達磨の体操(ヤマぴー)
続きです。主人公が替わります。
限界なんて、誰がどこで決めるんだ? とかっこつけてみたけれど、いくらポジティブに考えてみたところでこの仕事に未来はない。
「そもそも仕事って言えるの?」
妹が言う。
「そんなんじゃ、結婚できないよね」
母が言う。
「あのさぁ、就職しないの?」
元カノが言った。
そして高校の時、はじめて踊っているビデオを見て親父が、「達磨の体操みてーだな」と言った。
所詮ダンスのことは、奴らにはわからない。
でも、一つだけわかってることは、不思議とまだ「限界」は来てないってこと。
知り合いの会社で髪は長くてもいいから、と言われて入社に気持ちが傾いたことがあったが、やはり思い切れなかった。スーツもけっこう似合ってもいたのに、毎日同じ電車には乗れない。
結婚しようと思ったこともあったが、そんなときでさえ、あわよくば相手に家賃くらい払って貰いたいと思っていた。もちろんダメになるに決まってる。
そんなことを繰り返している、ほんとに俺ってバカ。
ものすごく少ない、ダンサーとしての仕事の機会を失うのが怖かったので、いつも自由じゃなきゃいけなかった。それが、ダメダメな人間なのだとわかってても、俺は俺でいたかった。
幸か不幸か母が多分に漏れず超楽天的だったので、DV野郎にならずに済んだ。そうじゃなきゃ親父を殴って刑務所に入ってたり、くそ高い食器棚やブランド食器をブチ壊してたかもしれない。
「早く結婚しろ」
仕事が先だとは思うのだけど、二十代後半から親父は口を開けばそう言っていた。金がなかったこともあって、三十歳すぎまでは実家に寄パラ生サイトしていたが、親父とはほとんど口をきいていない。ふらふらと遊び回っていた。
妹の結婚式で「よ」「おう」と声をかけただけだ。喧嘩にすらならない。最早、話すこともないが、携帯スマホの番号だけは母親から聞いていた。
「俺、俺」とかけたところで、たぶん使い古された詐欺と思われるだろう。
無駄に明るいと言われている俺が、何年もまともに話していない相手がこの世にいるなんて、誰も信じないだろう。
実家を出てから、小さいシャワーしか付いていないボロアパートに住んでいたが、女の家に転がり込んでることもあるし、後輩の営やってる居酒屋の椅子で朝まで寝てることもある。今は、決まった彼女はいない。
口に出す瞬間まで、突然タックンの家に住むことになろうとは、思ってなかった。自分でもちょっと、驚いてる。
「そろそろ飲もうぜ」
タックンにLINEすると、従妹が引っ越してくると言う。
「付き合ってんの?」と訊くと、そうではないと言う。おまけに母親まで付いてくるって。
信じられないほどのお人好しだ。いや、もしかしたら付き合ってはいないけど、タックンにはその同じ年の従妹に対して、別の想いがあるのかもしれないと思った。
会ってみてわかった。さすがの血の繋がりとでも言おうか、タックンとどこか雰囲気が似てた。顔そのものではなく、全てが中の中といった感じ。可もなく不可もない、というか、一言で言って地味。
ビッチ(あばずれ)の登場を予想してたわけじゃないけど、思っていた以上に普通の人。以上に普通、というのはちょっとおかしいか。
さすがにタックンよりは口数は多いけど、今まで見てきた女の子たちより、地味な感じがした。そんなとこ、嫌いじゃないし、むしろ好きだと今は思う。でもそれは恋愛感情じゃない。
ある日、誰もいないと思ってダンスの練習をしていた。ストレッチの一種なので、別に難しいものでもない。よくあるタイプのヒップホップ系の曲トラックを、CDラジカセで流す。
「やまピー、これ何とかしなよ」
タックンに言われた、洗ってあるんだかないんだかよくわからなくなったタオルとシャツの山。その横にボロいラジカセが置いてある。
楽しくて仕方ないとか、嫌々だとか、上手くやりたいとか、もう昔のようには何も感じなくなってる。
でも、辞めないのは何故だろう。やっぱり好きなのか、しばらくさぼることもあるけれど、ひどい二日酔いの日以外は毎日なんとなく身体を動かす。
しばらく黙って、無心に手と足を動かしていた。「やっぱ、最近飲みすぎだよな」と思ったのは、はじめだけであとはいい感じに汗が出てくる。トレーナーを脱ごうと、動きをを止めて、ふっと鏡をに目をやる。え?
