潜入
会議が終わり、旧本部の中には一時の静寂が訪れていた。
窓の外には月が浮かび、もうすぐ深夜――作戦開始の時が迫っていた。
美香は一人、訓練場の片隅で膝を抱えていた。
加賀への怒りと、これから自分が背負うものの重さに、胸が締めつけられる。
(怖いわけじゃない……でも、これが現実なんだって……)
そんな彼女の元へ、影丸が静かに近づいてきた。
「美香、大丈夫か?」
優しく、けれど真剣な声だった。
「……うん、ちょっとだけ緊張してただけ」
影丸は隣に腰を下ろし、肩をすくめて笑う。
「そりゃそうだよな。こんな作戦、初めてだろ?
加賀が相手ってだけでもプレッシャー半端ねぇし」
美香は俯いていた顔を少し上げ、きっぱりとした声で答えた。
「でも行くよ。加賀を許せないから。……お母さんとの約束もある。
一族を解放してって言ったんだ。あんな姿にされて……悔しくて、悔しくて……!」
その目には、恐れではなく、決意が宿っていた。
影丸はその表情を見て、口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「……そーだよな。でもさ、ほんの少し前まで、ただの普通の女の子だったのに。
いまじゃすっかり戦う顔になってる。すげぇよ、美香」
すると美香は、ほんの少し照れながらも、笑った。
「私は、お父さんとお母さんの娘だもん。強いに決まってるでしょ?」
その笑顔は、影丸の心を少しだけ軽くした。
「……ああ、頼もしいよ、マジで」
二人の間にあった重苦しい空気が、少しだけ溶けた。
作戦の時は刻一刻と近づいている――だが、今この瞬間だけは、心を温めておきたかった。
夜。濃密な霧が立ち込める中、ヨシカゲ隊の4人──美香、影丸、ことは、迅──は、音もなく地を滑るように研究所の外縁部へと近づいていた。
「ここが……研究所の外壁……」
美香は目の前に広がる巨大な要塞を見上げて、唾を飲み込んだ。要塞はまるで山のようにそびえ立ち、夜の中に不気味なシルエットを刻んでいる。
「時間通り……警備の巡回が手薄になる瞬間を狙うぞ」影丸が囁く。
彼の目は既に殺気を帯び、口元は緊張で結ばれていた。
作戦は単純だが難易度は高い。「夜人」が遠隔で探知した弱点から研究所の外壁を突破し、当主直属の第三部隊を撃破して突破口を開く。その後、内部に潜入して第二部隊との接触を避けつつ、加賀の居る最深部へと向かう。成功率は高くない──だがやるしかなかった。
「行くぞ!」影丸の合図と共に、4人は闇に溶けて走り出した。
敵の気配はすぐに感じられた。敷地に侵入して3分、影丸が拳を上げて停止を合図する。
「来る。……10時方向、5人だ」
「迅、煙幕を」「了解」
迅が掌に持った小型の爆煙装置を投げると、静かに白い煙が広がった。その瞬間──
「侵入者確認!!」
「第三部隊、展開せよッ!」
警報が鳴り響く。機械的な声と共に、黒装束の男たちが四方から現れる。第三部隊──室田当主の私設精鋭部隊。訓練された動きと鋭い目、ただ者ではない。
「美香、背中は任せろ!」ことはが前に出る。
「影さん、左を!」迅の声に影丸が応える。「了解、三手目を狙え!」
そして衝突する──!
影丸の刀が閃光のように唸る。敵兵の一本目の攻撃を受け流し、反撃で膝を砕く。そのまま一回転してもう1人の喉元に一閃。だが相手もやられてばかりではない。盾で刃を受け止め、後方から援護の銃撃が飛ぶ。
美香は体を滑らせ、地面を転がってその弾丸を回避。刹那、加速する。「なりたいものになれる」──その力が無意識に発動し、彼女の動きが異常な速さを持つ。
「はああっ!」
そのまま敵の胸に拳が突き刺さる。骨が砕ける音。1人、また1人と倒れていく。
だが数で勝るのは相手だった。第三部隊の数は20名以上。4人にとっては苦しい数だ。
「囲まれたな……!」
「迅、いけるか?」「煙幕じゃ足りない。じゃあこれだ!」
迅が腕から取り出したのは、特殊な爆裂手榴弾──閃光煙爆。閃光と同時に強力な煙幕が視界を奪う。
「全員目閉じろッ!!」
爆発と共に視界が一瞬、真っ白になった。その隙に4人は外壁沿いに一気に突破口を開く。
そこで待っていたのは、第三部隊の副隊長だった。