第4話 闇を切り裂く光
裏庭の樹影が揺れる中、美咲は静かに目を凝らした。目の前に立ちはだかる反乱兵の列。しかし、その緊迫した空気も、真っ直ぐに見つめるレオンの小さな背中が支えていた。
「レオン、私の声をよく聞いて」
「うん…」
淡い月光を受け、レオンの瞳は強く輝いている。美咲はそっと手をかざし、小瓶の薬草エキスを数滴、掌に落とした。
「これを──」
その瞬間、背後で金属がきしむ音。志を同じくする近衛騎士の一隊が、闇から飛び出して反乱軍を包囲した。
「美咲様! こちらへ!」
護衛隊長の低い咆哮とともに、反乱軍の前線が動揺する。美咲は迷わずレオンを抱き寄せ、小瓶をポケットにしまった。
「今よ、レオン」
「はい!」
小さな王子は、自分の胸に手を当てた。緊張に震える身体をぎゅっと固め、幼いながらも真っ直ぐ光を放つ。
──“母を守る”ために、僕が力を使うんだ──
白銀の光がレオンの掌から放たれ、まるで初めて目覚めたばかりの星が夜空を照らすように、反乱兵の列を一瞬だけ眩惑させた。吶喊の声を上げた反乱兵たちは、その隙を突かれ、近衛騎士の長槍に包囲される。
「レオン!」
「継母様!」
駆け寄る美咲の背中を、レオンは抱きしめた。初めて見る自らの魔力――その輝きに、二人の間には言葉を超えた信頼が生まれていた。
戦いが終息すると、夜明け前の空にわずかな紅が差し始めた。倒れ伏した反乱兵は捕縛され、漆黒のフードを脱がされる。リーダー格の男を見ると、かつて王宮の重臣であった伯爵の名が刻まれていた。
「貴様…!」
父王が詰め寄ると、男は薄笑いを浮かべた。
「王子殿下の継母令嬢が“裏切り者”ならば、私は国を正す義を行っただけだ」
「義――?」
伯爵は目をそらし、美咲へ視線を移した。
「女にすぎぬ貴殿が、いかに民を惑わそうとも限界がある。王子殿下の力を利用するならばこそ、我々が先手をとるのは当然ではないか」
美咲は一歩も退かず言い返した。
「私は利用などしない。レオンを愛しているから守るの。彼の力も、彼自身も──」
言葉を紡ぐ美咲の頬には、月明かりに映える小さな涙が輝いていた。その誠実さが、傍らの父王や近衛騎士たちの胸を打つ。
「よいだろう。我々の義とやらを賭して、貴殿との決着はこの場でつけようではないか」
伯爵は剣を抜き放つ。王宮の石畳に金属音が響きわたる。
だが、その時――
一閃の薬草煙が辺りを覆った。暗闇に紛れた美咲の仕掛けた一滴が、伯爵の目を一瞬曇らせる。伯爵が後ずさる間に、レオンは自らの魔力を制御し、光の刃を浮かび上がらせた。
「来るな、伯爵!」
レオンの声は震えていたが、揺るがない決意を帯びていた。光の刃は伯爵の剣撃を受け止め、石畳に軋む火花を散らす。
「――終わりです」
小さな魔力の刃が伯爵の腕を裂き、彼は膝をついて震えながら剣を落とした。
戦いの後、東の空が茜色に染まる。父王は深く息を吐き、伯爵の頬を軽く叩いた。
「我が家族をおびやかす愚かな行い。今後二度と口出しは許さぬ」
伯爵は無言で頷き、従者に連れ去られていく。美咲とレオン、そして父王による家族の輪が、朝陽の光に照らされて輝いていた。
「継母様…僕、怖かったけど…」
レオンは震える声で小さく呟いた。
「よく頑張った、王子様」
美咲はレオンを胸に抱きしめ、微笑んだ。その背後で、王立庭園の花々が朝露にきらめいている。
──苦難を乗り越えたその先に、真の家族の暖かさがあった。
だが、この勝利が新たな試練の前触れであることを、まだ誰も知らないのだった。