「うわぁ」
思わず飛びはねる。ドアの隙間に何かが見えた。ネットで見た、小さいオッサンかと思った。床から六十センチくらいのところに目のようなものがあって、それががさっと動く。
「なななな、何? G?」
ドアがばたんと勢いよく開いて、イッちゃんが叫びながら飛び出してくる。頭はぼさぼさで、まさに今起きたようなよれよれTシャツとよれよれスパッツ姿。
「いっ、イッちゃん、なんだよー。ビックリしたー!」
「え、あ、ごめん」
這いつくばってる。
「覗くなよー」
「うん、なんか声かけずらくなっちゃってさ」
「別に見てもいいから、入りなよ」
「うん。それより、すごいよ、すごい」
何が? 何やら興奮気味だ。
「何、なんかあった?」
「ダンスだよ、ダンス! かっこいいぃぃぃぃ」
「え?」
極当たり前にやってたことを、褒められる。こんなふうに言われたのはいつ以来だ? 脱いだトレーナーで顔の汗を拭う。
「俺?」
「うんうんうん、別人みたい。ホレ直した…あ、もともとホレてなかったけど」
なんといっていいのかわからず「ども」と、言ってペットボトルの水を飲む。照れるぜ。
「やー、Kiss my black ass、だねぇ」
「へ? 何言ってんの?」
「え、褒めてないの?」とイッちゃんは俺の胸を指差す。確かにTシャツに書いてある、がしかし、こういうことだ。
「これ、は、地獄に堕ちろ!」
「えー! そうなんだ。ごめーん。でも、ほんとにNo Doubtでしたぁ」
その使い方は、まぁ、間違いではない。
「すごい、すごいー、間近でダンス見たことってないからさ」
お世辞でもなんでもなく、こんなふうに言われたことはない。照れくさいが嬉しかった。
「でもさ、俺なんて底辺の底だし」
「そうなの?」とイッちゃんは心底不思議そうな顔をして、それもまたけっこう嬉しかった。
「なんか、どすどす、音したからさ」
そいつが一言余計だ。自分でも床の音は、すごいなと思っていた。
そういえば今日って、日曜日なんだと気付いて「あ、みんな休みか」と言ってみる。
「うん。でもタックンいない、買い物でも行ったんじゃない? マコさんはなんか前のご近所さんと映画観に行くって言ってた」
「へぇ。あ、昼か。何か喰う?」
デートの予定もないと決めてかかるのもどうかと思うけど、たぶん何もないはず。
「そうだ! 庭で食べようよ。ちょっと寒いけど」
「またそんなこと…」
言い終わる前にイッちゃんは、飛び出して行きタックンの承諾なしに庭にある物置を開けた。
「あったあった」
中からキャンプ用の椅子を出してきて広げた。
けっこうな広さの庭なんだけど、ただ土が広がるばかりだった。マコさんがそこに何かの野菜の種を捲いたらしいけど、時季が悪く目が出てこない。ただ丸い石で描かれた円が、ひっそりとあるだけだ。
「やっぱ常緑樹的なのが、あるといいよね」
「うーん、そうだね」
正直興味はなかったけど、同意してみる。とりあえず寒い。
「駅の向こう側になんかホームセンターっぽいのあったよね」
「ん、何買うの?」
イヤな予感。
「とりあえずヒイラギかなんか、植えてみようかと」
え? 自分の庭?
