ガチオタ総理、未来人と出会い、未来のオタ文化を堪能する
内閣総理大臣、鷲宮豪造。
白髪に白髭、恰幅のよい体格を備えた彼は、高い支持率を誇っていた。
総理になるために生まれてきたと言っても過言ではない男で、政治経済に通じ、高いリーダーシップを誇り、外交戦略も巧みで海外からも一目置かれるほどの名総理であった。
しかし、そんな彼にも意外な一面があった。
「さて、今日は帰りに美少女フィギュアを何体か買っていくとするか!」
豪造はいわゆるオタクだったのである。それも中途半端なものではなく、アニメ、漫画、ゲーム、特撮、幅広いサブカルチャーに広く深く精通した“ガチオタ”であった。
しかも、別に隠しているわけではなく、首相官邸には何十体、何百体ものアニメキャラのフィギュアが堂々と飾ってある。ちなみに今は昔の偉人を美少女化したフィギュアに凝っているとか。
アニメはほぼ全てチェックし、国会の答弁中に漫画やアニメの台詞を引用することも珍しくない。
さらにはインタビューでも――
「今日の夜はワシが大好きなアニメがあるので、国会はなるべく早く終わらせたいところだ」
などと堂々と言ってのける。
並みの総理であれば、こんな発言をすればバッシングは必至だろう。
しかし、豪造自身の能力の高さもあり、こんな発言も国民からはむしろ愛嬌として受け入れられていた。
***
ある夜のことだった。
豪造は官邸の自室でソファに座り、のんびりくつろいでいた。
棚の上には美少女フィギュアがずらりと並んでいる。
「ふふ、美少女に囲まれながら見るアニメは格別だ」
大型液晶テレビの中では、美少女が怪物と戦っている。
美少女が苦戦すれば豪造は嘆き、美少女が逆転すれば豪造は喜ぶ。
豪造はまるで子供の頃に戻ったように、アニメを見続けるのだった。
だが、豪造はその最中、怪しい気配を感じ取る。
「何者だ!?」
ソファからばっと飛びのく。
そこにはグレーのタイツを着た青年がいた。
官邸に忍び込むような輩だから、総理を狙うテロリストである恐れもある。しかし、豪造は青年からそのような危険を感じなかった。あえて対話を試みる。
「君は?」
「あちゃー、見つかっちゃいましたか」
青年は右手で頭をかきながら答えた。
「僕は……えーと、なんて言ったらいいかな。未来人です」
「み、未来人!?」
「あまり詳しくは話せないんですけど、この時代よりずっと遠い未来から来ました!」
「なぜこの時代に?」
「ちょっとした時間旅行に……。本来はこのスーツで過去の人からは見えないようになるはずなんですけど、故障しちゃったみたいですね」
青年が着ているグレーのタイツは、周囲の人間から発見されなくなる効果があるようだ。しかし、不具合のせいで豪造に発見されてしまった。
自分は未来から来た――あまりに非現実的な言い分ではある。
100人いたら、まず100人が信じない。
しかし、日頃から漫画やアニメを愛し、ファンタジーやSFにも理解のある豪造は彼の言うことを信じた。
豪造は人を見る目にも長けており、青年が嘘を言ってないことがなんとなく分かったということもある。
「君が未来人だということは信じよう。騒ぎにするつもりはない」
「ありがとうございます! では、僕はこれで……」
未来に帰ろうとする青年に、豪造が声をかける。
「ちょっと待った」
「え?」
「君はワシの家に無断で侵入した。たとえ事故だろうと、それは立派な罪だ。君は代償を払わねばならん」
豪造の迫力ある正論に、青年は汗をかく。
「そうかもしれませんけど……」
「だから、お願いがある」
「なんでしょう?」
「ワシを未来に連れて行ってくれ」
「え!?」
「もちろん、ちょっとだけでいいんだ。未来のオタク文化というものがどうなっているのか見せて欲しいのだ!」
豪造らしい願いであった。彼は時間旅行が可能となるほどの未来、オタク文化がどうなっているのかどうしても知りたかった。
青年もうーんと悩むが、人の家に忍び込み、しかも見つかってしまったという負い目がある。
「分かりました……ただし、ほんの少しだけですよ!」
「感謝する!」
豪造がどうすれば一緒に未来に行けるか聞くと、青年に触れていれば二人でワープできるという。
二人の全身が光の粒子に包まれる。豪造にとっては遠い未来へ、青年にとっては元いた時代へと飛んだ。
***
豪造は感動した。
未来は今の日本とはまるで別世界だった。
空気は澄んでおり、高いビルが立ち並び、先鋭的なデザインの空飛ぶ車が飛び回る。
未来人のファッションは斬新かつ機能性に長けており、しかも豪造から見てもオシャレである。
「これはすごい……!」
豪造が感動を覚えつつきょろきょろしていると、青年が話しかけてきた。
「えーと、オタク文化を見たいんでしたよね?」
「うむ、この時代のアニメやゲームを是非体験したい!」
「じゃあ、向こうに体験できるエリアがあるので……」
さっそく豪造はこの時代のゲームを体験した。
