち上がり、鬼蔵は腕から血を滴らせながら構えを解かない。
京介は汗だくで息を荒げながらも、まだ冷静な瞳を失っていなかった。
「みんな……絶対に、ここで勝つ!」
美香の声に全員が頷く。
烈火の炎、鬼蔵の怪力、京介の未来予知めいた読み。
そして美香の圧倒的な力。
全てを重ね合わせた連携が、二体のKを追い詰め始めていった――。
広間は破壊の嵐だった。
壁は抉れ、床は無数の棘で穴だらけになり、血と汗の匂いが充満している。
それでも、美香たちの瞳にはまだ光が宿っていた。
「烈火、右のやつを引きつけろ!」
京介が叫ぶ。
「任せろォォッ!」
烈火が雄叫びを上げ、炎を纏った蹴りで右のKを強引に壁際へ押し込む。
Kの棘が烈火の脇腹を貫く――
「ぐっ……だが、まだだァ!」
烈火は血を吐きながらも棘を掴み、炎で焼き切った。
「烈火ァ!」
鬼蔵が叫び、烈火の背を守るように巨腕を振り下ろす。
床を砕く衝撃で一瞬、右のKの動きが鈍った。
「今だ、美香ッ!」
京介の声が響く。
美香は全身に力を込めた。
肺が焼けるように熱く、心臓は爆発しそうなほど高鳴っている。
――でも、止まれない。
影丸、迅、ことは……失った仲間の叫びが背中を押している。
「うおおおおおおッ!!!」
美香の拳が唸りを上げ、右のKの胸部に突き刺さる。
轟音。
広間が震え、空気が裂けた。
Kの身体が大きくのけぞり、その瞬間を烈火が逃さない。
「燃え尽きろォォッ!!!」
炎を纏った烈火の回し蹴りが、先ほど美香が抉った胸部に叩き込まれた。
爆炎。
棘が飛び散り、右のKの身体が火だるまになって崩れ落ちる。
「よっしゃああああああッ!!!」
烈火が吠える。
だが、安心する間もなく京介の声が飛ぶ。
「まだ一体いるぞ! 油断するな!」
左に残ったもう一体のKは、怒り狂ったように尾を振り回し、床も壁も無差別に抉っていた。
その狂気じみた姿を見て、美香は拳を強く握る。
「……絶対に、ここで終わらせる!」
仲間たちの声が重なった。
烈火の炎が再び燃え上がり、鬼蔵が血に濡れた拳を握り直し、京介の瞳は鋭く未来を射抜く。
二体目のKとの決戦が、始まろうとしていた――。
轟音が止むことはなかった。
一体目を倒したはずなのに、広間の空気はますます重く、凍りつくように冷たくなっていく。
残る一体のKが、獣のような唸りを上げた。
「ギィィィ……ッ!!」
背後から伸びた尾が十数本に枝分かれし、天井を貫き、床を突き破る。
その動きは狂気そのものだった。
「……やっぱり、こいつは一体目よりも速い!」
京介が歯を食いしばる。
目で追うだけで精一杯の速度。棘の一本一本が即死の毒牙だ。
「来るぞッ!!」
鬼蔵が叫んだ瞬間、尾が三人に一斉に迫った。
美香は咄嗟に烈火を突き飛ばし、尾を右腕で受け止める。
「ぐあああああっ!!」
皮膚が裂け、血が噴き出す。しかし、彼女の体内に流れるリツの血のおかげで即死は免れた。
それでも、全身を貫く痛みに膝が折れそうになる。
「美香っ!」
烈火が立ち上がり、怒りに満ちた声を張り上げる。
「てめぇ……仲間を傷つけやがってェッ!!」
炎が爆ぜ、烈火の身体を炎竜のように包む。
尾の一本に炎の渦を叩き込み、焼き切ろうとする。
だが――
「クソッ、硬すぎる!」
烈火の炎でも、完全には断ち切れなかった。
「俺が行く!」
鬼蔵が烈火の横に並び、巨大な拳を振り下ろす。
轟音。
床に亀裂が走り、その衝撃で尾の数本が揺らいだ。
しかし、Kは怯まない。尾がさらに分裂し、無数の棘が雨のように降り注いだ。
「くっ……!」
京介が仲間を庇い、何本もの棘を弾き落とす。だが一本、彼の肩に突き刺さった。
「ぐあああああッ!」
血が飛び散り、膝が沈む。
「京介ェ!!」
烈火が叫ぶ。
