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達磨の体操  作者: まさきさほ
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ヒストリー(サクミ)

続きです。主人公が替わります。

買ってきた達磨は、結局自分の部屋に追いやられた。引っ越して来たときから、増えたものといえば数冊の本と一枚のニットと例の達磨だけだった。本当は新しいベッドが欲しいとは思っているのだけれど、作り付けのクローゼットに余裕があるので、そこに布団を押し込んでいる。


本を読むのはだいたい寝る前と、通勤時間なので、よく考えたら一階にいるほうが時間が長い。


ここに来てから本を買うのも読むのも、かなり減って来ている。もともと乱読なので、片っ端からベストセラー本を買ったりしていたし、古本屋も定期的に覗いていた。電子書籍用にタブレットを買おうかと思っていたのだが、それさえも伸ばし伸ばしになって今日に至る。スマホで無料本を読むこともあるが、あまり余裕がないので課金はしない。

一言でいうと、暇があれば飲んでばかりいる、ということか。


本棚が二つと、極小さいテーブル、服を一時的に掛けるがらがら付きのハンガーだけだ。我ながら殺風景。女じゃないな。床には白の丸いラグがどうでもよさげに敷いてあるだけ…ではなく、達磨。赤という色もあって、部屋の隅なのに異様な存在感を放っている。


ぬいぐるみの一つくらいあれば、もう少し華やかな気分になれるのかもしれない。観葉植物も二鉢、以前の部屋にはあったのだが、枯らしてしまいそうなので前の家の庭の隅に埋めてしまった。


同じ家に人間が四人もいるという経験が過去になかったのだが、独りきりという時間がほとんどないことに驚いていた。たった四人で最多人数というのが、現代人っぽい。

ある日、ふっと思った。何かが違う。誰かが見ているような気がする。


まさかタッチャンかヤマぴーが覗き? 盗撮? まさかね。マコさんが、変な人形か植物でも置いていった?一応ぐるりと見回すが変わりはないようだ。気のせい?


帰ってきてから、着替えていても何か落ち着かない。テレビの画像が変化するクイズも苦手で、タネ明かしを見てもピンこないくらいなので、気づかないのか。


「なーんか、変なんだよね」とマコさんに言う。


「何故かしらね」


とぼけているわけではなく、一緒に頭を傾げている。


「あ、おとうさんが心配で、出てきちゃったのかも」


などと恐ろし気なことをさらっと言う。

地縛霊だとかちっちゃいおっさんだとか、ヤマぴーは言っていたが、そっちはもっと怖い。数日、そんな感じが続いていたので、タッチャンにあちこち見てもらった。


「外に異常なかったよね」

「うん」


それで部屋にも来てもらった。


「そもそも、もとの様子を見てないからわかるわけないっか」


タッチャンは腕組みをして、数分間固まっている。


「ひょっとしてお譲さまの目は節穴ですか」


なんていうこともなく、「真実はいつも一つ!」なんていうこともなく、「あ!」と小さく言って、つかつかと達磨の元へ行く。


「これ」指差すと、なんと、片方の目が黒々と書かれていた。マジックか何かで、書いたようでいびつな丸。しかも所々白が残っている雑な塗り方。


「あーーー!!!」


何で? 酔って書いたのか、覚えは全くなかった。


そもそも買ってはみたものの、何を願おうか迷っていて、ヤマぴーに目を入れさせようとか思っているうちに放置していた。太い黒マジックとか習字セットがなかったせいもある。


「えー、誰? タッチャンじゃないよね」


タッチャンは必死に首を横に振り「ちが…」と言う。

こうなったら、犯人は二人のうちどちらかだ。突き止めなければ、と意気込んでマコさんに聞いた。


「あ、なんか白目だと可哀想かなぁ、と思って」


あっさり自白。


「嘘。あり得ない。普通買った人に聞かないで、願いごとするなんてないよ」


 我が母ながら、唖然とした。


「そうかな」


平然としているので、怒る気も失せる。そもそも、大した願い事なんてないのだ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、元カレともとに戻りたいと思っていただけで。

あ、あとお父さんの供養的なことも考えていた。もちろん、生き返るわけないんだけどね。


「で? それで何を願ったわけ? マコさんは?」


「け…ん」何か得体の知れないものを煮ているらしく、味見をしながら言う。口に何か入れながら言う。醤油の匂いが漂っていて、そちらに気をとられそうになってしまう。


「け?」

「結婚よ。三人が結婚できますようにって」

「何それー? しかも三人って、三人だったら三個いるでしょうが」


でもってタッチャンが結婚したら、うちら露頭に迷っちゃうでしょうが。


「あら、そういうもんなの、あ、味見する? ちょっと甘いかなぁ」


しかも絶対に絶対に叶いそうにないし、それ。


「ヤマぴーが村長選に打って出るときに使おうと思ったのに」

「へえそうなの」


一言で終わってしまった。鍋の中の物体のほうが気になるらしい。

なんかむかつくんだけど、暖簾に腕押し感満載で終了する。


「これこれこういうわけで、マコさんに願い事を使われてしまいました」


タッチャンに説明する。


「そっか残念。でも、達磨の目が気になるんだ」


意外に神経質? 


