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7 公爵令嬢のお茶会より2


「お待たせしてしまって。ごめんあそばせ?」


 フローラがお越しになると侍従からの先触れがあり、伯爵令嬢たちは話を止めて姿勢を正した。


 フローラは今日も麗しかった。

 赤みがある金の髪を緩やかに左右を編み込んで低い位置にまとめていて。そこには白いリボン。

 桃色のレースが可愛らしい昼用のドレス。

 薄いブルーがワンポイントについているダイヤのネックレスをしているが、耳飾りだけは小ぶりの真珠。


 ……あれ?

 と、三人は、少しだけ、少しだけ、何だか違和感めいた、なんとも言えない感情を――。


 けれど、穏やかに微笑むフローラの様子に、そのそわっとする気持ちは消えて。お茶会は和やかにはじまった。

 話題はたわいもなく。

 お茶会は情報戦だと母や姉や、身近な女性たちは身構えているが、自分たちはまだデビューも前だ。今からそんなきりきりしてどうする。

 彼女らは改めて煎れられたお茶と、饗された茶菓子に舌鼓を打つ。

 さすが公爵家の御用達の店だと言ったら、何と茶菓子もベストな状態でもてなしをできるよう、公爵家がわざわざ引き抜いたパティシエの作品だとか。

 これほど素晴らしいもてなしを受けることができた栄誉に、三人は気が昂っていく。


 話題はいつしか、それぞれの持ち物を褒める――なんとも茶会らしく。

 フローラの持ち物が、今後の流行にもなっていく時代がくるだろうから。それはまだデビュー直前の彼女たちも解る。


「フローラさまのドレスのレース、さすがですわ……」

 オートガ伯爵令嬢はその細やかな小花が編まれたレースに感嘆の溜め息をつく。己のドレスとは格が違うと。

「あら、ありがとう。一昨年前に作ったものだから、そろそろ着られなくなる前に着ておこうと思いましたの」

 そう、慌ててクローゼットから出して、サイズの手直しを超特急で。

「このレースの色はこだわりがありましてよ?」


 桃色のレース。


 オートガ伯爵令嬢は、己のドレスが――色が、同じだと……。


「バーナル伯爵令嬢さまの耳飾りはどちらの真珠かしら?」

 フローラに話をふられて、バーナル伯爵令嬢は慌ててて購入したときを思い出す。

「こ、これは、産地は確か南方の、サルガナル地方のだとか……」

「まぁ、わたくしのものもよ! やはり真珠はサルガナル地方のものが輝きが違いますものね?」

 真珠と言えば、と言われる地方。実はバーナル伯爵令嬢は真珠を購入したときの産地まではしらなかった。だって、王都の、自分の家でも買える店で買ったのだから。

 ちょっとの見栄だが、同じ真珠の耳飾りでも、フローラのものの方が遥かに輝いている。


 ――同じ真珠の耳飾りでも……。


「実は今日は朝から髪型に悩んでおりましてね……あら、プロイロ令嬢さまも白いおリボンがお好みでして?」

「は、はい……」


 ――それどころか、左右を編み込んで低い位置にまとめているのも。


 令嬢たちは、己たちの姿が、フローラと重なっていることに気がついたのだ。


 お茶会に、静寂が落ちる。


 ふぅ……、とフローラが静かに息を付いた。それにより三人の令嬢の肩が揺れる。

「わたくしは、こうして同じものを身につけることは怒りはしませんわ……誰に対しても」

 禁止も、独占もしていない。

「それをわかってほしかったの」

 その身をもって。

 そう、窘めるように微笑まれて、三人はほっと安堵した。


 白くなっていた顔に赤みが戻ったころ――今日の、本題がやってはじまった。

 それにより、彼女たちはまた顔色を変えることになる。


「……この、首飾りの色ですけれどね」

 薄いブルーがワンポイントになっているダイヤモンドの首飾り。

「王太子殿下の目のお色なの」

 如何かしらと感想を求められて、慌てて三人はお似合いだと褒めちぎる。

「や、やっぱりそうでしたのね」

「素敵な色だと思っておりましたの」

「その色は、フローラさまが一番お似合いですとも」


 ――その色は。


「そうね。王太子殿下から贈られたものだから、わたくしが一番似合うし身につけるべきだとは思うわ」


 ――でもね?


「わたくし、薄いブルーて本当はそんなに好きじゃないの」


 フローラは赤みある金の髪に、オリーブグリーンの瞳をしている。


「薄いブルーて、わたくしにはぼやけるのよねぇ……」


 何を言い始めるのだと、三人は悩んだ。ここでフローラに「そうですね」とでも言おうものなら。


 贈った王太子殿下に不敬。

 似合わないなどと同意しても不敬。


 ――不敬。


 つい最近、どこかで聞いた――いや、言ったような。


 そして今、現在進行形で自分たちの姿が――不敬。


「ねぇ、貴方がたも貴族ならば知っているはずよね?」


 とある大国の有名な話。


「女帝の緑」




 この国より離れた大国にかつて君臨した女帝の若りし頃。

 属国の王子がその国のパーティーで、こともあろうに己が寵を与える愛人にしか、己の色である緑――王子は美しいエメラルドグリーンの瞳をしていた――を身につけることは許さない、と宣った。

 その場に、エメラルドを冠した、さらに美しい瞳の女帝が招かれているにもかかわらず。


 女帝は、ならばその色が無ければ良いと――王子の目を潰した。


 女帝は自らが緑の瞳をしているが、独占する気は無いと逆に宣った。

 そんなことをしたら、その宝石で生業をしているものを押さえることになるから。更には布や他の装飾品にも影響を与えることになる。


 以降、王侯貴族が特定の色目や品を独占するのは、はばかられるようになった。

 そのようなことをするものは、上に立つ資格無し――と。


 もちろん、己の色だから贔屓したいのはあるだろう。愛するひとに贈りたいだろう。公言しなければよい。誰もがそれくらいの気持ちはあるのだから。


 当の女帝も、己の瞳と同色のエメラルドを愛して、よく身につけていたという――……。




「何やら、聞き捨てならないお話を聞いたの。とある女生徒がたまたまこの宝石を身につけていたら、不敬だと、まったく関係ないひとたちに言いがかりをつけられたのを見ていたひとたちがいるのですって」


 ――彼女らは、その色は、王太子殿下のものだから使うなと、勝手に子爵令嬢に牽制したのだ。


 多くの人目のあるところで。


 それがどのように映るか。


 もしもそれが、フローラが指示したと、誤解されたら。


 王姪殿下が、ギリギリで気が付いてくださった。

 いや、間に合っただろうか。

 まだ、他の貴族――周辺諸国に広まらぬよう気を引き締め、手を打たねば。


 何故ならその醜聞。


「そのひとたちって、王太子殿下の、もしかしたら……お目を潰したかったのかしら?」


 ねぇ?

 と、首を傾げながら尋ねられ。


 伯爵令嬢たちは「ひぃ……」と、か細く悲鳴をあげた。



 後日、小花が刺された小物は如何かしらと、同じく茶会も開かれ、招かれた令嬢たちも――。



 こうしてひっそりとざまぁ。

 虐めを楽しんだあまり、この国の貴族の常識が疎かになった末路。

 王太子妃になる方に名前を覚えられ、身をもって不敬を覚えさせられた彼女たちの未来は……。


 ちなみに、急な所要と時間かせいで、玄関で小物など確認して超特急で合わせた公爵家のメイドさんたちの力業。プロの技。


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