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8 然るべき?

天狗らの鼻っ柱らを叩き折るべ。



「お(めぇ)ら、何のんびりとしとんだべさー!!」


 その日、王太子クラーリィは、従姉妹に雷を落とされた。婚約者とともに。





 今日の王太子妃教育が終わったフローラは、約束をしていたため、王城にある王太子の宮に訪れていた。ここは王太子の執務室。許可された者しか入ることが許されない。

 フローラはもちろん、婚約者として許された者だ。



 約束は、次のパーティーでまとうドレスの打ち合わせ。

 婚約者らしく、何かしら合わせておくのだ。

 自分たちの仲が良いことを目に見える形にしておくのも、また目的で。

 まあ、揃えたいという、二人の甘い気持ちもある。


 王家と貴族たちのパワーバランスを考えた政略的な関係ではあるが、彼らは互いにきちんと好きあっていた。

 良いことではあった。

 彼らは互いを深く信頼していたので、些細な噂や陥れようとする悪意などは障害にもならぬと思っていた。


 ふたりは。

 これまでは。


 その信頼関係が、今回は仇になった。


 だからといって、悪意にはきちんと気がつかねばならなかったのだから。


 ――自分たちに向けられるもの以外の悪意に。

 




「新しく作った装飾品が届いたのだけど、どう?」

 クラーリィが持ってきたベルベットのケース。シンプルだけれどはっと目を引くネックレスがおさめられていた。

「今回はマチルダ工房でしたわね?」

「うん、なかなかの作品が作れるようになってきたよ」

 王太子が注文したのはまだ若い宝石デザイナーと細工師の工房だ。

 今、王太子が抱えている課題は国力を維持し、できたら上げること。これは永遠の課題でもある。

 こうして国の工芸力をあげるために、伝統の工房を大事にしつつ、若手の成長にも手を差し伸べている。

 今回は婚約者のフローラにも協力してもらった。こうして彼女の身につけるものを注文させてもらったのだ。

 婚約者のために割り振られている予算を使い。

 フローラも王太子とともに課題に立ち向かうつもりだ。

 そしてこの試みはなかなか上手くいっている。

 フローラが身にまとえば、それが宣伝にもなる。


 宝石も、ドレスも。使っている小物も。

 次期王太子妃という看板として。


 ――自分たちはよくやっていると、褒められるべきだ。


「……アクアマリンは、やっぱりわたくしには合わせ辛いわよね……」

「いやぁ、上手くワンポイントにしてくれたと思うんだけど」

 ダイヤモンドの中にポツンとある薄いブルー――アクアマリン。


 王太子殿下の瞳の宝石。


 しかして、埋もれてしまわないように上手く仕上げてある方だ。

「やはり老舗のラヴィラウル工房のデザイナーはすごかったわね」

 以前作られたものと比べる。これも大事なことだ。

「わたくしの目が、もう少し青みがあればよかったのですけれど……」

 もしくは髪が、赤みがなければ。

 薄い青色だとどうしても、より濃く鮮やかな本人の纏う輝きに負けてしまう。

 ほう、と悩ましげに溜め息をつくフローラの瞳は美しいオリーブグリーン。

「殿下のお色が合わないなんて……」

 婚約者としてこれほど悲しいことはない。

「……僕は君の瞳、すごく好きだけど」

「……殿下」

「そ、それに僕の髪に合わせた金はすごく似合うよ!」

「まあ……!」


 ふんわりほんわりとした空気。それを小さな咳払いで退かした存在がいた。

「……お仕事、進めましょう?」

 実ははじめから部屋にいた、王太子の幼なじみにして側近の筆頭。

 フェノール侯爵子息のリオンだ。

 さらには彼は公爵令嬢とも幼なじみである。王太子の側に控えていれば当たり前かもだが。


 この空気には慣れていた。


「う、うん。フローラはドレスの色は何にするの?」

