第14話 古代遺跡と心を映す鏡
夜霧を帯びた原生林の奥深く、一行は息を潜めて進んでいた。木々の間を縫うように伸びる石畳。そのひび割れからは、かすかな魔力の残響が伝わってくる。美咲はゆっくりと地図を広げ、そこに記された「光の鏡」の位置を確かめた。
「ここよ……この石板の先に、古の航海者が遺した鏡室があるはず」
彼女の声は冷静だが、その瞳の奥には探究心の火が灯っている。合理的な観察眼で、苔むした石刻ひとつまで見逃さない。
レオンは好奇心に胸を躍らせ、小さな魔力球を掌に浮かべた。
「継母様、もし暗くなったらこれで照らせる?」
「ええ。あなたの光なら、この森でも道を示してくれるわ」
鼓動が早まるのを抑えつつ、二人は並んで前へ進む。やがて、石柱に刻まれた星辰模様が浮かび上がる広間へとたどり着いた。
――まるで天空の星座を閉じ込めたかのようだ。
エリオット医師が慎重に近づき、古代の文字を指先でなぞる。
「この記号……蘇生の魔力石、“ヒーリング・クリスタル”の残滓がこの壁に刷り込まれているようです」
その言葉に、美咲は小瓶から薬草エキスを取り出し、ひび割れに数滴垂らした。
すると、石材の裂け目から淡い緑の光がにじみ出す。レオンは目を見開き、掌の魔力球を鏡面へかざした。
「いくよ……継母様、いっせーのせで!」
「一緒に――」
二人が同時に放った光が結晶面に当たると、瞬間、鏡は眩しく輝き、森全体を昼のように照らし出した。鳥たちがいっせいに羽ばたき、霧は走るように晴れていく。
「これは……“真の光”」
レオンの声は震えていたが、その瞳には確かな誇りが宿る。
美咲はそっと彼の肩に手を置いた。
「あなたの魔力と古代の鏡が共鳴したの。恐れず、希望を照らせる証拠よ」
しかし――喜びに浸る間もなく、床下から低い唸り音が響いた。遺跡の防護結界が暴走し、光の障壁が一行を包み込む。
老海将が剣を抜き、周囲を警戒する。
「待て、皆! この結界、攻撃的な魔力だ。迂闊に進むな!」
美咲は地図を広げ、先ほど写し取った制御図を指先でなぞった。
「この鏡室には、星辰の位置関係で結界の制御法則があるはず……レオン、星の並びを思い出して!」
レオンは必死に掌の光球を揺らし、星図を頭に描く。
「右の三つ星が揃うと……結界が切り替わるんだよね?」
美咲は頷き、石壁の星刻を素早く指で模写し直す。
「そう。この順序で鏡に光を当てれば、暴走を沈められる!」
エリオットは倉から取り出した小型顕微鏡を振り向け、結界の亀裂から漏れる魔力を測る。
「急いで、この成分と君の魔力を合わせれば……!」
三人は一瞬の呼吸を合わせ、レオンの光球、美咲の薬草エキス、エリオットの魔力石片を鏡に集中させた。凝縮された光が揺らめき、障壁は波紋のように消え去っていく。
――しんと静まった空気の中、鏡室は再び穏やかな輝きを取り戻した。
美咲は深く息をつき、床に膝をついたレオンの髪を優しく撫でる。
「よくやったわ、王子様」
レオンははにかみながらも、満面の笑みを返した。
老海将も刀を鞘に収め、安堵の声を上げる。
「見事じゃ、美咲様。お前たちの迅速な判断――まさに智略と勇気の結晶だ」
エリオットは顕微鏡を片手に近づき、鏡の表面を丹念に調べる。
「この“ヒーリング・クリスタル”の残滓と鏡技術があれば、夜間航行用の光源にも応用できます。さらに村々の治癒薬にも……」
美咲は立ち上がり、満たされた声で応えた。
「王国の医療も航海も、両方革新できる。古代の知識を現代に繋げる橋となるわね」
薄明の光が鏡面に反射し、一行の顔を優しく包み込む。失われた文明の煌めきを、いま新たに取り戻した幸福感が胸いっぱいに広がった。
――光の鏡が映し出したのは、古の叡智だけではない。令嬢と小王子が紡ぐ絆と、未来への確かな希望だった。