しかし、京介は歯を食いしばり、血に染まった顔を上げた。
「俺は……まだ戦えるッ! 立て、美香! お前が軸になるんだ!」
美香は震える足に力を込めた。
痛みも恐怖もある。それでも――もう仲間を失わないために。
「……分かった。絶対に終わらせる!」
美香の体内で、血が熱く沸き立つ。
リツの力が呼応し、全身を走る衝撃が怒涛のように膨れ上がった。
尾が迫る。
烈火の炎と鬼蔵の拳がそれを逸らす。
その隙を京介が作り出す。
「美香、今だァァァッ!!」
美香は跳んだ。
尾の雨を裂き、空気を切り裂き、真っ直ぐにKの胸へ――
「おおおおおおッッ!!!」
拳が炸裂した。
Kの身体が後方に弾き飛ばされ、壁を突き破る。
尾が千切れ飛び、棘が地に落ちる。
それでも、まだ倒れない。
Kはよろめきながらも立ち上がり、美香に牙を剥いた。
「くそっ……化け物め……!」
烈火が歯を食いしばる。
だが、美香はもう止まらなかった。
「ここで終わらせるッ!!」
拳を重ねる。烈火の炎がその拳を包み、鬼蔵の一撃が力を加え、京介の気迫が道を開く。
仲間全員の想いを背負った一撃が――
Kの胸を貫いた。
「ギィィィ……ッ!」
甲高い絶叫が広間を揺らし、二体目のKが崩れ落ちる。
尾は灰となり、静かに消えていった。
広間に残ったのは、荒い息をする仲間たちと、全身血に塗れた美香の姿。
だが誰も、まだ勝利の声を上げなかった。
なぜなら――これが終わりではないと、全員が分かっていたからだ。
二体目のKが倒れ、広間には一瞬だけ静寂が訪れた。
皆の肩で上下する息遣いが、やけに大きく響いていた。
烈火は地に膝をつき、血に濡れた拳を握りしめる。
「……やった、のか?」
その問いに誰も答えなかった。
誰もが、まだ何かが終わっていないことを感じ取っていた。
――コツン。
不気味な靴音が、静まり返った広間に落ちた。
全員が一斉に振り向く。
「……さすがだな」
闇の奥から、ゆったりとした足取りで現れたのは加賀だった。
黒衣を纏い、手には血に濡れていない白手袋。
その顔には、薄気味悪いほど冷たい笑みが浮かんでいた。
「俺が造り出した“新型”を二体も葬るとはな。まったく、期待以上だ」
「加賀……!」
美香が震える声で名を呼ぶ。
怒りと憎しみが一瞬で全身を駆け巡った。
加賀はそんな視線を楽しむように広間を見回し、静かに両手を広げた。
「どうだ? 己の力で怪物を葬った気分は。だが――」
口角がゆっくりと上がる。
「お前たちの戦いは、すべて私の“実験結果”に過ぎん」
「実験……?」
京介が苦しげに立ち上がる。肩からまだ血が滴り落ちていた。
加賀は首を傾げ、わざとらしく楽しそうに言った。
「二体のKとの戦闘記録……お前たちの能力の限界、仲間を庇う時の動き、そしてリツの血がどう反応したか。すべてが貴重なデータだ。銀治様もお喜びになられるだろうよ」
「ふざけんなッ!」
烈火が吠え、立ち上がろうとした瞬間――
美香が手を伸ばし、烈火を制した。
「落ち着け、烈火……」
美香の瞳は、怒りで燃えるように赤く染まっていた。
「……加賀。アンタのせいで、どれだけの仲間を失ったと思ってる?」
加賀は肩をすくめ、鼻で笑う。
「仲間? くだらんな。犠牲がなければ進化はない。お前たちはただの駒だ」
その言葉に、全員の血が逆流するほどの怒りが走った。
鬼蔵が低く唸り声を漏らす。
「てめぇ……ここで叩き潰す」
だが加賀はまるで恐れていない。
むしろ愉快そうに広間の中央に立ち、挑発するように手を広げた。
「ほう? この私を相手にするつもりか? いいだろう……生き残った者たちの力、直に見せてもらおうか」
美香の拳が震える。
「……絶対に、ここで終わらせるッ!!」
広間に再び、殺気が満ちた。
加賀を中心に、死闘の幕が上がろうとしていた――。