『婚約破棄したら廃嫡』という誓約書を書いていたにも関わらず卒業パーティで婚約破棄した王子の頭の中
十年前、俺は公爵令嬢と婚約した時に人生が歪んだ。
「私、こんな方と結婚なんて本当に嫌ですわ。だって、双子なのに第二王子様と違って頭も性格もよろしくありませんもの」
公爵令嬢はこんな不敬な事を堂々と俺の前で言いやがった。そして、親父は公爵令嬢にペコペコと頭を下げて、もし俺が公爵令嬢に対して婚約破棄したら俺を廃嫡して、第二王子と公爵令嬢を結婚させるという誓約書を書く事で婚約を成立させてしまった。
「愚息よ、お前もここに名前を書くのだ。自分の名前ぐらい書けるだろう」
俺は必死に抵抗し、こんな馬鹿げた婚約はやるなと主張した。何故王家が公爵家に媚びへつらうのか、第一王子である俺を第二王子より下に見る発言をし、自分の好みで結婚相手を選びたい女に王妃が務まるのか、そして、王族がこんな誓約書で縛られる事実そのものが王権の失墜ではないかを力説した。だが、親父は俺の腕を持って無理矢理にサインをしてしまった。
こんな婚約は絶対に間違っている。だが、俺の周りの人間は話の通じない奴ばかりだ。だから、俺は卒業パーティの日に婚約破棄をする事にした。他国の人にこの婚約のおかしさを判断して貰うしか無いと思ったからだ。
そして卒業パーティ当日、俺は学園内でも評判の良くない男爵令嬢を引き連れて婚約破棄を行った。
男爵令嬢を連れてきたのは、第二王子へ好意を抱き長男である俺へ冷たい態度を取り続ける公爵令嬢への意趣返しだ。
俺が公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚すると告げると、案の定公爵令嬢はあの時に書いた誓約書を持ち出してきた。俺は勝ちを確信した。この誓約書の存在こそが公爵家による王家の支配という歪んだ王国の現状を示す動かぬ証拠。マトモな感性を持つ他国の偉い人達なら、公爵親子の悪行を指摘してくれるはず。
だが、パーティに来ていた連中は誰もこの誓約書はおかしいと指摘しなかった。彼等は俺を、誓約書にサインした事やその内容すら忘れ女遊びをしていた愚かな王子だと馬鹿にして笑うだけだった。
自国だけで無く、他国まで腐っていたのだと知り、俺はショックを受け顔を青くして立ち尽くす。そして、そんな俺に向かい、勝ち誇った顔を見せつけ公爵令嬢と第二王子は抱き合った。
「第一王子様、どうかその男爵令嬢とお幸せに。お二人とも平民になるでしょうが、真実の愛があればきっと生きていけますわ」
「兄上が婚約破棄してくれたおかげで、私は公爵令嬢と結婚出来る。貴方は何一つ尊敬出来ない人でしたが、そこだけは感謝しています」
誰も俺の思いを理解しようとしない。俺はこの国の王の長男として生まれたからには誰よりも尊ばれる存在だと示さねばならなかった。何の才能も無い俺でも、いや、俺だからこそ頂点に立ち王権の絶対性を証明しなければならなかった。それが叶わぬと知り、俺はその場に膝を着くしか無かった。
その後、この王子は権力に胡座をかいて好き勝手して自滅した王子として歴史に名を残した。一生特権階級に居て遊んで暮らしたいのなら、何故婚約破棄をしたのだろうと、歴史学者は首を傾げ続けたが、頭がおかしかったのだと結論付けて、それ以上考察される事は無く、歴史物語のやられ役として擦られ続けるのだった。