【琉華視点】完璧王子様と呼ばれていた年上の幼馴染みに勝ち逃げされてから数年、再会した彼女がめちゃくちゃ綺麗な美女になってたんだけど!?
完璧王子様と呼ばれていた年上の幼馴染みに勝ち逃げされてから数年、再会した彼女がめちゃくちゃ綺麗な美女になってたんだけど!?のヒロイン、琉華視点です!
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ボク──西條琉華は物心着く前からバスケが好きになっていた。
ドリブルする度に弾むボールの感覚、ゴール前の相手との刹那の駆け引き、仲間との信頼関係、何よりゴールを決めた時の高揚感……その全てに魅了されていたと言っても過言じゃない。
幸運にもボクはバスケの才能があって、上達するのは早かった。
このまま皆とずっとバスケをして行きたい。
でもそう思っていたのはボクだけだった。
「え~またバスケ? 琉華ちゃん、そればっかじゃん」
同じ女子達は汗を掻くのを嫌がって一緒にプレイしてくれない。
「バスケ? もうやんないよ。だって西條に負けてばっかでつまんないし」
男子と混じって遊んでも、決まってそう言って離れてしまう。
お父さんが通わせてくれたバスケクラブでも、ボクに勝てないからって辞めた子も少なくなかった。
練習で組んだチームでボクが入ると皆パスを回して来るし、相手チームはあからさまにやる気をなくして本気で来てくれない。
ボクより年上の人でもそうだった。
先生は凄いって褒めてくれるけど、クラブ内の空気は悪くなる一方だ。
ボクはその度に凄く悲しくなった。
バスケは一人でもある程度の練習や遊びは出来る。
でもそれだけじゃすぐに限界が来てしまう。
なのに周りはボクを天才だと持て囃す代わりに距離を置く人ばかり。
ボクがしたいバスケとあまりに乖離した現実。
自分の才能が恨めしく思ったことは一度や二度じゃない。
バスケが好きなのにこんな気持ちになるなら、才能なんて要らなかった。
それが当時小学二年生だったボクの心境。
けれども思い描いたバスケが忘れられない。
だから公園でバスケをして遊んでた年下の男の子達に混じってみようと、恐れを押し殺して声を掛けた。
「ボクも一緒にバスケしていい?」
そう呼び掛けると、一人の男の子がボクをジッと見つめた。
短い茶色の髪に、ちょっと切れ長の瞳……如何にも運動が好きそうな子だ。
もしかしたら女子と遊びたくないなんて言うのかもしれない。
思わず過った不穏な考えは……。
「──おぅ! いいぜ!」
太陽みたいに眩しい笑顔を浮かべて、仲間に入れてくれた。
嬉しかった一方で、手加減しないといけない使命感に駆られる。
そうして緊張しながらもゲームが始まると、そんな考えも余裕も持てなくなった。
受け入れてくれた彼は、年下なのにビックリするくらい上手だったからだ。
いくら身長差があっても、少しでも気を抜けば押し切られそうになる。
そんな緊迫感から、つい本気で相手してしまった。
結果はボクの勝ち。
一回じゃ満足出来るはずもなく、何度も1on1を繰り返しては勝ち続けた。
久しぶりに全力を出した興奮から、鬱屈していた気持ちが晴れやかになっていた。
けれど、上手かった彼は自分の敗北に涙を流してしまう。
それを見てボクは興奮が冷めて、昂ぶっていた心臓が凍りそうなくらいに怯えるあまりにその場から逃げるしかなかった。
やり過ぎちゃった……。
きっとあの子も今までの人達と同じく、バスケがイヤになってしまうかもしれない。
次の日、せめて謝ろうと同じ公園に行ったら彼がいた。
ボクの姿を見つけて『あっ!』と声を上げる様子に、非難を想像して思わず肩を強張らせる。
怒りの形相を露わにした彼はズンズンとボクの元に近付いて来て……。
「やっと来たな! 早く昨日の続きやるぞ。今日は勝つから覚悟しとけよ!」
「──ぇ」
予想とは正反対の言葉に、ボクは目を丸くして茫然と立ち尽くしてしまう。
昨日は確かに負かしたはず。
なのに辞めるどころ、こんなに闘志を燃やして来るだなんて思わなかったからだ。
