浩一郎の過去(中編)
大学生活も、気づけば三年が過ぎようとしていた。
講義、レポート、サークル、試験、そして研究。
楽しいことも、苦しいことも、すべてが詰まった、かけがえのない日々だった。
そして今、少しずつ「未来」の足音が聞こえはじめていた。
■
加賀秀一と吉田影丸。
最初は面識のなかった2人も、浩一郎の紹介によって互いに知るようになっていた。
影丸「へぇ、お前が加賀くん? なんか理屈っぽい顔してるね!」
加賀「君が……影丸くん? ……なるほど、ノリだけで生きてるように見える」
影丸「ははっ、よく言われる!」
最初こそ会話はぎこちなく、価値観も真逆だったが、
共通の友人・浩一郎を通じて、互いを「認め合う存在」へと変わっていった。
その頃、浩一郎と加賀は同じ教授の研究室に所属し、類まれな才能を発揮していた。
理論と技術、分析と実行。
互いを補完しながら生み出す研究成果は、学生離れした完成度を誇っていた。
周囲からは「天才コンビ」と呼ばれ、教授陣からも一目置かれる存在となっていた。
だが、将来の道については三者三様に思い描いていた。
浩一郎「俺は……やっぱり、医者になりたい。現場で、人の命を救う側に立ちたいんだ」
浩一郎は静かに、だが力強く語った。
加賀「俺は、細胞や構造、人間そのものを解き明かしたい。
“なぜ人間は人間のままなのか、もっと強い存在にならないのか“という問いに、いつか答えたいんだ」
加賀は目を細めながら、まるでそれが“当然の欲求”であるかのように語る。
影丸「俺はなぁ……まだよく分かんないけど、動いてる方が好きかな。
体を動かす職業? 警備とか、レスキューとか、そういうのも悪くない気がする!」
影丸は相変わらずのマイペースだったが、自分の“得意”には素直だった。
未来は、まだ誰の手の中にもなかった。
だが、それぞれの視線は、確かに少しずつ異なる方向を見始めていた。
ある日のことだった。
3人はそれぞれ、別々の時間に学園長室へと呼ばれる。
応接室で待っていたのは、室田大学の学園長──室田宗治。
表向きは穏やかで理知的な紳士。だがその正体は、室田財閥の直系・室田銀治の次男であり、
財閥にとって“人材の選別と確保”を担う重要な人物だった。
最初に呼ばれたのは、加賀だった。
室田宗治「加賀秀一くん。君の研究論文、拝見させてもらった。……実に面白い」
宗治は微笑みながら、加賀の本質を突く。
室田宗治「人間を研究素材として見ているようなその視点。私たちが求めていた資質に、極めて近い」
室田宗治「そんな君にいい所がある。室田研究所の機密プロジェクトNラボ地下施設はどうかな?」
加賀「Nラボ地下施設ですか。面白そうですね!」
加賀の声に迷いはなかった。
加賀「私の知識が役に立つのなら、ぜひ参加させてください!」
加賀「それからお願いが、あるんです。緒方浩一郎も一緒に推薦してくれませんか?」
宗治は静かにうなずいた。
加賀にとって浩一郎は、価値観は違えど理解者として完璧な存在だった。
次に呼ばれたのは、浩一郎。
室田宗治「医師としての道を歩みたい。それが本音でしょう?」
宗治は見透かすように言った。
室田宗治「しかし、君にも研究者としての素質はある。加賀くんも推薦してるし。室田研究所に来ないか?それと、室田病院にもポストを用意してあげる」
室田病院と研究所の“兼任”
室田宗治「ただし、室田研究所は機密事項に触れる可能性がある。だから厳重な監視下での活動となる。それでいいか?」
浩一郎「人のためになるのなら」
人の為になる事をを信じて、浩一郎は頷いてしまった。
それが、数年後に自らの運命を縛る鎖となることも知らずに。
最後に呼ばれたのは影丸。
室田宗治「君の反応速度、筋力バランス、身体能力……どれも規格外だ。
室田警備会社に来てみないか? 本格的な訓練を受けてもらう」
影丸は驚きながらも、どこか嬉しそうだった。
影丸「え、俺が!なんか、楽しそうですね。やってみます!」
その笑顔を見ながら、宗治は口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
室田宗治「では、ようこそ。室田の世界へ」
こうして、3人の道はそれぞれに決まった。
互いに交わることのない場所で、
互いに知らぬ“影”に近づいていく。
それが、後に悲劇を呼ぶとは、このとき誰も知る由もなかった。