表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミカ  作者: ダイデン
2/43

リツの部屋

 夜、館の窓に月の光が差し込む。

 美香はベッドの上で目を閉じていたが、眠気は訪れなかった。胸の奥で、父の言葉が何度も反響していた。


 ──リツは名前ではない。通称だ。

 ──“リツ一族”という特別な血を持つ者が存在する。

 ──地下施設。

 ──……お前の母は、今もそこにいる。


 母の顔を美香は知らない。

 写真すら見せてもらったことがなかった。だが、父が「そこにいる」と言った。なら、行くしかない。


 そして──“リツの部屋”が、その入り口かもしれない。


 静かにベッドを抜け出し、ポケットの中にある真鍮の鍵を握りしめる。

 東棟へと続く廊下は、夜になると空気が変わる。重く、冷たく、まるで誰かの気配が染みついているような感触。


 目指す部屋の前に立つと、美香の指先がわずかに震えた。

 扉は重厚で、鍵穴には埃が詰まっていた。ゆっくりと鍵を差し込み、回す──


 カチリという音と共に、扉が静かに開いた。


     *


 懐中電灯を手に、中へ足を踏み入れる。

 部屋は広くはなかった。古びた木の床と、日焼けしたカーテン。奥に寝台が一つと、壊れかけた鏡台、そして壁には無数の紙が貼られていた。


 手書きの絵。薬瓶の絵。母と娘のような影絵。

 どれも子供の手によるもののようで、絵の隅に「リツ」と小さく記されていた。


 ──この部屋は、“誰か”の記憶で満ちている。


 部屋の奥、鏡台の前に立つ。鏡はひび割れ、曇っている。

 だが、美香がその表面を拭った瞬間──


 そこに映った“自分の顔”が、一瞬だけ、知らない少女に変わった。


 「……!」


 目を見開いて後ずさるが、振り返っても誰もいない。

 部屋に漂う空気が、少しずつ変わり始めていた。


 そのとき、鏡台の引き出しから、一冊の日記帳を見つけた。

 表紙には「リツ」とだけ書かれていた。



《リツの日記・抜粋》


4月15日(昭和十六年)

お父様が私に薬を打った。これで、私は「家族の誇り」になるのだと。

でも、胸が苦しい。目が見えにくくなる。

怖い夢を見る。自分の手が、自分じゃなくなる。


4月20日

先生という人が来た。優しい人。

「君は道具なんかじゃない」と言ってくれた。

──でも、その人もどこかへ連れて行かれた。


4月22日

母様が泣いていた。

「もう戻れないのよ、リツ……」

私の名前は、ここでは誰も呼んでくれない。



 ページの端には焼け焦げた跡があり、幾つもの言葉が掠れていた。

 けれど、美香には、そこに綴られた想いが、確かに伝わってきた。


 ──これは、道具として扱われた少女の記憶だ。

 そしてその少女が、誰かにとって「母」だったなら?


 その時、床板の一部がわずかに沈んだ。


 「……?」


 美香が踏み込むと、木の床がぎぃ……と軋み、中心が円形に沈み込む。

 すると、カチリと何かのロックが外れ、部屋の隅にある衣装棚の裏が、わずかに動いた。


 まるで、隠し扉のように。


 棚を押しのけると、そこには暗い階段が口を開けていた。

 深く、冷たい空気。下からは低い機械音が聞こえる。──施設は、まだ動いている。


 美香は懐中電灯を強く握りしめた。

 その時、階段の奥から、誰かの声が、かすかに聞こえた気がした。


 ──……カア……

 ──……リ……カ……


 母の声──?


 幻聴かもしれない。だが、美香は躊躇しなかった。

 それが幻だとしても、確かめなければならない。


 彼女は、足を踏み出した。

 階段の先に待ち受けるのは、室田財閥が隠し続けた“遺産”、

 そして“リツ一族”に刻まれた禁断の真実。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