驚くボクの表情が気に食わなかったのか、彼は睨みを利かせながら歯を剥き出しにして言った。
「なんだその顔? まさかあれで終わりだって思ったのか? 負けただけで終わってたまるか! 次は俺が勝つんだから、勝ち逃げなんて許さねぇからな!」
「!」
その言葉を受けて、ボクは溢れて止まない嬉しさに心が震えた。
初めてだった。
単に天才だなんて一括りにしないで、真剣にボクとバスケをしようとしてくれる彼の存在が。
あぁホントに、昨日も今も彼のことを無意識に侮っていた自分が恥ずかしい。
今はとにかく彼とバスケがしたかった。
これが後の幼馴染み兼ライバルの彼──東藤社こと、やっちゃんとの出会いで……。
──バスケより好きな人が出来た、初恋の瞬間でもある。
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「東藤をマークしろ!」
「クソ、速すぎんだろ!」
「俺先輩なのに全然敵わねぇ!!」
体育館の中での練習中、やっちゃんは次々と白の相手チームのディフェンスを潜り抜けていく。
鋭いドライブ、フェイントの掛け方、どれもが一級クラスの技量だ。
やっちゃんが点を稼いでいるのもあって、黒チームは20点近くも差をつけている。
このまま快進撃を続ける彼を止めようと、白チームのセンターがゴールで立ち塞がった。
シュート体勢に入ったやっちゃんの前で大きく飛び上がる。
「ここで俺が止め──フェイダウェイシュートだとぉっ!?」
──ピーッ!
しかし、そんな抵抗も虚しく放たれたボールはゴールネットを潜ってゲームセット。
プレーのテクニックに関してはとても上手くなっていた。
多分、二年前のボクより上手い。
最後のフェイダウェイシュートなんて、シュートを打とうと屈んでいたのに、相手センターが跳ぶより先に切り替えて打っていた。
読みの正確さや咄嗟の判断力、シュートの精度まで何もかもが段違いに成長している。
約束を守るためにたくさんの努力を重ねたのが見て分かった。
何よりカッコイイ!
昔からバスケをしてる時はカッコ良かったけど、成長してすっかりイケメンになったから色々と破壊力が凄い!!
やっちゃんのプレーは中継で観たことがあったけど、生で見るとやっぱり迫力が全然違う。
あんなに素敵な人が彼氏になってくれただなんて、ホントに夢みたいな気分だった。
おっと、ボーッとしてる場合じゃないよね。
ちゃんとマネージャーの仕事をこなさないと。
「お疲れ様、やっちゃん。はい、ドリンク」
「サンキュ、琉華」
たくさん動いて疲れている彼に、予め用意していたドリンクを手渡す。
ゴクゴクと飲んだやっちゃんが何かに気付いたのか目を丸くする。
「このドリンク、美味いな」
「でしょ? やっちゃんのために今朝作っておいたの」
「琉華の特製かぁ~。彼女が作ってくれたんだから、そりゃ美味いに決まってるよな」
「もう、やっちゃんったら」
凄く照れるけど、やっぱり嬉しくて幸せで堪らない。
ふと、やっちゃんがボクの手にあるタオルに目を向ける。
「琉華、そっちのタオルはくれないのか?」
「うんダメ」
「え」
伸ばされた手から逃れるようにタオルをわざと遠ざけた。
ボクの行動が読めてないらしいやっちゃんは、ポカンと呆けた表情を浮かべてる。
笑いそうになるのを堪えつつ、タオルを両手に持って彼の頭に被せた。
「わ、ちょ、琉華?」
「あははっ。こうやって汗を拭くの、一回やってみたかったんだよねぇ」
「お前なぁ……」
「やっちゃん、もうちょっと屈んで。腕が疲れちゃう」
「へいへい」
ボクの言葉にやっちゃんは苦笑しながらも応じてくれた。
汗を拭かれている彼は気持ちよさそうだ。
「ねぇやっちゃん」
「ん~……?」
「今度、お風呂上がりにボクの髪を拭いてくれる?」
「え? 俺がやるより自分でやった方が良いんじゃねぇか?」
「やっちゃんに拭いて貰うのが良いの。ダメ?」
「……まぁ、琉華のお願いなら」
「ふふっ、やった」
言質取ったんだから、後で無しなんて言わせないからね。