腕にほんの小さなチップをつけるだけで、仮想空間の主人公になれるというゲームだった。
体験した豪造は――
「ううむ……すごかった! まるで本当に自分が勇者になったようだったぞ! 剣でモンスターをたくさん倒してしまった!」
「しかも、今のゲームは自分もほんの少し強くなれるんですよ」
「なんと! それは素晴らしい!」
豪造は確かに自分の肉体が少しレベルアップしているのを感じていた。
未来のゲームはただ楽しむだけでなく、自分を進化させることもできるのだ。
続いてアニメを見る。
アニメ技術も当然進歩しており、豪造がいた時代ならば「このクオリティでアニメを作ったら過労死が続出する」であろうクオリティを簡単に実現できるという。
恐ろしいほどにぬるぬる動き、迫力も満点以上。
「う~む、ハラハラドキドキしっぱなしであった」
豪造がふと空を見上げると、巨大なロボットが飛んでいる。
二足歩行の、豪造が子供の頃憧れた――というより今でも憧れているようなロボットである。
「なんだねあれは!?」
「ああ、あれはアニメ作品のロボを再現したオモチャですよ。実際に乗って操縦できるんです。子供に大人気ですよ」
「あれがオモチャなのか……」
遠い未来では子供でも簡単にロボットのパイロットになれてしまう。
青年の案内は続く。
豪造は怪物同士の戦いを目撃する。
一つ目の巨人と巨大な竜がぶつかり合い、派手な死闘を繰り広げている。
「あんなのが暴れたら、町が壊滅してしまうぞ!」
「大丈夫ですよ、あれはモンスター同士を戦わせるゲームです。立体映像のようなものなので安全です」
「ううむ、本物にしか見えん……」
小一時間ほど経った。
すっかり未来のオタク文化を堪能した豪造。
青年に迷惑がかかっても気の毒だし、そろそろ未来旅行もお開きにしようとする。
だが、最後にどうしても体験しておきたいオタク文化があった。
「ところで……“美少女フィギュア”的なものはないのか?」
「ああ、ありますよ」
「是非見せて欲しい!」
豪造はちょっとした建物ほどの大きさがある、巨大なマシンに案内される。
青年が一枚のカードを取り出す。
「このカードを使って下さい。カードをこの読み取り部分に当てると、ランダムでさまざまな美少女が出てくるんですよ」
「ワシらでいう、“ガチャ”のようなものか……」
豪造は言われた通りに、カードをマシンに当ててみる。
すると、マシンの中から金髪の美少女が出てきた。
顔はあどけなさを残しつつも胸は大きく、セクシーな衣装を身にまとい、まさに豪造好みの女の子であった。
「か、可愛い……!」
「うふふ、こんにちは」美少女が挨拶する。
「喋るのか!?」
「もちろんですよ。デートすることだってできます。中には何百体ものフィギュアでハーレムを作ってる人もいますよ」と青年。
「もはや美少女フィギュアというよりアンドロイドだな……」
豪造は感心しつつ、さっそくデートを始める。
手をつなぎ、道を歩き、青年の好意でお金を出してもらい一緒にアイスを食べることもできた。
美少女の仕草は何から何までキュートであり、豪造の心を鷲掴みにした。
この子とずっといたい。そんな衝動すら芽生えてしまう。
しかし、豪造は引き際も心得ていた。そろそろ帰らねばならない。
彼には総理として、やるべき仕事と守るべき国民がいる。
「ワシはそろそろ帰るよ」
「そうなの? 残念」
寂しそうにする美少女だったが――
「じゃあ、最後にキスしてあげる」
頬にキスを貰い、豪造の顔はふにゃふにゃに崩れてしまった。
青年が手を差し伸べる。
「じゃあ、元の時代にお送りしますよ」
「頼むよ。だが、最後に聞いておきたい。この子の名前はなんというんだ?」
これを聞いていた美少女が答える。
「あたしの名前? あたしはね……鷲宮豪造っていうの」
「へ?」
豪造は困惑した。
なぜ金髪美少女が自分の名前を名乗るのだろう。
青年がその疑問をすぐに晴らしてくれた。
「このマシンは、過去の偉人を女体化した美少女フィギュアを出すマシンなんですよ。今は21世紀の総理シリーズが人気で、その中でも鷲宮豪造ちゃんはダントツの人気ナンバーワンですよ!」
「なにいいいいい!?」
豪造は頭の中が真っ白になった。
遠い未来で自分は女体化されており、しかも大人気で、他ならぬ自分もその美少女に惚れてしまった。
あまりの衝撃で、もはや何も考えることができない。
「では元の時代に帰りましょう」
「ああ……そうしてくれ……」
かろうじて、返事は出来た。
***
気が付くと、豪造は官邸の自室で目を覚ました。
青年の姿はない。
今のは夢だったのだろうか。それとも現実だったのだろうか。
分からない。
ただし、豪造は自分の手足がほんのわずか逞しくなっているのを感じていた。
そして――豪造はぼそりとつぶやいた。
「鷲宮豪造ちゃん、可愛かったな……」
おわり
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