「どうでもいいけど、寒いから中でいいや、俺」
そういって家の中に戻る。これが好きなコだったら、しぶしぶ付き合うのかもしれないが。
「弱虫」という、呟きが聞こえる。何だかそのまま、ディレクターチェアに座っているイッちゃんはやたら子供っぽく小さく見えた。会社に行く時のグレーのスーツに、髪もきゅっと結んでいる姿とは大違いだからか。見たことのない奇妙なキャラクターの描かれたTシャツに、安そうな白のパーカーを羽織っているせいなのか。気のせいか、うなだれている様子に見える。
まぁ、昨日の酒がまだ残っているとか、そんなところだな。
時々空を見上げてる。そういえば、お父さんが死んでからあまり経っていなかったんだっけ。そういう話って、あんまりしてないけど凹んでるのか。
しょうがないので、コーヒーを淹れて庭に持って行った。俺って、優しいかも。
土曜日の午後のホームセンターは苦手だ。店の外からして、ファミリーカーがたくさん泊まり、家庭的な雰囲気を醸し出してる。しかも名前が「MC」だって。
俺は、こいつが気に入らない。MCって「Master of Ceremonies」って意味だ。あとラッパーという意味もある。
きっと、千代田(C)松蔵(M)みたいな名前だからつけたんだろうけど。郊外型の抱負な品揃えの店が、MCとは、けっこう笑える。
結局「大物」を買う予感からか、付き合わされてしまった。大人が四人いて、車と言えばマコさんの自転車チャリだけだなんて、ほんと情けない俺ら。
「ネットで買えばいいのに。スマホ持ってるんだし」
「うーん、でも花とか緑とかって、見たいじゃない。そうだ、ワンコ、好きだよね? ペットショップもあるよ、たぶん」
「ま、まぁ、嫌いじゃないけどね」
犬にはけっこう好かれるが、わざわざ見に行くほどでもない。そもそも、金銭的余裕がないので、買い物の意欲が沸かない。ほとんど真っ黒の格好をしてるので、同じ服ばかりでも気づかれない。
「はじめ見たときビックリだったけど、慣れてきた」
イッちゃんに言われた。普段は、わりと普通? 近所ではほとんどジャージとTシャツで、寒くなるとパーカーやダウンジャケットを着たりする。いわゆるB系とも少し違う。
髪やピアスや髭だけが、カタギの人に見えないだけだ。いや、見えるかもしれない。一応これでも、髭は整えてはいる。
四十過ぎた頃からちょっと着るものに悩んだりもしたが、結局変わりばえのない服だ。サラリーマンやOLさんのスーツ姿が羨ましい。もともと、男には珍しく、たいしたコレクションの趣味もないので、身軽なものだ。昔集めたレコードやCDは実家に置きっぱなしだし、大抵のことはスマホでできる。パソコンすら今はない。断捨離ってヤツ。
「スッキリしすぎてない俺達?」
「なんか引っ越しの時にあれこれ売っちゃったら、けっこうすっきりしちゃって、本も十分の一くらいになった。っていうか、本しかないよ」
「なんか、どこでも暮らしていけそうな気がする」
平日は一応化粧はしているようだが、休みの日は顔も洗ってないのでは? と横をちらっと見て思った。本当にこれは、俺を男だと思っていないようだ。実のアニキと一緒の人でさえ、もう少しメイクをするだろう。たまに目ヤニがついていたりもする。
ホームセンターに限らず、土日が苦手なのは、普段ならがらがらの場所に「しあわせ家族」が沸いてくるからだ。同じような顔と体型のパパとママと子供一人か二人、ときどき小型犬。ふがふが言ってるから振り向くと、パグがカートに乗ってたりする。
「かわいいですねぇ」と言うと、ギャル系の女子が微笑んできたりして、いい気分になってると、背後でマイルドヤンキーが睨んでいたりするから注意が必要だ。
なんて思ってると、どすっと、背中に大型カートが当たった。
「わぁぁ」
「い…ってぇ」
振り返ると、小学校低学年の男の子がカートを操縦してる。周囲に親はいない。
ごめんなさいは? 心の中で言って、ぎろりと睨むと、無視。一言謝ればまだかわいいのだが、まるで何事もなかったかのように、しゅーっとカートを押して逃げて行ってしまう。
「Demn、がきんちょ」と言って中指を立てると、イッちゃんが「怖いから睨まないの」と言う。
前はイッちゃんもいちいち心の中で怒っていたのだが、最近どうでもよくなってきたのだそうだ。
「言っとくけど、俺、子供、嫌いじゃないよ。ダンス教えてるし、けっこう懐かれるほうだし」
「うん、そうだろうね、珍獣的な」
「なんですと?」
親が悪い! 親が悪すぎる! 日本の未来はどうなる?