細やかな楽しみを胸に秘めつつ、やっちゃんの汗を拭いていく。
それにしてもやっちゃん、身長だけじゃなくて筋肉も付いてきてるなぁ。
バスケ向けに鍛えてるから、細身だけど筋肉質だ。
見ていると無性にドキドキしてくる。
……告白した時、抱き締めて貰ったんだっけ。
やっちゃんからも告白されてそれどころじゃなかったけど、またギュッてして貰いたいなぁ……。
「クソぉ……西條さんにあんな風に拭いて貰えるとか、羨まし過ぎる……!」
「せめて格好付けさせないようにしたかった……!」
「イケメンで先輩の俺らよりバスケ上手いのに、幼馴染みかつミス柚木大の彼女がいるとかもうチートですやん!」
「前世でどんな徳を積んだらあーなれるんだ……」
「同じチームで頑張った俺らに構わずイチャつかれるとか泣くわ~……」
「置いてあったドリンク、ポ○リの味しかしねぇ……」
「つーかナチュラルに泊まる約束してない? もうそんなに進んでんの? 幼馴染みって恐ぁ……」
「見ろよ西條さんのあの顔、ベタ惚れじゃねぇか……完敗だ」
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「──って、バスケ部の男子達がさっきの二人を羨まし恨めしそうに見てたよ~」
「えぇ~? 彼氏とイチャついたって良いじゃん……」
「まぁそうだけど、るるちーと幼馴染み君の場合はあまりにも目に毒だからね? 見てるこっちが胸焼けするんだわ」
休憩が終わって再開した練習を眺めながら、友達の梨乃からそんな小言を言われてしまう。
やっちゃんと付き合ってから一週間は経ったけど、未だに周りが落ち着く様子はない。
自分が注目される立場にいるのは、ミスコンを優勝した時から受け入れている。
でもそれでやっちゃんに迷惑を掛けちゃうのは申し訳ない。
彼は気にしないって言ってくれてるけど……けれども一つだけ言わせて欲しいことがある。
「毒って酷くない? ちゃんとTPOは弁えてるんだから」
「え。家だとあれよりイチャついてんの……?」
ボクの反論に梨乃が戦慄したような眼差しを向ける。
どうしてそんな表情をするのか分からない。
まぁいいや。
「梨乃。改めて色々と教えてくれてありがとね」
「いきなりどしたの?」
「お礼が言いたくなったの。やっちゃんと付き合えるようになったのは、梨乃が協力してくれたおかげだから」
「あっはは。あたしはそんな大したことしてないって。頑張ったのはるるちーの方じゃん」
梨乃は何でも無いことのように笑うけど、ボクにとっては彼女が友達じゃなかったら何もかもから逃げていたかもしれない。
それくらい、あの怪我はボクの心をバキバキにへし折っていた。
天才にも色んなタイプがある。
例えば早熟型と晩成型……前者がボクでやっちゃんは後者だ。
やっちゃんの成長を感じる度に、自分の伸び代が限界に近いと痛感させられていた。
今まで数え切れないくらい勝負してきて、持ち前の能力と二年の経験差で勝っていたけれど、内心ではいつも危機感と焦燥感で一杯一杯だった。
だって勝負する度に彼は成長していて、ちょっとでも油断したらディフェンスを抜かれるかドリブルをカットされそうになっていたからだ。
バスケの最中は楽しかったけれど、勝った後はいつも焦りと不安に苛まれていた。
それは単に負けたくないから、じゃない。
負けてやっちゃんに飽きられるのがイヤだったから。
もし負けてしまったら、やっちゃんはボクとバスケをしてくれなくなるんじゃないか。
そんな不安に駆られて、彼との関係を崩したくない一心から隠れて必死に練習を重ねた。
それでも追い付かれる焦燥は何一つ拭えなくて、もっと自分を伸ばすためにスポーツ強豪校として有名な柚木大を選んだ。
やっちゃんには推薦で受かるまで、余裕のないボクを見られたくない見栄から進路を黙っていた。
隠していた時点で余裕がないのは明らかなのに、当時はそうするのが良いと思っていたのは我ながら恥ずかしい。
なのにやっちゃんとバスケがしたい気持ちが抑えきれなくて、追い掛けて欲しいなんて無茶振りをしちゃったんだけどね。
