18 拝啓、北の国より
北が何故大事か。
それは二百年ほど昔になる。
北のその山脈を越えて侵略してきた国がある。
正気かと誰もが疑った戦略だが――だが、越えられた。
それはすぐこちら側からの猛反撃でそれを防ぐことができたが。
皮肉だが、その国はこの国を侵略中に他の国に攻め落とされた。
そしてこちらに残ったものは降伏し、今ではこの国の民となっている。祖国がもう亡ければ、受け入れてくれた――暮らしやすいこの国を大事にしよう、と。
しかし――時に逆に考えるのだ。
もしまたそんな正気を逸した国が現れたら。
もしまたそんなことが起きたら――逆もまた、できるのではないか、と。
そのため、北の大切さを知るものたちは――……。
「といっても、自殺行為だべ」
「……ですね」
トガロックス山脈の麓。
万年雪のその雄大な天然の防衛壁。
見ておくべきと叔父らに言われた意味がわかった。
こちらからもこれを越えて侵略?
「無理ですよねぇ」
「んだぁ。そんなの命令されたら、謀叛おこすべな」
「あ、僕もそっちにのります」
現場を知らないものほど無理をいう。
こうして現場を見ることできて、よかった。
経験を積めて良かった。
親達の気持ちを受け止められただろうか。
かつて父も、妹を心配したという名目で、何度か足を運んだと聞いた。
自分の初めての訪問が、失敗の罰と歴史に記録されはしないが、身内にはそう覚えてられるのが恥ずかしい。
でも。
それが己が罰。
そして思い上がりを砕かれた。
自分なんてまだまだだ。
もしも将来、戦争になるとしても――自分はこれを越えさせるような命令は出さない。
自国の民こそ大事。
あの子爵令嬢が耐えてくれたのは、そういうことだ。民たちも、また。
越えて――侵略なんて。
「勘違いしたお偉方ほど、ぬくぬくした部屋んなかで作戦の指示さするべ」
「ぬくぬく」
「いやさ、北だけじゃなかんべ。これは、他の辺境伯さたつも皆、同じだべ」
北も南も、西や東も。どちらも等しく大事な土地――防壁。
北の大地の伯爵は、本人自覚無しの戦術家の頂点だった。
これもまた、北の血統。
この血と、我が流れを混ぜた――ハイブリッド。
それがあの従姉妹姫か。
それをひしひしと感じたこの視察という名の、クラーリィの罰。
しかし、よくわかった。
北の人々は、王都の我らがよほどの馬鹿をやらかさない限りは、まだ……まだまだ、仲良くしてくださると……。
しかしいつ、越えて来るものはいないともかぎらない。
歴史では成功してしまっているのだから。
そのための備えは、決して軽んじるわけにはいかない。
北は――国の大事な防壁。
……と言うことを、裸の付き合いで。
トーカロ地方。
ひっそりと温泉郷でもあった。
どうせなら一っ風呂浴びてくるべと伯爵に案内されたのは、自然を観ながら入れる露天風呂。
もちろん、王妹殿下もたまに使われるから設備はばっちり。高級仕様。
「僕まだ帰りたくないぃ……」
温泉気持ちいい。
食い物も美味い。
叔母が療養先にしたのも然もありなん。
従姉妹につけられたという名目の教師たちが、こちらに移住したのは。もしや……。
「温泉、最の高……ここに住みたい……」
その頃、王宮にて。
王太子殿下の執務室にて。
留守番中の側近たちが何故かイラッとした。不思議。
労働のあとに温泉ならねw
(とある将軍のアルプス越えを参考に。気になる方はご自分で検索してくださいまし。




