16 新、公爵令嬢のお茶会より3
「マリーナさんは婚約者さんがいらっしゃるの?」
王姪殿下には、様々な政治事情でいらっしゃらない。
「はい、祖父の知り合いのお家の方ですが」
「この学園に?」
質問にマリーナはゆっくりと首を横に。
「いえ、婚約者は五歳ほど年長で、すでに卒業しております」
この学園は三年ほど。
家庭の事情などで早く切り上げるものもいるが、三年しかと在籍し、卒業資格を得たほうが経歴に良く残せる。
「婚約者は騎士をしております」
「まぁ、騎士さま」
それは馴染みがある上位二人。
今も部屋の入口近くに待機なさっているのはフローラのために選別された近衛騎士と――アネットに付き従う北国の護衛騎士。
「とても真面目な方で、休日も鍛錬に勤しんでいらっしゃるとか」
――とか?
何かひっかかるが。
「部隊はどちらに?」
騎士団には何故か詳しいアネットだ。幼少時に叔父の膝上で、騎士団のお兄さんたちと一緒におやつ食べていた。
思えばあれ、近衛より強いと噂の第二騎士団の精鋭たちだ。
「先ごろ第三騎士団に上がられたとお聞きしました」
「まあ」
フローラも公爵令嬢として、そして王家に嫁ぐものとして、騎士団には詳しい。
第三騎士団。
それは王城近くの警護を任されているものたち。
それはなかなかな立場ではないか。
第三騎士団はそうした地区の担当でもあり、それ故に捕り物に際しての任務中は子爵位相当の地位が許されている。
この国においてのそうした任務中の地位だが、中には本当に子爵位を持つものや、その上の家格を持つものも所属している。
ちなみに近衛を含む第一騎士団は王城内の警護や王族の護衛もあることから、下位貴族や平民出のものも、任務中は伯爵相当とされている。
もちろん様々な制約があり、特殊任務中などは除き、騎士団の制服着用時にのみ限る――などのある程度の許可でもある。
アネットがひっそりと馴染みがあるのは第二騎士団だが。
第二騎士団は王弟殿下の旗下にある。
責任はすべて己が負うと明言されて。
いざ何かあれば王弟殿下の名の下の権利を持つ。
つまり、もしもがあれば。上位貴族や――王族すら相手取ることも可能。
本当の王国最強の騎士団である。皆、その名に違わぬ騎士たちばかりで、不必要にその地位を振りかざすものも存在しない。存在した瞬間、他の騎士に粛清されるだろう。
フローラはいろいろと計画を組み立て直す。
「第三騎士団とは、ご立派ですこと」
「はい、早くから剣の道に進むことを選ばれた方だそうです。きっとたくさん鍛錬されていらっしゃるかと」
――そうです?
またなんかひっかかる。
うん、何だか知らないひとを話すような?
二人の何とも言えず言葉を探す視線に気がついて、慌ててマリーナは説明した。
「申しわけありません。実は、数えるくらいしかお会いしたことがなくて……」
「まぁ……」
「そうなの?」
政略ならばそういうこともあろうが、相手が騎士とあれば商売上も何もなさそうだが?
「わたくしはまだ婚約者がいないから良くわからないのだけど……そういうものなの?」
「い、いえ、わたくしも……」
アネットに問いかけられて、政略だけども互いに好き合っているフローラは言葉に詰まる。その想いがあるから、いろいろ後手に回った先日までの騒動だったのだけども。
「い、いえ。実は婚約者さまは今は第三騎士団に入れたばかりで、なによりも剣の鍛錬の時間が足りないと、本当に真面目なお方……らしいのです」
「……らしいの、ですか?」
「……はい」
数えるくらいしかあったことがないとは。
「……蔑ろに、されてはいらっしゃらない?」
フローラが心配すれば、アネットも同じくと頷く。部屋の隅の護衛の騎士さんや侍女さんたちも同じ空気を出している気配。
マリーナは慌てて大丈夫だと首を横に。
「い、いえ。ちゃんと季節ごとにカードや花を贈ってくださってます」
最低限はしているか。
「自分からも同じようにカードや、たまに贈り物をさせていただいていますから……」
一応の交流はある。
確かに騎士団にて地位を確りとするには、鍛錬が一番大事だろう。しかも第三騎士団に上がったばかりならば。
――もし、それほど実力がないものならば、なおさらだろうか。
「たしかに鍛錬は大事です。鍛えた分だけ、正比例しますので……」
どうだと、発言を求められた壁際の近衛騎士さんより。北国の騎士さんも頷いてる。
でも彼らは内心で「でも、婚約者を放って……てのはどうかなぁ?」とは、思う。口にしなかったのはマリーナを思いやったのと……その婚約者が実力不足で本当に時間を惜しんで頑張っているなら、同じ騎士としてもちょっと解るからで。
マリーナは騎士さんたちの表情から読み取ったのか、大丈夫だと笑みを浮かべた。
「お会いできないならば、私もその時間を勉学に当てられましたので」
なるほど。
彼女は逆に前向きにとらえることにしたのか。
それにより彼女の識りたがりが遮られることもなかったなら、これはもしや、子爵家はマリーナにちょうど良い婚約者を宛がっていたのだろうか。
どちらも真面目な婚約者同士として。互いに将来をきちんと考えている。
……会う時間も取れないのには、微妙に引っかかりはするが。
「それに……騎士さま方が居られるのに、このように申すのは……その……」
「はい?」
何かしらと促すお二人と騎士さんたちに、マリーナは少しばかり顔を赤らめる。
「もしも、婚約者さまが、騎士を続けられなくなった時のために、己がきちんと地盤を作っておくのが大事だと……思いまして……」
手に職。
家業の一組としても。
……なるほど。
彼女の恩師のこと思い出す。
騎士を続けることを、どうしようもなく強制的に終わることもある、のだ。
先のことは、運命とは、神にしかわからないことだから。
「自分で言うのも何ですが、騎士業は潰しがききませんから」
婚約者がそのような心構えでいてくれるなら有難いことだと、当の騎士たちが頷いた。
本当にこの子爵令嬢は得難い存在だ。
「……手当や、年金制度をきちんと致しませんと」
フローラは自分が今後しっかりとしなければならないことをまた一つ気がつかされた。
騎士と関わり強いアネットも、また。
そして一方その頃。北の地で騎士たちといる王太子殿下は。
「何だそのへっぴり腰……」
牧草の固まりを牛舎に運ぶお仕事を任されたのだが。
「……アネット殿下なら片手で運ぶのに……」
ぽそっとつぶやかれる格差。
切ない。
だが、それどころでもない現状。
「うう、何か使ったことない筋肉がぁ……」
使ったことない部位の筋肉が悲鳴をあげている。
一応彼とて、護身兼ねて鍛錬はしていた。剣術だって、馬術だって。
しかしそうしたことでは使ったことない筋肉が。生まれてはじめて活躍している。
「きっと明日は筋肉痛ぅ……」
それを同じく働きながら聞いた兄貴分たちは、ピクリと肩をふるわせた。
「……明日か」
「……若いな」
筋肉痛は、歳を取るほど……うん。
食った分は働くべさ。
実は第一第二騎士団と、第三騎士団の間にはとっても高くて分厚い壁があります。それは実力という名前の壁。
まぁ、第三騎士団にも入れるのはすごいことでもありますが。
(婚約者さんについては、先行して別のお話が……。)