そうして入学した柚木大の女バスで、ボクは血の滲むような練習を幾度も重ねた。
凄くしんどかったけど、やっちゃんが来てくれた時に失望されないように何度も鼓舞して奮い立たせた。
練習して練習して練習して……それこそ寝る間も惜しんで練習をし続けた結果……。
──二度とバスケが出来ない身体になってしまった。
左膝の膝前十字靱帯の断裂。
不調は感じていた。
でも気のせいだとか筋肉痛だとか決め付けて無視したせいで、通常よりも重傷になっていた。
搬送された病院で手術してリハビリしてもバスケが出来ないって診断された時は、あまりの絶望に目の前が真っ暗になったなぁ。
入院中もずっと泣いてばかりで、リハビリどころじゃなかった。
もうバスケが出来ないなら、大学に通い続ける意味も無い。
いっそ退学してしまおうかとも考えた。
そんな時にボクを救ってくれたのが梨乃だ。
バスケ部に入ったよしみで仲良くなった彼女には、ボクがどういう気持ちで柚木大へ来たのかを話したことがある。
何度か無茶し過ぎだって注意されたのに無視したボクを、梨乃は毎日欠かさず見舞いに来てくれていた。
『るるちー。いつまでメソメソ泣いてんの?』
けれどもいい加減に堪忍袋の緒が切れたのか、ある日に見舞いに来るなりそう告げられた。
『大好きな幼馴染み君と約束したんでしょ? 待ってるって。なのにそんな風にいつまでも泣いてて良いわけ?』
『梨乃……』
梨乃の言いたいことはちゃんと頭の中で理解している。
バスケもプロ選手になる夢も無くなった今、ボクに残っているのはやっちゃんへの想いだけだ。
大学を辞めたら、それこそもう手の平に何も残らなくなってしまう。
でも……。
『でも……バスケが出来ないボクじゃ、約束……もう、守れないよぉ……』
『あぁ、もう泣くのやめなって!』
あまりに大きな挫折を前に立てないボクの顔を、梨乃は両手で持って無理矢理に目を合わさせる。
その時の彼女の表情はよく覚えている。
不甲斐ないボクに怒ってて、でも真剣にボクのためを思ってくれている優しい目だった。
茫然とするボクへ梨乃は言った。
『良い? まずね、るるちーはめちゃくちゃ可愛いの』
『……へ?』
なんとも場違いで空気の読めない言葉を。
ホント、なんでいきなりそんなこと言うのって凄くビックリしたんだから。
ましてや王子様なんて呼ばれてたボクが、可愛いなんて予想外も良いところだ。
でも梨乃の表情は本気そのもので、呆けるボクに構わず彼女は続けた。
『髪伸ばしてメイクとオシャレを覚えたら、めっちゃくちゃ可愛くなれるって前々から思ってたワケ。この際だから料理も本格的に覚えな。どれも自信が無いならあたしが教えてあげる』
『ぇ、ちょ、ま、待って待って! 急に色々言われても分かんないって!』
『まだ黙って聞く! バスケのプレーが出来なくたってマネージャーやるなり、スポーツ医学勉強するなり、関わろうと思えば関われる道はいくらでもあるの! バッチバチに伸ばす女子力も合わせて、いずれ来る幼馴染み君の度肝抜いてやりな!』
『ぅ、ぇ、ぇえ~……』
唐突に齎された情報量の多さに目が回りそうになるけれど、梨乃が何を言いたいのかは漠然と分かってきた。
ボクはバスケで勝ち続けることでやっちゃんの気を惹こうとしていたけど、それ以外の方法があるって伝えたいんだ。
それに実際にプレーするだけがスポーツの道じゃないってことも。
自分の言葉を呑み込んだとボクの表情で察したのか、梨乃はフッと笑みを浮かべながら続ける。
『たった一度の怪我でるるちーは凄い辛い気持ちになったでしょ?』
『うん……』
『なら、るるちーがやらなきゃいけないのは泣くことじゃなくて、幼馴染み君が同じ目に遭わないように支える力を身に付けることでしょ。そうすれば幼馴染み君との関係も続けられるじゃん』
『ぁ……』
その言葉は、深い暗闇に囚われていたボクの思考を晴らすにはこれ以上無い光明だった。
バスケが出来なくなったことは、ボールを見るだけでも辛い。