「これで永久に残りの目が入ることはなくなった」

「そんなのこと…」


ないよ、とタッチャンが言いそうになって飲み込んだのがわかった。この世の中の四十代独身バツなし男女の、結婚する確率っていったいどれくらい? 限りなく低そう? でもなかったとしても、この家の三人に限っては、消費税が無くなる可能性と同じくらい低そうだ。

調べてみたら、一年間で達磨の効力は切れるらしい。尚更無理だ。


部屋に戻って、相変わらずそこに居る達磨ヤツに「マコさんの願い事は破棄してください」「元カレともう一度会えますように」「もとい、イケメンのほどほどお金持ちで優しいカレができますように」と、頼んでみた。いや、やはり復縁か。


なんとなくヘンだが、仏壇みたいに手を合わせる。なむなむ。

それで思い出したのだが、マコさんが買いなおした極小のおしゃれな仏壇に手すら合わせたこともない。


「おとうさん、悪いー」と天を仰ぐ。あとで好物の海老フライでもお供えしよう。


ヤマぴーは「えー、俺メジャーなダンサーになれないじゃん」と言う。


「あ、でも、魔法のランプじゃないんだから、いいんじゃないの? いくつ願いごとしても」

「だといいけど、そうもいかないらしいよ、大晦日に焼かないといけないみたいだし」

「えー、焼いちゃうの? かわいそ。もう一個買うとか、言わないでよ」


いやいや、さすがにそれはない、と思う。


大達磨の値段が小達磨になり、浮いたお金で焼肉を食べることになった。

たぶん酔っていたのだろう、そのくだりは全然覚えていないのだが、何故私の財布からその金を出さなくてはいけないのか合点がいかない。が、約束したらしいので仕方ない。


タッチャンも私もヤマぴーが貧乏フリーターだとわかっているので、さりげなくフォローしているのだが、実のところはわからない。居酒屋のバイトが週一で、ダンス講師のバイトが月二回。貯金はたぶんゼロ。仕送り不明。もしかすると、母親からなにがしかのお金を受け取っているのかもしれないし、お年玉貯金があるのかもしれないけれど、聞けなかった。


何故か不思議なところに、ぽつんと店がある風景はたまに見る。そんな感じの古そうな焼肉屋。薄汚れた赤いのれんに「やきにく」という墨文字。外にある小さな看板がなければ、素通りしてしまいそうだ。看板は端がすこし欠けていて、中から店名をぼんやりと照らしていた。木枠にガラスがはまった戸は、これまたけっこうな汚れ具合で、中がよく見えなかった。一部ひびのところにビニールテープが貼られている。昭和だ。


「気になる」


家から五分くらいの住宅街にあり、三人が別々に認識していた。


「まだあるんだ」十年前、引っ越してきた時に、探検して見つけたタッチャン。

「コンビニ行く道間違えて逆行ったときに見つけた、渋しびー店」とヤマぴー。

「時々散歩してる、その時見つけた」のは私。


そしておいしそうで、高いのか安いのかさっぱりわからない。


土曜日の夕方。マコさんは、焼肉がっつりというのがあまり得意ではないので留守番担当になる。当然の如く、三名ともおデートの相手もなくいつもの室内着に毛がはえた程度の格好ででかける。


今のところ三ヶ月経っても、近所付き合いはなかった。もしすれ違っても軽く挨拶をする程度である。元々住んでいるタッチャンでさえ、そうなのだから、さっぱりしたものだった。

四人揃っていたら、何に見えるんだろう? 親ときょうだい? 同級生の居候? 何かの宗教の人達? シェアハウスの住人? 一応両隣だけは「親戚です」と挨拶に行ったが、それきりだ。


「いらっしゃい」


中もそこはかとなく古く、何代前のキャンペーンガールかわからないビール会社のポスターが貼られている。メニューは黒板に白い文字で書かれているが、ところどころ判別しずらくなっていた。やはりというか、極当たり前の焼肉屋さんで、それもなんだか嬉しくなる。


迎えてくれたのは、六十代くらいのおばさんで、なかなか愛想がよかった。ちょっとガタガタいうチープなテーブルにガスの焼き台が乗っている。


ビールを飲みながら、カルビやタンやホルモン系とたいらげる。勝手に網の上に並べると「あー」といちいちタッチャンが嫌な顔をするので、もう任せることにした。焼肉奉行さま。


