5 それは後に黒だろう
書物のいくつかのあらすじと内容を解説してもらい、アネット殿下は把握した。
「つまり、平民や下位貴族の少女が、王太子や上位貴族に見初められるのが、流行っている、と……?」
そのものの話もあるが、それが大逆転するタイプの話の方が上の方々には人気だろうか。
「はい……いえ、私が下位貴族というのもあり、ただのやっかみも多いでしょう」
大部分はそれだろう。
はじめのうちはマリーナも、そういうやっかみは覚悟していた。生徒会に入るからには、上下かかわらず、どちらからも何かしら言われるだろう。
けれど真面目に取り組めば時間ともに落ちつくだろうから、と……下位貴族の先輩生徒会役員に、自分たちのころはそうだったよ、と。
だが、あるとき、とある上位貴族が言ったのだ。
「物語ならそろそろフローラさまに虐められたと騒ぎ出すころかしら?」
何て?
フローラさまは王太子妃教育が忙しく、生徒会役員にはなっていらっしゃらない。なのでお会いしたことはない。
接点は王太子殿下や彼女の義弟など、確かにありはするが、それも生徒会役員としての関わりだけだ。
何でフローラさまが出て来るの?
何だかんだしてくるのは関係ない貴方たちではないか、と――。
マリーナは悩み、友人のラナに相談した。やがて二人は、いろいろ調べて、理由を知る。図書館にもその理由らが並んでいた。
上位貴族も好んでいるという――。
恋愛小説を。
「まさかと思いましたが……」
「いや、本当にまさかだべ」
「生徒会室が他の生徒の立ち入り禁止でもあるので、中で何が起きているのか、妄想の的であったのでしょう」
むしろ生徒会室で自分がそんなふしだらなことをしていると思われていたのが、マリーナの一番の衝撃だった。
「そういう物語を現実に持ってこようとされても困りますが、そういうことです」
その大まかな内容は。
そろそろフローラさま――婚約者さまが関わって来る頃とされるならば。
「婚約者さまがいるだなんてしらなかったんですぅ……!」
的なことがお決まりの決め台詞だとか。
いや「好きになってしまった私が悪いんですぅ!」か「人を好きになるのに身分なんて!」などのいくつかのパターンがあるようだが。
実のところ、どれもアウト。
流行の恋愛小説の主人公なるヒロインの無知を、無垢、無邪気に書き換えた代物に目眩がする。いや、逆か?
都会の流行、よくわかんねえべさ。
幼少時代に畑に落ちて、早々に現実を見た本当のお姫さまの視点である。
「私、そう思われているのが、一番……」
内容もだが、そんな語尾を伸ばすしゃべりかた、難しいし恥ずかしい……。
マリーナは自分の人物像を勝手に作られていることに目眩がしていた。
「愛のない結婚なんて、というのまたお約束ですね……」
話が聞こえている、無表情が決まりのはずの護衛の騎士さんたちも微妙な顔をしている。
「ですが貴族の婚姻は、家と家の婚姻でもあります。個人ではなく。愛は……」
「まぁ、無いよりはある方が良いでしょうけども……」
下位貴族とはいえ、二人は若くして覚悟が完了していた。きちんとした貴族令嬢、そして淑女だった。
「政略結婚でも、愛はあり得ますよ……」
実際、うちのおとーちゃんもおかーちゃんもらぶらぶたべなぁ。政略だったはずだけんども。
麦の流通を確保しておきたい国のあれこれがあったはずて言ってたけんども。
湖の方の御館に、お身体が弱いから療養に来てるやんごとねぇお姫さまがいるべさ。おめぇも何かあったら手助けしてやんべぇ。
――と、親に言われていたおとーちゃんは、「んだば、こんな田舎で大変だべなぁ」と、困ってはいないかとちょくちょく御用聞きに行っていたら――嫁になってた。
「こったら天女さまみたいな別嬪さんが嫁コになってくれて、おらはなんて果報者なんだべなぁ」
そう、ことあるごとに父は母を讃えている。迷子になっていた若牛を肩に担ぎながら。
「やんだぁ、もう。あんたったらぁ。私こそあんたみたいな頼り気ある男前に嫁げて幸せ者だぁ」
と、すっかり馴染んだ母も柵から逃げ出した羊を担ぎながら。
はい、元気になりました。心配してくれた都の皆さん、ありがとう。
「だいたい、貴族ならば、たとえ下位の末であれど王太子殿下にご婚約者さまがいらっしゃるのは、知っているのが当たり前でございます」
己は下位貴族であるが存じているとマリーナは、「真実の愛~」とある本をいくつか除ける。
だけども。
確かにマリーナがそれら小説の主人公の少女らに重なるのだ。