でも……この膝の痛みをやっちゃんも抱えてしまったらと思うともっと……ううん、今の痛みなんてどうでもよくなるくらい恐くなった。
だってやっちゃんはボクと同じくらい、バスケが大好きなんだから。
そんな彼にこんな痛みを知って欲しくない。
何も見えなくなりそうな挫折を味わって欲しくなかった。
そうならないために、ボクが支えるべきなんだって梨乃は教えてくれたんだ。
何が完璧王子様だ。
そんな簡単なことも分からないなんて、天才だなんて驕っていた自分が恥ずかしい。
『梨乃……』
『ん?』
恥ずかしいから、ちゃんと変わらなきゃ。
追い掛けて来てくれるやっちゃんに、情けない姿を見せないために。
だからボクは、大事なことに気付かせてくれた友達に願った。
『ボクに女の子らしさを教えて』
『──りょーかい。厳しく行くからね!』
その宣言通りに梨乃の指導はとても厳しかったけど、リハビリの息抜きも兼ねて色々と習得することが出来て楽しかった。
成果を確かめるために出たミスコンで優勝した時は、ボクよりも梨乃の方が歓喜して泣いちゃったくらい。
梨乃はボクが頑張ったからだって言うけれど、ボクは何度だって言うよ。
梨乃が友達で良かったって。
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部活が終わって、ボクはやっちゃんの家に行って晩ご飯を振る舞った。
タンパク質メインのヘルシー指向のメニューだけど、やっちゃんは美味しそうに全部食べてくれたのだ。
「ごちそーさま」
「ありがと、やっちゃん」
食事と片付けを終えて、ボクとやっちゃんはベッドに腰を降ろして隣り合う。
そのまま甘えるように彼の肩を頭を乗せる。
体重を掛けても全く動かない。
そうすると、柑橘系の制汗スプレーの匂いが鼻を掠めた。
あぁ、そういえばこの匂いって……。
「やっちゃん」
「ん?」
「ボクが薦めたブランドの制汗スプレー、まだ使ってるんだ」
「まぁな。値段もお手頃だし、何より琉華のおすすめだし」
「えへへ……」
昔のやっちゃんは汗は拭くだけで、匂いには無頓着だったからなぁ。
それを見かねて薦めたんだけど、今も使ってくれてるなんて嬉しい。
その喜びを伝えたくて、同時に今日の練習で疲れたであろう彼の頭を撫でる。
「今日も練習お疲れ様。また部長達にしごかれてたね」
「ミス柚木大の彼氏で推薦合格者なら耐えられるだろって、無茶振りばっかして来るんだよなぁ……」
「あはは……」
疲労を隠さないやっちゃんの表情に、ボクは何とも言えず苦笑いするしかなかった。
「今度、部長達に加減するように言っておくね」
「いや、良い練習になるしそこまでしなくても良いぞ?」
「ダメ。オーバーワークはしないに越したことはないんだよ。やり過ぎて誰かさんみたいになったら手遅れなんだから」
「琉華……」
ボクの注意を聞いてやっちゃんは少しだけ寂しそうな眼差しを浮かべる。
きっと誰かさんと揶揄したのがボク自身だって分かったんだ。
付き合うようになったけれど、やっちゃんの中では凝りになってるのかもしれない。
ボクとバスケ出来ないって分かって、凄く悲しそうだったもんね。
嬉しいけど、そんな罪悪感を持ったままで居て欲しくない。
だからボクは彼の顔に手を添えてから言った。
「ごめんね。せっかくの二人きりなのに重い空気にしちゃって。でも、それよりもやっちゃんの身体の方が大事だから、気を付けなきゃいけないことなの」
「……分かってる」
「もう、そんな暗い顔しないの」
思った以上に深刻に捉えているやっちゃんを諫めようと、ボクはソッと顔を胸元に抱き寄せた。
「る、琉華!?」
当然というか、いきなりボクの胸に顔を埋めることになったやっちゃんは驚愕する。
それでも彼の顔を離さないように、ギュッと腕に力を込めたまま続けた。
「ボクは大丈夫だよ。バスケが出来なくても、こうしてやっちゃんと居られるだけで満足なんだから」
「……」
やっちゃんは何も言わない。
ボクの言葉が強がりじゃないか訝しんでいるのかな?