そんなこんなで、家族連れが嫌いなのだ。断じて、ひがんでいるわけじゃない。
「でもさ、家族連れって、やっぱ苦手」
イッちゃんはそう言いながら、遠い目をした。俺と違って「もしそうだったら」の未来を思い描いているのか。うん、案外、平均的なお母さんが似合いそう。と思って見ていた。
「見て見て見て、アレ!」
小学生の如く、ばーーっと走り出してく。なんだ? 何か、面白いものが? 追いかけてくと、巨大なダルマがあった。
「すっごー、おっきい」
「すっげぇ」
「こんな大きいの、はじめて見たかも」
インテリアの通路の突き当りのところに、庭に置くオブジェのような物体に交じって、真っ赤な達磨だるまが置いてあった。すぐ近くにあるビーナス像と同時に見ると、なんとも異世界。
「これさ、選挙とかに使うやつだよね」
近くで見ると、異様な迫力。特大必勝だるま。もちろん目は入っていない。一メートル近くありそうで、胸には必勝の文字が描かれていた。
「MC恐るべし。こんなもんまで、売ってやがる」
「ねー、売れんのかな、こんなの。え、四万もするー」
「高っ」
年に一個くらいは売れるのか。選挙の時は売れるのか。とりあえず、いいものを見させてもらった。満足してその場から去ろうとすると、イッちゃんが、「ヤマぴーの願い事ってなに?」といきなり言った。
「は? 痩せたい、かな」
「そういうんじゃなくてさ、もっと夢のある感じのビッグな」
「うーん、一流のダンサーになりたい、かな」
「へぇ、いいねぇ」
「そういうイッちゃんは?」
「け、……思いつかない。なんかねぇ、別にないかも」
「け」というのを聞き逃さなかった俺は「結婚は?」と訊くと「したくないのか、したいのかすらわかんない」と、面倒くさそうに言った。
したいのだな? 結婚。そのまま棚の上の達磨をしげしげと見ている。
「あ、トイペないかも、買わないと」
俺は、きょろきょろと見回す。
「買おうかな」
イッちゃんが呟く。「何を?」と訊くとデカい達磨を指さす。
「えぇぇ、ガチで?」
俺の美的センスからすると、あり得ないんですけど。それに漫画なんかじゃ、すげー怖いモノっていうイメージで描かれることが多くて、単にめでたいブツとは思えない。
「このデカイの? やめなよ。あ、招き猫のほうがいいんじゃない。ほら、そこに」
それならまだ、かわいい感じもする。飾っても変じゃない。
「いや、達磨に目って入れてみたかったんだよね。やまピーの夢が叶ったときに、もう一個の目入れさせたげるからさ」
やめなよぅ。何故達磨なんだ? 謎すぎる。
「cool it!」
俺の叫びも虚しく、イッちゃんは店員を探しにいき、達磨を見せてほしいと言った。四万あれば、四人で焼肉が食えるじゃないか。
肉の神が味方したのか、ディスプレイしてあるブツはけっこう古くなっていて取り寄せ品だという。店の人は半分くらいの小さいものをバックヤードから出してきた。
「このサイズならお持ち帰りになれます」
心なしか、しょぼい感じのおじさん店員の目が笑っていた。
「これでいいんじゃない。ほら部屋に置いても邪魔にならないしさ」
「うーん、でもありがたみが少ない感じが」
ぶつぶつ言うイッちゃんをなんとか説得して、それを買うことになった。
達磨騒ぎですっかり、緑のコーナーを見るのを忘れてしまう。トイペを買うのも忘れてしまう。
「袋入れますか」と訊かれる。
「結構です」「入れます」と俺らはハモる。
達磨抱えたヤツと歩くなんて、冗談じゃない。
