表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世の中、真面目に頑張るひとが報われることもある。  作者: イチイ アキラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

19 とある貴族の宿借り話1


 その日、とある侯爵家に一通の連絡があった。

「え、今年は家がない?」

 侍従から渡されたのはそろそろ連絡しようと思っていた相手――不動産会社からだった。

 毎年家族で参加している秋の社交シーズン。

 この国では春先から初夏にかけてが大きな社交シーズンだが、秋にもそれに準ずる集まりがある。


 秋のは各領地の特産品や収穫物の展覧会などもあり、領地の経営に力を入れているものは春先よりこちらを優先するものもいる。祭りのような雰囲気で、毎年開催が待ち望まれている。

 中には、王城などで行われる舞踏会などを楽しみにしているものもいる。


 このニバール侯爵家は後者の方が楽しみだろうか。

 毎年家族で、使用人も連れて出かけている。

 年に二度の家族旅行で楽しみだ。

 今年は長女となる娘が一人、王都の学園にいるから会うの楽しみだと妻が微笑んでいたところだった。娘は学園の寮にいる。

「変な手紙が来ておりまして。娘に話を聞きたいと思ってましたの」

「ふぅん? どんな手紙だ?」

「あら、娘に話を聞いてからお知らせいたしますわ」

 子育ては自分の仕事だからと妻はコロコロと笑う。年を取っても自分が惚れた無邪気なままの妻が愛おしい。

 妻似の娘に会うのも本当に楽しみだ。


 そんな家族旅行の楽しみに、不意に水をさされた。


「いつもの家が今年は貸せない……だと?」

 常宿――としている屋敷がある。先代の頃から毎年。親が借りていたから、自分もそうしていた。

 噴水のある素晴らしい庭があり、毎年その庭でお茶会を開くのを妻は楽しみにしていた。

「どういうことだ?」

 確認のため改めて返事を求めれば、その屋敷をニバール家で専属契約をしていたわけではないときた。確かにしてはいなかったが毎年借りてやっていたし、今年もそうなるとわかるだろう? と、ニバール侯爵は不動産主のカーロン社の不手際に鼻を鳴らす。

 このニバール侯爵が借りてやるというのに。

 カーロン社はたかが子爵家の会社ではないか。

 ……と。


 直前だが、連絡されただけありがたいと思うべきのところを。

 先代からの付き合いだから、先代への顔を立ててもらったことを気がつくべきだった。


「あなた、どうなさるの?」

 妻は、毎年楽しみにしていた庭が使えないことに不満げだ。あの美しく手入れされた庭でお茶会を開いて、お友達の皆様から賞賛されたい……と。

 子供たちもあの屋敷を楽しみにしていた。

「え? あそこってうちの家じゃなかったの?」

 毎年、賃貸していたのを子供たちはまだ知らず、誤解していた。

 王都にある別荘(・・・・・・・)と。

 まぁ、まだ子供たちは幼いから仕方がないだろう。

 侯爵自身も安い金で維持を頼んでいた家、な感覚で過ごしていた。


 そんな安い金で、毎年ベストな状態でこの侯爵家だけに貸して居たわけではないのだが。


「ふん、もう日程もない。王都に行って直に交渉しよう。なに、今年は少し高値を出してやればあちらも喜んで貸すだろう」

 常連さまだぞ。

 このニバール侯爵家がわざわざ常宿にしてやっているのだぞ。


 そうして、ニバール侯爵家はいつものように家族旅行に出かけ――宿無しになって途方にくれた。



「……は?」

 家族を先にいつもの屋敷に向かわせて、ニバール侯爵本人はカーロン社に侍従を連れて訪れた。

 通された部屋にしばらくして現れたのはまだ若い――たしかカーロン社の次期社長であったか。

 これは若造に社会勉強を教えてやらねばであったか。さてはカーロン社の長も跡取りの教育に我が家を、この上位貴族である我が家を使ったか。

 ニバール侯爵は内心でやれやれとため息をつく。仕方がないなぁ。

「ニバール侯爵さまには、この度は我が社に何の御用でしょうか?」

 丁寧に挨拶をされたので、侯爵は苦笑をして返してやる。やれやれ。

「やぁ、どうも手違いが起きているようだからね?」

「手違い……と、申しますと?」

 何のことでしょうかと若造は首を傾げる。

 やれやれから、少しばかりいらっとしつつ、侯爵は大人として微笑んだ。

「うむ、毎年借りてあげている屋敷だが、今年は何か手違いなのか貸せないと――」


「ああ、今年からはニバール侯爵様にはお屋敷の提供はございません」


 ……。

「……は?」

 きっぱりと先に言い切られて、侯爵は言葉を失った。

 貸せないと、言われた、のかな?

「今、何と?」

「はい、今後、我が社との取引はご遠慮くださいますか?」

「な、何だと!?」

 自分は聞き間違えていなかったようだ。良かった。いや、良くない。

 ニバール侯爵は浮かせかけた腰を、慌てて戻す。

 他の屋敷も貸せないと、先んじて言われたことにも気がついた。


 何故だ? ああ、そうか。もしや代替わりしてカーロン社に何かしらあったのか? ははーん、値上げの交渉? もう、それなら仕方ないなぁ。もともと安かったと思えば、多少の値上げも許してあげよう。


「はぁ……仕方がない。値上げならば――」

「いえ、ですから。お貸しできません」

 若社長はやれやれと、ため息をつきそうだ。

 いや、つかれた。

「何度も言っておりますのに、ご理解ないとは……」

 そもそも何日も前に貸せないと連絡もしたと、こちらは諸々ひかえてあるとすら。

「し、失礼な!」

「礼を失っしておられるのは貴方様の方でしょう。こちらは貸せないと言っておるのに、ないものを寄こせという強盗のようだ」

「な、な……」

 怒りのあまりに言葉が出てこない。

 侯爵が言葉を探しているうちに、若い次期社長は、再びため息をついた。


「貴方様は、ご自分のご息女が何をなさったか、ご存知ないようだ」


 え、娘?