れっきとした本音なのになぁ。
でも大丈夫だって言っただけで引き下がるなら、やっちゃんもここまで気にしたりしないよね。
とても嬉しいけれど、やっぱり怪我のことを気負って欲しくない。
だったら、ボクが安心させないと。
「どうしてもやっちゃんの中で納得出来ないなら……き、今日は泊まる、から」
「っ!」
彼女が……女の子が一人暮らしの男の子の家に泊まることがどういうことか。
その意味を理解したからか、やっちゃんが全身を揺らした。
自分から言っておいてなんだけど、理解したってことはそういう知識はあるってことだよね?
そ、そうだよね……やっちゃんだって男の子なんだし、大学生だし……。
交際初日に泊まった時はキスだけだったけど、それでもやっぱりエッチとかムッツリとか思わずにいられない。
と、とりあえず今は頭の片隅に置いておこう。
ドキドキと逸る鼓動で強張る身体を何とか動かして、やっちゃんの耳に顔を寄せる。
「やっちゃんは……ボクに泊まって欲しい?」
「~~っ! 琉華!」
やっちゃんは身震いしながら声にならない呻き声を上げたと思うと、ボクをベッドへ押し倒した。
いつの間にか両手は押さえつけられていて、目の前には真っ赤な顔で覆い被さるやっちゃんしか映らない。
遅れて状況を理解すると、どうしようもない恥ずかしさと緊張で身体が硬直してしまう。
わ、わ、わぁ~、わぁ~ぁ……!
ど、どうしようどうしようどうしようどうしよう!
自分から誘ったクセに、頭の中はパニックになって思考が纏まらない。
き……今日の下着、どんなの着けてたっけ……?
そういうことをするための準備もしたか、ど忘れしちゃって分かんない。
そもそもこういう時にボクはどうしたら良いの?
どうしてやっちゃんは何も言ってくれないの?
何も……何も分かんない……。
混乱が極まったボクは、どうにでもなれとキュッとまぶたを閉じることしか出来なかった。
一切の視覚を絶った中、やっちゃんの行動を待ち構え続ける。
やがて両腕の拘束が解かれた。
ちょっとだけ薄く目を開けてみると、何故かやっちゃんは両手で自分の顔を覆っていた。
「……やっちゃん? し、しないの?」
もしかしてボクの身体に魅力が無かったの?
そ、そりゃ胸は小さいかもしれないけど、実際に遠慮されると傷付くし何より恐い。
恐る恐る尋ねると、やっちゃんは無言で首を振ってから……。
「──俺ら、まだ付き合って一週間だろ? こういうのは、まだ早いんじゃね、って……だけっす」
「……」
弱々しい声音で吐かれた本音……というか弱音に、ボクはポカンと呆けてしまう。
……。
えぇっとつまり……やっちゃんは日和っただけってこと?
……。
…………。
あぁ、なるほどなるほど……。
「──っぷ、あっはははははははは!! 無理無理、こんなの笑っちゃうよー!」
「ぐっ、わ、笑うなよ! 俺は琉華を大事にしたくてだな!」
「わ、分かってるけど、でも、ふふふふっ……やっちゃん、凄いピュアじゃん!」
「だぁぁぁぁ怒るぞ!」
「あはははは! あはははっははははは!!」
外見はすっかり大人っぽくなったのに、中身は純真なままのギャップに堪えきれず笑ってしまう。
やっちゃんは凄く恥ずかしがってるけど、ボクからみればもう可愛くて仕方が無い。
うん、もう暗い話は止めよう。
キスの先も今は後回しで。
今はただこうやって、やっちゃんと面白おかしく過ごす方がずっといいや。
「やっちゃん」
「な、なんだよ」
「大好き」
「っ! お、お前なぁ……!」
正直な気持ちを伝えてみれば、やっちゃんはリンゴみたいに顔を真っ赤にする。
本当に可愛いなぁ。
前にやっちゃんはボクが可愛すぎて勝てる気がしないって言ったよね。
でも全然敵わないって程でも無いみたいだよ?
だってボクの彼氏は、こんなにも素敵で面白い人なんだから。
〈完〉
最後まで読んで下さってありがとうございました!