10 それは記録に、歴史に残せないこと。
きちんと謝るべ。
ざわざわと、廊下がざわめかしい。
公爵令嬢がその取り巻きたちを引き連れて、あの子爵令嬢を、とうとう問い糾しに行かれるのだ。
「ほら、あの噂を……」
「やっぱり、王太子殿下のご寵愛をとられまいと……」
「え、取り巻きをつかって、もうずいぶんと酷いことをしてるんでしょ?」
「しっ! 貴方も目を付けられるわよ……」
ざわめきと中には、彼女を哀れみながらも下げるものもある。
――これが、我が罰。
教育で学んだ澄まし顔で、フローラは生徒会室にたどり着く。
わざと人目を引きながら。好奇の目を浴びながら。
自分を盾にしていたものたちをすべからく引き連れて。
――それは、彼女らすらも好奇の目に晒して。
周りにはしかとよく見えたことだろう。
そして後に察するだろう。
この中にいるのに、次期王太子妃に今後、お声をかけて貰えぬのはどういうことか、と……。
「大勢で押しかけてはご迷惑だわ。皆様はサロンにてお待ちになっていてくださる?」
「え、でも……」
ここまでついてきて、良いところを見逃すなんて、なんて生殺し。
フローラは取り巻きの令嬢たちの不満があがるまえに、繰り返す。
「サロンにてお待ちになっていて?」
二度目。三度目を言われたら取り巻きの座すら危うい。
「……かしこまりました」
中には公爵家由縁の腹心の令嬢たちもいる。彼女らが先導、そして確認する形で生徒会室の前からは人払いを徹底した。彼女らも、対抗馬の位置につくことすらない子爵令嬢相手の噂などと大事に取らず軽視していたことを、此度の事を主であるフローラの方から内密に明かされ、改めて気を引き締めることとなった。
実際のところ、真実は本当に何もない関係だったのだから、その辺りは何とも難しくややこしく。腹心たちも此度のことは複雑、そして軽々しくしやすいと勉強になった。
失敗を繰り返さぬよう。
学生のうちに学べたことに感謝した。
そして取り巻きと見られながらも本当にフローラを心配してついてきてくれた令嬢もいるようで、その表情にフローラは微かに勇気をもらう。
生徒会室には、自分の婚約者、義弟、幼なじみ。
王姪殿下。
そして――……。
「……マリーナさま」
子爵令嬢と事情を知る伯爵令嬢。
彼女らは、今日は生徒会の用として集まっていた。
そこに事を問い糾しに来たという体をとって――謝罪の場にしてもらった、ハイドラン公爵令嬢フローラだった。
「この度は本当に……!」
「申し訳ございません!」
いずれこの国の頂点に立つ二人に頭を下げられたのは子爵令嬢。
マリーナは色々と黙って騒がないでいてくれたが、それは言い換えると我慢してくれていた、のだ。
虐めを。
理不尽なそれらを。
まったく彼女は悪くない、それらを。
虐めなど、欠片も起こしてはならなかったとフローラは深く反省していた。
同じ女として、社交界の嫌がらせの疎ましさはよく知っているから。ここは学園であり、尚かつマリーナのは婚約者の行動と周囲を把握していなかったフローラの落ち度。
マリーナはフローラの落ち度に巻き込まれた被害者だ。
もちろん王太子殿下の行動も――まぁ、決して悪いことではなかったが、もっと自分たちの影響力を考えておかねばならなかった。
本来、王族が下々のものに頭を下げるなどはあってはならない。
けれどそれはそれ、だ。
もしもこの問題が公になっていたら、クラーリィの立場が後々どうなっていたか。この周辺諸国からあの国は、王族は、かの大国の話を知らないらしい、という目で見られただろう。
それは侮蔑の目で。
そうなれば、他国との交渉ごとが起きた際には不利にしかならない。
首の皮一枚、という状況に自分たちはいたのだと調べていくうちに、互いの顔色が悪いのを心配しあった。
そして、従姉妹姫にも――よくぞ、報せてくれた……。
生徒会室という密室で。
秘やかにその謝罪の場は作られた。
それは記録に、歴史に残せない謝罪。
王太子と公爵令嬢が、遥かに下の身分の子爵令嬢に頭を下げたなど、これもまた周りには知られてはならないことだ。
どこから足を掬われるかもわからないから、子爵令嬢を王城に呼び出して謝るわけにもいかない。記録を後々に何のためだと、照査されたりしたら。
なので、一芝居だ。
それはフローラ自らが道化となる罰でもあった。これから彼女は、自分の取り巻きたちが暴走していたと認め――中には切らねばならない交友関係がある。公爵家に不利になるのもあろう。
王太子にも、これから罰がはじまる。
「あの、私などに恐れ多くも……」
マリーナの顔色が悪いのは、当たり前だ。
子爵令嬢ある彼女に、王族が頭を下げているのだから。
マリーナは助けを求めて部屋に視線を移動させる。まず、扉で誰も入らないよう警護している王太子殿下の護衛騎士様たちが目に入ったが、そもそも彼らは主が頭を下げるところは見てはならないと、すっと視線を逸らしていて、マリーナと目は合いもしなかった。いつものたくましい騎士さまが何やらぼろぼろだけどどうしたのだろう。
王太子の傍らに控えている、生徒会で顔見知りの側近である侯爵子息も、同じように頭を下げている。公爵令嬢の義弟も同じく。
そして、マリーナが震えながら自分の傍らを見たら、自分と同じく震えている親友がいた。巻き込んで本当にごめん。
ラナも事情をよく知るから、呼ばれたのだ。何かあれば証言するとしていたのもあろう。彼女は下位クラスの委員長でもあるので、たまに生徒会に顔を出していたから体裁も都合良かった。
マリーナは友人とぶるぶる震えながら――その方に縋る視線を。
王姪殿下は、被っていた猫――猫どころではない気もするが――を脱いだのか、いつも生徒会で会うときや、先日お声かけくださったときとは、雰囲気が違った。
腕組みして立つだけで貫禄が。
なるほど。
これが王族の血統。
それが交ざり継がれた北の大地の風格。
トガロックズ山脈を背負う雄々しさとともに。
誰もが理解した。
今後も、我が国の北の大地は平和である、と。
ゴゴゴゴゴ……。(ジョ○ョな擬音と風格。




