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世の中、真面目に頑張るひとが報われることもある。  作者: イチイ アキラ


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17 皆、春まだ遠からじ



「お疲れさま」

 フローラは王太子殿下の執務室を訪れていた。

 主は留守だと存じているが――代わりがいるのも知っている。

 フローラは差し入れと手伝いに訪れたのだ。もちろん、婚約者が不在の中に男性たちしかいない部屋に入る配慮もきちんと。侍女をともない、扉前には護衛たち。ちなみに扉は修理されたもはや新品。

 彼女はよりいっそう、身を引き締め気を付けることにした。それは自分に関わる相手の迷惑にもなるのだから。

 それもまた、この一件での良い勉強になった事。


「殿下から、何かご連絡はきていらっしゃる?」

 フローラの問いかけの返事は書類の山の向こうから。執務机の上には王太子殿下が帰宅したら確認しなくてはならない書類が溜まっていた。これもまた、彼の罰。

 それをせめて、殿下が帰宅したらサインするだけの状態にまで、せっせと書類と格闘しているのは――留守居役のリオン。

 これは側近でありながら事態に気がつけなかった彼の罰……でもあるが、王太子殿下のお仕事の補佐をするのは彼の役目であり。当然のお仕事中でもある。

 そしてもう一人。

 将来は公爵家を継ぎ、同じく側近となる予定のフローラの義弟であるセオドアもいた。


 まぁ、この仕事の缶詰は、近くにいたのに、王太子殿下の気安さを止められなかった彼らの罰である。


 セオドアはマリーナと二人きりになってしまったと、誤解をさせた罰もある。実際はそうでなかったとしても。

 聞けばその時、生徒会の先輩に同席を頼むよう提案したのもマリーナだというではないか。

 セオドアにはまだ婚約者はいないからというのも、免罪符にはならない。マリーナには婚約者がいて、彼女の方は常にその心構えでいてくださったからよかったのだ。先輩もまた、証言するとマリーナの記録(・・)に約束してくださっていた。


 本当に助かった。マリーナのおかげ……と、今も思う。義弟も勉強できたろう。


「殿下からは、何も」

 義姉に返事をしながら、セオドアはせっせと書類をまとめて、とんとんと軽く高さを揃えると、同僚であるリオンに断った。

「訂正の、まとまった分だけでも先に戻してきます」

「頼んだ」

 訂正を見つけるのは大変なこと。それをセオドアはまた改めて。王族が、そして側近が生徒会に入るよう推奨されているのは、未来の予習のためだと、よっく理解した。

「あら、差し入れを持って参りましたのに」

 食べてから行けばとフローラは義弟を呼び止めかけたが、セオドアの持つ書類を待っているひともいるかもしれないと思いとどまる。

「後で一息おつきなさいね。その方が効率がよろしくてよ」

「はい、ありがとうございます」

 義弟の返事にフローラは微笑みで頷いた。

「さ、わたくしも少しお手伝いいたしますわ。その間に貴方も少し休憩なさって?」

 権限的には王太子の婚約者であるフローラの方が彼らよりも高い。王太子殿下のかわりにサインできる部分もある。それを今フローラが済ませておけば、先に進める仕事もある。

「……助かります」

 セオドアの席に代わりに座り、フローラは机上の書類を相手しはじめた。

 リオンは自分の机の上を少し片付けてスペースを空けると、フローラが連れてきた侍女からお茶と菓子を受け取った。


 差し入れは果物たっぷりのゼリー――ついでであるのは内緒。


 しばらくカリカリとフローラがペンを走らせる音と、侍女たちが茶器に触れる音が。

 その静寂は別に心地悪いわけではなかったが、フローラは何となく口を開いた。

「今日、わたくしは王姪殿下たちと茶会をさせていただいたのだけど……」

「ああ、それは良かったですね」

 王姪殿下との関係は良好に越したことはない。リオンもほっとしてその会話に乗った――のだが。


「話題の最後になったのだけど、マリーナさんには婚約者がいたわ。これはそちらの方面から――」


「――っ、っ!?」


 咽せて吹き出さまいとしている幼なじみの姿。


「まぁ、大丈夫?」

「え、ええ。ありがとうございます」

 それは慌てて手拭きを、差し出した侍女へのお礼だったが。

「どうしたの?」

「……いえ、果物の塊が喉にひっかかりまして」

「あら、あら、どうしましょ、それ、お小さい子へのお見舞いの残りだったの」

 内緒にするつもりだったが、問題が起きるならば別だ。風邪を引いた子供にはどうだったろうか。

 リオンはついでにされたとしても怒るような器の小ささはないと知っているから。

「ああ、大丈夫かと。僕の不注意です」

 小さな子でも大丈夫な果物の大きさだろう。リオンは喉越しの良いそのゼリーならば、子供は喜んだろうと頷く。

「それなら良かったのですけど……」

 自分としてはマリーナを己の陣営に引き込む相談をしたかったのだが。

 何だか話そびれてしまった。

 そうこうしていたらセオドアが戻り、彼も休憩に入る。

 会話は自然と王太子殿下は今頃どうなさっているだろうかと心配する、臣下のそれとなり。



 お茶のおかわりをしているリオン自身も――何故、咽せたのか、まだわかっていなかった。


 ――まだ。


 

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