低い身分。
だというのにやたらと試験では高い成績。
生徒会室にも顔を出せる。
校内でも何かと一緒に行動。
そしてそんな身分なのに王太子はじめ、上位貴族の男性にも贔屓されて。
生徒会室には生徒会役員なんだから顔を出すのは当たり前で。同じく生徒会の上位貴族と会話や、業務内容によっては共に行動しなければならないのも当たり前すぎて。下位貴族とだって同じく。
試験の結果はただただ、マリーナの頑張りである。文句あるなら自分たちも頑張れば良いのに。
「実は先ほども、私が己の瞳の色の、この宝石をつけておりましたら、王太子殿下のお色だと……婚約者でもないのにこの色を着けるのは不敬だと……」
「何でだべ?」
確かに従兄弟も同じような目の色をしていたと思う。
従兄弟は金の髪に薄い青色の瞳をしていた。少しばかり冷たそうな印象の色合いだけど、会話をすれば気やすい――お優しさを感じる青年であると思う。
だとしても、その薄青色の宝石を王太子の婚約者や関係者しか使えないなんて法はない。
そんなことしたらマリーナのような同じ色目のものが困るし。宝石商やそれに連なる職業のものも困る。
「他にも以前、持っていた本のカバーにしてある刺繍にも、何やらフローラさまを侮辱していると言われたことも」
「刺繍?」
「ただの小花だったのですが……」
フローラ。
それは花の女神を意味していた。
「いや、この国にフローラて名前のひとと、花柄、どれだけあると……」
アネットは何でもいちゃもん理由になるんだな、と逆に感心してしまう。都会すごいべ。
しかし、それはのんきに構えて良いことではなかった。
「はい。その時から、これはそろそろ……しかるべきところに相談したいと思っておりました」
何故ならば。
「確かそんな事件があったんじゃなかったかしら……」
ラナが先をきれば、マリーナが続ける。
「女帝の緑、という出来事がありました」
――っ!?
ああ、と……この部屋にいる貴族、護衛もため息をとうとうついた。
以前、これに近い出来事が他国で起きていた。
「これは、アレだわ……」
その話を聞いて、アネットはこれは本気でどうにかしないといけない状況だと理解した。
田舎者の自分にはできない、ではない。無理だべさなんて逃げては駄目だ。
……やらねば。
何で放っておくのだ、従兄弟は。その婚約者も。
「マリーナさん、王族として、お詫びするわ」
一応な王族だけど。でも、それでも王族ならば――民ひとりひとりに責任はある。まだまだ薄い王族の覚悟でも。
この、少しばかり話しただけで、きちんとした女性だとわかるひとに、とんでもない迷惑をかけるところだった。
いや、かけているのか。現在進行形で。
「物語と現実を一緒にするものがいるだなんて……」
「いえ、きっと大人になったら思いだして笑われるだろうかと」
むしろ赤面してもだうつだろう。
黒い――暗黒の思い出として。
田舎者のアネットの方がよほど現実を知っていたり。
アネットが既にうぐぐ、と悩んでいると――子爵令嬢に、現実に戻された。
「それにやられたことや言われたことは、きちんと日付と名前とともに、記録してあります」
「記録」
「はい、言われたことは大まかですが要点を絞りまして」
何せ長々しく、嫌味を言われた日もある。一語一句綴るのは効率が悪い。自分が言われた嫌なことを繰り返すほど、自虐は好きでもない。
「それは、とても大事だわ……」
そのかわり、アネットはぞわりときた――背筋をのばしていた。
これは……。
「はい。時にその場にいた方など、証言を頂けそうな方も共にお名前の控えを」
「伯爵家としての家名をかけ、偽りなきとこの私も証言いたします」
そのためにラナも呼び出しに付き添ってきたのだ。
日付と名前とともに。
それはなんて完璧な証拠。
――マリーナが虐めに遭っていた記録だ。
同時に、従兄弟らの――目の前を見ても、周りを見ていなかった――無能の証。
「アネット殿下よりお声をかけてきていただけて、幸いでございます」
それはこちらこそ、だ。
アネットは、この子爵令嬢に王族は救われたと理解した。自分の行動は、最も良い選択だったのだ。
「まだ、どこにも提出しておりません」
――まだ、内々のうちに手を打てる。
打ってもいいよと、この聡い少女は言ってくれているのだ。
まどろっこしいことしなくて良かっただー!
アネット、心の叫びである。
名前、控えられていた1話の上級生たちの運命はいかに…。
…虐めはいかんよ。