第9話 祝福の余韻と新たな旅立ち
大宴の余韻が残る翌朝。王宮の大理石テラスは、まだ花びらの絨毯を敷き詰めたように淡い色彩を湛えていた。美咲は軽やかな足取りでテラス中央の大理石のベンチへと向かい、深呼吸をひとつ――新鮮な朝の空気が胸を満たす。
「静かな時間も、もうすぐ終わりね」
隣にはレオンが寄り添い、朝露に濡れた花びらをそっと指で撫でている。
「継母様、今日は大事な日だよね?」
「ええ。今日は王都を離れて、学舎の生徒たちと一緒に農村調査に行く日。実践的な学びの場になるわ」
レオンは大きく頷いた。
「僕も皆と一緒に行くよ。魔法で作物の成長を助けたり、水質調査をしたり……」
「その意気よ。あなたなら村の人たちにたくさんの希望を届けられるはず」
美咲はそっとレオンの頭を撫で、その背中を優しく促した。
午前十時。王都の馬車寄せには、学舎の学生と教師、騎士団の一行が整列していた。馬車の車輪が軋む音を合図に、美咲は一行を見渡し、音頭を取る。
「それでは皆さん、これより“実践学習 〜農村改革プロジェクト〜”を開始します! 村人と手を取り合い、学びながら支援を実現しましょう」
「はーい!」
子どもたちの元気な声とともに、五台の馬車がゆっくりと動き出した。馬車の幌からは、書籍や水質検査キット、農具、食料の詰まった籠などが覗く。
午後。五棟ほどの家屋が点在する山あいの農村に到着した一行を、村長と住民たちが笑顔で出迎えた。
「継母令嬢様に王子殿下まで、ようこそおいでくださいました!」
村長の深々とした頭上が合図となり、子どもたちは花束を手渡す。
「ありがとうございます。今日は皆さんと一緒に、畑の手伝いや水質調査をさせてください」
美咲は深くお辞儀し、レオンは誇らしげに隣で微笑んでいる。
農村調査は和やかな雰囲気で進んだ。
畑仕事:学舎の生徒たちが鍬を持ち、肥沃化のための堆肥を混ぜ込む調理実習のような光景。美咲は薬草学の知見を活かし、作物の根元に自然の防虫ハーブを植える指導を行った。
水質調査:レオンは水辺の水を試験管に採取し、教え子たちとともに試薬を加えて色の変化を観察。「この色なら安全宣言だ!」と元気に報告し、村人たちを安心させた。
子ども教室:午後の休憩時間には、村の子どもたちに即席の読み聞かせ会を開き、美咲は昨夜自ら書き写したオリジナル絵本を披露。笑い声がのどかに響いた。
村人の一人がぽつりと言った。
「この村も、かつては疫病や水害で散々でした。でも、継母令嬢様たちのおかげで、人が暮らしやすくなりました」
その言葉に、美咲は目を潤ませながら深く頷いた。
「これからも共に歩み、支え合いましょう。王都だけでなく、すべての国民が笑顔で暮らせるように」
夕暮れ。馬車が王都へ帰路につくころ、空は茜色から藍へと移ろいでいた。馬車の中で、レオンは疲れた表情ながらも満足げに窓の外を見つめる。
「継母様、また来たいな、この村」
「ええ。次は冬の調査ですね。雪害対策も一緒に学びましょう」
窓外の風景がゆっくりと過ぎゆく中、美咲は制服姿のレオンに優しく微笑みかけた。
――王子と継母令嬢が共に歩む道は、まだまだ続く。ぬくもりと希望を胸に、明日へと進む馬車の軋む音が、静かに夜の帳へと溶けていった。