「エコじゃないねぇ」と言いながら、イッちゃんはごきげんそうだ。大きな紙袋に入っていれば、俺が持ってもいいのだが自分で持つという。決して小柄なほうではないが、抱えているとけっこう大きく見える。
「な、何?」
居間のコタツの上にどーんと置かれた、物体。それを見て帰ってきたタッチャンは、らしくない大きな声を出した。誰だって驚くだろう。
「何って、達磨」
テレビを見てごろごろしていた俺がそういうと、「それはわかるけど」と不思議そう。そりゃそうだ。
「選挙?」
「うん、村長になろうかと…んなわけないだろ。買ったの俺じゃないし」
MCでのいきさつを、タッチャンに話して聞かせた。タッチャンはおみやげの珍味を前に頷いているだけだったけど、ちょっとだけ笑っていた。
「まったく、イッちゃんがいちばん、まともだと思ってたんだけどね。何考えてるんだかサッパリわかんないや」
「別に、自分の部屋に置くんなら」
タッチャンはビニールの上から達磨の頭をぽんぽんと叩く。持ってみて「あ、軽い」と呟く。
「それより、何買ってきたの? なんか匂う」
「あ、チャンジャ」
「おー。ちょうどビール飲もうと思ってたんだよね」
ぷしっ、という音がすると猫缶の音に反応する猫みたいに、イッちゃんが二階から降りてくる。
「タッチャンのおみやげ、何?」
冷蔵庫から缶ビールを取り出す。タッチャンは無言で、達磨を指さす。
「なんで達磨なのかってさ」と俺。
「なんとなく」と答えながら、イッちゃんは三人分の箸と小皿を持ってきた。
「タッチャンの願い事って何?」
イッちゃんが聞くと「うーん」と言ったきり、十秒くらい黙って考えた末に「ない」。
夢のないヤツめ。
「だよね、そう思った。やっぱ片目はヤマぴーに入れさせたげるよ」
「え?」という顔をするタッチャン。
「遠慮する。どうせ一流になんてなれるわけないし」
ちょっとヤケになって「それなら村長のほうがまだ可能性あるかも」と言う。
「ソンチョ?」二人が笑う。
邪魔なのに、何故か三人の目の前に達磨は置かれたままだ。
「あのさ、俺、親父に達磨って言われたんだよね。だからあんまりコイツは見たくない」
「え? そうなの?」
「ダンスはじめたころの俺のビデオ見てさー、達磨の体操、だって」自虐は止まらない。
「えー、ひどい」
「だよねっ! だよねっ? 本人けっこうエグいと思って見せてんのにさ」
思い出したら急に腹が立ってきた。
「そりゃさ、そのころからちょっと太りだしちゃったけど」
けっこう努力していたのに。学校でダンス教えて貰えるわけじゃなかったのに。がんばっていたのに。
「だ、達磨…」
イッちゃんも、どういう顔をしていいかわからなくて、笑ったような泣いたような同情しているような、そんな表情かお。タッチャンは無表情。
「でもさー、タッチャン見たことある? ほんとカッコイイよ、踊ってるヤマぴー」
「ない、かも」
「絶対見たほうがいいって。見直すから、kick assイカシテルだよ」
「へえ」
「YouTuberやればいいのに」
よせよ、照れるぜ、と思っていたら、はっと気づいたようにタッチャンが背筋を伸ばす。
「あ、それ」
「ん?」
「違う意味なんじゃないの?」
「どゆこと?」
タッチャンの発言は、注目されることが多い。そもそも発言が少ないというのもあるけど。
「手も足も出ないくらいかっこいい」
達磨を指さす。
「上手い、タッチャン! 山田くん、座布団一枚」
イッちゃんは、自分の座布団を引き抜いてタッチャンに渡した。タッチャンはご満悦で受け取る。
んなわけあるかーい。ビールをぐびぐびと飲んでから言う。
「やべー、俺、嬉しい」
もしそれがほんとなら、親父に土下座してもいい。