6 公爵令嬢のお茶会より1
ざまぁがはじまるべ。
マリーナが何故、生徒会にて話題にしなかったのか。
己が虐めにあっていると。
それは個人的な話をするべきではないという生徒会役員としての当たり前の理由。
何より「困っています」などと直接王太子に物申すなど、子爵家の身分ができるはずがなく。
彼女は自分の身分をしかと弁えていた。
マリーナは、流行の小説の主人公のように、身分を気にしないで自分から話しかけることができる、明るく朗らかに隠した、無知な恐いもの知らずではなかったのだから。
ここは、物語ではない。
現実だ。
身分制度の厳しい、貴族の世界だ。
だから、アネットからの声がけが本当に有難い機会だった。
双方ともに。
子爵令嬢のマリーナの家格でもぎりぎり直答を許される、王族でありながら伯爵令嬢という、下位貴族にとっては奇跡のようなお方。
何より――これは他の生徒に聞かせる話では無かったから。
どこから、足元を崩そうとするものが現れるかわからない。上位貴族こそ、一枚岩ではないのだから。
それは明らかに王太子の、そして婚約者の失敗であるからだ。
虐めをしているのが主に上位貴族の女生徒たちだ。今はすでに理由として「フローラのため」などと言い出すものまでいる。
それを防ぐのは――いや、そもそもはじめからそんなことを起こしてはならなかった。
誰にも優しくすることは、決して悪いことではないのだけども……。
――悪くはないが、責任はある。
その日。
ハイドラン公爵令嬢フローラは茶会を開いていた。
呼ばれたのは、オートガ伯爵令嬢。バーナル伯爵令嬢。プロイロ伯爵令嬢の三人。
三人は王太子妃にいずれなられるフローラに招待されたことに、鼻高々に集まった。
招待しておきながら急な所用で少し遅れることを許してほしいと――先に席に着いて寛いでいてほしいと通されたのは、公爵家の素晴らしい庭が見えるテラスのある部屋。
薄い紗によって作られた程良い日陰に、そよぐ風は心地良く。そして手入れされた庭は眺めているだけで心満たされる。
待たされるのはまったく苦にはならず。
これが公爵家のすごさ、と――そんな方に招いていただけた栄誉に三人は頬を緩ませていた。
これは自分たちがどれほどフローラさまを敬っているかがわかっていただけたのでは。
フローラさまのために、あの女に、その身の程を教えてやっているのだ。
フローラさまのために。
次期王太子妃さまの。
なので自然と話題はそうなった。学園にいる普段から、そう陰口を叩いて慣れてしまっていたから。それがもはや彼女らの自覚なき、日常だったから――誘導する必要もなかったと、公爵家の皆様が呆れるほどに。
それは最後の、確認であった。
子爵令嬢より出された証拠の。それはまさしく――正しかった。
ふふふ。
くすくす。
そんな柔らかな笑い声に交じる少女たちの会話。
それは――なんとも醜悪な。
彼女らは、自分たちが好きな小説の、悪役令嬢の取り巻きになっている状況の自覚はない。
悪いことなどしていないと思っているのだ。
むしろ正義を執行している――身の程知らずに礼儀を教える良識人だとすら。
もしもマリーナが、本当にただの礼儀知らずな令嬢であったらそうだろう。
だが、実際はただ真面目な成績優秀者なだけ。
流行の小説と混同しているのに気が付いていないのだ。
あの身分知らずの子爵令嬢がフローラに何かされたと騒いだら、それこそ自分たちは指さして笑ってやるのだ、と。
虐めをしているものらは、その自覚はないのだ。
「お聞きになった? あの女、先日はセオドアさまと二人で長時間生徒会室から出てこなかったそうよ?」
「まぁ、フローラさまの義弟さまでしょ?」
「そう、フローラさまが王家に嫁がれることになったから、この公爵家を継ぐために、遠縁から御養子になられた……」
「まぁ、なんてこと……」
「王太子殿下はあきらめて、セオドアさまにしたってこと?」
「ああでも、王太子殿下の高貴なお姿にやはり怖れをなしたのかも」
「その分、セオドアさまなら近づきやすかったのではなくて?」
「セオドアさまも、もともとの生まれは下位貴族だそうね? やだわぁ……」
「でも、多数の男性にもはしたないのがああいう手合いなのでしょう?」
「やだ、不潔だわ」
「きっと次は護衛も狙い始めるはずよ」
「護衛となると、王太子殿下直属の近衛騎士のクラウスさま?」
「やだ、筋肉ダルマの方じゃない」
「おほほ、貴方は細身マッチョのヒースローさまの方がお好みだったわね」
「王太子殿下付きの近衛騎士の方は、他にもいらっしゃるわよねぇ」
「クラウスさまだったら別にあの女に落とされても文句つけないわ」
それは、決算の報告書の締切のために、二人で必死こいて計算の確認をしまくっていただけなのだが。セオドアが数日前にうっかりと計算ミスしたまま計上していたことが解り、どこで間違えたのかと……計算ミス探しはなかなかどうしての厄介事だ。
どれだけ優秀でもうっかりはある。
計算の見事さを普段の生徒会活動で知っていたマリーナに、手助けしてくれとセオドアは頭を下げた。頼みに来たタイミングが、まだ人の残っていた放課後なのも悪かったろう。セオドアがマリーナに懇願するように話している姿は人目についた。
けれど、二人きりではなく、確認のための三年生の先輩生徒会役員もその場にはいたのだが。
しかし、招いていただいたお宅でその家の跡取りの醜聞になろうことを囁きあうだなんて。
それは偶然であったが、一番最近の出来事だから。この程度ならと話題にしているのだろうが――愚かしい。
すべて、面した庭の影や隣室にて筒抜けに聞かれているともしらないで。
それが貴族のやり方であろうに。
――これが我が罪か。
公爵令嬢はぐっと唇を噛みしめた。
このような者どもすら制せず、何が王太子妃か。何が未来の王妃か、国の花の頂点か。
このような者どもが、己の取り巻きと、周囲から見られているだなど。
なんて屈辱。
なんて腹立たしい。
おかげで優秀な人材を潰すところであった。
いや、違う。
こちら側が見離されるところであった。
それを教えてくれたのは……今まで表舞台においでにならなかった王姪殿下。
――数少ない王位継承保持者のひとり。
田舎にて保護されているだけの「血」と侮っていた。
貴重な王族の血統を維持するための。
けれど己らよりもよほど周りが見えていた。
……優秀だ。
噂にはあった。
付けられた家庭教師たちの誰もが彼女を褒め称え、まだお側に仕えたいとその地への移住を望む者もいるとか――。
王弟殿下が目に入れても痛くないほど可愛がっている存在とも。つまり、王弟殿下は何かしらあれば王太子よりも姪の後援につくだろうと――。
これではいつ、血筋を替えるかと言い出されぬ。
まだ、まだ、王太子は成人もしていない。それが起こりうる時期だというのに。
救いは、数日前にその方がまだ間に合うと――自分たちを叱りつけてくださったこと。
「お前ら、何のんびりとしとんだべさー!!」
と。
壁に耳あり障子に目あり。天井裏には忍びがいるよ。庭師はメイドは、気配を消してひっそりすぐ側に。
公爵家のプロフェッショナルたち。
自分ちの若様を侮辱されてひっそりプチ切れ案件。