 わからずまた言葉が迷子に。


 侯爵の様子に、次期社長はゆっくりと説明を開始した。ゆっくりしていって欲しい客ではないが。

「我が妹はとても優秀でしてね。学園の今年度の首席です」

 いきなりの妹自慢。

「え、学園? うちの娘も今年入った。なんだ、同級生?」

「いえ、下位クラスですから」

 子爵家ですから、と。

 そうだった、子爵家は下位クラス。我が家は侯爵家だから上位クラスだ。

 侯爵がふふんと鼻を小さく鳴らしたことに、子爵家の跡取りでもある相手は逆に顎をあげた。

「ええ、下位クラスですが首席です。ご息女は入学試験は何点でしたか?」

 やだ、マウント取りかえされた。

 そうだった、今は成績順でクラス分けされてはいないのだった。自分が通っていた時代とは違うのだった。

「さ、さて、娘の教育は妻に任せているから……」

 これは本当。

「ご息女が、学園にて妹にしたことも?」

 ……だから、娘のしたことを侯爵は知らなかった。


 夫人が、夫への報告を怠っていた。

 気にすることもないとすら。


 自分たちはニバール侯爵家だ。




 娘が、たかが(・・・)子爵家の令嬢の陰口を叩いていたことなんて。




「王太子殿下にお声をかけられている妹をうらやんで、ずいぶんと陰口を叩いいてくださったそうで」

「な、そ、そんな……」

「ご息女は毎年借りている家主の家業の名前もご存知なかったのですね」

 子爵令嬢の家業が不動産であることを。毎年借してもらっている相手だと。

 ……いや、知っていたら、借りてやっている、とまた上から目線だったろう。


 馬鹿じゃん?

 子爵令息の目が言っている。

 それすらも理解していない娘が問題だと。その報告を聞いていない侯爵自身も。

「そ、それは子ども同士のしたことだし……」

 それは商売とは関係なくない?

 と、侯爵は判断を誤った。彼もまた、妻と同じく子爵家を下にみていたから。


 まずは謝るべきだったのに。


 子爵家の跡取りは、それにより決めた。


 ――容赦はいらないと。



「……子供同士とおっしゃいましたか」

 だが、こちらは何もしていない。妹はただの理不尽に遭った。そういう態度をとっていいのは――被害者の方だ。加害者が言って良い台詞では、決して、ない。

「――すぐに謝罪にみえた方々もいたというのに」

「え?」

 未だ謝罪の言葉を一つも言っていない侯爵はまだわかっていない。

「妹は、王姪殿下とも親しくさせていただいております」

「王姪殿下……」


 それはあの辺境ともいう北国に嫁がれた、王妹の娘? でも確か、伯爵だったはず……――いや、でも、王……。


「そして、次期王太子妃となられるハイドラン公爵令嬢にも、目をかけていただいております。卒業したら彼女の側に、と」

「――!」

 公爵令嬢! それは……!?

 子爵家の娘に思いもよらない後ろ盾がついていることに侯爵はそろそろ気がついた。

 後々、その子爵令嬢の方が自分の上になる可能性もある。王太子妃付きとは、そういうこと。

 やばい。


「そもそもね、妹と何ら関わりないのに、王太子殿下とかけて噂を流した時点で、王太子と公爵令嬢の仲を馬鹿にしたことになるんですよ?」


 何という不敬。


 侯爵はようやく、娘がやらかしたことを理解した。

 妻よ何故、私に報告しなかったと、自分を棚に置いて。

「さらに、ご息女は王姪殿下を「田舎者」と、陰口を叩かれていたと……」

「ひぃ!?」

 王族に対して!?

 確かに王姪殿下は伯爵家で、我が家より家格は下だけども! でも血筋による身分は遥に上なのに!

 妻よ!?

「ああ、もしや御存知なかった? きっと今年からは、御身の領地では麦が高くなるかもですねぇ?」

 侯爵はようやく思いだした。


 娘のことで奇妙な連絡が来ていると、不思議そうに妻が言っていたような。


 妻任せにしたのが、この結果。


「……と、いうわけで、我が家がニバール侯爵さまとのご縁を切らせて頂くことの説明となります」

「……あいわかった」

 切られて当然だった。

 王家と公爵家に目を付けられた子供がいる――それが我が家の現状だった。

 しかも家主の娘を虐めていたのだ。そんな相手に貸す親がいるだろうか。

 それを知らず、のんびりと旅行気分で都に来た自分は……。


「ああ、ところで毎年お貸ししていた屋敷は、今年は西の辺境伯さまの御一家にお貸ししております。まさか勝手に押しかけてはいらっしゃいませんね?」




 明日から各所に伝手を頼って出向かねばと思ったところ。今日からあちこちに頭を下げることになった。

 まずは目の前の子爵家に。ようやく頭を下げた。


 そして我が物顔で勝手しったると入り込んで縛り上げられている妻子と使用人たちを解放してもらうため、穏やかな人柄と言われながらも武闘派で知られる辺境伯に……。



4話に出てきたアネットの同級生を覚えておいででしょうか。

彼女らも、またしかるべき……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