「すごい歴史を感じるね」

「うん、でもチルってる」

「何チルって?」

「まったり~」


「最近どうよ?恋愛関係は?」


毎日会ってるけど、ヤマぴーは聞く。お泊りとか、深夜帰りとかないので聞かなくてもわかりそうなものである。


「別に」x2の私とタックン。

「そういう、ヤマぴーは?」

「うーん、ぱっとしないね」

「なんだ。彼女いない歴何年だっけ?」

「うーん、二年くらいかな」

「タッチャンは?」


ちまちまとホルモンの焼き具合を見て、聞いていないふうでもある。


「十二年二ヶ月」


そんなこととは思ったが「ひょえー」と驚いてみせる。こういう時性別が違うと、下ネタに走れなくてつまらないのかもしれない。


「タッチャン、風俗とかいくの? いろいろ不自由じゃん、家には俺らいるし」


と思ったら、さすがのヤマぴー。


「えー、訊いちゃうの、それ」


正直、タッチャンだけではなくヤマぴーのことも気にはなっていた。少なくとも自分は、けっこう枯れてきているので肉体的には苦痛はない。なんとなく精神的に寂しいものがあるだけだ。寒い季節は心の中にも木枯らしがぴゅーと吹くような感じはあるし、誰かの腕にすっぽり包まれたい願望もあるが、ねじ伏せられるほどのものだ。


「行かない」


それだけ言って、黙ってしまったけれどそれほど不快そうにも見えない、無表情。もしかすると幾度となくヤマぴーは、その話題に触れているのかもしれない。


「えー、よく耐えられるね、って、俺も金がないから行けねぇ」

「お金あったら行くんだ」


別に不潔ー!なんて思うこともないけれど、誰でもセックスするんだなぁ、と不思議に思う。ヤマぴーに、彼女がいたとしても変わった趣味ではあるが、キスシーンを想像できないほどではない。


よく見るとタッチャンだって、不細工というわけでもない。背は普通だけど、お腹も出てはない。地味だけど、けっこう顔は整っているほうかもしれない。ハゲてもいないし、けっこう若く見える。あまり褒めると、自分に似ているらしいので、自画自賛になってしまうのでやめておく。


二人とも想像できないほどグロではないのに、何故か想像したくない。兄弟がいないからわからないけれど、自分の身内がどんなにイケメンでもわかりずらいのと一緒かもしれない。父や母のことも客観的に評価できないものだ。


「そりゃ、女いなかったら仕方ないじゃん。最近合コンもないしなぁ。アプリもめんどくさ」


なんだ? 四十代で合コンとか、言うな。古いし。


「イッちゃんは怒涛の不倫が終わってから、何もないの?」

「声デカいよ」


店内には別に家族連れらしい一組がいただけで、テレビが点いていたのでこちらの話を聞いているふうでもなかった。若いパパ、ママと小学三年生くらいの男の子。割と物静かに、食べていた。カップルは余程奇異な服装でないと、目に止まらないのに、こういう極普通の家族は割としっかり見てしまう。


自分が欲しいと思っているもの、靴とかバッグとかは、誰のものでも見てしまうので、これは心のどこかで欲しいと思っているのか。まさかね。


「これ焼けてる」とか「すいません、レモンハイ」とか、忙しく飛び交っていたが、


「歴史といえば」と突然ヤマぴーが言い出す。


それはまた壮大な感じがする。


「例えばさ、イッちゃんが別れた男と会ったとするでしょ」うん。

「で、向こうがちょっと『また付き合おうよー』とか言ってきたとする」うん。

「そこで、youユー areアー historyヒストリー…っていうわけだ」

「あなたは歴史?」

「んー、あんたなんて過去の人よ、みたいな感じ」

「you are history…ね」


呟いてみたけど、ぜんぜんピンとこなかった。

ヒストリーといえば、歴史の教科書しか浮かばない。


「でもそれって、現在はないわ、っていうことだよね」


だめだ。未練、けっこうある。

そもそも、はっきりとどちらかが意思表示したわけじゃない。メールしても返事がなくなった、それだけ。電話にも出てくれない、それだけ。「別れるときはハッキリ言ってね」と付き合いはじめに言った、その言葉を信じているのなら、間があいているだけ。

今でも、家族に何かあったんじゃないか、と思っている。電話番号は生きているので、本人は元気なのだろう。今はただ、物理的に会えないだけなのだ。


またいつか会えると思っているので、決して歴史ヒストリーなんかじゃない。


「そんくらいの男気出してこうってことで、nah meanわかってる?」

「女だっつーの」


でも悪くはない気がする。呟いているうちに、本当に歴史になるのだろうか。

He is history. 宣言してみたい。


「焦げるよ」と、タッチャンが不機嫌そうに言う。


「なんだかそんなに気安く…」

「何?」

「歴史という言葉を使わないでほしい」


ヤマぴーと顔を見合わせて、顔の半分だけ笑う。恋愛は歴史なのだ、立派な歴史なのだ。生まれたばかりの子が十歳になってしまうまでの時間を共有したのだから。


「よく飲むねー」


店のおばちゃんが、何度目かわからない氷を持ってきて言う。売上にかなり貢献しているせいか、微笑んではいるものの、あきれているふうでもある。


「ここって何年くらいやってるんですか?」と訊いてみると、

「五十年」だそうだ。

「おー、それこそ立派なヒストリー」


大げさにヤマぴーが右手を上げて叫ぶ。でも、この焼肉屋は現在進行形。


「歴史って、学んだこと、知り得たことって意味もある」


タッチャンがテレビに出てくる博学者みたいに言う。そんなこと、知ってるよ。

学んだ? 何を学んだんだろう。何を知ったんだろう。



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