11 免れた「悪役令嬢」
謝るだけで済むと思ってねえべな?
「マリーナさんたちが困ってるわ」
だからいい加減、顔を上げなさい。
従姉妹殿下の声に、王太子はなぜか一度震えてしまいながら顔を上げた。彼が上げなければ配下も上げられない。
「詰む前に、いえ、始まる前に間に合いました。ありがとう」
最後にきちんと謝罪を述べて。
その形が良かったのか。北方の圧が消えた。
再び猫を被ってくださった。雪国にいるという牙大虎かもしれないけれど。
今回のこと、さすがに王太子たちは親たち――国王や宰相たちには報告した。隠しておいて、あとから隠蔽したと叱られるより、きちんと叱られた方が良い、と。
そして叱られた。
だが、大人たちの一部反応が不思議だった。
「さすが姫さまの御子……」
と、こそこそ囁かれた。気持ち悪いべさと、アネットが眉をひそめたほど。
城の古参達はうんうんと腕を組んで頷き、ご婦人方は懐かしそうに頬を染めて。
王太子殿下の母君――つまり、王妃さまもその一人。
「鬼百合姫さまの後継者だわぁ」
ほぅ、と熱い溜め息とともに。隣にいた上のおいちゃんがそれに対しての溜め息をついていた。
――おかーちゃん、鬼だったべか?
思えば、トーカロに嫁いで急に羊担げるようになるわけがなく……?
王族が少ないから王妹の子にも王位継承権があるとされているが、それは……?
アネットはいろいろ、聞かなかったことにした。親世代に何があったなど。何となく本能で危険回避。
なので、今の圧も極力控えめだったのだが。
しかし、けじめは、いる。
今この場でけじめをつけられる地位にいるのはアネットしかいない。
もうひとりいる地位あるものが――そうとは気がついていなかった加害者本人だから。
「マリーナさん、彼らの謝罪は受けてくださる?」
「はい」
すでにこの数日間で仲の良くなったアネットが庇うように前に立ってくれて、マリーナはほっと息をつきながら頷いた。
それを確認して――同じくほっとしている従兄弟たちに、アネットはまた冷たい目を向ける。
「貴方方の謝罪はわたくしが見届けました。ですが、マリーナさんが貴方方のせいで酷い目にあっていたことは消えません」
ごめんなさいしたからもういいよね、で済むのは加害側だけだ。
虐められた方の心は、いつ癒える?
「どうなさる?」
どうけじめを、片を付けるつもりなのか。
アネットに問いかけられ、王太子が頷いた。公爵令嬢を見て、視線を交わしふたりで、再び頷く。
それもどうするか決めてきた。
公爵令嬢が、まず――。
「提出していただいた記録に則り、加害者は然るべく、処罰させていただきます」
自分含め。
自分の派閥の女生徒をかなり切ることになる。
それは将来にも響く。
彼女が王太子妃となったときに、人手がなくなる。
それが本当の罰。
今一時の屈辱などは罰のほんの一切れ。
――だが、本当に信頼がおける人材の篩になったと、この時の彼女がはまだ気がつかず。数年後に改めてマリーナに感謝した。
「ただ、それも秘密裏に行うことはご容赦を」
公に罰しては、ことが顕わになる。
それはマリーナも望んではいない。公になっては、今まで我慢してきたのが水泡に帰する。
「まぁ、それが落とし所かしら」
「はい」
よろしいかとアネットに尋ねられ、マリーナは充分だと頷いた。
今は無礼講だから、マリーナから何か言いたいことはないかと尋ねられた彼女は、逆に王太子たちに質問した。
「私が身分知らずと言われようと、早く殿下や皆様にお話しをするべきでしたか……?」
マリーナはそれをずっと気にしていた。話す機会はあったが、「自分が虐められています」と打ち明けていたら……。
「いいえ」
しかしそれを否定したのはフローラ。
「貴方はわたくしを思ってくださった」
もし、機を見ずマリーナが早く訴えていたら。
身分を考えないで、王太子殿下に話していたら。
大事に、していたら。
「それこそ、物語のように――わたくしは悪役令嬢になっていたでしょう」
フローラに――次期王太子妃に冤罪をかけるが、物語の常。
それがマリーナが、この場にいるものたちが恐れていたこと。予測により察していたこと。
フローラが、マリーナにより謝罪し、感謝すること。
そしてそれは十分あり得た。
マリーナに嫌がらせをしていたものたちは、そろそろフローラを「悪役令嬢」というポジションに当てはめていた。
マリーナをヒロインに当てはめて見当違いなことをしていたくらいだ。
そう遅くない。今度はフローラが殿下とマリーナの邪魔をする「悪役令嬢」だと、陰口を叩かれて、また見当違いなことが起きただろう。
すでに先ほど、この生徒会室に向かうところでそれらしいことを言っているものたちがいた。
マリーナがそのうち皆が飽きないかと待ってくれたからこそ――耐えて機会を待ってくれたからこそ、フローラは悪役令嬢にならずにすんだ。
もしかしたらその頃には、噂を真に受け、婚約者たる殿下に無様に詰め寄る、愚かな己がいたかもしれない。
――ぞっとする。
フローラは彼女こそ本当に身分を弁えた令嬢だと、心底より感謝した。
そしてこの後、数日間にかけてフローラは罰を与えていった。
己たちがしたことを身をもって思いしらせて。
次期王太子妃に名前を逆な意味で覚えられたことは、秘やかに各家に伝えてある。
彼女たちはろくに社交界デビューもできないだろう。それはつまりろくな嫁ぎ先もない、ということだ。
己が悪いことをしたのだと理解し、反省を見せれば話は別にはなろうが、落とし所だとアネットの言葉に皆も頷いた。
虐めは嫌いだ。
現代の皆さんはきちんと警察にご相談を。
虐めるヤツは通報される覚悟出来てるはずですから容赦は要らないと思うです。
覚悟できてないヤツは…なおさらに容赦要らない。




