14 新、公爵令嬢のお茶会より
さて。
公爵令嬢のけじめは、密やかに行われた。
ならば王太子殿下は?
「……殿下が視察に出掛けてもう1週間」
フローラが、寂しげにほぅとため息をつく。
「今頃、殿下はいずこの空の下……」
「ああ、1週間ならそろそろ着いたところだべ」
「……1週間ですわよ?」
「おいちゃん、だいたい片道1週間て言ってたべな。おらがこん都さ来るときは休み多くしてくれたから、もうちょいかかったけんども」
「だって、馬車で何週間もかかかると」
「軍馬の鍛錬かねてっべさ」
それはなんて強行軍だと、フローラはひっそりと寒気を感じる。
噂の元がおらねば、噂もそもそもたちはしない。
人の噂も七十五日。
いつまでも古い話ばかりしていては貴族は務まらない。
今は新たに、新作の絵画のモデルは誰だとか。どこぞこで面白い演劇が。人気の舞台俳優が結婚していた、などが。
そして子爵令嬢は、今や本当は王太子殿下より公爵令嬢のお気に入りである、とか……。
なので。
王姪殿下と公爵令嬢のサロンに、同席に、子爵令嬢が、居た。
――友人を今日は巻き込まなくて済んだと内心がくぶるな子爵令嬢と、今日は逃したかと内心舌打ちな公爵令嬢。
王太子殿下の罰は、実に簡単。
しばらく子爵令嬢に近寄らないこと。噂が、下火になるまで。
しかし王太子殿下は謹慎どころか、王都にすらいない。
話は聞いた、と。
ちょうどいい機会だから鍛え直そうぜ、と叔父に攫われ――連れられ、一度、叔母に挨拶に行こう、となった。
北がどれほど大事か、身をもって学んでこい、と。
その間の王太子殿下の業務はすべて側近であるリオンが肩代わりだ。彼もまた、罰として。
あの謝罪の時。
既に彼らはその覚悟完了であったという。
視察に回るのは良いことでもある。
軍事に触れるのも。
王太子殿下には良い経験になるだろう。
一人追加。王太子殿下の護衛騎士が是非我もとお供したらしいが、はてさて……。
「今は熊が出るから心配だけども」
「熊」
「まぁ、冬眠開けでもねぇから、こっちから手出ししねぇかぎりはあっちも寄ってこねぇべ」
「冬眠」
フローラは知識として知ってはいたが、生のお声にびっくりだ。マリーナも同じく。
「牛や羊の味覚えちまったやつが、まぁやっかいで……」
何気に話はじめて、目の前の少女たちの顔色に「やっちまった」とアネットは慌てて話を替える。
「まぁ、めったに人里に降りてくるものはおりませんから、ご安心なさって?」
ほほほ。
今日の猫は可愛く。雪虎の子どもくらいで。ちなみに子どもでもでかい。
「今日はラナさんはどうなさったの?」
フローラが呼んでいたのではとアネットが問いかければ、マリーナが代わりに。
「彼女は今日は家族の体調が悪くて……」
言い訳ではなく真実だと、マリーナはフローラに。断りの伝達は行っているはずだが、改めて。本当に、本当に、言い訳ではありません、と……!
ぷるぷるしている子爵令嬢に、公爵令嬢はにっこりと微笑んだ。
怒ってませんよー。急病はしかたがありませんわよー。怖がらないでいいのよー。よーしよしよしー。
「まぁ、ご家族が?」
「は、はい。弟さんが風邪を……」
「まあまあ、大変。貴方、お見舞いを手配して」
フローラはサロンに控えていた自分の侍女にすぐさま指示を。
「お花は香りが控えめなものにして。あ、お子様なら甘いものの方がよろしいわね?」
体調悪いときに香りが強い花はさらに体調を悪くさせるかもしれないから。
それに調べてあった中にあったラナの家族構成。弟はまだ十をすこし過ぎたくらいであったはず。
「お風邪なら食べやすいものがよろしいわね。果物をたくさん使ったゼリーが身体にもいいかしら。あ、好き嫌いとアレルギーは大丈夫かしら?」
「は、はい。好き嫌いも、はい」
そこまでは調べていなかったから。
マリーナは勢いに押されながら何とか返事を。友人の弟には何度もあっている。良い子だ。ただ、ちょっと身体が弱いのが心配で。
「プリンも良いわね? 甘いものはきっとほっとなさるわ。ご家族の方に食べていただいてもよろしいし……そこ、よろしくお願いできて?」
「かしこまりましてございます」
侍女の方は手配をして参ると、マリーナにも微笑んで会釈をしてくれた。
公爵令嬢の侍女の方ならきっと、自分などより高位の方だと察したマリーナはひたすら恐縮のしきりだ。
しかし、侍女の方はわきまえていた。
何故ならば、今、主が勧誘しようと狙っている獲物――ではなく、後々の同僚候補。
いや彼女の場合は侍女としてより、秘書官として望んでいるのも。仕事が被らねば嫉妬もない。
むしろ主が将来のために必要とされる――戦力。
全力で勧誘をフォローすると、侍女たちは一致団結していた。
……何より。
主の恩人であるというのならば。
笑顔はより自然となる。
その日。
弟の看病していたラナは。
己が貧乏な――ちょっと清貧な我が家ではお目にかかれないような。
公爵家からお見舞いと届いた高級ゼリーとプリンに、ぷるぷるしながらぷるぷるしたのを食べるのであった。食べないと痛むし。
それは風邪薬よりよほど効いた。
――弟が喜んだので、良し。
一方その頃。別のお話し。
北国にて、王太子殿下はあんぐりと口を開けていた。
「馬、でかぁ……」
北国の馬の大きさよ。
彼は知らなかったのだが。
アネットがロバ可愛いと言っていたのを。
しかし確かに、これと比べたら遥かに可愛い。お隣さんちの庭先でも邪魔になるまい。
「やあやあ、よう来んさったの」
そして迎え入れてくれたトーカロ伯爵に、また……。
ああ、軟弱。
聞き間違いじゃなかったな、アレ……。
職場の同僚先輩が優しいことがどれだけ得難く素晴らしいか。現代人なら何よりな職場だと……教えてあげたいですのぅ。