「い、色は、まだ。あ、でも金色で刺繍をいれとうございますわ」


 そんな大事な仕事をしていると、扉の向こうが騒がしくなった。

「何事か?」

 リオンの問いだたす声に、扉に控えていた護衛騎士から返答があった。

「は、アネット殿下が至急王太子殿下にお会いしたいとのことです!」

「アネット殿下が?」


 この王城にいらして、まだ数ヶ月の王姪殿下――王太子殿下の従姉妹だ。


「まぁ、先触れをなさらないなんて……」

 フローラがその美しい眉をひそめる。クラーリィは仕方がないよと苦笑した。

 先触れなどをして、相手方の都合を確認するのは貴族のマナーの初歩の初歩。いや、貴族でなくてもアポイントメントを確認するのは大事だろうに。

 伝達に来た騎士は、アネットは王太子が今は婚約者との先約中だと聞くと、逆にちょうどいいと――。

「まだまだ貴族の暮らしに慣れていないというから。なんせトーカロ地方は長閑でゆったりした地方だというし」

「ゆったりなんて、おうらやましいことですわね」

「ねぇ、だから大目にみてあげないと。こうして人に会うことも経験もなかったのだろうから」

「わかりましたわ。田舎に合わせてさしあげないと……でも、こちらの仕事を終えてきりをつけてからになさいません?」

「そうだね。待つのも覚えて貰わないと。ここは田舎ではないんだし」


 王太子は、公爵令嬢は、従姉妹殿下を――そう、思っていた。


 もしそれを聞いていたらアネット殿下ならず、トーカロ地方のものたちはひっそり「へぇ」と片眉をあげただろう。

 自分たちでそう、長閑な田舎自慢がてらに自虐ネタにするのはいい。

 だが田舎で暮らしたこともないもんが、田舎馬鹿にすんでねぇぞ。

 牛と羊の世話は、生き物の世話は大変だし。日々同じくではない。

 家畜と作物を狙う害獣――鹿、狐、狼そして熊の相手をお前らはしたことなかんべ?


 ただひとり、リオンだけがもしや、と。

「いえ、殿下、もしかしたら本当に急ぎ――」

 そしてこの数ヶ月間、王姪殿下のマナーは完璧で、とても田舎者とは思えない。さすが王妹殿下の御子、と。

 母親似で王妹殿下のいらっしゃった当時を知る古参たちから評判も、他にも関わった王城のものたちからの評判も、みな良かったことを、側近はふと思い出したのだ――そんな彼女が「至急」と押しかけるだなんて。ただごとではないのでは、と思ったのだが、それは一瞬遅かった。



「えぇい、面倒だべ――っ!」

 その時、護衛騎士ごと吹き飛ばされた扉を見るまでは。

「く、クラウス!?」

 その筋肉で幾度となく壁となり、危険から護ってくれたたくましい護衛騎士が負けた。

 吹き飛ばされた扉の破片を踏み砕きながら侵入してきたのは、華奢に見える従姉妹殿下と彼女の護衛騎士二人。護衛騎士たちはこちらで用意した近衛から選別したものではなく、トーカロ地方よりわざわざ付き従ってきたというものたち。選別したものたちはその後ろでおろおろしていた。

「へっ……都会の野郎どもは軟弱(へなちょこ)だべ……」

 小さく何か言われた気がするが、きっと気のせい。そんなスラング、きっと気のせい。

「あ、アネット……?」

「ごきげんよう従兄弟殿下に、婚約者さん?」

 にっこりと微笑まれて、クラーリィは状況が解らないでも、つられて微笑み返す。引き攣ってしまった微笑みだけど。


 それは狼に睨まれた小犬のようだったと、その部屋にいたものたちは――後の世までこっそりと。



 例えるならジャーマンシェパードとポメラニアン。

 ――本当の意味でざまぁ…いや、叱られるべき人たち。(若いうちに鼻っ柱を折られて良かったと後に思うでしょう。


 …こそっと前述にあり。牛を、羊を、ホールドする地方の出身者たちでもあり…。今回のお話には関係ないので、さわりだけ。そろそろ息抜きにコメディ要素をちょっとだけ。


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