表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/43

鍵と地図と名前の記憶

舞台は、昭和の面影が残る日本の山奥。

医療ミスをきっかけに人生を狂わされた父と、出生に秘密を抱える娘。


館に潜む“地下施設”、そして母の正体とは──


少しずつ崩れていく日常の中で、家族の絆と真実を描きます。

ホラーとサスペンスが交錯する物語、ぜひお楽しみください。




 霧が深く立ちこめる山あいの洋館。

 赤錆びた門扉と、黒ずんだ石造りの外壁。かつてここは、室田財閥の所有する別邸だった。


 今、この館に住んでいるのは、町医者・緒方浩一郎と、その娘・美香。

 昭和の終わりが近づくこの時代においても、館は戦中のまま時間を止めたような佇まいを保っていた。


 この場所に来たのは、逃げるようにしてだった。


 美香が十歳のころ、浩一郎は大学病院で医療事故を起こしたとされ、激しいバッシングに晒された。

 手術中の急変、薬の誤投与、命を奪われた少女。

 新聞に踊った見出しは「神の手、誤診か?」「医療界の黒い天才」。


 だが、美香は見てしまっていた。あの夜、父が誰かと電話口で交わしていた激しいやりとりを。


 「俺が投与した薬じゃない……!」

 「薬剤がすり替えられていた。お前ら、最初から俺を嵌めるつもりだったな……!」


 その直後、一人の男が浩一郎の前に現れた。

 黒い和装、白髪交じりの頭、無表情で、ただ静かにこう言った。


 「……室田家の別邸が空いています。都会を離れ、しばらく“山の空気”に当たってみては?」


 そう言って差し出された館の地図には、赤インクで“診療所設備可”と記されていた。

 その瞬間から、浩一郎と美香の逃避行は始まった。


 そして、五年の月日が流れた。


     *


 十五歳になった美香は、父との間にある“壁”を感じていた。

 母の話は一度も聞いたことがない。自分がどこで生まれ、なぜここに来たのかも。

 父は何かを隠している。そして、この館そのものが、何かを隠している。


 夜になると、床下から機械のような“唸り”が聞こえる。

 天井裏では、誰かが這っているような音。

 扉の奥に、使われていない部屋がいくつもある──どの部屋にも、無数の鍵がかけられている。


 美香は決めた。


 この館の“中心”にある秘密を探る。


 父が診療所に出た隙、美香は書斎に忍び込んだ。


 書斎には、古い文献と医療書、薬学の資料が山積みにされていた。

 しかし、美香が目を止めたのは、机の奥にしまわれていた見取り図と、一つの古い鍵だった。


 見取り図には、この館の構造がすべて記されていた。

 普段立ち入りを禁じられている東棟の一室に、赤字でこう書かれていた。


 ──**「リツの部屋」**──


 その名を見た瞬間、美香の心がざわめいた。


 「……リツ……?」


 見覚えはない。けれど、口にしたとたん、胸の奥に刺すような痛みが走った。

 鍵は、まるで導かれるように、その部屋の部屋番号に対応していた。


 そのとき、背後で足音がした。


 「美香……? なにをしている」


 父・浩一郎が書斎の入口に立っていた。


 とっさに見取り図を引き出しにしまい、鍵をポケットに隠す。


 「ちょっと……本を探してただけ。でも、“リツの部屋”って……何?」


 浩一郎の顔が、凍りついた。


 「……その名をどこで聞いた?」


 「この見取り図に書いてあった。ねえ、リツって誰? お父さん、知ってるんでしょ?」


 沈黙。目を伏せた父は、机の端を強く握った。


 「……リツは“名前”じゃない。通称だ」


 「通称……?」


 「昔、ある薬があった。戦時中、室田財閥が開発していた特殊な薬。肉体を変化させる作用を持っていた」


 「……怪物になるってこと?」


 「……似たようなものだ。その薬を投与され、変異した個体は“リツ”と呼ばれた。そしてその薬には、適合しやすい一族がいた」


 美香は、言葉を失った。


 「その一族は、“リツ一族”と呼ばれた。薬に適応する、選ばれた肉体。選ばれた遺伝子──」


 「じゃあ……その実験、今も?」


 「……今も続いている」


 父は口を閉ざした。だがその沈黙こそが、何よりの答えだった。


 「この館には、地下へと通じる通路がある。俺はかつて、その地下施設で働いていた」


 「……お母さんも、関係あるの?」


 浩一郎はその名を口にしなかった。ただ、静かに、美香を見つめた。


 「……お前が、真実を知るときが来たのかもしれない」


 そして、父は書斎を出て行った。


 重く閉まるドアの音の中に、微かな呟きが混じった。


 「……あの人は、今も、そこにいる……」


 美香は、静かにポケットの中の鍵を握りしめた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

これからも頑張って書いていきます!

応援お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