次なる進路
修行が始まって、すでに数週間が経っていた。
美香の成長スピードは、誰の目にも明らかだった。
リツの力を持っているとはいえ、その制御、応用、判断力までもが格段に向上している。
副隊長のことはは、腕を組んで微笑む。
ことは「美香ちゃん、だいぶいい動きになったね。これなら、実践でもある程度は安心できそうだよ」
美香「ありがとうございます!」
美香の拳と蹴りは、風を余裕で切り裂いていた。
その動きに、もはや“素人”という言葉は当てはまらない。
リツとしての力もある程度は制御できるようになっており、日常生活で物を壊してしまうことも減ってきた。
何より、感情と力が直結するこの特異体質に、心のバランスで向き合えるようになったことが一番の進歩だった。
その日も午前の訓練を終えた頃、浩一郎の声が響いた。
浩一郎「みんな!集まってくれ! 昼ご飯と、今後の行動について話す!」
訓練場近くに用意されたテーブルには、浩一郎と影丸が手作りした大量のサンドイッチが並んでいた。
美香「うわ、美味しそう!」
美香が目を輝かせる。
いろは「ほんとだね、美味しそう」
いろはも笑顔でうなずいた。
烈火「はらぺこだよ〜」
烈火が頭を抱えて座り込む。
鬼蔵「俺も……」
鬼蔵もお腹を鳴らす。
夜人「食べる前に、まずは手を洗え!」
夜人がビシッと指示を飛ばす。
迅「京介〜、食べさせて……めんどくさい」
迅がグデンと寄りかかる。
京介「仕方ないな……ちょっとずつな」
京介が苦笑しながらサンドイッチを差し出した。
影丸は、テーブルの真ん中で声を上げた。
影丸「たくさん作ったからな! 遠慮せず食え!」
笑顔が弾け、にぎやかにサンドイッチを頬張る隊員たち。
そして、浩一郎が本題を切り出した。
浩一郎「さて、食事のあとでいいんだけど……影丸たちの“魔丸”の治療法がわかった。成分を解析して、悪性部分を分解させる薬を作ったから、あとで全員に注射させてほしい」
影丸「おぉっ!」
影丸が顔を上げた。
浩一郎「それと……魔丸の改良版も完成した。美香の血と魔丸を合わせてみたところ、非常に良好な反応が出た。副作用も、今のところ出てない」
影丸「副作用の確認って、どうやったんだ?」
影丸が目を細める。
浩一郎は、肩をすくめた。
浩一郎「俺が、試しに飲んでみた」
影丸「おいおい! 無茶するなよ。お前に何かあったらどうするんだ」
浩一郎「大丈夫。俺は完璧なものしか使わないし、試さない。自己満足かもしれんが、それが俺の流儀なんだ」
影丸はしばらく沈黙したあと、ぽつりと呟いた。
影丸「らしいな。で、どんな能力が?」
浩一郎「俺らしく、だよ。治癒能力だった。医者っぽいだろ?」
影丸「相変わらずだな、お前は」
二人は笑い合った。重苦しかった空気が、少しだけ軽くなった。
そのあと、影丸が立ち上がり、皆を見渡す。
影丸「じゃあ、俺からも報告する。これから森を出て、北に向かう。目指すのは孤島――地図に載ってない場所だ。そこに、リツ一族の生き残りがいる可能性がある」
いろは「リツ一族……まだ生きてるのかな」
いろはがつぶやく。
烈火「楽しみだな!」
烈火が拳を振り上げる。
京介「まあ、どうなるか分からないけど……」
一方その頃――
室田邸、研究棟地下にて。
研究員「報告です。緒方美香の血液を元に、新たな薬が完成しました。この薬でリツ適合実験の成功率が飛躍的に向上するはずです」
研究員の報告に、加賀秀一の口元が歪む。
加賀「そうか……なら次は、素材が必要だな。北に残っているというリツ一族の残党。彼らを捕らえるぞ。直属部隊を借りる、手配しておけ」
その冷たい瞳に、野心と執念が宿っていた。
⸻
森の拠点。
影丸が皆に向かって告げる。
影丸「移動開始は、明日の朝だ。長旅になるから、今日は修行はここまでにしておけ。しっかり体を休めて備えてくれ」
部下たち「ラジャー!」
美香「はいっ!」
掛け声とともに、隊員たちはそれぞれの寝床へと散っていった。
次なる旅路は、誰も知らぬ孤島。
その先にある真実と、まだ見ぬ仲間――そして、加賀の野望との衝突が、徐々に迫っていた。