4話
「あははは!あれはほんとに傑作だった!」豪快に笑いながら夕餉が始まっていた。「麦が男に間違えられて喧嘩売られた時よね?相手あんなガタイいい奴よ、プロレスラーとか言ってた」木っ端微塵になったのは言うまでもない。長いテーブルを囲み、蛇の目の女たちが賑やかに夕餉をとるなか、小梅は慌ただしく料理を運ぶ。「マリさんのは玉ねぎ抜きね、こっちへお願い」蛇の目の料理番を任されてもう3年になる。ほぼ毎夜、こうしてみんなが集まり食卓を囲むのは皇が言い始めたことだった。今でこそ高齢のため体調不良が続き顔を出さなくなったが、現在出張中の鳳たちをはじめ、みんなで夕餉をとるのが蛇の目のしきたりだ。「ポジショニングのことだけど」切り出したのは暁だ。「今年の大会は今月末の31日に決定したわ。」
大会とは、全国の八咫烏が集ってトーナメント式に闘い組織での役割を決める重要な大会だ。ここで勝ち残れば、見習い付き人や、稼げる役職花形、さらに上の鳳を目指すことになる。現在蛇の目の鳳は3名だが、人数の制限はなく、才能があれば何人でもその役職に就くことは可能だ。また鳳は、組織のトップである皇から直接任命されることもある。現在、蛇の目の鳳の1人である高翠がその例だ。「今年は八坂の男たちと当たるそうですよ」食べ物をつつきながらヒバリが言った。「げぇ!まじ?!あの野蛮人たちと同じシード?!」マリが思わず箸を止めた。「野蛮で言うならうちも負けてないでしょ」レオが突っ込む。「何言ってんのレオ!あいつら人間なんて思わない方が身のためよ、絶対箸の使い方も知らないって!」「あんたも箸の使い方変じゃない。」そうガヤガヤと騒がしい中、「小梅」暁に呼び止められた小梅は目をぱちくりとさせた。「そろそろお料理番を抜けて、任務に参加してもらいたいと思ってる。だからこの大会では実力を発揮してほしい。」そう告げられると、顔を真っ赤にして「はい!頑張ります!」そう恥ずかしげにうつむき答えた。小梅は普段から一生懸命で頑張り屋だ。早く昇進してほしいと、みんなが思っていた。「ところで、ウネメは?」ウネメがいないことに気づいたマリ。「あーなんか調子悪いとかで部屋で休んでるって。」
ウネメの部屋は薄暗く、少しだけカーテンが開けられたままだった。また同じ夢を見ていた。幼い頃、連れ去られた妹の夢だ。「お姉ちゃんー!!」はっと、目を覚ますウネメ。嫌な汗をぬぐい、起き上がった。「起きてる?」ドアの外からケセラの声がした。「何か用?」ドア越しに話す。「あなたが持ってる夢幻草のことだけど。」ケセラは続けた。「多分今夜にもそれを狙う奴らが動くはず。キトリを使ってね。」夢幻草の存在を忘れていたウネメは窓の前に置いたコップの中の夢幻草を見つめた。「随分厄介なもん渡してくれたわね。それで、どうしたらいいの。」ため息混じりに話す。「この前の奴らは必ずまた現れるはずよ。下手したら今夜にも。あまり気の長い連中じゃないわ。」「どうしてそんなことあんたが言い切れるわけ?」ウネメは聞いた。しゃがみ込みながらケセラは答える。「まぁ、少しの間だけど取引をしてたわけだし。あいつらのやりそうなことくらいわかるよ。目的は夢幻草で誰かの為に必死になってた。ビョウブ、あいつはかなり気が狂ってる。気をつけて。」「忠告どーも。そんなことより自分の心配したらどう?もうすぐポジションを決める大会もあるし、ここの生活は楽じゃないわよ、少しは鍛えなきゃ。」着替えながらウネメは他人事で話す。「それは今日身をもって分かった。」少し元気がない声のケセラは、昼間の出来事を思い出していた。「私じゃ箸にも棒にもかからないね。」そう言いながら寂しく笑う。すると勢いよくドアが開けられた。「私これから仕事なの。邪魔。」ウネメは仕事の服に着替え出かけようとしていた。「待って、私も連れて行って。」ケセラがそう言うと、ウネメは一瞬立ち止まりケセラを見つめた。「どうなっても知らないわよ。」そう言い放つと、ケセラは慌ててウネメの後を追った。
刻は午後22時を少し回ったころ。ウネメが運転する車はケガレチの街中に停まった。キトリの出没に合わせて出てきたが、今夜はなぜだか静まりかえっていた。車から降りると、ウネメはフードをおろして辺りを見渡す。「変ね。妙に静かだわ。」まるで誰かが始末をした後のような空気だ。街灯が薄暗く辺りを奇妙に照らしていた。「ウネメ、私お手洗い行きたい。」ケセラが車内から顔を出す。「はぁ?面倒なことばっか言うわね、あんた。それに」「誰がウネメよ?ウネメさん、でしょ!」ケセラは仕事に連れて行ってもらえたのがよほど嬉しかったのか、ウネメに好感を持ち始めていた。捨てられた猫が拾ってもらった人間に懐いてるようだ。ウネメはそっけなく不器用だが、案外面倒見が良いことをケセラは見抜いていた。「そこの角曲がったらビルがあるから、勝手に行って」ウネメがそう言うと、ケセラは落ち着いた様子で向かった。雑居ビルが立ち並ぶ街中は人ひとりいない。この辺りは物騒なので、夜になると誰も出歩かなかった。外側にある階段を登るウネメ。屋上に着くと、より一層夜の闇が深かった。ケセラは先程の場所から100メートルほど離れたビルのトイレで手を洗う。鏡に映る自分を見つめた。「しっかりしなきゃ。それにしてもここ不気味ね。」トイレから出ようとした瞬間、何かが動いた。「呑気なもんだな。」突然背後から声をかけられる。「え?」不気味な黒い影が動き始めた。「きゃぁー!!」叫び声がこだまする。「ケセラ?!」ウネメはすぐに気付きビルに向かった。「これだから嫌なのよ、ったく面倒ごとばっか」慌てて走りトイレに着いたウネメが見たのは、大きな影に囲まれるケセラだった。「この気」不思議と人の気を感じるウネメ。ケセラは動けずにいた。その影は周りを徘徊するように動き、一瞬天井に上がった隙を見たウネメが叫ぶ。「ケセラ!今のうちに逃げて!」ケセラは走りながら慌ててウネメの後ろへ隠れる。黒い影は地面から徐々に姿を現した。「新入りか?」現れたのは赤龍会のビョウブだった。赤龍会は、シキベツが属している極めて危険な連中が揃う組織だ。「うちのシキベツが挨拶に行ったようだな。」口端を上げながら話す姿は不気味そのものだ。「その裏切り者は味方になったのか?」ケセラを見て嘲笑った。「トイレで待ち構えるなんて、あんたも趣味がいいわね?」「はは、減らず口なのは理解した。さぁ、夢幻草を出してもらおう。」ウネメは狭い場所は有利ではないと察知すると、気を集め始めた。こいつは強い、一瞬で蹴りをつける必要があると感じたウネメは両腕を後ろで構え、左右に伸ばすと、大きく息を吸い技を出す。勢いよく風が集中し気圧でビョウブが吹っ飛ぶとその隙に外へと向かった。街を走るなか、上からフードを被った大きな男が地面に食い込むようにして目の前に立ちはだかる。シキベツだ。「のろま男の登場ね。」ウネメは後ろのケセラを気にしながら話をなんとか続けて時間を稼ごうとした。ジリジリと詰め寄る距離が縮むなか、小型爆弾をビルの壁に投げつけた。上からガレキが降ってくる。「あんたは車で逃げて」「でも…!」ケセラは抵抗したがすぐに打ち消される。「邪魔!」ウネメの覇気に圧倒されケセラは車まで走りざるをえない。「邂逅武風」シキベツが新たなる技を繰り出した。地面が揺れ、ガレキの大群がウネメに迫る。それらを避けずに進むウネメは体に傷を負いながらシキベツに強烈な一撃を放つ。吹っ飛んだシキベツの背後にはビョウブが迫っていた。「手を出すな。」口から血を吐き捨て、シキベツはビョウブにそう忠告すると、再び構えた。「ふん、プライドだけは高い。見物といきたいところだが暇人ではないのでな。シキベツ、次はないぞ。いいな」そう言い残し地面に消えていったビョウブを横目に見送ると、シキベツは唐突に攻撃を仕掛ける。バチバチと二人の攻撃が響く夜の街。ほぼ互角の状態が続き、一瞬の隙をつかれたウネメは攻撃を受け壁に激突した。「あんたを甘く見てたわ。」血まみれになったウネメはぼそりと呟いた。「確実に息の根を止めてやる。」シキベツがそう言い近付くと、ウネメの周りに異様な気がたちこめた。これ以上は体力負けをする、有利ではない。早くけりをつける必要があった。「私はあんまり体力がないから。そのセリフは私の台詞よ。シキベツ。」ゆらゆらと立ち上がったウネメの毛は逆立ち、目の色が白く変化し、血管が浮かび上がる。完全に何かに取り憑かれている姿はもはや人ではなかった。「憑依?!」シキベツは焦る。月夜に浮かび上がる人影は体中に蛇を纏い、顔半分には鱗、まるで蛇の化身のようだ。「くそ…っ」シキベツの体は一瞬にして蛇が巻きつき、全身の血が失われ始める。身動きができずにいるシキベツは、巻き付かれた蛇に抵抗できず全身の骨が折れる音が静かな街に響いた。憑依化、それはある力が開花し、体に神獣を宿すことができる特別な技だった。一部の才能ある人間しかその力を得ることはできず、人によって神獣は様々で、ウネメは体に蛇が宿っていた。「ぐぐ…っ」泡を吹いて倒れたシキベツは完全に再起不能となった。地面に這う蛇たちはシュルシュルとウネメの体へと戻っていく。その場に倒れ込んだウネメは意識が途切れた。
ケガレチ第一刑務所。
山中はとある人物を前に面会していた。「報酬も用意しよう。なーん、出すことくらいなんてことないわ。」「その代わり」ある男の前に向かった。「必ず蛇の目の女、ウネメを捕まえろ。夢幻草をなんとしてでも手に入れるんや。」八咫烏一厄介な男が今解き放たれようとしていた。 第4話完